学位論文要旨



No 217779
著者(漢字) 髙山,英士
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,ヒデヒト
標題(和) ヒト膜蛋白質の大量機能発現技術の開発
標題(洋) LARGE-SCALE OVEREXPRESSION OF HUMAN MEMBRANE PROTEINS FOR STRUCTURE AND FUNCTION STUDIES
報告番号 217779
報告番号 乙17779
学位授与日 2013.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17779号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 教授 関水,和久
内容要旨 要旨を表示する

序 論

近年、創薬や生命現象の分子機構の解明のために、蛋白質の構造生物学研究が盛んに行われている。膜蛋白質は全ゲノムの約3割を占める生理学上極めて重要な蛋白質であるにも関わらず、特にヒト由来膜蛋白質の構造はPDB登録数の0.053%(2011年12月時点)にとどまっている。市販の薬剤の5割以上は膜蛋白質を結合標的としており、膜蛋白質の構造決定はより合理的な創薬開発に極めて有用である。構造解析のためにはミリグラムオーダーの大量発現が不可欠であるが、一般的には発現量が少ないこと、大腸菌などの大量発現系が膜挿入メカニズムなどが異なるため有効でないこと、過剰発現による細胞毒性などの課題がある。

ヒト膜蛋白質の大量発現には次の三つの問題を解決する必要がある。第一点は、構造解析に適した発現配列の設計と作成を迅速に行う必要があること、第二点は正しいフォールディングや局在を伴う機能性膜蛋白質を大量発現すること、第三点は精製後に脂質二重膜内在型と同等の活性を持つ均一な精製蛋白質を調製することである。第一点の解決策としてはPCR-based gene assembly法により構造遺伝子の作成手法の開発を行った。第二点の問題に対しては野生型蛋白質と類似の発現を保証しかつ細胞毒性を抑制するためにヒト由来HEK293細胞を用いたテトラサイクリン発現誘導系により大量発現系の構築を行った。第三点の評価のために結合活性測定系を構築し各発現コンストラクトのアフィニティー精製後の活性評価を行った。また脱糖鎖処理と天然変性領域を除去することで均一なサンプル調製法を開発した。モデル膜蛋白質として四回膜貫通型であり比較的小さく翻訳後修飾が少ないヒトCD81レセプター及び十二回膜貫通型であり四量体を形成するため比較的大きく、二箇所の糖鎖結合サイトを持つヒトセロトニントランスポーター(SERT)を選定し、従来大量発現が難しいとされた膜蛋白質の大量機能発現系の構築とその評価法の確立を目指し鋭意本研究を行った(Fig. 1)。

本 論

1.ヒト膜蛋白質構造遺伝子の設計と作成

構造遺伝子を簡便かつ迅速に作成するため、コドン頻度の最適化など柔軟な配列設計が可能であるPCR-based gene assembly法の開発を行った。オリゴDNAの自己集積的な結合・伸張のために各オリゴDNAのTm値(融解温度)を均一にするように使用コドンをDNAWorksプログラムを用いて設計し、かつコドン頻度を発現宿主細胞であるヒトと揃え、CD81では40、SERTでは90のオリゴDNAを設計した。オリゴDNA濃度や伸張温度などの最適化を行い全長遺伝子を構築し、遺伝子増幅を行った。通常500残基に1つの割合で合成エラーが起きるため点変異により遺伝子修復を行い構造遺伝子を得た。

2.テトラサイクリン発現誘導系を用いた膜蛋白質の大量機能発現

技術開発の二点目として大量発現系の開発を行った。SERTでは昆虫細胞発現系を用いた場合、糖鎖非修飾型蛋白質が得られフォールディング過程が非効率になり機能発現量が少ないことが報告されている。従ってヒト膜蛋白質の機能発現のために哺乳動物細胞を用いた同種発現を行った。テトラサイクリン誘導発現系はテトラサイクリンが低濃度で機能すること、発現誘導時間が短いなどの長所があり、本研究ではHEK293細胞と組み合わせて大量発現系として用いた。構築した発現安定株はTetオペレータをプロモーター領域に持ち、エフェクターであるテトラサイクリンの培地添加により発現が開始されるため、潜在的に毒性のある膜蛋白質の過剰発現を細胞単層膜がコンフルエンスに達するまで抑えることが出来る。Tetリプレッサーはオペレータ領域に強固に結合するため、細胞増殖中の意図しない発現誘導を抑制することが出来た。発現株のスクリーニングのためCD81では32、SERTでは24の野生型安定発現株のクローンを取得しその発現量を精製タグの抗体を用いたウェスタンブロット(WB)法によりスクリーニングし大量発現株を得た。

