学位論文要旨



No 217795
著者(漢字) 上杉,健太朗
著者(英字)
著者(カナ) ウエスギ,ケンタロウ
標題(和) 放射光X線μCT技術の高度化とその応用
標題(洋)
報告番号 217795
報告番号 乙17795
学位授与日 2013.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第17795号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 高橋,敏男
 東京大学 教授 佐々木,裕次
 東京大学 教授 杉田,精司
 東京大学 准教授 松浦,宏行
 東京大学 准教授 中辻,知
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

X線CT法は非破壊検査法の一種で、測定対象領域を破壊することなく内部観察を行える手法である。これはRadon(1917年)により証明された理論に立脚している。Hounsfieldは1973年に、人間の内部を可視化するための、X線CT装置を世界で初めて開発した。その後、医療用のX線CT装置は改良を重ねられ、現在では一般的な医療診断装置として多数稼働している。

また、X線CT装置を材料分析に使用する試みも進んでいるが、医療用装置では空間分解能が不足している。いくつかのメーカーからX線管球を光源とするCTスキャナーが販売されているが、空間分解能では約10ミクロン程度しか達成できていない。

一方、放射光を光源とするX線は光束密度の高いX線を発生可能である。放射光X線を利用する事で、これまでのX線光源では不可能であったX線CT装置の、高空間分解能化・高速化・定量的な線吸収係数の取り扱い、が可能となる。そこで本研究では、大型放射光施設SPring-8において、放射光X線を利用したX線CT装置の開発を行った。特に、定量的な情報を得られるX線μCT装置の開発・測定技術の高度化、さらにそれらの装置の様々な応用研究への適用を目的とする。

装置の基本構成と画像再構成について

図1にX線CT装置の模式図を示す。X線CT装置は比較的単純な構成をしており、X線光源・分光器・試料ステージ・検出器からなる。それぞれの構成要素が、CT像の空間分解能やデータの定量性に影響を及ぼすため、必要とする空間分解能や撮影速度に応じた動作精度と安定性が要求される。画像再構成にはFiltered back projection(FBP)法と数学的に等価であるConvolution back projection (CBP)法を用いた。これにより、投影像からの画像再構成を精度良く、高速に行う事が出来る。

装置開発と評価

X線CT測定に用いる画像検出器に関して、CCDカメラを利用した可視光変換型の検出器であるファイバーカップル(FC)式とレンズカップル(LC)式の比較検討を行った。ここでは、FC式の検出器を、既存のLC式検出器で使用されている蛍光体とCCD素子を採用し、開発した。したがって、空間分解能・検出効率・歪などの検出器の特性に関してFC式とLC式の直接比較を行う事が可能である。

FC式とLC式の大きな違いは、蛍光面における可視光の伝送光学系である。FC式はLC式に比べ4倍程度高い検出効率を有するが、局所的な像の歪が大きく、CT撮影で使用するには歪み補正が必要である。また、FC式は倍率とカメラの交換が不可能であるため、試料や観察する現象に適した検出器を使用しにくい。一方LC式はレンズの交換により、容易に倍率を変更し得る。また、カメラも交換可能なため、例えば高ダイナミックレンジなカメラと高速度カメラを入れ替えるなどすれば、比較的低コストで特性の異なる検出器として使用することが可能である。またFC式ではファイバーのサイズよりも小さな画素サイズの検出器にすることが出来ないため、高空間分解能化は難しい。このことから多くのX線CT実験においては、比較的自由度の高いLC式検出器を使用することとした[1]。

次にLC型検出器を使用して、単色X線を用いた場合の線吸収係数の再現性のチェックと校正曲線を求めた。試料は数種類の金属と酸化物を用いた。この結果、線吸収係数が10cm-1程度の領域までは、計算値と実験値は線形の関係にあるが、これよりも高い値では応答は非線形となる。この理由は複数考えられるが、高調波の影響と検出器の特性による物と考えられる[2]。

放射光X線CT装置の場合、X線は平行光と見なして良く装置の空間分解能は検出器の空間分解能と同等まで向上できる(ただしその他の装置の動作精度も必要)。この場合、空間分解能は約1ミクロンまで向上できた。しかし、これ以上の空間分解能を達成するには、X線顕微鏡光学系を使用しなければならない。本研究ではX線用対物レンズとしてフレネルゾーンプレートを利用した光学系を採用した[3]。これにより、空間分解能は約200nmまで向上した。

応用研究例

SPring-8では上記で開発されたX線CT装置を利用して様々な応用研究が行われているが、ここでは代表的な物に関して結果を例示する。

本研究では、宇宙探査機はやぶさが持ち帰った、S型小惑星イトカワの粒子の初期分析を行った。装置の最高空間分解能は200nm程度であり、照射X線エネルギーは7keVと8keVを用いた。この程度の空間分解能で鉄のK吸収端(7.11keV)を挟んだ2つのエネルギーで撮影する事で、それぞれの粒子に含まれる鉱物種とその配置・形状を明らかにする事が出来た[4]。この結果、イトカワ表面から持ち帰られた粒子は、地球に落ちてきている隕石のうち最も多い物であるLL4-6の普通コンドライトと同等の組成比である事が示された。また、S型小惑星は太陽系内に最も多く存在するタイプの小惑星である。普通コンドライトはこれまでこの研究でS型小惑星を母天体とする物質と考えられ研究されてきたが、この研究でその推測が裏付けられた事になる。X線CT測定により、粒子の形状を求める事も出来た(図3)。これによるとイトカワから持ち帰られた粒子は、衝突により生成した物であり、月のレゴリスよりも風化や摩耗が進んでいない事が分かった。

