No | 217784 | |
著者(漢字) | 牧元,久樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マキモト,ヒサキ | |
標題(和) | Brugada症候群における運動負荷検査回復期のST上昇増強現象、及び心臓電気生理学的検査での期外刺激数とその予後予測能についての検討 | |
標題(洋) | Clinical impact of the augmentation of ST-segment elevation during recovery from exercise and the number of extrastimuli in programmed electrical stimulation in patients with Brugada syndrome. | |
報告番号 | 217784 | |
報告番号 | 乙17784 | |
学位授与日 | 2013.02.20 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第17784号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【研究の背景と目的】Brugada症候群は壮年期に心室細動(VF)による突然死を生じる疾患で、12誘導心電図の前胸部誘導(V1-V3)でのcoved型ST上昇が特徴的である。VF発症を予測する指標が複数提唱されているが、先行した心イベント(VFもしくは失神)と、12誘導心電図前胸部誘導でのcoved型ST上昇の自然発生以外の予測因子は有用でない、との結果も示されている。しかし、VF既往のないBrugada症候群患者のリスク層別化の指標については、未解明の点が多い。 Brugada症候群でのVF発生は、夜間から明け方に多く、副交感神経活性との関連が示唆される。実際に、Brugada症候群でのST上昇は、ムスカリン受容体の選択的刺激により増強し、β受容体刺激で減高することが報告されている。 運動負荷試験中の心拍数は、心筋における自律神経機能の指標の一つとして有用であり、特に運動負荷終了直後の回復期早期では、副交感神経活性の増強が生じる。しかし、Brugada症候群患者に対する運動負荷によるST上昇増強の臨床的意義の検討は、これまでに行われていない。 また、心臓電気生理学的検査による心室細動誘発試験によるBrugada症候群患者のリスク層別化はこれまで多くの施設で行われてきているが、その有用性については未だ結論が出ていない。 本研究の目的は、1.) Brugada症候群における運動負荷回復期早期のST上昇増強の頻度、及びその臨床的予後との関連の検討、2.) Brugada症候群における、心拍数回復を用いた運動負荷回復期早期における副交感神経活性及び、そのST部分変化との関連の検討、3.) VF既往のないBrugada症候群患者において心室細動誘発時の心室期外刺激数とその臨床的予後との関連の検討を行うことである。 【研究の方法】1994年から2006年までの間に国立循環器病センターに検査入院したBrugada症候群患者93 名を対象とした。また、この患者群と年齢・性別・QRS幅をマッチングさせた102名の器質的心疾患を持たない健常群をコントロール群とした。自然発生または薬剤による0.2mV以上の前胸部誘導でのcoved型ST上昇に加え、1.) VFまたは多型性心室頻拍の既往、2.) 45歳未満での心臓突然死の家族歴、3.) Brugada症候群の家族歴、4.) 心臓電気生理検査におけるVFの誘発、5.) 失神または夜間の死戦期呼吸、の何れかを満たした場合に、Brugada症候群と診断した。Brugada症候群患者のうち、22名はVF既往、35名は原因不明の失神の既往を持ち、残りの36名は無症候性であった。心臓電気生理学的検査は、右室心尖部・右室流出路より2発までの期外刺激、引き続き右室心尖部・右室流出路より3発の期外刺激をVFが誘発されない限り、最短刺激インターバル180msecまでの心室刺激が行われた。 93名のBrugada症候群患者及び102名のコントロール群に対して、トレッドミル検査による症候限界最大下運動負荷を行った。負荷開始前、各ステージ終了時、最大負荷時、及び回復期1分毎に12誘導心電図が記録され、同時に、心拍数と血圧が測定された。心電図上、V1-V3のST部分の基線からの変位(V5のQRS終点から上げた垂線とV1-V3の交点で測定)と、V5でのQRS幅につき、3拍動の平均値が記録された。運動負荷回復期1-4 分において、運動負荷前と比較して0.05mV 以上のST 部分上昇を認めた場合、有意なST 上昇増強と定義した。また、心拍数回復は最大負荷時から1分間での心拍数の減少と定義した。 トレッドミル検査終了後、全てのBrugada症候群患者について、外来で定期的にフォローアップが行われた。