学位論文要旨



No 217768
著者(漢字) 佐野,泰如
著者(英字)
著者(カナ) サノ,ヤスユキ
標題(和) 橋軸直角方向強震時における鋼上路式アーチ橋横構の挙動と設計法
標題(洋)
報告番号 217768
報告番号 乙17768
学位授与日 2013.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17768号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 講師 長山,智則
 東京大学 教授 桑村,仁
 長岡技術科学大学 教授 長井,正嗣
 名古屋工業大学 教授 後藤,芳顯
内容要旨 要旨を表示する

鋼上路式アーチ橋は,床版質量が上方に集中するためアーチリブ基部の地震時の作用力が大きく,幾何学的非線形の影響もあることから,地震時の挙動は複雑で,耐荷力に大きな影響を与える部材を明確にして耐震設計を行う必要がある.さらに,実際の挙動に即した解析モデルで動的解析を行うことが,耐震設計の信頼性向上のためには不可欠である.しかし,現在までの検討は,このような橋梁の実験が大規模となり困難であるため,解析的な検討に限定され実験的な検証がなされていなかった.このため,設計実務者レベルの耐震設計においては,実験で検証されていない解析モデルが用いられているのが現状である.したがって,解析でのモデル化が不十分な部位が地震時に損傷し,それが原因で全体の耐荷力が低下すると,耐震設計の信頼性が低下することが懸念された.

アーチリブを互いにつなぐブレース材である横構は,兵庫県南部地震以前の設計では,風や震度法の地震による作用力に対して弾性座屈を許容した引張力のみに抵抗する部材として設計され,アーチリブの面外座屈の固定点としては重要な部材であるものの,道路橋示方書・同解説II鋼橋編の最大細長比の規定で決定され,形鋼で構成される比較的小さい断面となることが多かった.しかし,近年は橋軸直角方向地震に対して,抵抗部材として十分な伸び剛性を有する必要があるため,耐震設計上は重要な部材となった.

以上のことから,1) 実際に設計された橋梁の構造パラメータを反映した橋軸直角方向についての構造実験により損傷メカニズムを明らかにし,2) ファイバーモデルによる非線形解析で実際の挙動をより正確に反映できるモデル化を行うとともに,3) 耐震設計上重要なアーチリブの横構としての必要伸び剛性を明確にして設計することが,鋼上路式アーチ橋の橋軸直角方向地震に対しての耐震性能向上のために必要とされていると考えた.本論文は地震時の挙動が複雑となる鋼上路式アーチ橋に着目し,アーチリブの横構伸び剛性および横構と他の部材との連結部(以下,横構ガセット)の板厚が橋軸直角方向の耐荷力に与える影響について実験および解析により研究した成果を詳述したものである.本研究の目的を以下にまとめる.

1) 実際に設計された橋梁の構造パラメータを反映した実験供試体2体の橋軸直角方向についての構造実験により,鋼上路式アーチ橋のアーチリブの損傷メカニズムを明らかにする.

2) 橋軸直角方向の正負交番載荷による,弾性域から弾塑性域の最大耐力までの複弦アーチリブの構造実験結果をもとにして,現状の解析モデルの留意点の明示と改善方法の提案を行う.

3) 鋼上路式アーチ橋の橋軸直角方向地震時の耐震性能向上のために,横構と横構ガセットに関する必要伸び剛性や必要板厚を算出する簡易式および設計フローを提案する.

本論文は,以下に示す7章の構成と概要になっている.

第1章「序論」では,本研究の背景として,鋼上路式アーチ橋についての検討課題について概要を述べた.また,これまで鋼上路式アーチ橋に関し,橋軸直角方向の構造実験,動的解析のモデル化およびアーチリブの横構の必要伸び剛性について検討されている既往の研究の概要を整理した.それを踏まえ,本研究の位置づけと目的と概要について述べた.

第2章「既設鋼上路式アーチ橋の構造パラメータに関する調査」では,既設の鋼上路式アーチ橋について,設計や検討用のデータ拡充と第3章の実験供試体への反映を目的として,11個の構造パラメータの調査を行い,パラメータの分布範囲やアーチ支間との相関関係について分析した.本研究により,鋼上路式アーチ橋の構造パラメータの傾向を定量的に示すことができた.