3.天然変性領域の予測と配列設計

近年のバイオインフォマティックス及び生物物理学研究により真核細胞の蛋白質では約30%が天然変性領域(IDR: Intrinsically disordered region)を有すると報告されている。結晶化を目指した構造生物学研究のためには、活性に影響を与えない限りこれらを除去することが可能である。そこでCD81 とSERT のIDR 解析を行ったところ、CD81 ではIDR は見られないもののSERT のN末端にIDRを持つことが予測された(Fig. 2)。この領域は二次構造が少なく親水性残基を多く有している。開始残基の親・疎水性、IDR 確率、二次構造予測をもとに6種類のトランケーション体を設計しこれらの構造遺伝子を野生型発現配列をもとに作成した。

4.四回膜貫通型蛋白質CD81 の大量機能発現と活性評価

ヒトCD81 は可溶性ドメインのみの構造が解かれているものの全長蛋白質の構造が解かれておらず、比較的小さく翻訳後修飾が少ないターゲット蛋白質として選定した。HEK293 細胞による発現はWB 法により1.04mg/L の発現が確認された。またrho-1D4 タグを用いたアフィニティー精製では95%以上の精製純度が得られた。細胞膜へのトラフィッキングは正しいフォールディングの指標になるため、抗rho-1D4 抗体を用いて共焦点顕微鏡により局在を確認した(Fig. 3)。細胞膜に局在すると知られているcadherin との共局在性から適切なフォールディングが実現出来ていることを確認した。精製後のCD81 はELISA アッセイにより結合パートナーであるHCV-E2 糖蛋白質とKd=3.8±1.2 nM で結合し結合活性があることが確認され(Fig. 4)、本大量機能発現系が四回膜貫通型蛋白質に有効に機能することが確認できた。

5.十二回膜貫通型蛋白質SERT の大量機能発現と活性評価

HEK293 テトラサイクリン発現誘導系を比較的サイズが大きく糖鎖修飾を受ける十二回膜貫通型SERT に適用した。野生型とあわせてジスルフィド結合を抑制した変異体、糖鎖修飾欠損体、IDR を除いたトランケート体の構造遺伝子を作成し、哺乳動物細胞で発現したところいずれもWB 法により発現が確認された(Fig. 5)。野生型SERTの発現量は1.39 mg/Lであった。SDS-PAGE上で90%以上の精製純度が確認され、またBN-PAGEにより非変性状態で四量体と思われるバンドが野生型とトランケート体で検出された。SERTの糖鎖付与を確認したところ、発現誘導後32時間ではほとんどのSERTが複合型糖鎖修飾を受けていることが確認できた。Lysyl endopeptidaseでペプチド分解した精製サンプルのElectro Spray Ionization-MS/MS解析により全長発現が確認出来た。また精製後のSERTは非変性下でPNGaseFにより脱糖鎖し蛋白質表面に露出していることが確認できた。糖鎖修飾欠損変異体(Asn207Gln, Asn 218Gln)は発現量が非常に少ないために、より均一な膜蛋白質を大量調製するためには脱糖鎖処理をすることで精製蛋白質を得る手法が結晶化などに有効であると考えられた。SERTの各種変異体のトランスポート活性を蛍光アッセイを用いて確認したところいずれも特異的なトランスポート活性が確認でき細胞レベルの機能発現が確認できた。[3H]イミプラミン結合アッセイを野生型及び変異型に行ったところ可溶化及び精製後サンプルではいずれも類似の解離定数を持ち結合活性が確認できた(Table. 1)。SERTの機能発現量は0.99 mg/Lであり、精製SERTの71%がリガンド結合型として調製可能であった。

