学位論文要旨



No 217775
著者(漢字) 大西,麻未
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,マミ
標題(和) 看護チームにおけるバウンダリーマネジメントと革新的風土に関する研究 : 測定尺度の開発及びチームの有効性との関連
標題(洋)
報告番号 217775
報告番号 乙17775
学位授与日 2013.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第17775号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 木内,貴弘
 東京大学 准教授 春名,めぐみ
 東京大学 講師 美代,賢吾
 東京大学 講師 宮本,有紀
内容要旨 要旨を表示する

序文

組織の機能の強化に関する知見を生み出すことは、看護管理学の重要な課題である。組織や集団には様々な単位があるが、組織内の個人が直接所属しており、仕事の成果に対する責任を共有する、相互依存的な関係の個人の集まりがチームである。チームがその目標を実現できる程度である、チームの有効性 team effectivenessのモデルでは、チームのメンバー特性などの 'インプット' 及びメンバー間の相互作用や認知的・情動的特性である 'プロセス' が、 'アウトプット' であるチームの有効性に影響を及ぼす。特に、チームプロセスは、チームでの職務の遂行に固有の特性として、チーム研究の中心的要素である。

医療において、優れたチームプロセスに関する研究の焦点は、主に職種間関係にあり、看護単位を構成する看護師のチームについては、チームの状態を評価する尺度がほとんどなく、チームの有効性を高める方法についての知見も限られている。一方、組織心理学領域では、変化の激しい環境下で活動するチームのパフォーマンスや有効性と関連するチーム特性として、革新的風土と、チームにおける外部環境との相互作用であるバウンダリーマネジメント(境界管理)がある。革新的風土は、「集団・組織における新しい考え、プロセス、物や手順の採用と適用」を意味する、イノベーションをもたらす風土であり、「ビジョン」「参加的環境」「仕事の質の卓越性に対する関心」「革新への支援」の4因子で構成され、Anderson& West(1998)によって、Team Climate Inventory (TCI)として尺度化されている。また、バウンダリーマネジメントとは、チームが組織内外の外部集団とのつながりを作り、それらの集団との関わり合いをマネジメントするために行う相互作用である。チームの決定や活動について理解を得て、過度の要求や干渉から保護する「説得・保護的活動」、目標への進捗状況の確認やフィードバックの獲得などの「タスク調整活動」、仕事に関連する知識や情報を求めて外的資源にアクセスする「情報収集活動」が含まれ、チームのパフォーマンスや有効性と関連するとともに、チーム内のプロセスにも肯定的影響をもたらすことが示されている。

看護においても、経営環境変化が加速度的に進むようになっている今日、革新的風土とバウンダリーマネジメントは、チームの有効性と関連する要因であることが推測できる。本研究では、1) 看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及び看護チームの革新的風土の測定尺度を開発すること、2)看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及び革新的風土とチームの有効性の間の関連を明らかにすることを目的とした。

方法

200床以上の急性期病院で、病棟看護師を対象に無記名自記式質問紙調査を実施した。

調査票は、看護チームにおけるバウンダリーマネジメント、革新的風土、チームの有効性の他、これらの概念との関連が想定されるチーム属性及び施設の実践環境の測定項目で構成した。看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及びチームの有効性は、先行研究から尺度項目を収集し、看護にあてはまる内容に修正した。また、バウンダリーマネジメントは活動内容によって実施主体が異なると考えられたため、3つの構成概念のうち「説得・保護的活動」「タスク調整活動」を「看護師長の役割行動」、「情報収集活動」を「チームメンバーによる情報収集活動」を測定する尺度と位置づけ、これらを合わせて「看護チームにおけるバウンダリーマネジメント」を構成する尺度とした。革新的風土については、TCIの日本語版を作成した。

作成した尺度のうち、看護師長の役割行動尺度及びTCI日本語版については、1施設166名を対象とした調査で、看護師長を評価する項目や職場風土尺度によって併存妥当性を検討した。また、チームの有効性尺度については、スタッフによる主観的評価の妥当性を検討するため、本調査の実施施設の看護部長を対象に、同尺度のうち他者評価が可能な10項目について対象部署に対する評価を尋ねた。

