学位論文要旨



No 217770
著者(漢字) 橋本,重治
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,シゲハル
標題(和) 自動車用排出ガス浄化装置の実用化研究
標題(洋)
報告番号 217770
報告番号 乙17770
学位授与日 2013.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17770号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 准教授 中谷,辰爾
 東京大学 教授 土橋,律
内容要旨 要旨を表示する

自動車は20世紀初頭以降,ここ100 年にわたり発展し,1970年代以降の高度経済成長に寄与し経済産業の発展をもたらしただけでなく,生活環境の向上をもたらしている.しかしその一方で,自動車のガソリンエンジンやディーゼルエンジンから排出される,一酸化炭素(CO),窒素酸化物(NOx),燃料の未燃焼分の炭化水素(HC)および主にディーゼルエンジンから排出される浮遊粒子状物質(PM)が,大気汚染を引き起こし,沿線住民への健康被害を招いていた.

このような排出ガスによる人体への影響を避けるため,1970年以降に自動車からの排出ガス規制が強化されてきた.特に2000年以降には排出ガス浄化規制が一段と厳しくなり, 1997年にアメリカ合衆国カリフォリニア州のAir Resources Boardが提案したULEV規制値は,従来の1992年規制値で定められた排出規制量と比較し,Non-Methane Organic Gases (NMOG)では84 %減という厳しい内容であった.この規制値では,エンジン始動後の数秒から十数秒後には許容されるHCの総排出量を上回る為,触媒担体を電気的に加熱する事により,触媒が活性化する時間を短縮する手法として電気加熱型触媒(EHC)が提案された.

一方,欧州では1990年以降にコモンレール式燃料供給システムが登場すると,高級車を中心にディーゼル車の販売比率が増加し,ディーゼル車から排出される窒素酸化物(NOx)やパーティキュレート(PM)の除去が社会問題となった.抜本的なPM排出量低減対策として大型車を中心にディーゼル・パーティキュレート・フィルター(DPF)の実用化が検討されるようになった.

このような状況により,本研究では電気加熱式触媒コンバータ(EHC)およびディーゼル・パーティキュレート・フィルタ(DPF)の実用化研究を行った.

EHCの実用化研究については,フェライト系焼結金属を薄板状のハニカム形状に押し出し成形し,これにスリットを入れたEHCの開発を行った.このEHC担体は,通電加熱を図るために従来のセラミックス製の触媒担体に代わり金属製担体を用いており,EHC担体の加熱による熱膨張吸収が設計上の大きな課題になっていた.さらにEHCを車載搭載するために,EHCの消費電力を実用搭載可能となる2.5 Kw程度以下に抑え,さらにオルタネータによる昇圧により,EHC抵抗値として350 mΩが求められた.この抵抗値を実現するためには,EHC担体の担体厚を薄くし,スリット本数を多くし回路長を長くする必要があったが,これは,EHC担体の剛性を低下させるため,構造信頼性確保の課題になっていた.

本研究では,EHC担体の熱膨張を吸収するため,セル形状を六角形にするとともに,"Ring Fit" 型EHCと呼ぶ構造設計を採用した,"Ring Fit" 型構造はEHC担体の外周部にリングを装着し,このリングの材質をオーステナイト系ステンレス鋼とする事により,EHC担体とリング缶の熱膨張を緩和するとともに,リングと缶体を結ぶリング足により熱膨張を吸収し,さらにこのリングをEHC担体の外周部に装着する事により,EHC担体の剛性を確保している.

本研究ではまず,六角形セル構造のEHC担体の熱膨張吸収の優位性を,エンジンを用いた耐久評価で検証し, "Ring Fit" 型EHCの基本コンセプトが成立することを,加熱加振耐久,エンジン実機の耐久試験で確認した.

次に,オルタネータによる電圧供給システム用EHC(APEHC)では,担体厚が薄く,スリット本数が多くなる為,熱膨張補償のコンセプトの成立と担体の耐振動性確保について検証した.まず,熱膨張補償にたいしては,担体試験片を用いた熱変位限界量測定と,実使用時の主要部品の温度測定結果から熱膨張吸収のコンセプトの成立性を確認し,エンジン実機や実車を用いた評価試験で実際に不具合がない事を立証した.

EHC担体の耐振性にたいしては,EHC担体のスリット部を梁とみなしたモデル化を行い,固有振動数を求めた.このモデル化により,EHC担体の固有振動数が実機での共振周波数よりも高い事を確認した.さらに耐振動性を高めるにはEHC担体径を従来のφ88 mmからφ75 mmと小径化する事が有利である事を見出し,ニューマークβ法を用いた耐振構造解析により,振動による発生応力が1 / 3 となり,信頼性が向上する事を確認した.

