学位論文要旨



No 217781
著者(漢字) 土田,琢磨
著者(英字)
著者(カナ) ツチダ,タクマ
標題(和) 脂質代謝に着目した肥満・2型糖尿病の新規治療薬剤および創薬ターゲットの評価
標題(洋)
報告番号 217781
報告番号 乙17781
学位授与日 2013.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17781号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 有田,誠
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

肥満と脂肪肝はともに2型糖尿病を合併する頻度が高く、それぞれインスリン抵抗性の増大やメタボリックシンドローム発症の危険因子として考えられている。肥満や2型糖尿病などの代謝性疾患の背景には、消化管からの脂質吸収、肝臓における脂肪酸の合成や酸化、または胆汁酸代謝といった生体内における脂質代謝との関連が指摘されていることから、脂質代謝に着目した肥満・2型糖尿病の新規治療薬剤および創薬ターゲットの評価に関する研究を行った。

第二章 糖尿病モデルマウスにおけるUDCAの糖・脂質代謝への作用

ウルソデオキシコール酸(UDCA)は親水性の胆汁酸であり、各種慢性肝疾患の肝機能改善薬として広く臨床使用されている。UDCAの薬理作用として抗炎症作用、抗酸化ストレス作用、小胞体ストレス改善作用などが報告されており、各種慢性肝疾患に対してはこれらの作用が複合的に作用し、肝機能の改善や肝障害の軽減につながると考えられるが、明確な作用点・作用機序は不明である。

肝臓は代謝性疾患との関わりの深い臓器であり、肝機能の指標であるALTやγ-GTPが上昇し肝機能が悪化するにつれて、糖尿病の発症率も上昇することが報告されている。すなわち肝機能の異常は糖尿病発症の独立した危険因子であることが示唆される。しかしながら糖・脂質代謝に対するUDCAの効果はこれまで明確にされていない。そこで非臨床におけるUDCAの糖尿病改善作用を評価するため、脂肪肝を増悪させた糖尿病モデルマウスの糖・脂質代謝に対するUDCAの作用を解析した。

高脂肪食を負荷し、脂肪肝および糖尿病を増悪させた2型糖尿病モデルKK-Ayマウス(雄性)に対し、UDCA(50, 150および450 mg/kg)を一日一回、2週間または3週間経口投与した。高脂肪食負荷により上昇した空腹時血糖値およびインスリンが、UDCA投与により用量依存的に低下したことから、UDCAが本モデルマウスにおいてインスリン抵抗性改善に基づく抗糖尿病作用を示すことが明らかとなった。グルコースクランプ試験において、高脂肪食負荷により全身のインスリン感受性が増悪していたが、UDCA投与により改善が認められた。さらにその内訳として臓器ごとの作用を評価した結果、UDCA投与により肝臓の糖産生が抑制されていた一方で、脂肪や骨格筋といった末梢組織における糖取り込みには変化が見られなかった。よってUDCAは主に肝臓のインスリン抵抗性を改善することにより、抗糖尿病作用を示すことが示唆された。また高脂肪食負荷により上昇する肝臓中の中性脂肪やコレステロール含量がUDCA投与により有意に低下しており、UDCAが本モデルマウスにおいて脂肪肝改善作用を示すことが確認された。

UDCA投与による肝臓における糖・脂質代謝改善作用の機序を検討するため、肝臓中の遺伝子発現を測定した。その結果、脂肪酸およびコレステロール合成に関与する遺伝子(Acl, Acc2, Fas, Hmgcr, Hmgcs)については、高脂肪食負荷によりその発現が低下していたが、UDCA投与により発現が回復・亢進することが確認された。UDCA投与により、肝臓中の脂質含量は低下して脂肪肝は改善する一方で、脂肪酸やコレステロールといった脂質の合成に関与する遺伝子発現には上昇が認められたことから、肝臓で合成された脂質が糞中に排泄されるとの作業仮説を立て、次に糞中の脂質を解析した。糞中の胆汁酸、中性ステロール、脂肪酸およびリン脂質の含量を測定したところ、いずれもUDCA投与により顕著に増加していた。

