学位論文要旨



No 217759
著者(漢字) 吉武,康裕
著者(英字)
著者(カナ) ヨシタケ,ヤスヒロ
標題(和) 短波長・大瞳径の産業用光学装置のレンズ設計および評価手法の研究とその応用
標題(洋)
報告番号 217759
報告番号 乙17759
学位授与日 2012.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17759号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 准教授 日暮,栄治
 東京大学 准教授 高橋,哲
 東京大学 准教授 山下,淳
内容要旨 要旨を表示する

光学応用装置はカメラ等の民生機器から半導体露光装置のような産業機器まで多岐に渡る。民生用のカメラレンズの波長は主に可視光であり,明るいものでF=1.4(NA:Numerical Aperture換算:0.36)である。これに対して産業用では,露光装置のように,波長は400nm以下の紫外で,NAは0.9を越えるものがある。民生用レンズは大量に生産されており,設計・評価技術が確立されているが,産業用レンズに関しては,仕様の特殊性により未だ課題が多い。例えば,短波長領域ではガラス硝材の屈折率が急激に変化するため,色収差補正設計が容易ではない。また,広視野,高NAレンズの収差評価においては,瞳径が大きいため通常の測定カメラの視野を越える。さらに,測定した収差データを産業機器へどのように活かすかも課題の一つである。本研究は,これらのレンズ設計・評価・活用の課題に関して解決策を提案することを目的とする。

設計1例目として,ステッパ用のアライメント系において,色収差補正光学系に回折光学素子を導入した。これまで小型軽量化のために回折光学素子を用いる試みがなされていたが,回折光学素子の組み合わせ光学系であった。アライメント系では全体の系に,複数の屈折レンズで構成される投影レンズが含まれており,同様の配置をそのまま適用することはできない。投影レンズの横色収差が絞り位置に依存することに着目し,横色収差ゼロとする投影レンズ内の絞りと共役位置に絞りを設定することで,色収差補正を実現した。

また,設計2例目として,屈折レンズを要素としたDUV色収差補正レンズを設計した。従来,DUV領域のスペクトル計測用のレンズとしては,色収差を発生しない反射型レンズが使われていた。これは,凸面鏡と凹面鏡で構成されたレンズであるが,対象物には光が斜めに照射され,斜めに反射した光を検出する。このことは,対象物が振動等により上下に振動する場合,検出位置のずれを生じさせる。本研究では,この課題を解決するため,垂直照明に対応した屈折型レンズでDUVの色収差補正を実現し,このために設計手法として漸次波長拡大法を開発した。

製造したレンズの収差計測に関しては干渉計が用いられることが多いが,瞳がカメラ撮像面を越える大きさをもつ場合,小アパーチャでの測定データをソフト的に繋ぐ手法が知られている。この手法の課題は,極座標表記のZernike関数で波面を表現する都合上,小アパーチャでの測定領域が円形となるため,多数のショット(例えば13ショット)が必要となる点である。また,測定時間が掛かるため,この間の空気の揺らぎ等により最初と最後のデータの連続性が阻害される。さらには,カメラ視野が矩形なので四隅近傍のデータは有効利用されないという効率性の課題もある。本研究では,Zernike近似を介さず,カメラの矩形視野そのもので波面を繋ぐ手法を提案する。

一方,産業応用光学装置の性能に対して,搭載されたレンズの波面収差がどのような影響を与えるかを把握することは重要である。これまで,半導体露光装置のレンズ収差の計測手法は多数報告されているが,その活用手法の報告例はあまりなかった。その原因としては,波面収差から,装置にとって重要な線幅特性(露光量,フォーカスに対する変化)へ変換することが困難だったことがあげられる。本研究により現像パラメータの合わせ込みにより,実測値に近い線幅特性をシミュレーションで算出できるようになった。この結果を用い,露光量・フォーカスの最適値や装置間でのフォーカスマージンの差を定量的に解析している。

第1章は,本論文の序であり,研究の背景,本論文の評価値である収差係数の説明,および本論文の構成を述べている。

第2章では産業用レンズの設計手法を2例示す。1例目は,半導体露光装置のアライメント光学系の色収差補正光学系である。回折光学素子のガラスレンズとは逆の波長特性を利用し,h線(波長405nm)投影レンズで発生するブロードバンド光での縦色収差をキャンセルした。また,投影レンズの横色収差が絞り位置で変化することに着目し,投影レンズと共役位置に絞りを配置することで,横色収差の発生を抑えた。全体の色収差補正光学系には,投影レンズ,アクロマートレンズ,屈折・回折ハイブリッドレンズで構成されるSchupmann Systemを用いた。本設計手法により,波長550nm~650nmにおいて,縦色収差を11.3mm→39μm,倍率色収差を1.18%→0.04%に低減できた。上記の回折レンズを,リソグラフィとNi電鋳で製作した同心円状の4段形状の金型を用い,屈折レンズの平面側にUV硬化樹脂で成型した。試作したハイブリッドレンズを用い,550nm,600nm,650nmの各波長において投影レンズで発生する縦色収差の距離だけテストターゲットをデフォーカスさせ,色収差が補正されることを確認した。これにより,TTL(Through The Lens),ブロードバンド光での結像が可能になり,露光装置のアライメント精度を向上させることが可能になる。

