学位論文要旨



No 217794
著者(漢字) コーナ,ジェーン
著者(英字) KOERNER,Jane
著者(カナ) コーナ,ジェーン
標題(和) 英語圏滞日外国籍ゲイ・バイセクシュアル・レズビアンのHIV情報ニーズと移動のHIV感染リスク性行動に関するインターネット調査
標題(洋) An internet survey investigating the HIV information needs and travel related sexual risk behaviors of English-speaking gay, bisexual and lesbian foreigners living in Japan
報告番号 217794
報告番号 乙17794
学位授与日 2013.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第17794号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 准教授 梅崎,昌裕
 東京大学 教授 佐々木,敏
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 特任准教授 村山,陵子
内容要旨 要旨を表示する

背景

国連エイズ合同計画(UNAIDS)は、2010年に、過去5年間のアジアの一般人口におけるHIV感染率は横ばいであるが、男性同性間の性的接触(Men who have Sex with Men :MSM)による感染は拡大していることを示した。日本でも、1996年以降、MSM間のHIV感染報告数は毎年増加している。米国と英国で実施した調査より、MSMのHIV感染リスクについては、国内への移動が要因の1つであると示された。特に国内外の移動時に行う「無防備なアナルセックス(Unprotected Anal Intercourse、以下、UAI)」が感染のリスクであると指摘されている。しかし、アジアのMSMの移動に伴うHIV感染リスク行動についての研究は数少ない。

厚生労働省のエイズ動向委員会は、外国籍MSMのHIV感染が過去10年で倍増しており、ほとんどが日本で感染していると報告している。また女性同性愛者(以下、レズビアン)については、性的接触によるHIV感染は世界的に低いとされているが、薬物使用や男性との無防備なセックスによる感染が報告されている。

これらのことから、特に滞日外国籍のセクシュアルマイノリティのHIVに関連する情報ニーズや移動に関連するHIV感染リスクを明らかにする必要がある。

目的

滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性及びレズビアン・バイセクシャル女性のHIV感染予防行動情報のニーズを把握することと、日本国籍と外国籍ゲイ・バイセクシャル男性の国内外でのHIV感染リスクのある性行動の実態を明らかにすることを目的とした。

方法

本研究では、日本在住で英語を話す日本国籍及び外国籍のゲイ・バイセクシャル男性と外国籍レズビアン・バイセクシュアル女性を対象にインターネット調査を実施した。調査協力者の募集については、日本にある英語の紙媒体やインターネットメディアの広報スペース、日本及び海外のソーシャルネットワークサービスを利用して広報を行った。更に東京や大阪、名古屋で開催されたゲイ向けのイベントで、チラシを3,500枚配布した。

ゲイ・バイセクシュアル男性の日本国内外移動時におけるHIV感染リスクについての文献レビューを行った後、英語による調査票の作成を行った。性行動に関する質問は、WHO/UNAIDSによるHIV予防の評価指標に基づいて作成された大阪のゲイバー調査(2005年と2007年)の質問項目を利用した。調査票は、無記名自記式質問票とした。質問項目には、調査対象者の属性、日本での居住状況、HIV関連情報及び保健医療サービスへのアクセス経験、日本のHIV関連知識、HIV抗体検査受検経験を含めた。ゲイ・バイセクシュアル男性には、日本国内外の移動や性行動についての質問も行った。本調査はパイロット調査終了後の2009年9月1日から2010年10月30日に実施した。

分析では日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群と滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群、滞日外国籍レズビアン・バイセクシャル女性群の属性と保健医療またはHIV関連情報サービスへのアクセスについて単純集計を行った。その後、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群と滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の二群間で属性と日本におけるHIVに関する情報へのアクセス、日本でHIV抗体検査やセクシャリティに関する情報提供や相談を実施している団体(以下 HIV関連情報提供団体)の知識、HIV抗体検査経験、性行動についてカイ二乗検定及びフィッシャーの正確確率検定を行った。さらに、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性と滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性の、日本でのHIVに関する情報の入手経験に関連する要因を探るために二変量解析によって有意となった変数を投入して、ロジスティック回帰分析を行った。

また日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群と滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル群の日本国内外を移動している時と移動していない時の性行動についてマクネマー検定を用いて分析を行った。有意水準は0.05を採用した。自由回答項目については、主題分析を行った。

調査票に回答する前に、本研究の目的や方法、プライバシーの保護、研究者への連絡先を説明し、同意の得られたものに限り調査票に回答できるようにした。本研究は、名古屋市立大学看護学部研究倫理委員会の承認を得た後、平成21年度及び22年度の厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業「男性同性間のHIV感染対策とその介入効果に関する研究」の助成により実施した。

