学位論文要旨



No 217792
著者(漢字) 佐藤,尭洋
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タカヒロ
標題(和) EUV自由電子レーザーによる原子・分子の多光子イオン化および高強度フルコヒーレントEUV光の発生
標題(洋) Multiphoton ionization of atoms and molecules by EUV free electron laser and generation of intense full coherent-EUV light
報告番号 217792
報告番号 乙17792
学位授与日 2013.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17792号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 教授 佃,達哉
 東京大学 教授 合田,圭介
 東京大学 教授 五神,真
内容要旨 要旨を表示する

I. 序

高強度短パルス光源の発展により、高強度レーザーによって生成される強光子場の波長領域は紫外~赤外領域に拡張されており、原子分子の多光子イオン化、トンネルイオン化、分子配向や分子構造変形など強光子場中において顕著な現象が報告されてきた。近年におけるレーザー高次高調波(HHG; High Harmonic Generation)の急速な発展と、EUV領域に発振波長をもつSASE(Self Amplified Spontaneous Emission)方式の自由電子レーザー(FEL ;Free Electron Laser)の登場によって、その研究対象は、より短波長領域である極端紫外(EUV ; Extreme Ultraviolet )から軟X線領域へと広がりつつある。EUV領域における光子エネルギーによって、原子分子の光イオン化や、電子励起状態、分子における解離性ポテンシャルへの励起を誘起する。その様なEUV領域において、HHGを用いた光イオン化計測では、直接2光子イオン化や直接2光子2重イオン化に代表される中間状態を経由しない2光子過程が支配的であることが示された。一方で、パルス幅が15~300 fsと比較的長いFELにおいては、逐次的な多光子過程によって、Ar(7+)やXe(21+)等の多価イオンが生成されることが報告されている。本研究では、高強度EUV-FELであるSCSS(SPring-8 Compact SASE Source)試験加速器を用いて、光イオン化計測を窒素分子およびメタノール、エタノールに適用し、飛行時間型質量分析器(TOF-MS)を用いて、多光子イオン化過程と、解離過程の解明を試みた。さらに、Heの2光子イオン化をSCSSの波長可変性を利用して観測し、イオン化断面積の波長、ならびに強度依存性について明らかにした。また、強光子場科学への応用においてSASE方式の課題である時間コヒーレンスの欠如を解決するため、HHGシード光源として、SCSS試験加速器のシード光増幅実験を行い、フルコヒーレントEUV光の発生に成功した。

II. 高強度極端紫外光による原子分子の多光子イオン化

II.1窒素分子の光イオン化

窒素分子にEUV-FELを集光照射したところ、図1に示すTOF質量スペクトルが得られた。m/z = 28は親分子イオン、m/z = 14はセンターおよび両サイドのピークから構成され、HHGによる報告例とは異なった運動量放出分布を示した。センターのピークはN2→N2(2+)あるいはN2→N(2+)→N+ + Nによって生成したと帰属した。一方、サイドピークはクーロン爆発を伴う2重イオン化を経由したN2→N2(2+)→N+ + N+、あるいは~7 eVの運動エネルギー放出を伴う解離性ポテンシャルを経由したN2→N(2+)→N+ + Nの可能性がある。窒素分子のイオン化ポテンシャルや解離性のポテンシャルを考慮すると、2重イオン化による2価イオン生成、もしくは高い運動エネルギー放出を伴う解離性の励起状態の親イオンを生成するためには、2光子以上の吸収が必要である。さらに、得られたN+の収量について、強度依存性を調べたところ、2.2次を示し、これらの過程が2光子以上が吸収された結果、誘起されていることが明らかとなった。さらに、m/z = 7には、本実験で用いたFELの強度と同等の集光強度を持つHHGの照射実験では観測されなかった2価のフラグメントイオンであるN(2+)が観測され、窒素分子が3光子以上を吸収することによって多重イオン化した後、解離したことが明らかとなった。

II.2 メタノール、エタノールの光イオン化

メタノールを51 nmおよび61 nmのFEL光によって光イオン化した。C-O結合の解離を伴うm/z = 10~22の質量スペクトルを図2に示す。1光子過程によって生成した、親分子イオンや解離イオンのピークに加えて、2光子吸収以上が生成に必要な、多価イオン種のピークであるCHOH(2+)、逐次的にHが脱離したCH(n+)(n = 0~1)のピークが観測された。さらに、H3O+が観測された。H3O+が生成するためには、メチル基側からHが2個OH基側に移動する必要がある。この水素移動を確認するため、メチル基の水素を重水素置換したCD3OHを光イオン化したところ、D2OH+が観測された。このことからもメチル基側からOH基に水素が移動する分子内水素マイグレーションが誘起されたことが明らかとなった。また、エタノールをEUV-FELで光イオン化したところ、メタノールの場合と同様に、1光子吸収によって生成したイオン種に加えて、2光子以上の吸収が必要であるC2H2OH(2+)、2価以上のイオンに生じたクーロン爆発に起因するサイドピークを伴ったCH3+、CH(2+)さらに逐次的にHが脱離したCH(n+)(n = 0~1)のピークが観測された。

