学位論文要旨



No 217762
著者(漢字) 岩淵,紀介
著者(英字)
著者(カナ) イワブチ,ノリユキ
標題(和) ビフィズス菌・乳酸菌によるサイトカイン・ケモカインの産生制御とその免疫調節作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217762
報告番号 乙17762
学位授与日 2012.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17762号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 八村,敏志
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 田之,倉優
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

近年、腸管の免疫機構と常に接触する腸内細菌は宿主の免疫系に多大な影響を及ぼすことが明らかになってきたことから、ビフィズス菌や乳酸菌といったプロバイオティクスによるアレルギー予防作用や感染防御作用といった様々な免疫調節作用も一般的に受け入れられつつある。しかし、これらのプロバイオティクスによる効果は、臨床試験において常に観察されるものではないことから、動物実験などより単純な試験系でその効果を検証するとともに、その作用機序を明らかにしていくことで、科学的根拠を確立することが求められている。また作用機序に関する研究は、そのプロバイオティク株の免疫調節作用の特徴を明らかにするとともに、新規プロバイオティクスの開発に繋がる有用な知見をもたらし得る。

本研究では、ビフィズス菌Bifidobacterium longum BB536(B. longum BB536)の免疫調節作用の科学的根拠を確立することを目的として、臨床試験で示された免疫調節作用を動物試験等で検証しその作用機序を検討した。第1章ではB. longum BB536菌体が抗原特異的に誘導されるTh2サイトカインやIgEの産生に及ぼす影響を、第2章ではB. longum BB536菌体がアレルギー症状の重篤化に関与するTh2細胞誘因性ケモカイン(Th2ケモカイン)の産生に及ぼす影響をin vitroで検討した。第3章では、B. longum BB536加熱死菌体による免疫賦活作用と、生菌体によるインフルエンザ感染防御作用を動物試験で評価した。第4章では、ヒトでの免疫調節作用を様々な観点から検証するために、高齢者にB. longum BB536を投与し自然免疫機能や獲得免疫機能に及ぼす影響を評価した。第5章では、B. longum BB536の免疫調節作用に関する検証結果から得られた知見をもとに、新しいプロバイオティクスの利用形態として乳酸菌の死菌体に着目し、新たに選抜した乳酸菌株の死菌体による感染防御作用を検討した。

第1章 In vitroにおけるB. longum BB536によるTh1サイトカインに依存しないTh2サイトカイン・IgE産生抑制作用

スギ花粉症患者を対象とした臨床試験においてB. longum BB536の摂取はTh1/Th2バランスを調節したことから、B. longum BB536菌体が抗原特異的なTh1/Th2反応に及ぼす影響を検討した。マウス脾細胞を用いてLactobacillusなどの乳酸菌17株とビフィズス菌15株のIL-12誘導能を調べたところ、B. longum BB536を含むビフィズス菌株は乳酸菌よりIL-12誘導能が低かった。オボアルブミン(OVA)で抗原感作したマウス脾細胞を用いたin vitro試験では、B. longum BB536菌体は抗原の再刺激によって細胞から誘導されるIgEとTh2サイトカインであるIL-4を抑制し、抗Th1サイトカイン抗体を添加した中和実験でもB. longum BB536はIgEとIL-4の産生を抑制した。また、OVA存在下でBB536と共に培養したマウス骨髄由来樹状細胞を、OVA感作マウスのT細胞と共培養したところ、T細胞から産生されるIL-4は抑制された。これらの結果から、ビフィズス菌は炎症誘発性サイトカインであるIL-12の誘導能が乳酸菌と比べて低いこと、またB. longum BB536は樹状細胞などの抗原提示細胞を介してTh1サイトカイン非依存的にIgE産生およびTh2免疫反応を抑制することが示唆された。