心イベントの発生は、心臓突然死または心肺蘇生処置、植込み型除細動器(ICD)や心電図で記録されたVFまたは持続性心室性不整脈と定義した。ICDは、63名(VF既往20名、失神既往25名、無症候性18名)に対し植込みが行われた。 【研究の結果】93名のBrugada症候群例のうち、34名(37%)に回復期早期のST上昇増強を認めた(ST上昇増強群)。残りの59名(63%)のBrugada症候群例(ST上昇非増強群)及びコントロール群102名には、回復期早期のST上昇増強を認めなかった。ST上昇増強群では、最大負荷時にはST部分は運動前と比較して軽度低下しており、その後ST部分の上昇を認め、回復期3分に最大の上昇幅が記録された。これに対し、ST上昇非増強群及びコントロール群では、最大負荷時に運動前と比較して低下したST部分が回復期に徐々に運動前のレベルに戻っていくことが観察された。 心拍数回復は、ST上昇増強群でST上昇非増強群(32±15 拍 vs. 23±10 拍, p=0.0007)及びコントロール群(32±15 拍 vs. 26±10 拍, p=0.021)より有意に高値であった。ST上昇非増強群の心拍数回復は、コントロール群に比較し有意に低値であった(23±10 拍 vs. 26±10 拍, p=0.026)。 2群の臨床的・心電学的特徴については、SCN5A変異を持つ症例の割合(6/34[17%] vs. 3/59[5%], p=0.048)と、加算平均心電図で心室遅延電位が記録された症例の割合(28/34[82%] vs. 30/57[53%], p=0.004)がST上昇増強群に多かったこと以外には、有意な差を認めなかった。 93名のBrugada症候群患者のうち、78名に対し心臓電気生理学的検査を行い、59名(76%)でVFが誘発された。また、心臓電気生理学的検査を受けた78名のうち、VF既往歴のない患者は57名(73%)で、そのうち46名でVFが誘発された。 フォローアップは、平均で約76か月行われ、93名のBrugada症候群患者のうち25名(27%)に心イベントの発生を認め、1名が死亡した。心イベントの発生は、ST上昇増強群でST上昇非増強群よりも有意に高率であった(15/34[44%] vs. 10/59[17%], p=0.004)。VFの既往があったものの、ICD植込みを拒否したためdisopyramideの投与を行っていた1例では、VFによる死亡が確認された。 ST上昇増強群ではST上昇非増強群と比較して、有意に心イベント発生率が高値であった(p=0.0029)。VFの既往(p=0.0013)及び、SCN5A変異(p=0.028)を持つ例でも心イベント発生率が有意に高率であった。また、心臓電気生理学的検査におけるVF誘発性は予後との有意な関連を認めなかった(p=0.47)。 Cox regressionによる単変量解析では、VFの既往(p=0.003)、運動負荷回復期早期のST上昇増強(p=0.005)、SCN5A変異(p=0.037)が心イベントの発生と有意に関連していた。多変量解析(Step-wise法)を行うと、VFの既往(p=0.005)と、運動負荷回復期早期のST上昇増強(p=0.007)のみが心イベントの発生と有意な関連を認めた。 VF既往のない71名の患者群でも、運動負荷回復期早期のST上昇増強群では有意に心イベント発生率が高値であった(p=0.0041)。また、VFの誘発性そのものは、予後との有意な関連を認めなかったが(p=0.29)、2発以内の心室期外刺激によるVF誘発群は3発期外刺激によるVF誘発群及びVF非誘発群よりも有意に心イベント発生率が高値であった(p=0.021)。 35名の失神既往群では、心イベント発生率は、ST上昇増強群でST上昇非増強群と比較して有意に高値であった(6/12[50%] vs. 3/23[13%], p=0.016)。また、36名の無症候性患者においても、心イベント発生率は、ST上昇増強群で有意に高値であった(3/15[20%] vs. 0/21[0%], p=0.039)。 【考案】1.) Brugada症候群例のうち37%の症例で、運動負荷回復期早期のST上昇増強を認めた、2.) 運動負荷回復期早期のST上昇増強はBrugada症候群に特異的であり、その後の心イベント発生と有意な関連を認めた、3.) 運動負荷回復期早期のST上昇増強は、心拍数回復の大きさと有意な関連を認めた、4.) 心臓電気生理検査において2発以内でのVF誘発性はその後の心イベント発生と有意な関連を認めた。以上4点が本研究により得られた主な結果であった。 本研究において、回復期早期のST上昇増強群でより大きな心拍数回復を認めたことは、ST上昇増強が副交感神経活性の亢進と大きな関連を持っている可能性を示している。