II. 3 He原子の2光子イオン化と2光子オン化断面積の波長・強度依存性

HeとH2の混合ガス(97:3)に、EUV-FEL光を集光照射した。本実験ではFELの波長を61.4 nm、58.4 nm、56.0 nm、53.4 nmに変化させ、多光子イオン化の波長依存性の観測を行った。その結果、H(2+)の収量がFELの波長に対して、単調な減少を示したのに対して、He+の収量は波長58.4 nmにおいて大幅に増加した。これは1s2→1s2pの共鳴を経由した増強効果によるためである。また、それぞれの波長におけるイオン収量の強度依存性は非共鳴領域において、2次の非線形性を示すのに対して、共鳴領域では0.8~1.1次を示した。さらに、本実験では、1光子イオン化断面積が既知であるH2をHeに混合することによって、Heの2光子イオン化断面積の波長依存性を決定した。その結果、図3に示す様に、共鳴領域あるいはその近傍である波長58.4 nmおよび53.4 nmでは、非共鳴領域である61.4 nmと56 nmと比較して、2光子イオン化断面積の値が、強度に対して大きな減少傾向を示すことが明らかとなった。

III. フルコヒーレントEUV光発生を目的としたFELのシード化

Ti: Sapphire laser (800 nm, 30 mJ)を焦点距離4 mのレンズを用いて、Xeガスに集光照射することによってHHGを発生した。得られた13次高調波を、発振波長が61.4 nmとなるようにギャップ間隔を調整した2台のアンジュレータに、250 MeVに加速した電子とともに導入した。発生したFEL光をシングルショットの分光器を用いて観測した。その結果、図4に示す様に、複数のピークを含むSASE光に対して、単一ピークをもつスペクトルが観測された。さらに、そのパルスエネルギーはSASEのパルスエネルギー(0.7 μJ)の約1.8倍である1.3μJ が得られており、HHGを用いたシーディングに成功したことを示している。

さらに、アンジュレータの共鳴波長を変化させるギャップ値を変えたところ、シード化されたFELのスペクトルは観測されなかった。これは、FELの共鳴増幅波長に対して、シード光の波長が一致していないことを示している。シード化FEL光の発生に成功した一方で、3000ショット中に10ショット程度のみがシード化FELの特徴を持っていたことが明らかとなった。この時のシード率が約0.3 %であった。この低いシード率はHHGと電子バンチ間に存在するタイミングのジッターおよびタイミングのドリフトに起因するものである。

シード化が達成された一方で、シード時において、アンジュレータの余剰長によって寄生的に増幅されるSASE成分は、SASE光に対するシード光のコントラストを悪化させることが明らかとなっている。原子分子へ応用するためには、FEL光出力における、シード化成分とSASE成分のコントラストおよびシード率の向上が必要である。そのため、電子バンチ長を600 fsに伸長した上で、SCSSのアンジュレータを1台のみ用いてシーディング試験を実施した。さらに、シード化FELにおけるパルスエネルギーおよびコントラストに関する最適条件のシミュレーションを行った。

シーディングの結果、図5に示す様な強度分布が得られた。SASE光に対するシード光のパルスエネルギー比は最大で18倍であった。得られたFEL光のパルスエネルギーには、ドリフトが観測され、シード化率が低い時間領域が観測された。これは電子バンチに対するHHGのタイミングにおいて、短時間のドリフトが存在するためである。このようなタイミングのずれについては、統計的に揺らぐタイミングジッターの影響を電子バンチの伸長によって軽減し、環境の変動などに起因するドリフトを電子とレーザーの相対時間差を計測するElectro Optic samplingなどを用いて、フィードバックすることで解決できる。また、シード化FELはシード光発生用レーザーの一部をポンプ・プローブ計測用に分割することによって、ジッターフリーポンプ・プローブ計測に応用することが可能である。今後、シード化FELとポンプ・プローブ計測を組み合わせることによって、EUV領域における原子分子の多光子イオン化と解離過程が、より詳細に、かつ時間分解計測を用いて観測されることが期待される。

図 1: 窒素分子の光イオン化質量スペクトル

図 2: メタノールにEUV光を照射して得られた光イオン化質量スペクトル (m/z = 10~22) (a)CH3OH , (b)CD3OH(波長51 nm), (c)CD3OH (波長61 nm)

図3: He2光子イオン化断面積波長依存性 曲線はR-matrix Froquet法による理論計算値

図 4: FEL出力シングルショットスペクトル(a) 赤: シードFEL 青:SASE 緑:高調波

図 5: 13次高調波によるシード化FELのスペクトル(3000ショットについて30ショットごとの平均)

