学位論文要旨



No 217763
著者(漢字) 新谷,麻理
著者(英字)
著者(カナ) シンタニ,マリ
標題(和) 経口血小板増加薬YM477の薬理学的作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217763
報告番号 乙17763
学位授与日 2012.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17763号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 東原,和成
 東京大学 准教授 永田,宏次
 東京大学 准教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

血小板は止血機構に重要な役割を果たしている血液成分の一つである。血小板は、様々なサイトカインによって造血幹細胞から造血前駆細胞、巨核球へと方向付けされた後、成熟した巨核球の細胞質から生じる無核片として産生される。この過程で特に重要な役割を担っているサイトカインがトロンボポエチン (TPO) である。TPOは332アミノ酸残基からなるタンパク質であり、1994年に初めてクローニングされた。1990年代後半にはTPO製剤の臨床試験が実施され、化学療法後の血小板減少等の血小板減少症に対して有効性が確認された。しかしながら、TPO製剤投与によって中和抗体が誘導されることが判明し、その中和抗体が内因性のTPOの作用を抑制することにより、血小板減少症が発症したことから、臨床試験が中断された。本研究では、TPO製剤で問題となった中和抗体の懸念が少なく、血小板減少症の主たる治療法である血小板輸血の問題点である感染等の危険性が少ないと考えられる低分子化合物の中からTPOと同様の作用を有する化合物の探索を実施し、新規TPO受容体作動薬YM477 (1-(3-chloro-5-{[4-(4-chloro-2-thienyl)-5-(4-cyclohexylpiperazin-1-yl) -1,3-thiazol-2-yl]carbamoyl}-2-pyridyl)piperidine-4-carboxylic acid) を創出した。本論文ではYM477の薬理学的作用について研究した。

第1章では、in vitroにおけるYM477の薬理作用を検討した。YM477は、TPO受容体への刺激に応じて増殖するヒトTPO受容体発現Ba/F3細胞の増殖を促進したが、親株のBa/F3細胞の増殖を促進しなかった。また、YM477はリコンビナントヒトTPO (rhTPO) と同様に、ヒトTPO受容体発現Ba/F3細胞内のSTAT3、STAT5のチロシン残基およびERKのスレオニン残基のリン酸化を誘導した。このことから、YM477はヒトTPO受容体に作用し、TPO様の作用を示す可能性が示唆された。TPOの生体内での主な薬理作用は、造血幹細胞から巨核球への分化・成熟促進作用であることから、CD34+細胞 (ヒト造血幹・前駆細胞を含む集団)から巨核球への分化促進および成熟に与えるYM477の影響を検討した。YM477はヒト臍帯血CD34+細胞からのヒト巨核球形成を濃度依存的に促進させ、他の血球系への分化促進には影響を与えなかった。また、YM477存在下でヒト末梢血CD34+細胞を培養した際に生成する巨核球の細胞核の多倍体の分布はrhTPO存在下で培養した巨核球と類似したものであり、有意な差は認められなかった。これらの結果から、YM477はTPOと同様に造血幹細胞から巨核球への分化・成熟を促進することが示された。本章において、YM477はin vitroでTPOと同等の作用を示すことを明らかにした。

第2章では、YM477のin vivo評価の実施を目的として、YM477の種特異性を検討した。TPO受容体は血小板に発現しており、TPOは血小板内情報伝達を惹起させることから、この作用を利用し、種特異性の検討を行った。検討した範囲では、YM477はヒトおよびチンパンジーの血小板にのみ細胞内情報伝達を誘導したことから、TPO受容体へのYM477の作用は種特異性が高いことが示された。

YM477がTPO受容体への作用において、厳格な種特異性を持つことが判明したものの、in vivo実験でのチンパンジーの使用は困難である。そこで、第3章では、免疫不全マウスであるNOD/SCIDマウスにヒト造血幹細胞を移植し、ヒト血小板を産生するマウスモデルを作成した。モデルマウス末梢血中において、ヒト血小板がその寿命が約10日であるにもかかわらず6ヶ月以上検出されたことから、マウス体内でヒト血小板が安定的、継続的に産生されることが示唆された。また、モデルマウス血液中のヒト血小板はアゴニストの刺激により活性化したことから、マウスの末梢血中に産出されたヒト血小板は機能的であると考えられた。従って、機能的なヒト血小板を体内で安定して産生するモデルマウスが確立できたと考えられた。次に、本評価系を用いて、YM477のヒト血小板増加作用を検討した。YM477をヒト造血幹細胞移植NOD/SCIDマウスに14日間経口投与した結果、YM477を1 mg/kg/day以上投与した群では、投与開始14日目に有意なヒト血小板数の増加が認められた。YM477の投与終了後、ヒト血小板数は薬剤投与開始時の値まで減少した。以上の結果により、YM477はTPOと同様にin vivoで血小板増加作用を有することが示された。