以上の結果から、UDCAは肝臓から糞中への脂質の排泄を亢進させ、それと連動する形で肝臓中の糖から脂質への代謝を改善・亢進させることにより、本モデルマウスにおいて脂肪肝改善作用や抗糖尿病作用を示す可能性が示唆された。よってUDCAは脂肪肝を合併する2型糖尿病の新規治療薬として有望であると考えられる。

第三章 脂質吸収に関与する酵素MGAT2欠損マウスの表現型解析

肥満・2型糖尿病に対する新規の創薬ターゲットの同定に向け、消化管における中性脂肪の吸収に着目し、小腸に高発現する酵素Acyl-CoA:monoacylglycerol acyltransferase-2 (MGAT2) の欠損マウスを作製しその表現型を解析した。肥満はインスリン抵抗性の増大やメタボリックシンドローム発症の危険因子であることが知られている。一般に摂取カロリーが消費カロリーを上回った場合、その余剰エネルギーは中性脂肪として生体に蓄えられ、肥満に至ることから、肥満の発症には高脂肪の食事摂取が強く関与していると考えられている。食事由来の中性脂肪は、消化管内腔においてリパーゼの作用により脂肪酸とモノアシルグリセロールに分解され、それぞれが小腸上皮細胞に吸収される。その後、脂肪酸とモノアシルグリセロールは小腸上皮細胞内にて、中性脂肪に再合成された後、血中へと吸収される。今回着目したMGAT2はモノアシルグリセロールと脂肪酸アシル-CoAからジアシルグリセロールを合成する活性を示す酵素であり、マウスでは小腸上皮に特異的に高発現していることが報告されていた。よってMGAT2は食事由来の中性脂肪の小腸上皮細胞における再合成と体内への吸収に関与すると考えられ、高脂肪食誘発の肥満・2型糖尿病の発症に寄与する可能性があることから、今回MGAT2の欠損マウスを作製し、糖・脂質代謝に関連する表現型解析を実施した。

MGAT2遺伝子のエクソン1をネオマイシン耐性遺伝子で組み換えることにより、MGAT2の欠損マウスを作製し、サザンブロッティングによりMGAT2遺伝子が発現していないことを確認した。出生後のマウスについて、一般状態で異常は認められなかった。MGAT2欠損マウスの小腸におけるMGAT2遺伝子発現および酵素活性を測定したところ、へテロ、ホモ欠損マウスにおいて低下が認められ、目的とするマウスが作製できたことを確認した。解析には全て雄性のマウスを用いた。まず、MGAT2が個体レベルで食事由来の脂質の吸収に関与することを検討するため、経口脂質負荷試験を実施した。その結果、野生型マウスにおいて認められる一過性の中性脂肪の上昇が、ヘテロ、ホモ欠損マウスにおいて軽減していた。すなわちMGAT2欠損マウスにおいて、食事由来の脂質の血中への吸収が抑制されることが明らかとなった。

以上の結果を踏まえて、肥満・糖尿病に対する創薬ターゲットとしての妥当性を評価するため、マウスに高脂肪食を10-12週間長期負荷し、肥満・糖尿病を発症させた際の表現型を解析した。試験期間中の体重の推移および累積の摂餌量を測定したところ、通常食負荷時には、ヘテロ、ホモ欠損マウスともに野生型マウスに比べて体重に変化は見られなかった。一方、高脂肪食負荷時には、野生型マウスにおいて高脂肪食により惹起される体重増加が、ホモ欠損マウスにおいて著明に抑制された。累積の摂餌量については、ヘテロ、ホモ欠損マウスともに野生型マウスと差がなかったことから、MGAT2欠損マウスは摂餌量の変化によらず高脂肪食負荷による肥満に抵抗性を示すことが明らかとなった。糖・脂質代謝関連の血中パラメータとして、血糖値、インスリン、中性脂肪、総コレステロールおよび遊離脂肪酸を測定した。このうち高脂肪食負荷によって野生型マウスにおいて上昇するインスリンおよび総コレステロールについては、ヘテロ、ホモ欠損マウスでは有意に低下していた。よってインスリン抵抗性や高コレステロール血症といった病態が、MGAT2欠損マウスにおいて軽減することが示された。さらに経口糖負荷試験の結果、高脂肪食を負荷した野生型マウスでは耐糖能の増悪とインスリン抵抗性が認められたが、ホモ欠損マウスではいずれも有意に改善したことから、MGAT2欠損マウスはインスリン抵抗性改善に基づく抗糖尿病作用を示すことが明らかとなった。