またEHCへ電力を供給する電極構造の開発を行った.タルクを用いた絶縁封止コンセプトにより振動・熱サイクル・飛水・飛石が生じ得る過酷な排気管環境条件においても,構造信頼性のあるEHC電極を実現出来た.

以上に述べたAPEHCを用い,APEHC後流に装着されるL/O担体を最適化する事により高いエミッション浄化性能を発揮するとともに,圧損増加等を最小限に抑えるEHCコンバータを実現した.

本研究の成果,車載搭載可能なシステムとして,"Ring Fit" 型EHCコンバータを開発し,その構造・信頼性をエンジン実機や実車を用いた種々の耐久試験によって実証した.

またDPFの実用化については,排出ガス中のSootを高い効率で捕集するだけでなく,捕集したSootによる目詰りを防止する為,実使用中に捕集したSootを燃焼除去する再生制御の確立が重要な課題であった.2000年当時,乗用車用途には燃料に添加したCeO2の触媒能力により,低い排出ガス温度でSootを再生させる燃料添加剤システムが,大型車用途にはDPF前段に配置した酸化触媒で生成されるNO2のSoot酸化能力を利用した連続再生システムが実用化されていた.

しかし,これら既存DPFシステムでは,燃料添加剤システムではCeO2の有毒性や再生時に発生するCeO2のAsh分の堆積による圧力損失の上昇が大きな課題であり,連続再生システムでは,システムが成立する排出ガス温度帯が狭いという課題があり,これらの課題解決を図るため,触媒付DPFシステムが検討されていた.この触媒付DPFシステムでは堆積したSootの強制再生を安全に行うシステム・制御法の確立が重要な課題であった.

本研究はこのような背景を基に,DPFの圧損への寄与するDPF構造・材料因子を明確にし,SiC DPFとCordierite DPFにたいし,高セル密度化と高気孔率材料により高捕集効率を確保しつつ,低圧損化を実現出来るSiC DPF,Cordierite DPFの開発を行った.

本研究ではまず,Wall Flow型DPFにおける圧損損失のメカニズムの解明を行い,それに基づく評価式を確立した.ここでは,DPF圧力損失を目封じ部での損失,流路内損失,壁通過損失,コーン部での拡大.収縮損失とに分解し,それぞれの要因で求めた圧力損失の実験式からDPF圧力損失評価式を確立した.

この評価式を用い,Sootが堆積していない条件と堆積した条件で,それぞれの要因に対する材料・設計構造の影響因子を解析し,Soot堆積の有無により圧力損失の挙動が大きく異なる事を示した.実用上,圧力損失が問題となるSoot堆積状態での圧力損失では,壁通過部での圧力損失が主たる要因であり,DPF材料のガス透過性と,DPFセル密度が支配因子となる事を示した.

この検討結果から,DPFのセル密度を高めることにより,壁通過部の圧力損失が減少し,DPFの低圧力損失化が可能である事を明らかにした.一方セル密度が高くなりすぎると流路内圧力損失が増加することから,セル密度の最適値が存在し,触媒付DPF用として300 cpsiを設定した.300 cpsiでは従来の100 cpsiに比べ,圧力損失は 1 / 2 程度となる.

またDPF材料特性の圧力損失と捕集効率への影響解析により,DPF材料の気孔分布が10~70μmの範囲に制御し,気孔率を向上させる事で,圧力損失と捕集効率の両立を図れることを示し,Cordierite DPFとSiC DPFを用いこれを実証した.

Cordierite DPFでは気孔率を53 %から59 %に増加し,約 20 %の圧力損失の低減が,可能となった.SiC DPFにおいても,46 %気孔率から52 %気孔率に増加する事により,約18 %の低圧力損失化を実現した.

触媒付DPFでは,触媒のWash CoatでDPFの気孔が塞がれる事により,高気孔化を図る事が低圧損化にたいし,特に重要であることを示し,触媒付SiC DPFでこの事を実証した.100 g / LのWash Coatを付与した触媒付SiC DPFでは,気孔率を52 %から60 %に増加する事により,圧力損失は約30 %低減可能となった.

触媒付SiC DPFを用いたエンジン実機において,堆積したSootを完全に再生出来る条件と,再生が途中で中断されてもDPFに不具合が生じない条件が両立する事を示し,触媒付DPFシステムが実使用可能であることを示した.

DPFの再生シミュレーションを行い,燃料添加システム,CRTシステム,触媒付DPFシステムのそれぞれにたいし,実用可能である事を示した.

本研究の以上の成果により,世界初の乗用車用途の触媒付SiC DPFの量産化を実現した.

