学位論文要旨



No 217773
著者(漢字) 髙野(宗政),歓子
著者(英字)
著者(カナ) タカノ(ムネマサ),ヨシコ
標題(和) 新規ヒストンシャペロンANP32Bと転写因子KLF5による領域特異的ヒストン量調節
標題(洋) Promoter-region specific histone incorporation by the novel histone chaperone ANP32B and DNA-binding factor KLF5
報告番号 217773
報告番号 乙17773
学位授与日 2013.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17773号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 講師 藤乗,嗣泰
 東京大学 講師 渡辺,昌文
内容要旨 要旨を表示する

転写反応は生体内反応の物質生産の初発段階であり、転写反応を理解することは生体内反応を物質生産の側面から理解する上で重要である。真核生物の染色体は、DNAが2組4対の八量体のコアヒストンと呼ばれるタンパク質と結合したヌクレオソームを基本構造とし、DNAがタンパク質に複雑に折り畳まれたクロマチン構造を形成する。真核生物の転写反応において、転写活性化はヒストンが染色体から放出されるヌクレオソーム破壊を伴い、転写抑制はヌクレオソーム形成によりヒストンが染色体に取り込まれるヌクレオソーム形成を伴う。クロマチン構造変換の反応機構は、転写活性化ではよく解析されている一方、転写抑制においては解析が進んでいなかった。

染色体上でのヒストン量調節には、ヒストンシャペロン(ヌクレオソーム形成因子)・ヒストン科学修飾酵素・ヌクレオソームリモデリング因子の3つのクロマチン関連因子群が関与することが知られている。これらの中で最も直接的であるが故に重要な役割を担うのは、ヒストンとの直接結合を介してヌクレオソーム形成・破壊を行うヒストンシャペロンであるが、3つのクロマチン関連因子群の中では、最も解析が遅れていた。

我々は、KLF5相互作用因子として新規ヒストンシャペロンANP32Bを取得し、解析を行った。この過程で、KLF5下流遺伝子は、血管肥厚につながる病態刺激により活性化され、プロモーター領域におけるKLF5結合、総ヒストン量減少、及び、アセチル化ヒストン増大を示すことを明らかにした。この系を用いて解析を行った結果、転写抑制時にANP32Bはこのプロモーター上に局在し、KLF5結合抑制、総ヒストン量増大、ヒストンアセチル化抑制に寄与し、転写抑制に寄与することを明らかにした。更に、ANP32Bのプロモーター局在にはKLF5が必要であることを明らかにした (Munemasa et al. 2008)。また、近年明らかになったANP32Bの立体構造から、ANP32Bが新しいヒストンシャペロンファミリーを形成することが明らかになった。更に、KLF5には他のファミリーに属するヒストンシャペロンであるTAF-Iが相互作用することから、複数のヒストンシャペロンによる転写制御が明らかになった。これは、転写抑制に寄与するヒストンシャペロンが直接相互作用する転写因子のプロモーター上にリクルートされること、これにより領域特異的ヒストン量調節が行われることを示した最初の例であった。

以上のことから、KLF5とその相互作用因子の機能的相互作用の解明を通じて、新しい転写制御機構を明らかにしたので、ここに報告する。

Transcriptional repression

Transcriptional activation

審査要旨 要旨を表示する

本研究は血管病態形成における転写調節反応の解明を目的として、実施された。本研究は、平滑筋脱分化を介して血管リモデリング・動脈硬化・血管新生に寄与するKLF5とその相互作用因子の機能解析を通じ、これらの因子による転写調節機構を解明しようと試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.HeLa S3 核抽出液とKLF5のDNA結合ドメインを用いたタンパク質カラムにより、SDS-PAGE上での移動度が32kDaであるタンパク質を分離し、p32とした。質量分析の結果、p32はANP32Bであることが明らかになった。このように、ANP32BがKLF5相互作用因子として取得された。

2.レコンビナントタンパク質を用いたIn vitroでの相互作用検討の結果、ANP32BがKLF5のDNA結合ドメインに直接相互作用することが明らかになった。

3.レコンビナントタンパク質とKLF5の結合モチーフを含むオリゴDNAを用いたIn vitroでのEMSAアッセイの結果、KLF5とANP32Bの相互作用は、KLF5のDNA結合を阻害することが明らかになった。

4.KLF5の下流遺伝子である細胞増殖関連因子PDGF-A chainのプロモーターを含むレポーターを用い、KLF5による転写活性化に対するANP32Bの効果を調べた。その結果、KLF5の転写活性化をANP32Bが抑制することが明らかになった。

5.ANP32Bはグルタミン酸・アスパラギン酸という酸性アミノ酸に富むこと、ANP32Bが属するANP32ファミリーは核内因子であることから、ANP32Bは塩基性アミノ酸に富むヒストンに直接相互作用することが示唆された。ヒストンは、コアヒストン(DNAと共にヌクレオソームを形成)と、リンカーヒストン(ヌクレオソームに結合し、ヌクレオソーム間相互作用を安定化する)に分類される。レコンビナントタンパク質を用いたIn vitroでの相互作用検討の結果、ANP32Bはコアヒストンに直接相互作用することが明らかになった。更に、ANP32Bはリンカーヒストンよりもコアヒストンに嗜好性を示すことが明らかになった。