高脂肪食を10-12週間負荷したホモ欠損マウスにおいては、明期と暗期における酸素消費量の増加が認められた。また小腸(十二指腸、空腸、回腸)の中性脂肪含量ならびに糞中の中性脂肪・脂肪酸含量を測定したところ、野生型マウスに比べてMGAT2欠損マウスで変化は見られなかった。すなわちMGAT2欠損マウスにおいて、未吸収の脂質は糞中に排泄されず、小腸上皮にも蓄積しないことが明らかとなった。さらに小腸における酸素消費に関連する遺伝子群(Cpt-1a, Acox1, Hmgcs2, Acot1, Acot2, Mcad, Lcad)の発現が、MGAT2欠損マウスにおいて亢進しており、小腸上皮細胞内にて、未吸収の脂質が酸化・燃焼されることが示唆された。

以上の結果から、MGAT2の欠損により脂質の吸収が抑制され、高脂肪食負荷により惹起される肥満・糖尿病の病態が著明に改善することから、MGAT2は肥満・糖尿病の新規創薬ターゲットとして有望であり、その阻害剤の研究開発が期待される。またMGAT2を阻害することにより、小腸上皮細胞内において、脂肪酸の酸化が亢進し、脂質が代謝される可能性が示唆されたことから、MGAT2は小腸の脂質代謝を制御する生理的に重要な酵素であると考えられる。

第四章 総括

肥満・2型糖尿病の新規治療薬剤の開発と新規治療ターゲットの同定に向け、主に脂質代謝に着目して、UDCAの糖・糖脂質代謝に対する作用の評価、ならびに小腸からの脂質吸収に関与する酵素MGAT2欠損マウスの表現型解析を実施した。

糖尿病モデルマウスにおけるUDCAの作用を検討した結果、UDCAは肝臓からの脂質およびコレステロールの排泄を高め、肝臓中における糖から脂質およびコレステロールへの代謝を改善・亢進することにより抗糖尿病作用や脂肪肝改善作用を示す可能性が示唆された。よってUDCAは脂肪肝を合併する2型糖尿病の治療薬として有望であると考えられ、糖尿病への適応拡大が期待される。

MGAT2欠損マウスの評価を行った結果、MGAT2欠損マウスでは消化管からの脂質の吸収が抑制され、高脂肪食負荷による肥満やインスリン抵抗性の発症が軽減された。MGAT2は肥満・2型糖尿病の新規創薬ターゲットとして有望であり、その阻害剤の研究開発が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

「脂質代謝に着目した肥満・2型糖尿病の新規治療薬剤および創薬ターゲットの評価」と題する本論文は、主要な部分は二章から成り、第一章では肝機能の改善薬として臨床使用されている薬剤であるウルソデオキシコール酸(UDCA)が、2型糖尿病のモデルマウスにおいて糖・脂質代謝改善作用を示すこと、第二章では小腸における脂質吸収に関与する酵素MGAT2の欠損マウスにおいて、高脂肪食負荷による肥満やインスリン抵抗性の発症が抑制されるという発見をしたことについて記載している。

肥満と脂肪肝はともに2型糖尿病を合併する頻度が高く、それぞれインスリン抵抗性の増大やメタボリックシンドローム発症の危険因子として考えられている。肥満や2型糖尿病などの代謝性疾患の背景には、消化管からの脂質吸収、肝臓における脂肪酸の合成や酸化、または胆汁酸代謝といった生体内における脂質代謝との関連が指摘されていることから、主に脂質代謝に着目し、肥満・2型糖尿病の新規治療薬剤の開発および新規創薬ターゲットの同定を目的とした研究成果が述べられている。