しかし、ST上昇増強を認めた症例が、より亢進した副交感神経活性を持っていたのか、それとも副交感神経活性亢進に対する高い感受性を持っていたのか、という点については、本研究の結果からは判断できなかった。 本研究においては、VF既往のない患者群で、2発以内の期外刺激でのVF誘発性は心イベントの独立した予測因子であった。また、3発の期外刺激を加えてVF誘発を行うことは、予後予測という観点からすると有用ではないと考えられた。 本研究では、VFの既往が最も強い予後予測因子であったことに加え、運動負荷検査回復期早期におけるST上昇増強が、独立した予後予測因子であった。さらに、VF既往のない患者群においては、2発以内の心室期外刺激によるVF誘発も独立した予後予測因子であった。以上のことから、運動負荷試験と2発以内の期外刺激による心室細動誘発試験の結果は、特にVF既往のないBrugada症候群患者の予後予測において有用である可能性が本研究により示された。 | |
審査要旨 | 本研究は、壮年期に心室細動(VF)による突然死を生じる疾患であるBrugada症候群において、これまでに発見されていないVF発症予測因子を明らかにするため、副交感神経の再活性化と関連していると考えられる運動負荷試験回復期の心電図変化とその患者の臨床的予後の関連について検討したものである。さらに、VF発症予測因子としての有用性につき議論の分かれている、心臓電気生理学的検査によるVF誘発試験についても、VFが誘発された際の心室期外刺激数とその患者の臨床的予後の関連についても検討を行ったものであり、下記のような結果を得ている。 1. 93名のBrugada症候群患者のうち、34名(37%)に回復期早期のST上昇増強を認めた(ST上昇増強群)。一方で、残りの59名(63%)のBrugada症候群患者(ST上昇非増強群)及びコントロール群102名には、回復期早期のST上昇増強を認めなかった。ST上昇増強群では、最大負荷時にはST部分は運動前と比較して軽度低下しており、その後ST部分の上昇を認め、回復期3分に最大の上昇幅が記録された。これに対し、ST上昇非増強群及びコントロール群では、最大負荷時に運動前と比較して低下したST部分が回復期に徐々に運動前のレベルに戻っていくことが観察された。この結果より、運動負荷回復期のST上昇増強はBrugada症候群患者に特異的であることが示された。 2. 心拍数回復は、ST上昇増強群でST上昇非増強群(32±15 拍 vs. 23±10 拍, p=0.0007)及びコントロール群(32±15 拍 vs. 26±10 拍, p=0.021)より有意に高値であった。心拍数回復は副交感神経活性の指標であることから、ST上昇増強群のBrugada症候群患者では、運動負荷回復期の副交感神経活性が他の2群と比較して強くなっていることが示された。 3. 93名のBrugada症候群患者のうち、78名に対し心臓電気生理学的検査を行い、59名(76%)でVFが誘発された。また、心臓電気生理学的検査を受けた78名のうち、VF既往歴のない患者は57名(73%)で、そのうち46名でVFが誘発された。 4. フォローアップは、平均で約76か月行われ、93名のBrugada症候群患者のうち25名(27%)にVFの発生を認め、1名が死亡した。 5. VF発生は、ST上昇増強群でST上昇非増強群よりも有意に高率であった(44% vs 17%, p=0.004)。Cox regressionによる単変量解析では、VFの既往(p=0.003)、運動負荷回復期早期のST上昇増強(p=0.005)、SCN5A変異(p=0.037)がVFの発生と有意に関連していた。多変量解析(Step-wise法)を行うと、VFの既往(p=0.005)と、運動負荷回復期早期のST上昇増強(p=0.007)のみがVFの発生と有意な関連を認めた。 6. VF既往のない71名の患者群でも、運動負荷回復期早期のST上昇増強群では有意にVF発生率が高値であった(p=0.0041)。また、VFの誘発性そのものは、予後との有意な関連を認めなかったが(p=0.29)、2発以内の心室期外刺激によるVF誘発群は3発期外刺激によるVF誘発群及びVF非誘発群よりも有意に心イベント発生率が高値であった(p=0.021)。 以上、本論文はBrugada症候群患者において、運動負荷試験回復期の心電図の解析から、運動負荷試験回復期でのST上昇増強がその後のVF発生の予測因子となりうることを明らかにした。また、本論文では、心臓電気生理学的検査におけるVF誘発時の心室期外刺激数とその後のVF発生率に関連があることも明らかとなった。本研究による、これまでに指摘されていなかったVF発生の予測因子の解明は、今後のBrugada症候群患者への治療方針決定に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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