学位論文要旨



No 217797
著者(漢字) 黒田,正行
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,マサユキ
標題(和) AlGaN/GaN HFETの高性能化プロセスに関する研究
標題(洋)
報告番号 217797
報告番号 乙17797
学位授与日 2013.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第17797号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 准教授 野村,政宏
 東京大学 教授 瀧川,仁
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、低損失パワーデバイスや準ミリ波送受信システムに用いられるAlGaN/GaN HFETの高性能化に向けてプロセス開発を行った研究成果をまとめたものである。論文は、以下の7章により構成される。

第一章

本章では、研究背景とその意義を概説する。次に、本研究の目的および構成について述べる。

近年、石油エネルギーの将来的な枯渇予測や、産業界でのCO2削減の意識の高まりから、省エネデバイスが求められている。電力消費の面では、その利用効率の向上が発電所からの環境負荷物質の排出抑制につながるが、現在わが国の電源機器を通過して消費される電力量は、総供給電力量の40 %にも達し、電源機器の低損失化などの省エネ対策を図る必要性が高まってきている。一方、携帯電話に代表される無線通信システム分野では、これまでの数GHz程度のマイクロ波より低い周波数帯では利用可能な周波数帯の確保が困難であることと、さらなる高速大容量通信の要望から、30 GHzを超えるミリ波帯での無線伝送システム技術の研究開発が強く求められている。

このような背景のもと、本研究では、まず産業応用に向けて低コスト基板上の窒化物半導体結晶成長技術を確立する。その上でパワー応用に必須となるノーマリオフ型のAlGaN/GaN HFETを開発し、また、ミリ波通信向けデバイス応用に向けて、AlGaN/GaN HFETを用いた準ミリ波送受信システムを開発することを目的とする。

第二章

本章では、低損失パワーデバイス応用及びミリ波通信向けデバイス応用の基本構成と、その課題および解決手法を述べる。

パワーデバイス応用には機器の安全性確保の観点からノーマリオフ型が必須である。しかしながら、これまでAlGaN/GaN HFETが形成されていた(0001)面ではAlGaN/GaN界面にシートキャリアが発生するため、ノーマリオフ型の実現が困難であった。本研究では、これを解決するため、無極性面である(11-20)面を成長面とするAlGaN/GaN HFETのMOCVD成長およびデバイス構造を新たに検討した。(11-20)面上では(0001)面上と異なり自発分極およびピエゾ分極は(11-20)面に平行方向にのみ生じ、分極電界の影響を受けずにデバイスを作製することができる。よって、(11-20)面AlGaN/GaNでは(0001)面と異なり、ノーマリオフ動作に必要な比較的小さなシートキャリア密度を制御性良く実現でき、ノーマリオフ特性の実現が容易となる。

また、将来のミリ波帯通信分野に向け比較的長距離のアプリケーションが求められる中で、AlGaN/GaN HFETの高周波特性を向上するためには、ゲート長の短縮に加え、表面のパッシベーションが重要となる。本研究では、MOCVD成長したin-situ SiNx膜をゲート絶縁膜に用いたAlGaN/GaN MIS-HFETを検討した。AlGaNの形成後にMOCVD炉から取り出すことなくSiNxを形成することで、大気中曝露を経ずに絶縁膜-半導体層界面を形成でき、薄膜AlGaNと高いシートキャリア密度を両立することができる。

第三章

本章では、低コスト基板上の窒化物半導体結晶成長について述べる。

GaN系結晶成長検討の先駆けて、窒化物半導体に特有な性質である巨大バンドギャップボウイングのメカニズム解明に向け、III-V-N型窒化物混晶のMBE成長を検討した。GaAs(001)面基板上InAsN成長を行い、窒素濃度4.4%までの窒素濃度を有するInAsN混晶を作製した。光吸収端からバンドフィリングを考慮してバンドギャップを導出したところ、ボウイングパラメータ 8.24 eVと巨大バンドギャップボウイングを示唆する結果が得られた。