解析は、まず、看護チームにおけるバウンダリーマネジメント尺度、TCI日本語版、チームの有効性尺度の信頼性・妥当性を、因子分析、Cronbachのα信頼性係数(以下、α係数)の算出によって検討した。看護師長の役割行動尺度及びTCI日本語版の併存妥当性については、評価に用いた項目との相関係数を算出した。チームの有効性尺度については、スタッフによる評価の部署ごとの平均値と、看護部長による評価の間の相関係数を算出した。

次に、看護チームにおけるバウンダリーマネジメント、革新的風土、有効性の間の関連を検討した。部署単位で分析を行うため、集団レベル変数合成の妥当性を、r(wg)、ICC(1)・ICC(2)の算出により確認した。基準を満たした部署を対象に、チームの有効性尺度及びTCI得点を従属変数とした階層的重回帰分析を行った。

結果

29病院231部署5,809名の看護師に調査票を配布し、4,918票回収した(回収率84.7%)。部署ごとの回収率の平均は86%であった。回収率が50%未満であった12部署130票を除外し、219部署4,788票を分析対象とした。

1.尺度の信頼性・妥当性の検討

看護チームにおけるバウンダリーマネジメントを構成する、看護師長の役割行動尺度の因子分析の結果、「外部集団との関係統制と連携支援」「組織とチームの相互理解の醸成」「仕事に対する外的な指摘・協力の活用」が抽出され、各因子のα係数は、0.93-0.95であった。チームメンバーによる情報収集活動尺度のα係数は0.86であった。TCI日本語版は、原版と同じ4因子構造であり、α係数は0.92-0.97であった。看護師長の役割行動尺度とTCI日本語版は、評価に用いた項目や尺度との間で有意な相関を示し、併存妥当性を有することが確認された。チームの有効性尺度は、「現在のチーム活動の質」「適応能力」「チームメンバーとしての満足」の3因子構造で解釈可能であり、α係数は0.88-0.93であった。また、チームの有効性尺度のスタッフによる評価と、看護部長による評価の間の相関は有意であり、スタッフによる主観的評価は妥当な結果であると考えられた。

2.看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及び革新的風土とチームの有効性の関連

各下位尺度について、r(wg(j))及びICC(1)・ICC(2)の基準を満たした217部署4,763票のデータを対象に、部署単位で分析を実施した。

1)チームの有効性尺度得点を従属変数とした重回帰分析

独立変数は、チーム属性、施設の実践環境得点、TCI下位尺度得点、チームメンバーによる情報収集活動尺度得点、看護師長の役割行動尺度の順に強制投入法により投入した。看護師長の役割行動尺度は、下位尺度間の相関が高く多重共線性が生じる可能性があったため、総合得点の平均値を用いた。分析の結果、チームの有効性の3つの下位尺度全てにわたり、TCI得点を投入することで調整済みR2が大きく上昇した。バウンダリーマネジメントの下位尺度得点の投入では調整済みR2はほとんど変化せず、尺度得点のβも有意でなかった。TCI得点のうち「参加的環境」「ビジョン」がチームの有効性の下位尺度全てとの間で有意な正の関連を示し、「参加的環境」は最も強い関連を示した。

2)TCI得点を従属変数とした重回帰分析

独立変数は、チーム属性、施設の実践環境得点、チームメンバーによる情報収集活動、看護師長の役割行動尺度得点の順に投入した。TCIの下位尺度得点のいずれに対しても施設の実践環境の関連が最も強かった。バウンダリーマネジメントの下位尺度得点投入による調整済みR2の上昇はわずかであったが、チームメンバーによる情報収集活動は「革新への支援」「仕事の質の卓越性に対する関心」との間で、看護師長の役割行動尺度は全ての下位尺度との間で有意な正の関連を示した。

考察

本研究では、看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及び革新的風土の測定尺度を開発し、信頼性・妥当性を有することを示した。これらの尺度は、今日の看護組織において重要と考えられる継続的改善や環境適応を促進するチーム特性を測定できるという点で、チームの状態を測定する研究及び看護管理上のチームの評価や改善に用いることのできる有用な尺度である。

また、本研究では、看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及び革新的風土とチームの有効性の関連について検討し、チームの有効性を高めるための介入の視点についての示唆を得ることができた。TCI得点とチームの有効性尺度得点との関連からは、変化や改善に対して積極的な風土のある看護チームは、より有効に機能を発揮していることが示唆された。看護チームの機能の発揮を促すには、チーム内での相互の指摘や問題提起、アイデアの提供などの行動が価値づけられるように働きかける、風土に着目した介入が有用と考えられる。

看護チームにおけるバウンダリーマネジメントは、チームの有効性とは関連していなかったが、革新的風土と関連していた。バウンダリーマネジメントによって外部環境からの評価や助言、期待、新しい知識や情報が得られているチームでは、より革新的な風土があり、このことがチームの機能の発揮に結びついている可能性が示唆された。チームメンバーによる情報収集活動は、専門職個人としても求められる活動であるが、これをチーム全体の活動として、一定の方向を持って行うことが、チームにとっての刺激や情報源として有用と考えられる。また、看護師長の役割として、チーム内的過程のマネジメントだけでなく、外部環境と関わる役割の重要性が増しているとともに、その姿がスタッフにとってモデルとなり、メンバー間での評価や改善を活発にする可能性が示唆された。

本研究には、対象施設の偏り、自己報告式の指標を用いたこと、横断的研究であることなどの限界があり、バウンダリーマネジメント及び革新的風土が実際にチームの機能の発揮に結びつくかどうか、また変数間の因果関係については今後、更なる研究が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、チームの有効性と関連することが推測される要因として、チームの外部環境との相互作用のマネジメントであるチームにおけるバウンダリーマネジメント(境界管理)及び革新的風土を取り上げ、 1) 看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及び看護チームの革新的風土の測定尺度を開発すること、2)看護チームにおけるバウンダリーマネジメント及び革新的風土とチームの有効性の間の関連を明らかにすることを目的として、29病院231部署5809名の看護師を対象に質問紙調査を行い、有効回答を得た4788名の分析から下記の結果を得ている。

1.看護チームにおけるバウンダリーマネジメントを構成する尺度として、看護師長の役割行動尺度およびチームメンバーの情報収集活動尺度を作成した。看護師長の役割行動尺度は、「外部集団との関係統制と連携支援」「組織とチームの相互理解の醸成」「仕事に対する外的な指摘と協力の活用」の3つの要素で構成されていることが示され、両尺度ともに、信頼性・妥当性を有することが確認された。

2.革新的風土の測定尺度として、Anderson& West(1998)の開発したTeam Climate Inventory (TCI)日本語版を作成した。これを用いて集団レベル変数合成の妥当性に関する基準を満たした217部署4763名を対象とした部署単位の解析により、看護チームにおけるバウンダリーマネジメント、革新的風土、有効性の間の関連を検討した。チームの有効性尺度得点を従属変数とした階層的重回帰分析を行ったところ、チームの有効性の3つの下位尺度全てにわたり、TCI得点を投入することで調整済みR2が大きく上昇した。看護チームにおけるバウンダリーマネジメントは、チームの有効性と有意な関連を示さなかった。TCIの4つの因子はすべてチームの有効性と有意に関連しており、特に「参加的環境」とチームの有効性の間の関連が強いことが示された。変化や改善に対して積極的な風土のある看護チームは、より有効に機能を発揮していることが示唆された。

3.TCI得点を従属変数とした重回帰分析の結果、看護チームにおけるバウンダリーマネジメントの各下位尺度は、TCI得点と有意な関連を示し、特に看護師長の役割行動尺度はTCIの4つの因子すべてとの間で有意な正の関連を示した。看護師長による外部環境の評価や助言、期待、新しい知識や情報が得られているチームでは、より革新的な風土が醸成されており、このことがチームの機能の発揮に結びついている可能性が示唆された。

以上、本論文は、看護チームのバウンダリーマネジメント及び革新的風土の測定尺度を開発し、両尺度の信頼性・妥当性を示すとともに、バウンダリーマネジメントが革新的風土を介してチームの機能の発揮と関連する重要な要因であることを示した。本研究は、これまで有用な知見のほとんどなかった、看護組織の機能の評価や改善に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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