No | 217778 | |
著者(漢字) | 椛島,真一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カバシマ,シンイチロウ | |
標題(和) | 階層的手法による組織体形成に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Fabrication of Organized Assemblies by Hierarchical Approach | |
報告番号 | 217778 | |
報告番号 | 乙17778 | |
学位授与日 | 2013.02.07 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第17778号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 生体には階層構造に基づく高度な機能を発現している例が数多く見られる。例えば、遺伝を司るDNAは高分子鎖が水素結合を介して二重らせん構造をとり、さらに高次の染色体を形成している。このような生体並みの高い機能を有する材料の構築は、物質科学の究極目標の一つである。 一方で、材料を構成する原子や分子の数は膨大であり、精巧な組織体の形成は困難である。そこで原子や分子を並べた構造を基本ユニットとして、それを配列する階層的手法が有用と考えた。精密かつ安定なユニット形成が不可欠と考えられるが、強固かつ配向性を有する相互作用として、配位結合と水素結合に着目した。配位結合は共有結合と同等の結合エネルギーを有し、その配向性は6配位8面体構造などの金属錯体の配位構造に表れている。水素結合は、比較的強い分子間相互作用であり、水素のドナーとアクセプタ間に配向性をもって形成される。まず各相互作用の特性を活かした階層的集積のターゲットを検討した。 配位結合は、金属原子同士を精密に配列できる相互作用である。複数の金属が近傍に存在することで、相乗効果で特異な触媒反応が期待されている。金属クラスターの分野では、前周期遷移金属と後周期遷移金属という異質の金属を含むクラスターが注目を集めているが、合理的な合成例は限られている。そこで前周期遷移金属のチタンと後周期遷移金属のルテニウムが硫黄配位子で架橋された二核錯体C1をユニットとして、階層的集積を検討した。硫黄配位子でチタンとルテニウムの空間配置が制御されている状態で、配位不飽和の金属種を作りながら、硫黄の多座配位能を活かして組織体形成に取り組んだ。 水素結合は比較的強い分子間相互作用である。分子が一次元に並んだファイバー構造はリニアポリマーとして工業的に利用されている。二次元のシート構造は、不可逆な共有結合では界面重縮合など複雑な手法が必要であるが、可逆性の分子間相互作用であれば分子を混合するだけでシートを形成できる利点が考えられる。これは、分子間相互作用による分子配列とそれに基づく機能発現を目指す超分子化学に適した研究分野といえる。水素結合に基づく二次元シート形成は、荒木らのアルキルシリル化グアノシン誘導体の研究があるが、例は限られている。スルファミド誘導体は結晶中で二次元水素結合ネットワークの形成と、水素結合網の上下方向への置換基の配向が報告されている。そこで、親水基と疎水基を有する両親媒性スルファミド誘導体を設計することで、集積ユニットとなる両親媒性シートの形成ならびに、シート間相互作用の制御による階層的集積に挑戦した。 2.前周期-後周期遷移金属含有スルフィドクラスターの合成 ヒドロスルフィド架橋チタン-ルテニウム(以下、TiRu)二核錯体C1をユニットとして組み立てることで、両金属原子の空間配置が近く、互いに相互作用が及ぶ前周期-後周期遷移金属含有スルフィドクラスターの合成を検討した。 C1ではTi-Ru間の結合は存在しないものの、2つのヒドロスルフィド配位子で架橋された安定構造をとっている。塩基との反応で配位不飽和な金属種とスルフィド配位子を生じると考えられ、第3の金属錯体との反応等による、階層的な金属種の集積を試みた。 C1を低温で塩基と反応させ、8-10族の遷移金属錯体と反応することで、TiRuM異種金属三核スルフィドクラスター(M:Ru(C3)、Rh(C4a)、Ir(C4b)、Pd(C5a)、Pt(C5b))を合成した。いずれのクラスターでも一次構造のTiRuS2骨格は維持され、さらにTi-Ru間に結合が形成された。 金属錯体を添加せずにC1を塩基と反応することで、C1の二量化が進行し、Ti2Ru2S4キュバン型スルフィドクラスターC2を得た。一次構造は維持され、ルテニウムからチタンへの4本の供与結合が確認された。C2はさらに酸化剤等との反応で、3種類の二電子酸化体(C6-C8)を生成した。各クラスターでは片側のチタン原子の配位環境が異なり、配位子が嵩高くなるに伴いそのチタンと他の金属原子との距離が長い。すなわち配位環境で金属-金属相互作用を制御できることを示唆している。 