結 論

以上をまとめると、各種構造遺伝子をPCR-based gene assembly法により作成し、哺乳動物細胞を用いて発現したところ全長発現し、正しいフォールディングとトラフィッキングにより細胞表面に局在していた。また細胞レベルの機能解析を行ったところ、SERTの各発現体はいずれもトランスポート活性を有することがわかった。両モデル膜蛋白質(野生型)はミリグラムレベルの発現量であり、特にSERTでは既報と比べ発現量、機能発現量ともに世界一の大量発現に達した。精製膜蛋白質レベルではELISA、ラジオリガンド結合アッセイからいずれも精製後の活性を示していることが確認出来た。また、結晶化に適したサンプル調製のために天然状態において特定の構造を有さない領域を排除したトランケート体の設計を行い、細胞レベルのトランスポート活性及びリガンド結合活性を評価し、結晶化などの構造解析に適用可能な高機能膜蛋白質発現方法を開発した。従来難しいとされていたヒト膜蛋白質大量機能発現には構造遺伝子の合成と哺乳動物細胞による発現誘導系の組み合わせがモデル蛋白質において蛋白質サイズや翻訳後修飾によらず構造解析を目指した発現プラットフォームとして有効であることが示された。この方法論が今後のヒト膜蛋白質の構造決定への重要な方法論になることを確信する。

Fig.1: モデル蛋白質のトポロジーモデル 左. CD81 右. SERT

Fig.2 SERT の天然変性領域予測

Fig. 3 CD81 の局在 細胞膜局在cadherin (A )とER 局在calnexin (B )との比較

Fig. 4 CD81 のELISA 結合活性測定

Fig. 5 WB法による各種SERT発現

Table 1. SERTのイミプラミン解離定数

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文は、ヒト膜蛋白質の大量機能発現の研究に関するものである。膜蛋白質は全ゲノムの約3割を占める生理学上極めて重要な蛋白質であるにも関わらず、特にヒト由来膜蛋白質の構造決定は進んでいない。市販の薬剤の5割以上は膜蛋白質を結合標的としており、膜蛋白質の構造決定は合理的な創薬開発に極めて有用である。構造解析のためにはミリグラムオーダーの大量発現が不可欠であるが、発現量が少ないこと、大腸菌などの大量発現系が膜挿入メカニズムなどが異なるため有効でないこと、過剰発現による細胞毒性などの課題がある。構造解析にむけたヒト膜蛋白質の大量機能発現には、迅速な発現配列の設計と作成、正しいフォールディングや局在を伴う機能性膜蛋白質の大量発現、脂質二重膜内在型と同等の活性を持っ均一な精製蛋白質を調製することが必要であることから、本検討では、PCR-based gene assembly法による構造遺伝子の作成手法の開発、細胞毒性の問題を抑制するヒト由来HEK293細胞を用いたテトラサイクリン発現誘導系の開発、結合活性測定系によるアフィニティー精製後の活性評価を行っている。また脱糖鎖処理と天然変性領域を除去することで均一なサンプルの調製を行っている。

本論文は四章から構成されており、第一章では膜蛋白質の構造解析にむけた大量発現に関する課題にっいて概観している。第二章では題材蛋白質として四回膜貫通型蛋白質のCD81レセプター、第三章では十二回膜貫通型蛋白質セロトニントランスポーター(SERT)についてそれぞれ大量発現の検討、キャラクタライゼーションから精製蛋白質の活性評価まで総合的に検討している。第四章では大量発現とコドン頻度の最適化について総括的なまとめと考察を行っている。

技術開発としては、構造遺伝子を簡便かつ迅速に作成するためPCR-based gene assembly法を開発している。従来用いられているcDNAライブラリーを用いた方法は野生型の構造遺伝子が得られるが、オリゴDNA合成が安価になっていることやコドン頻度の最適化が容易であることから本手法を用いることでより柔軟な配列設計を行っている。また、ヒト膜蛋白質の機能発現のためにHEK293細胞を用いた同種発現を用いている。テトラサイクリン誘導発現系はエフェクターであるテトラサイクリンの培地添加により発現が開始されるため、潜在的に毒性のある膜蛋白質の過剰発現を細胞単層膜がコンフルエンスに達するまで抑えることができる。CD81では32、SERTでは24の野生型安定発現株のクローンを取得しその発現量を精製タグの抗体を用いたウェスタンブロット(WB)法によりスクリーニングし安定発現株を取得している。近年のバイオインフォマティックス及び生物物理学研究により真核細胞の蛋白質では約30%が天然変性領域(IDR:Intrinsically disordered region)を有すると報告されている。結晶化を目指した構造生物学研究のためには、活性に影響を与えない限りこれらを除去することが可能である。そこでCD81とSERTのIDR解析を行ったところ、CD81ではIDRが見られないもののSERTのN末端にIDRを持っことが予測された。この領域は二次構造が少なく親水性残基を多く有している。開始残基の親・疎水性、IDR確率、二次構造予測をもとに6種類のトランケーション体を設計しこれらの構造遺伝子を野生型発現配列をもとに作成し大量発現及び活性評価に用いている。

第二章ではCD81の大量機能発現と活性評価が示されている。HEK293細胞による発現はWB法により1.04mg/Lの発現が確認され、またrho-1D4タグを用いたアフィニティー精製では95%以上の精製純度が得られている。細胞膜へのトラフィッキングは正しいフォールディングの指標になるため、抗rho-1D4抗体を用いて共焦点顕微鏡により局在を確認している。細胞膜に局在すると知られているcadherinとの共局在性から適切なフォールディングが実現できていることを確認している。精製後のCD81はELISAアッセイにより結合パートナーであるHCV-E2糖蛋白質とKd=3.8±1.2nMで結合し結合活性があることが確認され、大量機能発現系が四回膜貫通型蛋白質に有効に機能することを確認している。

第三章では十二回膜貫通型蛋白質SERTの大量機能発現と活性評価を行っている。野生型SERTとあわせてジスルフィド結合を抑制した変異体、糖鎖修飾欠損体、IDRを除いたトランケート体の構造遺伝子を作成し、それらの哺乳動物細胞による発現を確認したところ、野生型SERTでは1.39mg/Lの発現量を得ている。SDS-PAGE上で90%以上の精製純度が確認され、またBN-PAGEにより非変性状態で電気泳動したところ野生型とトランケート体で四量体と思われるバンドが確認され、N末端のIDR領域の除去は多量体形成に影響がないことを示している。また、Lysyl endopeptidaseでペプチド分解した精製サンプルをElectro Spray Ionization-MS/MS解析に供し、全長発現を確認している。糖鎖修飾については発現誘導後32時間ではほとんどのSERTが複合型糖鎖修飾を受けていることを各種脱糖鎖酵素処理により確認している。精製後のSERTは非変性下でPNGaseFにより容易に脱糖鎖することと、糖鎖修飾欠損変異体(Asn207Gln,Asn218Gln)では発現量が非常に少ないために、より均一な膜蛋白質を大量調製するためには脱糖鎖処理をすることで精製蛋白質を得る手法が結晶化などに有効であると結論付けている。SERTの各種変異体のトランろポート活性を蛍光アッセイを用いて確認し、細胞レベルで特異的なトランスポート活性を有していることを確認している。SERTの機能発現量は0.99mg/Lであり、精製SERTの71%がリガンド結合型であることを示している。

以上をまとめると、本研究は、全く異なるトポロジーと翻訳後修飾を持つCD81とSERTに対して、各種構造遺伝子をPCR-based gene assembly法により作成し、哺乳動物細胞を用いて発現しているが、これらは全長発現し、正しいフォールディングとトラフィッキングにより細胞表面に局在していることを示している。また細胞レベルの機能解析を行ったところ、SERTの各発現体はいずれもトランスポート活1生を有することを示している。両膜蛋白質(野生型)はミリグラムレベルの発現量であり、特にSERTでは既報と比べ発現量、機能発現量ともに世界一の大量発現に達している。精製膜蛋白質はELISA、ラジオリガンド結合アッセイからいずれも精製後の活性があることを示している。本研究は、従来難しいとされていたヒト膜蛋白質の大量機能発現が構造遺伝子の合成と哺乳動物細胞による発現誘導系の組み合わせにより、蛋白質サイズや翻訳後修飾によらず多くのヒト膜蛋白質の発現プラットフォームとして有効であることを示している。この方法論は今後のヒト膜蛋白質の構造決定への重要な方法論になることが期待されることから、本研究は博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。

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