第4章では、YM477のヒト血小板の凝集および活性化に及ぼす影響について検討した。血小板は、凝集・活性化反応を通じて血小板血栓形成に大きな役割を果たしており、TPOはその血小板の活性化を促進することが知られている。一方で、血小板凝集の促進は、血栓形成のリスクを高め、血栓関連疾患発症のリスクとなりうる。そこで、最初にin vitroでYM477が血小板凝集および血小板活性化に与える影響を検討した。YM477は、単独では血小板凝集および活性化のいずれも惹起しなかった。また、YM477はアゴニスト刺激により惹起される血小板凝集および血小板活性化を亢進させなかった。一方、TPOは、単独で血小板凝集および活性化を惹起し、アゴニスト刺激による血小板凝集および活性化を亢進させた。この結果から、血小板凝集および血小板活性化亢進作用に対するYM477の影響は非常に小さいことが示された。

次に、in vivoでYM477が血小板機能に与える影響を検討する目的で、YM477を投与したヒト造血幹細胞移植NOD/SCIDマウスのヒト血小板の血小板活性化能を評価した。YM477投与群のヒト血小板の薬剤投与前後の血小板活性化の変化率はvehicle群と同程度であることが確認された。従って、YM477はマウス体内で機能的なヒト血小板を産生させることができると考えられた。また、YM477の長時間の暴露が血小板機能に影響を及ぼさないことも示唆された。

第5章では、TPO受容体に対するYM477の作用部位について検討を行った。TPO受容体の細胞外領域は、膜遠位ドメイン(CRH1)と膜近位ドメイン(CRH2)で構成されており、TPOは、CRH1部位に結合することが示されている。そこで、本検討では2種類のヒトとカニクイザルのキメラTPO受容体 (カニクイザルCRH1/ヒトCRH2-細胞膜貫通領域、細胞質内領域(ICD)キメラTPO受容体およびヒトCRH1/カニクイザルCRH2-ICDキメラTPO受容体) をそれぞれ発現させたBa/F3細胞の細胞増殖活性を指標としてYM477のTPO受容体の作用部位を検討した。YM477は、カニクイザルCRH1/ヒトCRH2-ICDキメラTPO受容体発現Ba/F3細胞の増殖を促進したが、ヒトCRH1/カニクイザルCRH2-ICDキメラTPO受容体発現Ba/F3細胞の増殖を促進しなかった。YM477の活性発現にはヒトCRH2が重要であることから、YM477のTPO受容体への結合部位はTPOの結合部位とは異なるものと考えられた。次に、TPOとTPO受容体の結合に対するYM477の影響を検討した。TPO受容体へのTPOの結合を阻害すると報告されている低分子化合物TM41がヒト血小板へのTPOの結合を阻害することを確認し、同じ実験条件下でYM477の影響を検討したところ、YM477はヒト血小板へのTPOの結合を阻害しなかった。この結果からもヒトTPO受容体へのYM477の結合部位はTPOの結合部位とは異なることが示された。

ヒトTPO受容体へのYM477の結合部位はTPOの結合部位とは異なることが示され、YM477がTPO受容体に対してTPOと同時に作用する可能性が考えられたことから、第6章では、YM477とTPOの併用作用について検討した。YM477は末梢血CD34+細胞からの巨核球形成を、TPO同様に刺激した。さらに、YM477はTPOが巨核球産生の最大効果を示すTPO濃度存在下において濃度依存的に巨核球数を増加させ、最大で約200%の増加を示した。このように、YM477はTPOとの併用効果を示した。

以上、本論文において、YM477がTPO受容体に作用し、in vitroでTPOと同等の作用を示すことを証明し、ヒト血小板を長期にわたり産生するモデルマウスにおいてin vivoで機能的なヒト血小板を増加させることを示した。さらに、TPO受容体上のYM477の作用点がTPOの作用点とは異なることを明らかにし、造血幹細胞に対してTPOとYM477が相加的に働く可能性を示した。これらの結果から、YM477が優れた血小板増加薬となることが期待される。なお、YM477はすでに臨床試験が実施されており、健常人への経口投与により、用量依存的な血小板数の増加が認められ、本研究で示した結果の一部がヒトで証明されている。