次に、TiRu二核錯体C1はヒドロスルフィド架橋ルテニウム二核錯体と混合し、低温で塩基と反応させた。すると交差縮合が選択的に進行し、TiRuS2とRu2S2の両ユニット構造が維持されたTi2Ru2S4キュバン型スルフィドクラスターC9が得られた。Ru-Ru結合の位置が変化することもNMRスペクトルで確認され、複数のルテニウム原子が近傍に位置する効果を示唆した。 さらにTiRuPd三核スルフィドクラスターC5aを水存在下で塩基と反応させることで、二量化が進行し、Ti2Ru2Pd2六核クラスターC11を形成することを見出した。一次構造のTiRuS2骨格だけでなく、C5aのRuPdS骨格も維持されており、より高次の階層的集積が実現された。 以上、配位結合によって金属原子の空間配置が安定に制御されたTiRu二核錯体C1をユニットとして、一連の前周期-後周期遷移金属含有スルフィドクラスターの合成に成功した。ユニットの配位不飽和な金属種、硫黄の多座配位能を利用することで、逐次的に金属の集積が可能となった。本研究は金属スルフィドクラスター合成にとって、重要な方法論を示すものと考えられる。 3.スルファミド誘導体の超分子材料の構築 親水性置換基(以下、親水基)と疎水性置換基(以下、疎水基)を有する両親媒性のスルファミド誘導体(以下、スルファミド)を用いて、安定な水素結合性二次元超分子の形成と、それをユニットとした階層的集積による超分子材料構築を検討した。 まずユニットに求められる安定性と集積性について、スルファミドの分子設計を行った。水素結合は極性の高い環境では容易に開裂する。そのため、水素結合部位であるスルファミド中心骨格の両側に疎水性のアルキレン鎖を導入し、極性溶媒分子の侵入を防ぐことで安定化を図った。また、オキシエチレン鎖等の親水基および長鎖アルキル基等の疎水基を導入することで、二次元超分子シートを両親媒性構造とし、疎水面同士、あるいは親水面同士の相互作用を利用して集積性を検討した。 非対称置換スルファミドは、塩化スルフリルの塩素原子を、保護基を使いながらアミンを逐次置換することで合成した。置換基の異なる各種スルファミド誘導体のクロロホルム溶液から得たキャスト膜中の集積構造を解析した。IRスペクトルでは低波数シフトした鋭いNH伸縮振動ピークが観測されたことから、水素結合が存在し、かつ均質な状態にあることを示した。XRDでは分子長に相当する面間隔でラメラ構造を形成していることが明らかとなった。特に、両親媒性のスルファミドでは面間隔は分子長の2倍となり、二枚膜が一つの単位であることを示した。すなわちスルファミドの親水基と疎水基は混じることなく、親水面と疎水面を有する両親媒性超分子シートが形成され、さらにそのシートが積層した階層構造であることが判明した。 続いて、超分子シートの機能の一つとして、各種溶媒のゲル化能を評価した。その結果、テトラデシル基を疎水基、グリセリル基末端のアルキル基を親水基としたスルファミドS7は、水からドデカンまで幅広い極性の溶媒をゲル化した。水中では疎水面同士を貼り合わせて親水面を表に出し、油中では逆に親水面同士を内側にして疎水面を露出していると推定されるが、両親媒性シートの特長を示唆した。親水基として3級アミノ基末端のアルキル基を有するスルファミドS10も、酸によるアミノ基のプロトン化でヒドロゲルを形成した。TEM観察では二次元超分子と思われるシート上構造体の積層がはっきりと確認された。さらに従来の高分子ゲルとは異なり、水素結合の形成と開裂で分子が組み替わりながら架橋点を形成する様子もAFM観察から明らかとなった。 オキシエチレン鎖末端のアルキル鎖を親水基としたスルファミドS6の少量のテトラヒドロフラン溶液を攪拌中の水に注入することで、直径1μm超の多層超分子ベシクルが形成した。各種観察手法から、二次元超分子が重なりあいながらパッチワーク様のベシクル膜を形成することが考えられる。さらに真空条件下で外水相を取り除いても、内水相を保持する結果が得られた。これはベシクル膜の堅牢性と、水に対する高いバリア性という水素結合性二次元超分子の特性を示唆する結果といえる。 4.総括 配位結合、水素結合、いずれのケースにおいても、安定かつ精密なユニット形成と、それを組み立てる集積性の2点を抑えることで、階層的集積による組織体形成が可能であることが示された。前者では、硫黄で強固に架橋されたTiRu二核錯体C1をユニットとして、金属の配位不飽和種生成や硫黄の多座配位能を活かして、前周期-後周期遷移金属含有スルフィドクラスターを合成した。後者では、スルファミドの二次元水素結合に基づく安定な両親媒性超分子シートをユニットとして、シート間相互作用を活かして積層構造、さらにはゲルおよびベシクルという超分子材料を構築した。今後は、触媒活性を付与するための金属クラスター構造設計や、超分子膜のマクロ化によるガスバリア膜形成などの展開が期待される。階層的手法に着目した本研究の知見は、生体並みの高度な機能を有する材料構築の研究に大きく寄与するものと考える。 | |