6.ANP32Bとヒストンの相互作用から、ANP32Bがヌクレオソーム形成に寄与するヒストンシャペロンであることが示唆された。レコンビナントタンパク質を用いたIn vitroでのヒストンシャペロン活性検討の結果、ANP32Bはヌクレオソーム形成活性を有するヒストンシャペロンであることが明らかになった。

7.内在性のANP32Bの機能を検討するため、HeLa細胞にsiANP32Bを導入し、ANP32Bの機能欠損を検討した。その結果、ANP32BとPDGF-A chainのノックダウンがmRNAレベルで確認された。このことから、内在性のANP32BがPDGF-A chainの転写を抑制していることが示された。

8.細胞内でのANP32BによるKLF5の制御を明らかにするため、HeLa細胞にsiANP32Bを導入し、PDGF-A chainプロモーターへKLF5の結合に対する効果を検討した。その結果、ANP32BノックダウンによりPDGF-A chainプロモーターへKLF5の結合が促進された。このことから、ANP32BがPDGF-A chainプロモーターへKLF5の結合を抑制していることが示された。

9.細胞内でのANP32Bによるクロマチン構造の制御を明らかにするため、HeLa細胞にsiANP32Bを導入した結果、PDGF-A chainプロモーター領域に特異的に(1)ヒストン H4, H2Bの減少、(2)アセチル化ヒストンH3, H4の増加を観察した。このことから、ANP32Bは PDGF-A chainプロモーター上でのヒストン量増加、ヒストンアセチル化阻害に寄与することが明らかになった。

10.ANP32Bの局在を調べたところ、PDGF-A遺伝子プロモーターへの結合が見られたものの、PDGF-A chain5'側、3'側には結合が観察されなかった。このことから、ANP32BはPDGF-A chainプロモーターに局在することが明らかになった。このことから、ANP32BノックダウンによるPDGF-A chainプロモーター上での全ヒストン量・アセチル化ヒストン量の変動がANP32Bによることが確認された。

11.ANP32Bの局在に対するKLF5の効果を検討するため、siKLF5をHeLa細胞に導入した。その結果、ANP32BのPDGF-A chainプロモーターへの結合が減少したものの、5'および3'へのANP32Bの結合レベルには影響がなかった。このことから、KLF5はPDGF-A chainプロモーターへのANP32Bのリクルートに必要であることが明らかになった。

12.ANP32Bのリクルートがヒストン量変動に寄与するかを確認するため、siKLF5をHeLa細胞に導入した。その結果、PDGF-A chainプロモーター上でのヒストン量が減少し、5'および3'でのヒストン量には影響がなかった。このことから、KLF5によるANP32Bのリクルートがヒストン量変動に寄与することが明らかになった。

13.KLF5のリプレッサーであり、かつ共にヒストンシャペロンであるTAF-IとANP32Bによる転写調節を明らかにするため、siANP32B, siTAF-IをHeLaに導入した結果、(1)PDGF-A chain 発現の増加、(2)KLF5のPDGF-A chain遺伝子プロモーターへの結合が見られた。このことからANP32BとTAF-Iは共にPDGF-A chain遺伝子の抑制を行うことが明らかになった。

14.転写調節におけるANP32BとTAF-Iの関係性を明らかにするため、両者がPDGF-A chainプロモーターに同時に結合しているかを調べた。その結果、ANP32BとTAF-IはPDGF-A chainプロモーターに共局在することが明らかになった。更に、ANP32BのノックダウンによりTAF-IのPDGF-A chainプロモーターへの結合が減少し、TAF-IのノックダウンによりANP32BのPDGF-A chainプロモーターへの結合が減少することが確認された。このことから、ANP32BとTAF-Iは協調的にPDGF-A chain遺伝子の抑制を行うことが明らかになった。

15.ANP32BとTAF-Iの機能的な差を明らかにするため、両者のヒストン・KLF5 DNA結合ドメインのzinc fingerへの結合の差について調べた。その結果、両者とも全てのヒストンサブユニットに結合を示すものの、両者が共存する条件ではヒストンサブユニットへの嗜好性に差が見られた。一方、KLF5 DNA結合ドメインへの結合には、差が見られなかった。

16.ANP32BとTAF-Iの立体構造を調査した結果、ANP32Bは平行ベータシートを基本構造とする一両体であるが、TAF-Iは逆平行ベータシートを含む2または4両体であることがわかった。このことから、KLF5は全く異なる立体構造をとるヒストンシャペロンと相互作用し、これら相互作用因子により自身の下流遺伝子の転写を制御されることが明らかになった。

以上、本論文は、転写因子KLF5とその相互作用因子として取得されたANP32Bの解析を行うことにより、(1)ANP32Bが新規ヒストンシャペロンであること、(2)KLF5はANP32Bとの相互作用により、DNA結合活性を抑制されること、(3)KLF5はANP32BのリクルートによりKLF5下流遺伝子プロモーターのヒストン量を増大させること、(4)ANP32BはTAF-Iと協調的にKLF5下流遺伝子の転写を抑制することを明らかにした。転写調節反応では(2)の報告はあるが、(3)(4)のケースは今回が初めてであった。このように、本研究は新しい転写調節機構の解明につながった。病態制御におけるクロマチン構造変換の意義、転写抑制におけるクロマチン転写調節機構は、今までほとんど未知であったが、本研究はこれらの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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