第2章 B. longum BB536によるT細胞-抗原提示細胞の相互作用で誘導されるTh2ケモカイン抑制作用

花粉症の臨床試験においてB. longum BB536の摂取はスギ花粉の暴露に伴うTh2ケモカインであるthymus- and activation-regulated chemokine(TARC)の血中での増加を抑制したことから、TARCやmacrophage-derived chemokine(MDC)といったTh2ケモカインの産生機序とともに、B. longum BB536によるTARC・MDCの産生抑制作用を、マウス脾細胞で検討した。その結果、B. longum BB536菌体は抗原提示細胞がT細胞との相互作用で産生するTh2ケモカインを抑制することが確認された。アレルギー性疾患の炎症部位では種々のリンパ球の浸潤・集積がみられ、これらの集積した細胞同士の相互作用によって症状が進行すると考えられる。このことから、B. longum BB536は免疫担当細胞同士の相互作用で産生されるTh2ケモカインを抑制することで、炎症部位でのTh2細胞の浸潤・集積を緩和しTh2反応を抑制していることが推察された。これらの結果はプロバイオティクスによる遅発相におけるアレルギー症状軽減作用を示唆する知見である。

第3章 インフルエンザウイルス感染モデルマウスにおけるB. longum BB536による感染防御作用

高齢者を対象とした臨床試験においてB. longum BB536の継続摂取はインフルエンザ発症者数や38℃以上の発熱者数を減少させたことから、B. longum BB536加熱死菌体の経鼻投与とB. longum BB536生菌体の経口投与がインフルエンザ感染モデルマウスに及ぼす影響を検討した。B. longum BB536加熱死菌体の経鼻投与は、肺縦隔リンパ節からのIL-12p40や鼻関連リンパ組織からのIFN-γの産生を亢進するなど、鼻粘膜を介して気道に関連した細胞性免疫を賦活し、インフルエンザウイルス感染を防御した。しかし、B. longum BB536加熱死菌体のマウスへの経口投与は、脾臓中のNK細胞の割合などに変化を及ぼさなかった。一方、B. longum BB536の生菌をインフルエンザ感染モデルマウスへ投与した試験では、投与によって感染による症状等が軽減され、肺中のIFN-γとIL-6の濃度が減少傾向を示し、抗炎症的な作用が見られた。

第4章 プロバイオティクスB. longum BB536の摂取が経腸栄養管理を受ける高齢患者の免疫機能と腸内菌叢に及ぼす影響

B. longum BB536の摂取が高齢者の免疫機能や腸内菌叢に及ぼす影響を調べるために、経腸栄養管理を受ける高齢患者を対象にB. longum BB536の生菌体を12週間摂取させる介入試験を実施した。B. longum BB536の摂取は、腸内のビフィズス菌を増加させ、NK活性の維持や血中IgA値の増加、一部のインフルエンザワクチンの効果を高めるなど、経腸栄養患者の生体防御能を改善することが示唆された。このようなB. longum BB536生菌による宿主の自然免疫機能と獲得免疫機能を調節する作用が感染防御作用に寄与していると考えられた。

第5章 高いIL-12誘導能を有する乳酸菌Lactobacillus paracasei MoLac-1の選抜とそのインフルエンザウイルス感染に対する防御作用

IL-12誘導能の低いB. longum BB536加熱死菌体の経口投与は、NK細胞の割合などに変化を及ぼさず、感染防御作用が期待できなかったことから、IL-12誘導能の高い乳酸菌加熱死菌体の感染防御作用を検討した。マウス脾細胞を用いてビフィズス菌・乳酸菌85株の中から、高いIL-12誘導能を有する乳酸菌Lactobacillus paracasei MoLac-1株(L. paracasei MoLac-1)を新たに選抜した。L. paracasei MoLac-1加熱死菌体は、in vitroにおいてマクロファージからのIL-12産生を誘導し、IL-12とIL-18依存的にNK細胞からのIFN-γ産生を誘導するとともに、NK細胞を活性化した。また、L. paracasei MoLac-1加熱死菌体のマウスへの経口投与は、脾臓中のNK細胞の割合を増加させ、インフルエンザウイルス感染による症状を軽減した。微生物死菌の食品への応用は、生菌と比べて安全性に関するリスクが少なく工業的なハンドリングも良いことから、近年注目されている。本研究から感染防御作用が期待できる乳酸菌死菌体の開発において、IL-12誘導能の評価が有用であることが示唆された。