審査要旨 | 生体に見られるような複雑な階層的組織構造をナノスケールの原子・分子を集積してつくり出す手法として、まず明確な組織構造を持つ分子ユニットを作製し、そのユニットを集積して組織化する、という階層的手法が注目されている。本論文は、ユニットとなる一次構造をつくる相互作用として、強くて方向性のある配位結合および水素結合を用い、それぞれの結合の特徴をふまえた安定で明確な構造体の作製、ユニットの集積手法、そして集積化された組織体の構造と機能について述べたもので、5章からなる。 第1章は序論であり、生体の精緻な階層構造、階層的手法による組織構造形成に関する研究を概説した上で、分子ユニットに求められる二つの特性、つまり明確で安定な構造とユニットの集積を可能とする機構、を実現するための相互作用として、配位結合と水素結合を選択した根拠を示している。次に、それぞれの相互作用の特色を生かした研究対象として、優れた触媒作用が期待される多元素金属クラスター及び多様で高機能が期待される二次元水素結合性超分子組織体を取り上げ、その特色や機能、および研究の現状を述べ、本論文で展開されている研究の意義を明確に示している。 第2章では、配位結合を用いた前周期遷移金属元素であるチタン(Ti)と後周期遷移金属元素であるルテニウム(Ru)を硫黄配位子で二重架橋した異種二核錯体をユニットとして用い、多元素金属クラスターの階層的構築するための方法論の確立について述べている。異種金属多核クラスターの特性や機能に重要な金属間相互作用は、それだけでは安定な構造を維持できないため、強い結合能をもつ硫黄配位子で架橋した安定性の高い二核錯体がユニットとして優れていることを示した上で、金属錯体を集積するための方法として、塩基を用いた配位不飽和金属種の生成と硫黄の多座配位能を利用するという新しい方法論を提唱している。 この方法論の基本ユニットとなるTi-Ru異種二核錯体を良好な収率で合成し、その構造をX線結晶構造解析で詳細に示している。次にこのユニットに対し、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、白金、および金錯体を集積化させた新規な異種金属三核クラスター、二核錯体同士が集積した四核クラスター、さらには三核クラスター同士がさらに集積してできた異種金属六核クラスターなど、これまでにほとんど方法が確立されていなかった異種金属クラスターの作製に成功している。いずれのクラスターにおいても、ユニットとして用いたTi-Ru異種二核錯体の構造は維持されており、安定なユニットを効率よく活性化させて集積させるという階層的手法が、異種金属クラスターの作製方法として有効であることを実証している。また、これらのクラスターの構造は、すべてX線構造解析で詳細に明らかにしており、新たに金属―金属間結合の生成を指摘するとともに、酸化に伴う金属間結合の移動、アルキン付加体の生成など、これまでにない新しい知見を得ている。 第3章では二次元水素結合網で形成される厚さがナノメーター・スケールのシート状構造体をユニットとして用い、シート状構造体が集積した超分子ゲルおよび超分子カプセルについて述べている。まず結晶中で二次元水素結合を形成するスルファミド化合物に着目し、両側の側鎖構造を適切に設計することで自己集積により二次元シート状構造体ができることを明らかにしている。次いで形成されたナノシート状構造体の構造について、赤外吸収スペクトル法やX線回折法を用いて検討しており、二次元水素結合網により形成されたシート状構造体がラメラ状に積層した集積構造を形成すること、さらに疎水性および親水性の側鎖末端を持つ非対称置換した誘導体を用いると、親水性および疎水性という異なる両親媒性表面を持つことを明らかにしている。さらに非対称置換誘導体が有機溶媒から水まで広範な媒体をゲル化するだけでなく、有機溶媒―水二相系もゲル化するという優れた特性を持つことを見いだし、その構造や特性の詳細を述べている。 また非対称置換誘導体の二次元シート構造体が階層的に集積した膜を持つ超分子カプセルの作製法と構造解析、そしてマイクロリアクターなどへの応用に向けたマイクロカプセルとしての特性と機能も報告している 第4章では、本論文の総括し、今後の展望を述べており、第5章は補遺である。 以上のように本論文は、ユニットとなる一次構造をつくる相互作用として、強くて方向性のある配位結合および水素結合を用い、それぞれの結合の特徴をふまえた安定で明確な分子ユニットの作製、効率的なユニットの集積手法、そして集積化された組織体の構造と機能について述べたもので、配位化学、有機化学および超分子材料学の発展に大きく貢献するものといえる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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