審査要旨 要旨を表示する

工学修士 橋本重治提出の論文は,「自動車用排出ガス浄化装置の実用化研究」と題し4章と付録から成っている.

自動車は20世紀初頭以降,経済産業の発展をもたらしただけでなく,生活環境の向上をもたらしている.しかしその一方で,自動車のガソリンエンジンやディーゼルエンジンから排出される,一酸化炭素(CO),窒素酸化物(NOx),燃料の未燃焼分の炭化水素(HC)および主にディーゼルエンジンから排出される浮遊粒子状物質(PM)が大気汚染を引き起こし,沿線住民への健康被害を招いていた.

このような排出ガスによる人体への影響を避けるため,1970年以降に自動車からの排出ガス規制が強化されてきた.特に1997年に米国カリフォリニア州当局が提案した排出ガス規制値(ULEV)は,従来の規制値と比較し,HC相当の排出量が84 %削減という厳しい内容であった.この規制値では,エンジン始動後の数秒から十数秒後には許容されるHCの総排出量を上回るため,触媒担体を電気的に加熱することにより触媒が活性化する時間を短縮する手法として,電気加熱型触媒(EHC)が提案された.一方,欧州では1990年以降に高級車を中心にディーゼル車の販売比率が増加し,ディーゼル車から排出されるNOxやPMによる大気汚染が社会問題となった.そのため,抜本的なPM排出量低減対策として,大型車を中心にディーゼル・パーティキュレート・フィルター(DPF)の実用化が検討されるようになった.

このような状況により,本研究ではEHCコンバータおよびDPFについて,自動車に搭載可能なシステムの開発を目的とした実用化研究を行った.

第1章は序論であり,上記の自動車の排出ガス規制の経緯を示し,本研究で取り上げたEHCおよびDPF開発の目的や意義,さらには開発の課題を明確にしている.

第2章では,EHCの実用化研究について詳細な説明を行っている.

まず,高耐酸化性の焼結金属を押し出し成形したディスク状のハニカム状担体にスリットを入れたEHC担体の開発について述べている.EHCではヒータとして用いられる焼結金属の熱膨張係数が大きく,排出ガスや電気加熱による昇温時において熱膨張を吸収することと,EHC担体の構造信頼性を確保し,さらに低消費電力化を図るための小型化が開発の重要な課題であった.これに対し,"Ring Fit"型構造を考案し,この設計コンセプトをモデル化により立証するとともに,耐振動性の確保等の検討を行った.また,耐振動性を向上させるEHC担体の構造因子を明確にすることでEHC担体の小径化を図り,そのうえで十分な耐振性を有することを検証している.

さらに,EHCへ電力を供給する電極構造の研究では,タルクを用いた絶縁封止コンセプトを考案し,十分な構造信頼性を有するEHC電極を実現した.これらの成果に基づき,自動車に搭載可能な"Ring Fit" 型EHCコンバータを開発し,その耐久信頼性をエンジン実機や実車での耐久試験を行うことによって確認している.

第3章では,DPFの実用化研究の詳細を示している.DPFは乗用車用途では燃料添加剤方式DPF,大型車用途では連続再生(CRT)式DPFが実用化されていたが,種々の問題点を有しており,触媒付DPFの開発が望まれていた.しかしながら触媒付DPFでは,触媒付与による圧損の増加と,堆積したすす粒子を燃焼除去する再生制御手法の確立が課題となっていた.そこで,本研究では,DPF圧損に影響を及ぼす構造因子および材料因子を明確するための実験を行った.その結果,高セル密度化と小気孔化を維持しながら高気孔率化を図ることが,触媒付DPFの低圧損化の実現には必要であることを示し,このことをCordierite DPFおよびSiC DPFを対象として実証している.

すす粒子の再生制御に関する研究では,エンジン実機を用いた評価により,堆積したすす粒子を完全に再生できる条件と,再生が途中で中断されてもDPFに不具合が生じない条件が両立することを示し,触媒付DPFシステムが実使用可能であることを立証した.また,すす粒子の燃焼シミュレーション手法を確立させ,本手法がDPF構造や制御方法の最適化に有用であることを明らかにしている.以上の研究開発により,乗用車用途の触媒付SiC DPFの実用化に世界で初めて成功したと述べている.

第4章は結論であり,本論文において得られた結果を要約している.

以上要するに,本論文は,厳しい排出ガス規制に対応するために自動車からの排出ガス浄化装置であるEHCおよびDPFの研究開発を行い,量産車に搭載するための要求性能を満足することを確認したうえで,それらの実用化を達成させたものであり,自動車工学および内燃機関工学上貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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