総括

本研究はB. longum BB536の抗アレルギー作用に寄与し得るTh2サイトカイン・IgE産生抑制作用とTh2ケモカイン産生抑制作用を示した。またB. longum BB536生菌体のマウスへの経口投与は抗炎症的な作用によりインフルエンザウイルス感染による症状を軽減し、高齢者への投与では自然免疫機能と獲得免疫機能を調節することにより、感染を防御することが示唆された。これらの結果から、ビフィズス菌B. longum BB536による免疫調節作用は、過剰な免疫反応や炎症反応を抑制するといった免疫抑制的な作用であることが推察された。一方で、高いIL-12誘導能を有するL. paracasei MoLac-1の加熱死菌体は、経口投与によってマウスのインフルエンザ感染を防御した。本研究はプロバイオティクスによる免疫調節作用の科学的根拠の確立に寄与するとともに、新規プロバイオティク株の開発に繋がる知見を提供するものであり、プロバイオティクスを通じた更なる健康維持と疾病予防に貢献するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ビフィズス菌・乳酸菌によるサイトカインやケモカインの産生制御作用を解析することにより、ビフィズス菌Bifidobacterium longum BB536(B. longum BB536)による抗アレルギー作用や感染に対する防御作用を細胞試験や動物試験、臨床試験で検討するとともに、サイトカインの誘導特性に基づいて感染防御作用を有する乳酸菌の開発に取り組んだもので、論文は序章、5章からなる本論、総合討論で構成されている。

研究の背景と目的について述べた序章に続き、第1章では、臨床試験で示唆されているTh1/Th2バランス調節作用について、B. longum BB536菌体が抗原特異的なTh1/Th2反応に及ぼす影響をin vitroで検討した。乳酸菌・ビフィズス菌によるTh1誘導性サイトカインであるインターロイキン (IL)-12の誘導能を調べ、乳酸菌と比べてビフィズス菌では全般的にIL-12誘導能が低いことを示し、ビフィズス菌によるサイトカイン産生の誘導特性を示唆した。またB. longum BB536は樹状細胞などの抗原提示細胞を介してTh2免疫反応を抑制し、その作用の一部はTh1サイトカイン非依存的であることを示唆した。

第2章では、臨床試験においてB. longum BB536の摂取はTh2ケモカインであるthymus- and activation- regulated cytokine (TARC)の増加を抑制することから、TARCやmacrophage-derived chemokine (MDC)といったTh2ケモカイン産生に対するB. longum BB536による抑制作用をin vitroで検討した。本章では、TARC産生にgranulocyte macrophage colony stimulating factor (GM-CSF) が重要であることを見出し、Th2ケモカインがT細胞と抗原提示細胞との相互作用により抗原提示細胞から産生されることを示した。またB. longum BB536菌体はこれらの細胞の相互作用によるTh2ケモカイン産生を抑制することを示し、遅発相におけるアレルギー症状の軽減作用の新たな機序を提示した。

第3章では、臨床試験においてB. longum BB536の摂取はインフルエンザ発症者数を減少させることから、B. longum BB536の経口投与の影響についてインフルエンザウイルス感染モデルマウスを用いて検証した。B. longum BB536投与群では感染による症状等が軽減され、肺中のインターフェロン (IFN)-γとIL-6の濃度が減少傾向を示したことなどから、抗炎症的な作用によって感染による症状を軽減することが示唆された。

第4章では、B. longum BB536の摂取がヒトの免疫機能や腸内菌叢に及ぼす影響を調べるために、経腸栄養管理を受ける高齢患者を対象にB. longum BB536の生菌体を用いた介入試験を実施し、解析を行った。B. longum BB536の摂取による、腸内のビフィズス菌の増加やNK活性の維持、血中IgA値の増加、インフルエンザワクチンの感受性向上が示され、生体防御に関連した免疫調節作用が示唆された。

第5章では、IL-12誘導能が強い乳酸菌株を選抜し、製品中でのハンドリングが容易な加熱死菌体で感染防御作用が期待できる乳酸菌の開発に取り組んだ。選抜株はin vitroでNK細胞の活性化とIFN-γ産生を誘導し、加熱死菌体の経口投与はマウスのインフルエンザウイルス感染による症状を軽減した。

続く総合討論では本研究を総括し、今後の課題について述べている。

以上、本論文は、乳酸菌・ビフィズス菌のサイトカイン・ケモカインの産生制御作用を明らかにすることで、ビフィズス菌の免疫抑制的な免疫調節作用の特性を示すとともに、製品応用性の高い乳酸菌の開発を実践したもので、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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