学位論文要旨



No 217790
著者(漢字) 廣瀬,農
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,アツシ
標題(和) 新規に開発したラジオアイソトープ可視化法によるイネ種子内のカドミウム動態の研究
標題(洋)
報告番号 217790
報告番号 乙17790
学位授与日 2013.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17790号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 山川,隆
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 田野井,慶太朗
内容要旨 要旨を表示する

■背景・目的

カドミウムが人体に与える悪影響は、1960年代、イタイイタイ病によって広く知られるようになった。2010年現在でも日本人は暫定耐容基準の約40%のカドミウムを摂取しており、その40%以上は米由来である。米は一般的に精米してから摂取されるため、玄米すなわちイネ種子内部のカドミウム分布は、精米処理によるカドミウム除去率に影響する重要な知見である。種子へのカドミウムの移行量は、根からカドミウムが吸収される際の開花後日数(DAF:Days After Flowering)によって大きく変動することが知られているが、カドミウム吸収時のDAFが種子内部のカドミウム分布に与える影響はほとんど検討されていない。そこで本研究では、放射性同位体である(109)Cdをトレーサーとし、 新規に開発したラジオアイソトープ可視化手法を用いることで、カドミウムを経根吸収した際のDAFがイネ種子内部のカドミウム動態に与える影響の解析を試みた。

■ラジオアイソトープの3次元可視化法

本研究ではイネ種子中のカドミウム動態を解析するため、ラジオアイソトープの3次元可視化法を開発した。この技術は凍結試料の連続切片に対してオートラジオグラフィを行い、このデータを計算機処理することで試料に吸収されたラジオアイソトープの分布を立体的に可視化するものである。凍結切片作製法の検討、モンテカルロシミュレーションを併用したオートラジオグラフィ撮像系の改良、連続切片データのレジストレーション精度向上等の検討・改良を重ねることで、イネの種子に吸収されたラジオアイソトープの分布をボクセルサイズ10×10×100μmの立体像として可視化する技術を確立した。この技術を用いることで、以下の2点の知見を得た。

1)開花から吸収処理までの経過日数が増加するに従い、根から新規に吸収されたカドミウムが侵入できない領域が形成される。したがって、登熟末期に吸収されたカドミウムは、精米処理によって除去されやすい種子表層に局在することが示された。この領域は14C標識スクロースをトレーサーとした実験でも観察され、デンプン蓄積に伴う種子中央部のガラス化の影響が示唆された。

2)イネ種子の胚乳内部に風船状の形態を持つカドミウム集積構造が観察された。この構造は(109)Cd吸収処理時期と無関係に、開花後一定の日数で形成された。このようなカドミウムの局在構造については、既往の文献に報告が無く、本研究によって初めて明らかにされた可能性がある。

■ミクロオートラジオグラフィのプロトコル検討

ミクロオートラジオグラフィとは、写真乳剤の薄膜を感光体とし、現像後の試料を光学顕微鏡または電子顕微鏡で検鏡する高解像度オートラジオグラフィの総称である。本研究では、既往のミクロオートラジオグラフィ実験に含まれる各種の要素技術の組み合わせを検討し、植物凍結切片の観察に適した3種類のプロトコルを考案した。これらのプロトコルを用いることで、前述の3次元可視化法では解像力不足で困難であった、隣接する微細組織間のラジオアイソトープ局在部位の判別が可能となった。本研究で構築したプロトコルを用いた解析により、(109)Cdは登熟中の種皮に局在し、種子へのカドミウムの輸送に種皮が関与している可能性が示唆された。

■総括

本研究ではイネ種子内部のカドミウム動態解析のため、二つの実験手法を開発・検討した。これらの手法は凍結試料に前処理不要で適用可能であり、ラジオアイソトープの核種を選ばず利用可能なため、イネ種子内のカドミウム分布の解析だけではなく、広く植物中の放射性トレーサー解析に応用可能である。開発した手法を用いた解析結果から、イネの種子内部におけるカドミウムの動態に、イネの根からカドミウム吸収時期が影響することが実証された。同時に、胚乳中に風船状のカドミウム集積構造が形成されること、種子表層部の局在部位が種皮であること等の新奇知見を得た。これらの発見は今後のイネ種子中のカドミウム動態解明の手がかりとなることが期待される。

■発表論文

(1) 2010年3月Radioisotopes Vol. 59, No. 3, pp. 155-162

"Evaluation of Cd-109 Detection Performance of a Real-Time RI Imaging System for Plant Research" (Yamawaki, M., Hirose, A., Kanno, S., Ishibashi, H., Noda, A., Tanoi, K., Nakanishi, T.M.) → double first

(2) 2012年8月 Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry (in press)

"Development of a 14C Detectable Real-Time Radioisotope Imaging System for Plants under Intermittent Light Environment" (Hirose, A., Yamawaki, M., Kanno, S., Igarashi, S., Sugita, R., Ohmae, Y., Tanoi, K., Nakanishi, T.M.)