2例目は,次世代のハードディスクあるパターンドメデイアの形状異常検査用に開発したDUV領域(波長200~400nm)の色収差補正レンズである。DUV領域では波長に対してガラスの屈折率が急激に変化するため,屈折率が中間値となる波長250nmを起点に,設計波長範囲を拡大しながら色収差の補正を行う波長漸次拡大法を新たに導入した。この結果,色ずれ率(スポット径50μmに対する各波長の径のばらつき)が設計で2.1%,実験評価で3.3%が得られ,目標の5%が達成できた。また,本レンズにより,パターン幅の異なるライン&スペースサンプル20.9~25.2nm(5種類)の分光波形を取得し,波形変化のリニアリティと検出誤差から0.6nmの線幅変化検出感度があることを確認した。

第3章では,センサ視野を越える大きな瞳径をもつレンズを対象とした波面収差繋ぎ測定技術に関して述べる。広視野,高NAの産業用レンズでは,瞳径は大きくなる傾向にある。今回,環境変化に強いシャックハルトマンセンサを用い,センサ自体の誤差とステージ誤差を補正して繋ぎ測定を行う技術を開発した。

本方式の特徴は, (a)レーザ測長器でステージ誤差を測定し,姿勢誤差のある画像から固定の格子点上のスポット像の位置ずれを算出する点と,(b)格子点上でのセンサ起因の位置ずれを測定し減算することにより被検レンズのみの波面収差を算出する点にある。本測定法により,13.5mm角の撮像範囲において,3×3測定の一括測定に対する波面収差の誤差が,補正によって0.0070λから0.0043λに低減される(5回平均のrms値)こと,また,φ40mmの瞳径のフーリエ変換レンズを3×3ショットで繋ぎ測定し,境界が滑らかに接続されることを確認した。

以上の技術により,広視野,高NAの産業用レンズの波面収差が計測できる見通しを得た。

第4章は,製造現場で使用中の半導体露光装置の波面収差測定とそのデータ活用手法を示す。波面収差を入力した露光シミュレーション技術は既知であるが,その光強度分布を用いた現像シミュレーションにおいて,パラメータ調整により高精度化(SEM実測値に近づける)する手法を開発した。波面収差を用いた200nm孤立パターンの露光・現像シミュレーションにおいて,溶解速度曲線を4つのパラメータでモデル化し,これらをタグチメソッドで実測値と合わせる手法を確立した。露光量変化時の線幅において平均誤差-2.4nm(σ0.2nm),フォーカス変化時の平均誤差0.6nm(σ3.5nm),フォーカス変化時のWall Angleでは,平均誤差-0.1°(σ0.14°)を得た。これを,露光装置3台,像高5か所で適用拡大,露光量変化時の線幅で検証し,実測値との差が平均で5nm(σ7nm)であることを確認した。このシミュレーション技術により3台の露光装置のプロセスウィンドウの算出およびフォーカスマージンの評価を行った。収差係数との相関解析によりフォーカスマージンには球面収差と非点収差が影響することを見いだし,このうち,球面収差は光源の波長制御で低減可能であることを示した。以上の成果により,露光量,フォーカス変化に対する線幅変化の予測精度が向上し,フォーカスマージンを尺度とした露光装置の機差評価,装置性能向上のための解析が可能となった。

以上,本論文は,短波長領域,高NA,広視野の点において民生用と異なる,産業用レンズに着目し,設計・評価・データ活用手法に関し,短波長レンズの色収差補正設計技術,高NA,広視野レンズの波面収差測定技術,および波面収差データを産業用装置の性能評価に応用する技術に関して述べた。これらの成果は,露光装置,検査装置をはじめとした産業用光学応用装置の性能向上,使いこなし技術の向上に寄与する。

審査要旨 要旨を表示する

光学応用装置はカメラ等の民生機器から半導体露光装置のような産業機器まで多岐に渡る。民生用のカメラレンズの波長は主に可視光であり,明るいものでF=1.4(NA:Numerical Aperture換算:0.36)である。これに対して産業用では,露光装置のように,波長は400nm以下の紫外で,NAは0.9を越えるものがある。民生用レンズは大量に生産されており,設計・評価技術が確立されているが,産業用レンズに関しては,仕様の特殊性により未だ課題が多い。例えば,短波長領域ではガラス硝材の屈折率が急激に変化するため,色収差補正設計が容易ではない。また,広視野,高NAレンズの収差評価においては,瞳径が大きいため通常の測定カメラの視野を越える。さらに,測定した収差データを産業機器へどのように活かすかも課題の一つである。本研究は,これらのレンズ設計・評価・活用の課題に関して解決策を提案することを目的とする。

本論文では,まず産業用レンズの設計手法を2例示した。1例目は,半導体露光装置のアライメント光学系の色収差補正光学系である。回折光学素子のガラスレンズとは逆の波長特性を利用し,h線(波長405nm)投影レンズで発生するブロードバンド光での縦色収差をキャンセルした。また,投影レンズの横色収差が絞り位置で変化することに着目し,投影レンズと共役位置に絞りを配置することで,横色収差の発生を抑えた。全体の色収差補正光学系には,投影レンズ,アクロマートレンズ,屈折・回折ハイブリッドレンズで構成されるSchupmann Systemを用いた。本設計手法により,波長550nm~650nmにおいて,縦色収差を11.3mm→39μm,倍率色収差を1.18%→0.04%に低減できた。上記の回折レンズを,リソグラフィとNi電鋳で製作した同心円状の4段形状の金型を用い,屈折レンズの平面側にUV硬化樹脂で成型した。試作したハイブリッドレンズを用い,550nm,600nm,650nmの各波長において投影レンズで発生する縦色収差の距離だけテストターゲットをデフォーカスさせ,色収差が補正されることを確認した。これにより,TTL(Through The Lens),ブロードバンド光での結像が可能になり,露光装置のアライメント精度を向上させることが可能になる。

2例目は,次世代のハードディスクあるパターンドメデイアの形状異常検査用に開発したDUV領域(波長200~400nm)の色収差補正レンズである。DUV領域では波長に対してガラスの屈折率が急激に変化するため,屈折率が中間値となる波長250nmを起点に,設計波長範囲を拡大しながら色収差の補正を行う波長漸次拡大法を新たに導入した。この結果,色ずれ率(スポット径50μmに対する各波長の径のばらつき)が設計で2.1%,実験評価で3.3%が得られ,目標の5%が達成できた。また,本レンズにより,パターン幅の異なるライン&スペースサンプル20.9~25.2nm(5種類)の分光波形を取得し,波形変化のリニアリティと検出誤差から0.6nmの線幅変化検出感度があることを確認した。

さらに,センサ視野を越える大きな瞳径をもつレンズを対象とした波面収差繋ぎ測定技術に関して検討した。広視野,高NAの産業用レンズでは,瞳径は大きくなる傾向にある。今回,環境変化に強いシャックハルトマンセンサを用い,センサ自体の誤差とステージ誤差を補正して繋ぎ測定を行う技術を開発した。

本方式の特徴は, (a)レーザ測長器でステージ誤差を測定し,姿勢誤差のある画像から固定の格子点上のスポット像の位置ずれを算出する点と,(b)格子点上でのセンサ起因の位置ずれを測定し減算することにより被検レンズのみの波面収差を算出する点にある。本測定法により,13.5mm角の撮像範囲において,3×3測定の一括測定に対する波面収差の誤差が,補正によって0.0070λから0.0043λに低減される(5回平均のrms値)こと,また,φ40mmの瞳径のフーリエ変換レンズを3×3ショットで繋ぎ測定し,境界が滑らかに接続されることを確認した。以上の技術により,広視野,高NAの産業用レンズの波面収差が計測できる見通しを得た。

つぎに,製造現場で使用中の半導体露光装置の波面収差測定とそのデータ活用手法を示した。波面収差を入力した露光シミュレーション技術は既知であるが,その光強度分布を用いた現像シミュレーションにおいて,パラメータ調整により高精度化(SEM実測値に近づける)する手法を開発した。波面収差を用いた200nm孤立パターンの露光・現像シミュレーションにおいて,溶解速度曲線を4つのパラメータでモデル化し,これらをタグチメソッドで実測値と合わせる手法を確立した。露光量変化時の線幅において平均誤差-2.4nm(σ0.2nm),フォーカス変化時の平均誤差0.6nm(σ3.5nm),フォーカス変化時のWall Angleでは,平均誤差-0.1°(σ0.14°)を得た。これを,露光装置3台,像高5か所で適用拡大,露光量変化時の線幅で検証し,実測値との差が平均で5nm(σ7nm)であることを確認した。このシミュレーション技術により3台の露光装置のプロセスウィンドウの算出およびフォーカスマージンの評価を行った。収差係数との相関解析によりフォーカスマージンには球面収差と非点収差が影響することを見いだし,このうち,球面収差は光源の波長制御で低減可能であることを示した。以上の成果により,露光量,フォーカス変化に対する線幅変化の予測精度が向上し,フォーカスマージンを尺度とした露光装置の機差評価,装置性能向上のための解析が可能となった。

以上,本論文は,短波長領域,高NA,広視野の点において民生用と異なる,産業用レンズに着目し,設計・評価・データ活用手法に関し,短波長レンズの色収差補正設計技術,高NA,広視野レンズの波面収差測定技術,および波面収差データを産業用装置の性能評価に応用する技術に関して述べた。これらの成果は,露光装置,検査装置をはじめとした産業用光学応用装置の性能向上,使いこなし技術の向上に寄与する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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