このように、YM477は健常人で忍容性が高く、さらに血小板増加作用を示したことから、現在本薬剤は米国において特発性血小板減少性紫斑病、慢性肝疾患に伴う血小板減少症で臨床試験が進められている。本薬剤が有用な血小板減少治療薬として患者の役に立つ薬剤になることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

トロンボポエチン (TPO) は、造血幹細胞から血小板が分化する際に働く造血因子である。血小板が減少するいくつかの疾患に対してTPO製剤が有効であることが確認されたが、抗体を産生する等の支障があり、患者に負担の少ないこれに替わりうる経口低分子薬が望まれていた。本論文は、低分子血小板増加薬としてTPO受容体作動薬が化合物ライブラリーから探索され、さらに構造の最適化によって得られた化合物YM477 (1-(3-chloro-5-{[4-(4-chloro-2-thienyl)-5-(4-cyclohexylpiperazin-1-yl)-1,3-thiazol-2-yl]carbamoyl}-2-pyridyl)piperidine-4-carboxylic acid) について薬理学的作用を検討したものであり、序論およびそれに続く6章から構成されている。

序論で背景を述べた後、まず第1章では、TPO受容体への刺激に応じて増殖するヒトTPO受容体発現Ba/F3細胞の増殖をYM477が促進し、さらに細胞内のSTAT3、STAT5のチロシン残基およびERKのトレオニン残基のリン酸化を誘導したことから、YM477はヒトTPO受容体に作用し、TPO様の作用を示す可能性が示唆された。また、YM477はヒト臍帯血CD34+細胞からのヒト巨核球形成を促進させたことから、YM477はTPOと同様に造血幹細胞から巨核球への分化・成熟を促進することが示された。

第2章では、YM477の種特異性についてヒト、チンパンジー、カニクイザル、ブタ、ビーグル犬、ウサギ、モルモット、ラット等の血小板を用いて検討している。その結果、YM477はヒトおよびチンパンジーの血小板にのみ細胞内情報伝達を誘導したことから、TPO受容体へのYM477の作用は種特異性が高いことが示された。

第3章では、高い種特異性を有するYM477をin vivoで評価するために、免疫不全マウスであるNOD/SCIDマウスにヒト造血幹細胞を移植し、ヒト血小板を産生するマウスモデルを作製している。モデルマウス末梢血中においてはヒト血小板が6ヶ月以上検出され、また、モデルマウス血液中のヒト血小板はアゴニストの刺激により活性化したことから、機能的なヒト血小板を体内で安定的、継続的に産生されるモデルマウスが確立できた。本モデルマウスにYM477を14日間経口投与した結果、投与開始14日目に有意なヒト血小板数の増加が認められた。以上の結果から、YM477はTPOと同様にin vivoで血小板増加作用を有することが示された。

第4章では、YM477のヒト血小板の凝集および活性化に及ぼす影響について検討している。YM477はin vitroで血小板凝集および活性化の惹起・亢進が見られなかったことから、血小板凝集および血小板活性化亢進作用に対するYM477の影響は小さいことが示された。

第5章では、YM477が高い種差を持つことからTPO受容体に対するYM477の作用部位についての検討を行った。TPO受容体の細胞外領域は、膜遠位ドメイン(CRH1)と膜近位ドメイン(CRH2)で構成されており、TPOはCRH1部位に結合する。YM477はカニクイザルCRH1/ヒトCRH2キメラTPO受容体発現Ba/F3細胞の増殖のみを促進したことから、YM477のTPO受容体への結合部位はCRH2部位であり、TPOの結合部位とは異なることが示された。また、YM477はヒト血小板へのTPOの結合を阻害しなかったことからもヒトTPO受容体へのYM477の結合部位はTPOの結合部位とは異なることが示された。

第6章では、第5章の結果から、YM477がTPO受容体に対してTPOと同時に作用する可能性が考えられたため、YM477とTPOの併用作用について検討している。その結果、YM477は末梢血CD34+細胞からの巨核球形成をTPOと同様に刺激した。さらに、YM477はTPOが巨核球産生の最大効果を示すTPO濃度下において濃度依存的に巨核球数を増加させたことから、YM477とTPOは相加的な効果を示すことがわかった。

以上、本論文は、YM477がTPO受容体に作用し、in vitroおよびin vivoでTPOと同等の作用を示すこと、およびYM477がTPOとは異なる受容体部位に結合し、両者が相加的に働くことを示したものであり、YM477が優れた血小板増加薬になる可能性を示すものである。これらの結果は学術上応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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