まとめ

本研究では、放射光X線を用いたX線CT装置を開発した。単色X線を用いる事で、物体の持つ線吸収係数を定量的に取り扱える事を示した。また、高空間分解能化も行われ、最高分解能約200nmを達成している。これ以外にも高速化も行われており、1スキャンの最短時間は数秒、繰り返し動作現象をストロボ撮影する場合には、数ミリ秒の時間分解能を達成する事が出来た。

この装置を利用して、生物・地学・材料などの分野において様々な利用研究が行われている。

1.Uesugi, K., Hoshino, M. and Yagi, N., J. Synchrotron Rad., 18, (2011) 217–2232.Tsuchiyama, A., et al., American Mineralogist, 90 (2005) 132-1423.Uesugi, K., Takeuchi, A. and Suzuki, Y., Proc. of SPIE, 6318 (2006) 63181F4.Tsuchiyama, A., et al., Science, 333 (2011) 1125

図1.投影型μCT装置の模式図。光源・分光器・試料ステージ・検出器、により構成される。図中では分光結晶はSi (311) と記述されているが、測定条件によりSi (111) やSi (511) に変更される。

図2.CCD 検出器の概略図。(a) LC式。X線は左から入射し、蛍光面にあたり可視光を発生させる。可視光はタンデムレンズ系をとおり、CCDに投影される。BM5とCCDカメラはフィリップスマウントで接続されている。(b) FC式。蛍光面はテーパーファイバーの入射面側に直接貼り付けられている。出射面側はCCDに直接貼り付けられている。

図3.様々な形状を持つイトカワ粒子のCT像。40粒子のうち30粒子は左側のようなシャープなエッジを持った物だった。残りの10粒子は右のような丸みを帯びた形状だった。左のような粒子が摩耗し右側のようになったと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は放射光X線を利用し、定量的なX線吸収係数の分布を得ることができるX線マイクロCT装置の開発と高度化を行い、同時にいくつかの応用研究に活用したものである。全7章で構成される。

第1章では、医療診断用に開発されたX線CT装置がどのように発展したかを示し、ラボ用から放射光を利用したX線CT装置の特徴を示している。また、世界で利用されているX線μCT装置の性能と現状での問題点を挙げている。

第2章では放射光X線を利用したX線CT装置の持つ特徴や仕組みを、空間分解能や撮影技術(吸収コントラスト法・位相コントラスト法)ごとに説明し、世界の放射光施設においてどのような性能の装置が稼働しているか示した。またここでは、投影像からCT像を得るための画像再構成法に関してFiltered back projection法の詳細な説明もなされている。

第3章では本研究のメインテーマの1つである、X線CT撮影の高速化に関してどのような現象を捉える事を目的としているかを示した。また、高速撮影のために整えなければならない要素を具体的に示し、改良点を述べている。

第4章では本研究のテーマの1つである、検出器の最適化に関して述べている。通常、X線用の画像検出器はX線を可視光に変換し、可視光用の撮像素子でデジタル信号化する。この際に、可視光光学系をどのように構築すると、蛍光面から撮像素子まで効率よく可視光が伝送されるかを、レンズカップル式とファイバーカップル式の検出器を直接比較検討した。また、X線CT用の検出器としてどのような条件を満たさなければならないかも検討し、高空間分解能型はレンズカップル式が優れており、20μm程度の空間分解能ではファイバーカップル式のほうが効率がよく、優れていることが示された。また、レンズカップル式は倍率の変更が容易なことと、カメラとの組み合わせが容易に変更可能であることが優位な点であることも示された。

第5章では、単色X線を利用する事で得られる定量的なX線線吸収係数(LAC)に関して議論されている。LACの実験値は計算値に対して基本的には検出器の応答特性に準じて一定の割合でシフトするが、その値をキャリブレーションデータを取得して決定することで、線吸収係数に関する校正曲線を得ることができた。

第6章はここまで開発してきたX線CT装置がどのような応用研究に用いられているかを示した。まず最近話題となっていた、小惑星探査機はやぶさにより持ち帰られたイトカワ粒子の分析に関してである。ここでは、これまでのX線CT装置では全く実現不可能だった、2つのエネルギーのX線を利用する事で構成鉱物の種類とその形状の3次元分析を行う事が出来たことを示した。次に、第5章で得られた知見を基に、3次元元素濃度マップを実現した例が示された。この研究までには、元素の吸収端を利用したいくつかの研究があったものの、電子顕微鏡などと直接比較できるような精度での分析はなされていなかったが、本論文の第5章と著者である池田らの入念な特性評価もあり可能となった分析である。最後に、高速化の話題として、マウス肺の4D-CT実験の例が示され、地球科学の分野だけでなく生物分野においてのX線CT装置の有用性が示された。この研究はラボ用のX線管球を用いた装置では全く実現不可能な測定が、放射光X線を利用する事で可能となった好例である。

第7章では、本論文で実現された装置の性能をまとめ、今後の装置開発に関する展望が述べられている。

ここで、第4章は八木直人・星野真人、第5章は土`山明・中野司・池田進、第6章は世良俊博・横田秀夫・藤崎和弘・深作和明・立花博之・八木直人・姫野龍太郎・池田進・中野司・土`山明・鈴木芳生・中村光一・中島善人・吉田英人・上椙真之・松島亘志・道上達広・門野敏彦・中村智樹・Scott Sandford・野口遼・松本徹・松野淳也・永野宗・今井悠太・竹内晃久・大神稔皓・片桐淳・海老原充・Trevor Ireland・北島富美雄・長尾敬介・奈良岡浩・野口高明・岡崎隆司・圦本尚義・Mike Zolensky・向井利典・安部正真・矢田達・藤村彰夫・吉川真・川口淳一郎・星野真人との共同研究であるが、論文提出者が主体となって装置開発及び実験検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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