審査要旨 要旨を表示する

本論文において、佐藤尭洋氏は、高輝度極端紫外(EUV)域自由電子レーザー(FEL)であるSCSS (SPring-8 compact self-amplified spontaneous emission source) を光源として用いて、窒素分子、メタノール、エタノールなどの基本的な分子種について、EUV域の光による多光子イオン化過程を研究するとともに、Heの2光子イオン化断面積を決定するなど、原子・分子の極端紫外域の非線形光学過程についての先駆的な成果を挙げた。さらに、近赤外領域の超短パルスレーザー光の高次高調波をシード光として自由電子レーザーのアンジュレーター部分に導入することによって、SCSSの出力をフルコヒーレント化することに成功した。これらの業績は、極端紫外光領域における新しい光科学研究の展開に貢献するものである。

本論文は7章から構成されている。第1章は序章であり、超短パルスレーザー光の高次高調波の発生技術の進展と極端紫外域の自由電子レーザー光源の開発を踏まえ、論文提出者が原子や分子の極端紫外光による多光子イオン化過程に関する研究を推進したことを紹介するとともに、そして、論文提出者が主体となって自由電子レーザーのシード化を達成したことが紹介されている。

第2章では、分子線中の窒素分子にEUV-FEL光を集光照射したところ、窒素原子イオンが高い運動エネルギーを持って生成したことを報告している。運動エネルギーの解析およびイオン種の生成率の光強度依性から、EUV光を2光子以上の吸収することによって、窒素分子の多価イオンが生成し、クーロン爆発を経て解離反応が進行することを明らかにしている。これは、SCSSを用いた初めての学術的成果である。

第3章では、分子線中のメタノール分子およびエタノール分子にEUV-FEL光を集光照射し、そのイオン化およびイオン化にともなうCO結合の解離過程を研究している。飛行時間型質量スペクトルの解析によって、2光子以上のEUV光の吸収によって多価親分子イオンが生成することが示された。また、メタノール分子の場合、イオン化に伴ってメチル基の水素が水酸基側に移動する水素原子マイグレーション過程の存在を見出し、重水素置換したメタノール分子についての研究から、水素原子マイグレーションが進行することを実証している。

第4章では、Heの2光子イオン化をSCSSの波長可変性を利用して観測し、FELの波長を61.4 nm、58.4 nm、56.0 nm、53.4 nmに変化させ、イオン化収率の波長依存性およびEUV光強度依存性を調べている。その結果、波長58.4 nmにおいてイオン化収率が大幅に増加することを見出し、これが1s2 →1s2pの共鳴を経由した増強効果によるものであることを示している。イオン化断面積が既知である水素分子のイオン化過程を同時に観測することによって、He 原子の2光子イオン化過程の絶対断面積を4つの波長について求めている。これは、EUV-FEL光を用いた実験において、絶対イオン化断面積の測定が可能である示した初めての例である。

第5章では、近赤外域の超短パルスレーザーをXeガス中に集光照射することによって高次高調波を発生させている。加速された電子バンチとともに、13次高調波(61.4 nm)をシード光として、2台のアンジュレーター部に導入し、その出力光のスペクトルをシングルショット計測している。得られたスペクトルは単一ピークから成り、超短パルスレーザーの高次高調波によるFEL光のシード化が達成されたことを確認している。これは、高次高調波によるEUV-FELのシード化の初めての成功例である。

第6章では、シード化FEL光のコントラスト比とシード率を向上させるために、電子バンチ長を伸長した上で、アンジュレーターを1台のみ用いて、13次高調波および15次高調波を用いて、シーディング実験を行っている。また、FELにおける最適な条件をシミュレーションによって示しており、高次高調波によるシーディングを確実に行う方法について検討がなされている。

第7章は、以上の研究成果をふまえ、高輝度EUVおよびX線光源によって拓かれる研究分野についての将来展望が述べられている。

なお、本論文第2章は、沖野友哉、山内 薫、他8名との共同研究、第3章は、岩崎純史、沖野友哉、山内 薫、他12名との共同研究、第4章は、沖野友哉、岩崎純史、山内 薫、他13名との共同研究、第5章は、富樫 格、 高橋栄治、緑川克美、 青山 誠、 山川考一、 岩崎純史、 大和田成起、 沖野友哉、 山内薫、 神成文彦、 柳下明、 中野秀俊、 矢橋牧名、 石川哲也、他19名との共同研究、第6章は、岩崎純史、 大和田成起、 山内 薫、他25名との共同研究であるが、これらいずれにおいても、論文提出者が主体となって実験および解析を行なっており、その寄与が十分にあると判断される。

よって、本論文が博士(理学)を授与するにふさわしい研究であることを審査員は全員一致で認めた。

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