第一章に記載されている研究においては、UDCAの糖尿病改善作用を評価するため、脂肪肝を増悪させた糖尿病モデルマウスである高脂肪食負荷KK-Ayマウスの糖・脂質代謝に対するUDCAの作用を解析した結果が示されている。UDCA(50, 150および450 mg/kg)を一日一回、3週間経口投与した結果、高脂肪食負荷により上昇した空腹時血糖値およびインスリンが、用量依存的に低下したことから、UDCAが本モデルマウスにおいてインスリン抵抗性改善に基づく抗糖尿病作用を示すことが明らかとなった。グルコースクランプ試験において、UDCAの抗糖尿病作用の標的臓器を検討した結果、UDCA投与により肝臓の糖産生が抑制されていた一方で、脂肪や骨格筋といった末梢組織における糖取り込みには変化が見られなかった。よってUDCAは主に肝臓のインスリン抵抗性を改善することにより、抗糖尿病作用を示すことが示唆された。さらに肝臓中の中性脂肪やコレステロール含量がUDCA投与により低下しており、UDCAが本モデルマウスにおいて脂肪肝改善作用を示すことが確認された。

第一章の後半では、UDCA投与による肝臓における糖・脂質代謝改善作用の機序を検討した結果が示されている。肝臓中の遺伝子発現を測定した結果、UDCA投与により脂肪酸およびコレステロール合成に関与する遺伝子の発現が上昇することが確認された。さらに糞中の胆汁酸、中性ステロール、脂肪酸およびリン脂質の含量を測定したところ、いずれもUDCA投与により増加が認められた。したがって、UDCAは肝臓から糞中への脂質の排泄を亢進させ、それと連動する形で肝臓中の糖から脂質への代謝を改善・亢進させることにより、本モデルマウスにおいて脂肪肝改善作用や抗糖尿病作用を示す可能性が示唆された。

第二章に記載されている研究においては、マウスの小腸特異的に高発現しており、モノアシルグリセロールと脂肪酸アシル-CoAからジアシルグリセロールを合成する活性を示す酵素MGAT2の欠損マウスの表現型解析が記載されている。経口脂質負荷試験を実施した結果、野生型マウスにおいて認められる一過性の中性脂肪の上昇が、MGAT2ヘテロ、ホモ欠損マウスにおいて軽減していた。さらにマウスに高脂肪食を10-12週間長期負荷し、肥満・糖尿病を発症させた際の表現型を解析したところ、野生型マウスにおいて高脂肪食により惹起される体重増加が、ホモ欠損マウスにおいては著明に抑制されていた。すなわちMGAT2欠損マウスは高脂肪食負荷による肥満に抵抗性を示すことが明らかとなった。糖・脂質代謝関連の血中パラメータについては、インスリンおよび総コレステロールがヘテロ、ホモ欠損マウスでは有意に低下していた。さらに経口糖負荷試験の結果、高脂肪食を負荷した野生型マウスでは耐糖能の増悪とインスリン抵抗性が認められたが、ホモ欠損マウスではいずれも有意に改善したことから、MGAT2欠損マウスはインスリン抵抗性改善に基づく抗糖尿病作用を示すことが明らかとなった。

第二章の後半では、MGAT2欠損マウスにおいて未吸収の脂質の代謝に関する解析を実施している。高脂肪食を負荷したMGAT2欠損マウスにおいては、明期と暗期における酸素消費量の増加が認められた。また小腸(十二指腸、空腸、回腸)の中性脂肪含量ならびに糞中の中性脂肪・脂肪酸含量を測定したところ、野生型マウスに比べてMGAT2欠損マウスで変化は見られなかった。すなわちMGAT2欠損マウスにおいて、未吸収の脂質は糞中に排泄されず、小腸上皮にも蓄積しないことが明らかとなった。さらに小腸における酸素消費に関連する遺伝子群の発現が、MGAT2欠損マウスにおいて亢進しており、小腸上皮細胞内にて、未吸収の脂質が酸化・燃焼される可能性が示唆された。

以上の研究より、まずUDCAが糖尿病モデルマウスにおいて抗糖尿病作用・脂肪肝改善作用を有することが見出された。その機序として、肝臓から糞中への脂質の排泄を亢進させ、それと連動する形で肝臓中の糖から脂質への代謝を改善・亢進させるという既存の糖尿病治療薬にはない新たな作用が示唆された。さらにMGAT2欠損マウスの表現型から、MGAT2は肥満・糖尿病の新規創薬ターゲットとして有望であり、その阻害剤の研究開発が期待されることを提示した。以上のように本論文の研究成果は、治療薬剤の開発が大きな課題である肥満・2型糖尿病に対して、新規治療薬剤の研究開発に貢献し、さらにその研究内容は疾患生物学の発展に資するところが大きい。よってこれを行った土田 琢磨は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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