第3章「鋼上路式アーチ橋のアーチリブの橋軸直角方向地震時耐荷力に関する実験的研究」では,既設の鋼上路式アーチ橋における,アーチリブの橋軸直角方向の地震時耐荷力を評価する目的で実験による検討を行った.実験は,既設橋を可能な限り反映し,幅厚比パラメータを変えた2体の複弦アーチリブ実験供試体(縮小スケール1/10程度)を用いて行った.載荷実験は以下の実験をそれぞれ行った.本研究により,今まで明らかにされていなかった複弦アーチリブの橋軸直角方向の正負交番載荷時の損傷メカニズムが明らかになった.

1) 死荷重載荷実験:実験供試体のアーチリブに実橋と同程度の死荷重相当の軸力を導入することと,死荷重相当の載荷状態での鉛直方向の変形,アーチリブの発生ひずみを確認した.

2) 橋軸直角方向の弾性載荷実験:実験供試体の橋軸直角方向の弾性挙動(アーチリブの水平,鉛直方向変位,アーチリブと横構のひずみ)を確認した.

3) 橋軸直角方向の正負交番載荷実験:弾塑性域から終局状態に至るまでの破壊メカニズムを確認した.

第4章「鋼上路式アーチ橋のアーチリブの橋軸直角方向地震時耐荷力に関する解析的研究」では,既設の鋼上路式アーチ橋における,アーチリブの橋軸直角方向の地震時耐荷力を評価する目的で,ファイバーモデルを用いた解析によって第3章の実験結果の再現性の検討を行った.本研究により,横構の伸び剛性およびアップリフト作用時の支点条件を解析モデルに反映することで,実際の挙動をより精緻にシミュレーションすることが可能となった.

第5章「鋼上路式アーチ橋のアーチリブの横構および横構ガセットに関する研究」では,鋼上路式アーチ橋において,アーチリブの橋軸直角方向地震時耐荷力を向上させる目的で,横構の必要伸び剛性について2つのアプローチで検討を行った.さらに,提案する横構必要伸び剛性に対して,横構ガセット部が弱点とならないように,横構ガセットの必要板厚についても提案と検証を行った.本研究により,横構必要伸び剛性と横構ガセットの必要板厚を動的解析によらない簡易式で設定でき,橋軸直角方向地震時に横構および横構ガセットが弱点とならないため,橋梁全体の耐荷力が急激に低下することを防止できるようになった.

第6章「鋼上路式アーチ橋の橋軸直角方向地震に関するアーチリブの横構設計法に関する研究」では,第5章の提案式を用いて鋼上路式アーチ橋の横構を設計する方法について,設計フローに整理し試設計を行った.また,提案設計法と従来設計法それぞれで設計を行った鋼上路式アーチ橋のモデルについて橋軸直角方向のPushover解析を行い,提案設計法の優位性を示した.さらに,横構ガセットについても,FEM解析により応力分布を確認し提案設計法の妥当性を示した.本研究により,提案設計法は合理的な設計が可能であることが分かった.

第7章「結論」では,各章で得られた成果から本研究の結論を述べた.

審査要旨 要旨を表示する

鋼上路式アーチ橋の橋軸直角方向レベル2地震時の損傷メカニズムは,実験が大規模となり実施か困難であるため,解析的な検討に限定され実験的な検証がなされていなかった.このため,設計実務者レベルの耐震設計においては,実験で検証されていない解析モデルが用いられることから,解析で表現できていない想定外の部位が損傷しそれを原因として全体の耐荷力が低下すると,耐震設計の信頼性が低下することが懸念されていた.

本論文では,1) 実際に設計された橋梁の構造パラメータを反映した橋軸直角方向についての構造実験により損傷メカニズムを明らかにし,2) ファイバーモデルによる非線形解析でより実際の挙動を反映できるモデルを作成するとともに,3) 耐震設計上重要なアーチリブの横構の必要伸び剛性や横構ガセット必要板厚を明確にすることが,鋼上路式アーチ橋の橋軸直角方向地震に対する耐震性能向上のために必要と考え,目的としている.