(3) 2012年8月 Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry (in press)

"Carbon-14 labelled sucrose transportation in an Arabidopsis thaliana using an imaging plate and real time imaging system" (Ohmae, Y., Hirose, A., Sugita, R., Tanoi, K., Nakanishi, T.M.)

(4) 2012年12月Journal of Experimental Botany Vol. 64, No. 2, pp. 507-517

"Characterization of Rapid Intervascular Transport of Cadmium in Rice Stem by Radioisotope Imaging" (Kobayashi, N.I., Tanoi, K., Hirose, A., Nakanishi, T.M.)

審査要旨 要旨を表示する

カドミウムのイネ種子内部における分布は、精米処理によるカドミウムの除去率、さらにはカドミウムの経口摂取率に影響する重要な知見であるが、種子の登熟段階とカドミウムの種子内分布に関する知見は少ない。本研究は、放射性同位体である(109)Cdをトレーサーとし、 ラジオアイソトープ可視化手法を新規に開発することで、カドミウムの経根吸収時期がイネ種子内部のカドミウム動態に与える影響の解析を試みたもので、論文は序章および3章からなる本論で構成されている。

研究の背景と目的について述べた序章に続き、第1章ではイネ種子内におけるカドミウム動態に関する詳細検討のための実験系構築と、放射性トレーサー可視化手法用の植物試料調製法の開発を行った。

第2章ではイネ種子内部のカドミウム動態を解析するための新規なラジオアイソトープ可視化法の開発を行った。開発した手法の一つは、試料の連続凍結切片に対してオートラジオグラフィを行い、このデータを計算機処理することで試料に吸収されたラジオアイソトープの分布を立体的に可視化するものである。切片作製法の検討、モンテカルロシミュレーションを併用したオートラジオグラフィ撮像系の改良、連続切片データのレジストレーション精度向上等の検討・改良により、イネの種子に吸収されたラジオアイソトープの分布をボクセルサイズ10×10×100μmの立体像として可視化する技術を確立した。また、この解像度では解析できない微細組織におけるラジオアイソトープの局在を可視化するため、植物凍結切片の観察に適したミクロオートラジオグラフィのプロトコルを構築した。オートラジオグラフィの画質に優れるプロトコルと、トレーサーの局在部位同定時の精度に優れるプロトコルを開発し、これらを複合的に用いることで画質と精度を両立した測定系を構築した。

第3章では第1章で構築した実験系と第2章で開発したラジオアイソトープ可視化手法を用い、カドミウムの経根吸収時期が、カドミウムのイネ種子内部における3次元分布に与える影響を解析した。開花から18日目までの種子に対して(109)Cd吸収処理を行い、吸収直後から完熟までの各段階における種子内の(109)Cd分布を3次元的に解析した。さらに、14C標識スクロースによるトレーサー実験を並行して実施し、カドミウム動態に対する光合成産物蓄積過程の影響を解析した。これらの解析結果から、登熟末期に吸収されたカドミウムは精米処理によって除去されやすい種子表面に局在することが示された。また、種子表層に存在する複数の組織の中で、特に種皮がカドミウムの輸送・蓄積に強く関与すること、および登熟初期に吸収されたカドミウムは胚乳中央部に風船状の集積部位を形成することが示唆された。

以上、本論文は植物試料中のラジオアイソトープ分布をミクロに可視化する新規手法を開発し、この手法を用いることで、従来精米処理等の分画手法によってのみ検討されてきたカドミウムの種子内分布を、高精細な3次元画像として取得・解析し、カドミウムの経根吸収時期がイネ種子内部のカドミウム分布に与える影響の一端を明らかにしたものである。本研究で開発された手法、および解析の結果は学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク