学位論文要旨



No 217796
著者(漢字) 吉川,俊英
著者(英字)
著者(カナ) キッカワ,トシヒデ
標題(和) 窒化ガリウム高電子移動度トランジスタの高性能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217796
報告番号 乙17796
学位授与日 2013.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第17796号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 岡本,博
 東京大学 准教授 塚崎,敦
 東京大学 教授 齋木,幸一朗
 東京大学 教授 大谷,義近
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、窒化ガリウム(GaN)を用いた高電子移動度トランジスタ(HEMT: High Electron Mobility Transistor)において、新規な構造の検討などにより、高周波用途および電源用途における高性能化および高信頼性化を達成した研究成果を述べたものであり、全9 章からなる。

GaN は光用途では様々な場面で実用化されている. 青色発光ダイオード(LED), 青色レーザ, 信号機( 青信号), 白色照明などである. 今後も紫外レーザ、緑色レーザ、赤外デバイス、センサーなど、様々な分野での応用が期待されている。電子デバイス用途としてみた場合,様々な応用分野で従来に比べて消費電力を低減させるできるメリットが期待されている。GaN は大きな破壊耐圧, 伝導電子の比較的高い移動度, 大きな飽和速度といった優れた性能ポテンシャルを有しているためである。その結果、高電圧動作が可能となり、システム動作時の電流量や損失を減らすことができる。電子デバイスのなかでもHEMT 構造は、2 次元電子ガスを用いた高速性から、ガリウム砒素(GaAs)やインジウム燐( InP)で実用化されており、GaN でもHEMT 構造が期待されている。

よって、本論文では、GaN-HEMT を用いた高周波( 特にマイクロ波とミリ波) 用途及び電源用途のトランジスタ技術開発を詳細に検討した。GaN の電子デバイスを実用化するために必要な技術と従来デバイスでは実現困難なさらなる省エネ社会を実現する将来技術について詳細を述べる。

まず、第1章は序論であり、GaNの物性的利点、応用分野における要請など本研究の背景を述べた上で、これらの応用に適合する低消費電力性に優れた高性能なGaN-HEMTを、新規な構造およびプロセス技術を開発することによって実現することを本研究の目的としたことを述べる。図1にGaN電子デバイスの実用化m一ドマップを示す,様々な周波数帯において応用分野が存在する,GaNは従来高出力というキーワードで開発が進められていたが,近年そのメリットは高効率・省エネに移っている.

次に第2章では、GaN-HEMTの基本的動作原理、ゲートリークや電流コラプスなどGaN特有の技術課題、さらにそれを克服する新規構造、結晶成長技術およびプロセス技術について述べる。ゲートリークおよび電流コラプスの原因となるゲート端への過度な電界集中、結晶表面の非平坦性、ゲート近傍での表面電荷蓄積などの諸現象を避けるために、有機金属気相成長(MOVPE)により作製する層構造において、n型GaNキャップ層の形成によるリセスオーミック型表面電荷制御構造を考案開発し、試作デバイスにおいて耐圧350Vに達する低ゲートリーク化と電流コラプス抑制を同時に達成した。この構造がGaN-HEMTの高信頼化に直接結びつく基礎技術となっている。

第3章では、GaN-HEMTの劣化要因の明確化を通じた信頼性向上のための技術開発について述ぺる。短期劣化要因として、成長温度起因の表面N脱離とSiC基板起因のヒロックが、長期劣化要因としてGaNバッファ層中のトラップ準位が関係していることを明らかにした。MOVPEによるエピタキシャル成長条件の最適化を通じて、これらの劣化要因を除去して、高温通電試験において1000時間の安定動作を確認した。

第4章では、GaN-HEMTを無線通信システムにおける基地局用増幅器へ適用し、高出力および高効率性能を実現したことを述べる。GaN-HEMTチップをパッケーUジに実装し、最大出力250wという高出力を得た。またドレイン効率40%という従来のSiないしGaAsデバイスを10%以上凌駕する高効率を得た。同時に高温成長窒化アルミニウム(AIN)バッファ層直上に鉄(Fe)ドープ層を挿入することにより、電流オフに伴う電流ドリフトおよび増幅歪補償の問題も解決したことも示す。

第5章では、GaN-HEMTの基地局用増幅器応用において、低コスト化を実現する技術について述べる。炭化珪素(Sic)基板を半絶縁性基板に代えて低コストである導電性基板を用い、さらに寄生容量低減のためにAIN厚膜バッファ層を採用しその最適化を行った。それにより半絶縁性基板と同等の特性を得た。また基板の3インチ大口径化において、しきい値ゲート電圧の面内均一性を確認し、大口径導電性SiC基板の採用による低コスト化の可能性を示す。

第6章では、次世代GaN-HEMTで要請のある順方向ゲートリーク抑制の手段として、絶縁ゲート構造の有効性を実証したことを述べる。ゲート絶縁膜として窒化珪素(SiN)膜を採用することにより、順方向ゲートリーク電流を8桁にわたり低減することに成功した。また出力147W、利得12dBという優れた出力性能を実演した。増幅動作における歪補償機能も確認し、さらに信頼度試験において性能劣化のない高信頼性を確認した。

第7章では、ミリ波応用のための短ゲートGaN-HEMTにおいて、実用化に耐えうる性能を実現したことを述べる。Y型ゲート電極、SiN/GaNキャップ、オフセットなどのデバイス構造の改良と、高Al組成AIGaN層およびn-GaNキャップ層構造の適用および最適化により、W帯増幅器用デバイスとして十分な性能を満たす190Vを超えるゲート耐圧を実現した。またGaN-HEMTをモノリシックに集積化したミリ波MMIC(Monolithic Microwave Integrated Circuit)増幅器を作製し、70GHz以上においても1Wを超える優れた性能を世界で初めて実現した。

第8章では、電源用途のためのノーマリオフ型GaN-HEMTを、高耐圧の酸化アルミニウム(AI203)を絶縁膜とするリセス型絶縁ゲート構造と3層キャップ構造を組み合わせる構造によって実現したことを述べる。ノーマリオフ動作のしきい値ゲート電圧は3Vであり、ゲート電圧10Vにおいて800mAに達するドレイン電流(オン電流)を得、低オン抵抗も同時に達成した。

最後に第9章では、本研究で得られた知見を総括しつつ本研究の結論を述べるとともに、GaN-HEMTの優れた特性にさらに期待しうる将来展望を示す。図2はGaNを用いた省エネ社会の模式図である。GaN-HEMTは宇宙から家庭まで様々な場所で使われる可能性を秘めている。第2章の基礎技術、第3章の高信頼度化技術、第4章の増幅器技術により第一世代が市場にでた段階である。今後、効率のさらなる向上と歪改善を行い市場優位性を確固たるものとするべく、第4章の技術を用いて第二世代の実用化が進むと思われる。加えて第5章の低コスト化技術を加えた実用化も必須となるであろう。さらに第6章の絶縁ゲートなどの新型構造を用いた第三世代のデバイスが研究の中心となっていき、第7章のミリ波用途の第四世代短ゲートデバイス開発も加速していくと考えている。

また、第8章で示した低周波数用途での自動車や家電用途のパワーデバイス応用が2015年ごろには大きくはばたくと見込まれ、研究人口や論文数はさらに増加の一途をたどると思われる。

GaN-HEMTの研究材料は多数残っており、今後のさらなる発展を期待したい。

図1 GaN電子デバイスの応用分野と開発ロードマップ

図2 GaN-HEMTによる省エネ社会像

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、窒化ガリウム(GaN)を用いた高電子移動度トランジスタ(HEMT)において、新規な構造の検討などにより、高周波用途および電源用途における高性能化および高信頼性化を達成した研究成果を述べたものであり、全9章からなる。

第1章は序論であり、GaNの物性的利点、応用分野における要請など本研究の背景を述べた上で、これらの応用に適合する低消費電力性に優れた高性能なGaN-HEMTを、新規な構造およびプロセス技術を開発することによって実現することを本研究の目的としたことを述べている。

第2章は、GaN-HEMTの基本的動作原理、ゲートリークや電流コラプスなどGaN特有の技術課題、さらにそれを克服する新規構造、結晶成長技術およびプロセス技術について述べている。ゲートリークおよび電流コラプスの原因となるゲート端への過度な電界集中、結晶表面の非平坦性、ゲート近傍での表面電荷蓄積などの諸現象を避けるために、有機金属気相成長(MOVPE)により作製する層構造において、n型GaNキャップ層の形成によるリセスオーミック型表面電荷制御構造を考案開発し、試作デバイスにおいて耐圧350 Vに達する低ゲートリーク化と電流コラプス抑制を同時に達成した。この構造がGaN-HEMTの高信頼化に直接結びつく基礎技術となっている。

第3章は、GaN-HEMTの劣化要因の明確化を通じて、信頼性向上のための技術開発について述べている。短期劣化要因として、成長温度起因の表面N脱離とSiC基板起因のヒロックが、長期劣化要因としてGaNバッファ層中のトラップ準位が関係していることを明らかにした。MOCVDによるエピタキシャル成長条件の最適化を通じて、これらの劣化要因を除去して、高温通電試験において1000時間の安定動作を確認した。

第4章は、GaN-HEMTを無線通信システムにおける基地局用増幅器へ適用し、高出力および高効率性能を実現したことを述べている。GaN-HEMTチップをパッケージに実装し、最大出力250 Wという高出力を得た。またドレイン効率40%という従来のSiないしGaAsデバイスを10%以上凌駕する高効率を得た。同時に高温成長AlNバッファ層直上にFeドープ層を挿入することにより、電流オフに伴う電流ドリフトおよび増幅歪補償の問題も解決している。

第5章は、GaN-HEMTの基地局用増幅器応用において、低コスト化を実現する技術について述べている。SiC基板を半絶縁性基板に代えて低コストである導電性基板を用い、さらに寄生容量低減のためにAlN厚膜バッファ層を採用しその最適化を行った。それにより半絶縁性基板と同等の特性を得た。また基板の3インチ大口径化において、しきい値ゲート電圧の面内均一性を確認し、大口径導電性SiC基板の採用による低コスト化の可能性を示した。

第6章では、次世代GaN-HEMTで要請のある順方向ゲートリーク抑制の手段として、絶縁ゲート構造の有効性を実証したことを述べている。ゲート絶縁膜としてSiN膜を採用することにより、順方向ゲートリーク電流を8桁にわたり低減することに成功した。また出力147 W、利得12 dBという優れた出力性能を実演した。増幅動作における歪補償機能も確認し、さらに信頼度試験において性能劣化のない高信頼性を確認した。

第7章では、ミリ波応用のための短ゲートGaN-HEMTにおいて、実用化に耐えうる性能を実現したことを述べている。Y型ゲート電極、SiN/GaNキャップ、オフセットなどのデバイス構造の改良と、高Al組成AlGaN層およびn-GaNキャップ層構造の適用および最適化により、W帯増幅器用デバイスとして十分な性能を満たす190 Vを超えるゲート耐圧を実現した。またGaN-HEMTをモノリシックに集積化したミリ波MMIC増幅器を作製し、70 GHz以上においても1 Wを超える優れた性能を世界で初めて実現した。

第8章は、電源用途のためのノーマリオフ型GaN-HEMTを、高耐圧のAl2O3を絶縁膜とするリセス型絶縁ゲート構造と3層キャップ構造を組み合わせる構造によって実現したことを述べている。ノーマリオフ動作のしきい値ゲート電圧は3 Vであり、ゲート電圧10 Vにおいて800 mAに達するドレイン電流(オン電流)を得、低オン抵抗も同時に達成した。

第9章は、本研究で得られた知見を総括しつつ本研究の結論を述べるとともに、GaN-HEMTの優れた特性にさらに期待しうる将来展望にふれている。

なお、本論文の第2章から第8章までは、常信和清、牧山剛三、多木俊裕、金村雅仁、今西健治、原直紀、今田忠弘、山田敦史、渡部慶二との共同研究を含んでいるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

以上、本論文は、物質科学へ大きく寄与するものであり、よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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