結果

調査協力者244人のうち、有効回答した232人を分析対象者とし、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群(n=147)、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性 群(n=67)、滞日外国籍レズビアン・バイセクシャル女性群 (n=18)の3群に分類した。日本国籍のレズビアン・バイセクシャル女性は、少数であったことから研究対象から除外した。対象者の国籍は、外国籍が71.1%、日本国籍が28.9%であった。年齢は滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群に中年層の割合が高かった。学歴は、3群ともに高学歴であった。日本での居住地パターンは3群ともに類似しており、それぞれの群で関東地域在住者が60%以上であった。日本在住期間については、5年以上在住していると回答した割合が、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で39.4%、滞日外国籍レズビアン・バイセクシャル女性群で44.5%であった。

また、「2007年の日本での新規HIV感染者数の60%以上がゲイまたはバイセクシュアル男性である」という質問の正答率は、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で37.4%であり、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の54.5%と比べて有意に低かった(p=0.025)。HIV関連情報提供団体を知っていると回答した割合も、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で46.3%であり、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の79.1%と比べて有意に低かった(p<0.001)。生涯及び過去1年のHIV抗体検査受検経験割合は、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群(生涯検査受検経験78.2%、過去1年間の検査受検経験47.6%)と日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群(生涯検査受検経験71.6%、過去1年間の検査受検経験35.4%)で、有意差は認められなかったが、日本での抗体検査受検経験は滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で38.1%であり日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の61.2%に比べて、有意に低かった(p=0.002)。最近に受けたHIV抗体検査の場所については、保健所であったものの割合が滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で44.6%と、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の72.5%と比べて有意に低かった(p=0.007)。また、将来、HIV抗体検査を保健所で受検したいと考えている割合も滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で53.1%と、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の73.1%と比べて有意に割合が低かった(p=0.007)。更に日本でHIVに関する情報を得ていた割合も、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル群で62.6%であり、日本国籍ゲイ・バイセクシャル群の83.6%と比べて有意に低かった(p=0.002)。

多変量ロジスティック回帰分析によって、HIV関連情報提供団体を知らないこと(AOR、6.12 ; CI、2.33-16.07、p<0.001)、過去1年間にHIVについて友人や知り合いと話した経験がないこと(AOR、3.32 ; CI、1.24-8.89、p=0.017)が、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群が日本でHIVに関連する情報を入手しないことと関連していた。日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群においては、HIV関連情報提供団体を知らないこと(AOR、7.44 ; CI、0.095-58.36、p=0.056)、日本でのHIV抗体検査受検経験がないこと(AOR、17.09 ; CI、1.35-215.82、p=0.028)が、日本でHIVに関連する情報を入手していないことと関連していた。

日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群における国内を移動している時と移動していない時の男性と性行動の比較では、移動していない時(63.7%)が移動している時(39.3%)と比べて有意に高かった (p<0.001)。同様に、海外を移動している時(56.5%)と比べて、移動していない時(60.6%)の性交割合も有意に高かった (p<0.001)。日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群では、男性と性行動をとる割合は、日本国内を移動している時(93.5%)が移動していない時(72.5%)と比べて有意に高かった (p<0.022)。滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群と日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の両群ともに移動していない時と比べて海外を移動している時の方がコンドームを使用する割合が低い傾向にあった。

考察

本研究において、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群は、日本国籍ゲイ・バイセクシュアル男性群と比べて日本の同性男性間のHIV感染の現状やHIV抗体検査やセクシャリティについての情報提供や相談を行っている団体についての認識が低いことが示された。更に、日本でHIVに関する情報を入手している割合も低かった。また、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群がHIVに関する情報を入手しないことにはHIV抗体検査やセクシャリティについての情報提供や相談を行っている団体を知らないことや過去1年間にHIVについて友人や知り合いと話した経験がないことが関連していた。現在、日本のゲイコミュニティが主に日本人ゲイ・バイセクシャル男性を対象に行っているHIVに関する情報提供や支援体制の対象を滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性にも拡大してゆく必要性が示唆された。

滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群は、日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群と比べて日本での同性男性間のHIV感染の現状についての認識及びHIV関連情報提供団体についての認識が低かった。更に、日本でHIVに関する情報を入手している割合も低かった。現在、日本のゲイコミュニティは予防啓発の対象を主に日本人のゲイ・バイセクシャル男性としているが、HIVに関する情報提供や支援体制の対象を滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性にも拡大していく必要性が示唆された。

滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群と日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の両群の生涯のHIV抗体検査受検経験割合は同様であるが、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の日本でのHIV抗体検査受検割合は、日本国籍ゲイ・バイセクシュアル男性群より低かった。この結果は滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群が保健所で行われている無料匿名のHIV抗体検査サービスに十分にアクセスできていないことを示唆していると考えられる。自由回答結果からも示されたように滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性は、保健所のHIV抗体検査サービスについて、限られた検査時間や検査場所等の情報が十分でないことから不便と感じており、居住地近くで無料匿名のHIV抗体検査が提供されていても受検機会を見逃している可能性がある。滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性にも考慮したHIV抗体検査サービスについての情報提供が必要である。

移動時の性行動については、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で移動していない時の性行動は、移動している時と比べて活発であった。日本国籍ゲイ・バイセクシュアル男性群で移動している時の性行動は、移動していない時と比べて活発であった。更に、移動している時のコンドーム使用割合は移動していない時と比べて低い傾向にあった。これらの結果から、移動している時の性行動に伴う感染リスクに対する予防対策と同時に、国外と国内において移動の性行動に対するコンドーム使用の推進も必要であることが示唆された。

研究の限界

本調査の分析対象者は、学歴の高い日本在住のゲイ・バイセクシャル男性及びレズビアン・バイセクシャル女性の結果となっている。また、本研究はインターネット簡易サンプリング法を採用したが、サンプル数が十分に得られなかったため、移動時の性行動に関する比較分析は限定的なものとなった。

結論と提言

現在、日本にはゲイ・バイセクシャル男性を対象にHIVの予防や治療に関連する情報提供や支援を行っているNGOが存在している。それらが行う既存のHIV予防啓発活動やHIV抗体検査推進活動に 外国籍ゲイ・バイセクシャル男性を対象に含むプログラムを組み入れることは可能である。

また地方自治体も、HIV予防啓発活動を行っているNGOへの活動支援とあわせて、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性を考慮したHIV感染予防対策を打ち出す必要がある。本調査から、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性やレズビアン・バイセクシャル女性に対してHIVに関する情報提供を推進し、特に日本での生活における性行動に焦点を当ててHIV予防活動を行うことが必要であると示唆された。この結果は、日本で滞日外国籍MSM間のHIV感染が年々増加しているという疫学データに対して重要な知見である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性及びレズビアン・バイセクシャル女性のHIV感染予防行動情報のニーズを把握することと、日本国籍と外国籍ゲイ・バイセクシャル男性の国内外でのHIV感染リスクのある性行動の実態を明らかにすることを目的として、インターネット調査を実施した。分析では、調査対象者群とHIV関連情報サービスへのアクセスなどについて単純集計、カイ二乗検定及びフィッシャーの正確確率検定、ロジスティック回帰分析を行い、また、日本国内外を移動している時と移動していない時の性行動についてマクネマー検定を用いて分析を行い、下記の結果を得ている。

1.インターネット調査協力者244人のうち、分析対象者として232人の有効回答を得た。

2.滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群は、日本国籍ゲイ・バイセクシュアル男性群と比べて日本の同性男性間のHIV感染の現状やHIV抗体検査やセクシャリティについての情報提供や相談を行っている団体についての認識が低いことが示された。更に、日本でHIVに関する情報を入手している割合も低かった。また、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群がHIVに関する情報を入手していないことにはHIV抗体検査やセクシャリティについての情報提供や相談を行っている団体を知らないことや過去1年間にHIVについて友人や知り合いと話した経験がないことが関連していた。現在、日本のゲイコミュニティが主に日本人ゲイ・バイセクシャル男性を対象に行っているHIVに関する情報提供や支援体制の対象を滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性にも拡大してゆく必要性が示唆された。

3.滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群と日本国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の両群の生涯のHIV抗体検査受検経験割合は同様であるが、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群の日本でのHIV抗体検査受検経験割合は、日本国籍ゲイ・バイセクシュアル男性群より低かった。

4.移動時の性行動について、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性群で移動していない時の性行動は、移動している時と比べて活発であった。日本国籍ゲイ・バイセクシュアル男性群で移動している時の性行動は、移動していない時と比べて活発であった。更に、移動している時のコンドーム使用割合は移動していない時と比べて低い傾向にあった。これらの結果から、移動している時の性行動に伴う感染リスクに対する予防対策と同時に、国外と国内において移動の性行動に対するコンドーム使用の推進も必要であることが示唆された。

以上、本論文は、滞日外国籍ゲイ・バイセクシャル男性やレズビアン・バイセクシャル女性に対して、HIV関連情報の提供と、移動に関連するHIV予防プログラムに焦点を当ててHIV予防活動を行う必要を明らかにした。この結果は、日本で滞日外国籍MSM間のHIV感染が年々増加しているという疫学データに対して、HIV予防啓発行動における重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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