第1章では,本研究の背景,既往の研究,目的についてまとめている.本研究の背景として,鋼上路式アーチ橋についての検討課題について整理している.また,既往の研究として,鋼上路式アーチ橋について,橋軸直角方向の耐震性能や耐荷力性能,アーチリブの横構の必要伸び剛性についてこれまで検討されている事例を整理している.それらを踏まえ,本研究の目的を述べている.

第2章では,既設の鋼上路式アーチ橋について,第3章の実験供試体の設計で参考にする目的で,11個の構造パラメータの調査を行っている.各パラメータについて,アーチ支間で整理し,パラメータの分布範囲やアーチ支間との相関関係について分析している.

第3章では,アーチリブの橋軸直角方向の地震時耐荷力を実験的に評価する目的で検討を行っている.実験は,実橋調査結果を参考に,幅厚比パラメータを変えた2体の複弦アーチリブ実験供試体(縮小スケール1/10程度)を用いて死荷重載荷実験,橋軸直角方向の弾性載荷実験および橋軸直角方向の正負交番載荷実験を行っている.

第4章では,アーチリブの橋軸直角方向の地震時耐荷力を解析的に評価する目的で第3章の実験について,ファイバーモデルを用いた解析によって実験結果の再現性の検討を行っている.

第5章では,鋼上路式アーチ橋において,アーチリブの橋軸直角方向地震時耐荷力を向上させる目的で,横構の必要伸び剛性について検討を行っている.さらに,提案する横構必要伸び剛性に対して,横構ガセット部が弱点とならないように,横構ガセットの必要板厚についても提案と検証を行っている.

第6章では,第5章の提案式を用いて鋼上路式アーチ橋の横構を設計する方法について,設計フローに整理し試設計を行っている.

第7章では,全体の結論をまとめている.

全体の論文の流れは,既設の鋼上路式アーチ橋の調査結果を踏まえ,大型実験供試体を製作し、実験により橋軸直角方向力作用時の損傷メカニズムを明らかにしている.その後,ファイバーモデルを用いた解析により,実験結果との再現性を向上させるための検討を行っている.最後に,横構必要伸び剛性と横構ガセット必要板厚について,簡易式を提案するとともに,試設計によりその有用性を明らかにしている.

鋼上路式アーチ橋の構造パラメータは,30橋程度の単位面積鋼重,アーチライズ,アーチリブ高,補剛桁高の調査結果があるのみであった.本研究では,これを最大152橋の11種類まで増やして調査整理し,設計資料として有用なものを提供している.

アーチリブの橋軸直角方向地震時に着目した構造実験は,単弦アーチリブに関するものしか行われてなく,載荷時に支点が移動してしまい,十分な結果が得られていなかった.複弦アーチリブに着目した構造実験では,アーチ支間長13m,アーチライズ2.2m,主構間隔1mの大型実験供試体を用いて,橋軸直角方向の正負交番載荷を行っている.この実験により,損傷メカニズムを明らかにするとともに,ファイバーモデルで解析を行う場合の再現性向上のために,横構伸び剛性や支点条件の変化を考慮することが重要であることを明らかにし,実際の挙動をより精緻にシミュレーションすることが可能となった.

現状の鋼上路式アーチ橋の耐震設計は,時刻歴応答解析による動的解析を行って耐震設計が行われている.橋軸直角方向のレベル2地震時は,照査を行うと横構が座屈することが多いため,照査を満足しない場合は,再度動的解析を行う必要があった.本研究の提案設計法によれば,事前に動的解析によらずにアーチリブの作用軸力に応じた横構伸び剛性が得られるため,設計上の手戻りが少なくなる.また,横構ガセットについても,道路橋示方書の設計式よりも安全側となる式が提案されているため,横構に先行して横構ガセットが損傷する可能性も小さい.

本論文は,鋼上路式アーチ橋の横構について,既往の設計資料を丹念に調査し,検討すべき構造パラメータ範囲を設定し,実験および解析的に検証することで,解析シミュレーション精度を向上させるとともに,新しい設計式や横構設計フローを提案し従来設計法との比較と評価を行っている.これは,現在実務設計で課題の多い鋼上路式アーチ橋の耐震設計に対して,有益な知見を呈示している.また,これまで実験的な研究がほとんど無い複弦アーチリブの地震時耐荷力に関して,貴重なデータを提供すると判断される.よって,博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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