次に、ノーマリオフ型AlGaN/GaN HFETに向けて、(110-2)面サファイア上に(11-20)面AlGaN/GaNをMOCVD成長した。(11-20)面においても(0001)面上成長と同様に、格子不整合、熱膨張係数差を緩和するためのバッファ層技術の導入が不可欠である。そこで、低温成長GaN層及び高温成長AlN層を検討した。ヘテロ界面のシートキャリア密度は1.5×10(12) cm(-2)~2×10(14) cm(-2)の広範囲なnsを示した。また、厚膜AlNバッファ層により(11-20)面GaNの結晶性向上でき、XRC半値幅608 arcsec、表面荒さ1 nm、電子移動度87 cm2/Vsを得た。

また、高放熱が必要とされる高出力素子に向けては、Si(111)面基板上への結晶成長の検討を行った。超格子層バッファ導入によるストレス制御を行うことにより、6インチ低コスト基板上で全面鏡面かつクラックフリー成長及び良好な面内均一性を確認し、6.4%と均一なシート抵抗面内分布を得た。

第四章

本研究では、(11-20)面AlGaN/GaN HFETを作製し、ノーマリオフ型を実現した結果について述べる。

(11-20)面AlGaN/GaNヘテロ接合においてAlGaN中のSiドーピング量を変化させた場合、(0001)面上ではヘテロ界面のシートキャリア密度がドープ量に対しほぼ不変であるに対し、(11-20)面上では広範囲に制御できた。この結果を踏まえドープ量を最適化して作製したAlGaN/GaN HFETはしきい値電圧-0.5 Vを示し、(0001)面HFETでの-4.0 Vと比較して正電圧側にシフトさせることが可能となった。また、ドレイン電流がゲート方向に強く依存し、[1-100]ゲートFETでは[0001]ゲートFETより大きなドレイン電流が流れることが判明した。[1-100]ゲートFETではモフォロジーを反映したグレイン境界でのキャリア散乱の影響を受けにくく、[0001]ゲートFETに比べ大きなドレイン電流が流れたことが示唆される。

さらなるデバイス高性能化には、完全なノーマリオフ特性と、高いドレイン電流を実現する必要がある。そこで厚膜AlNバッファ層、低抵抗n-GaNキャップを有するリセスMIS構造を備える構造を検討した。しきい値電圧は+1.3Vと完全なノーマリオフ特性を示した。また、ゲートリーク電流を低減でき、ゲート電圧+5Vまで印加可能とした。これにより最大ドレイン電流112 mA/mm、相互コンダクタンス47 mS/mmとGaN系ノーマリオフFETとして十分大きな値が得られた。ショットキーゲート(11-20)面AlGaN/GaN HFETに比べ、ドレイン電流は低温GaN上で作製したHFETの5倍以上の値であり、オン抵抗は1/17まで低減することができた。作製した(11-20)面AlGaN/GaN HFETはノーマリオフ特性および高いドレイン電流を実現することができ、パワースイッチング素子への応用に向け有望であることを示した。

第五章

本章では、MOCVD結晶成長後に連続成長した、いわゆるin-situ SiNx膜をゲート絶縁膜に用いたAlGaN/GaN MIS-HFETについて述べる。

GaN層の成長後、Al組成40 %のAlGaN層を6nm形成し、ゲート絶縁膜としてMOCVD成長した2 nmの薄膜in-situ SiNxを用いた。このようなin-situ成長は、熱化学的な反応のみによる成膜のため低ダメージであり、SiNx/AlGaN界面で不純物吸着することなく形成することが可能である。そのため、結晶成長後に別装置で形成するSiNxに比べ良好なSiNx/AlGaN界面を形成することができる。 in-situ SiNx膜はP-CVD成膜に比べAlGaN/GaN界面の2DEGシートキャリア密度を増大させる効果があることがわかった。特にAlGaN層が6 nmと薄層の場合は、シートキャリア密度が一桁高くなる。この結果は、in-situ SiNx膜は表面の影響を十分抑制できていることを示唆している。作製したMIS-HFETはI(max):0.75 A/mm、g(mmax):240 mS/mmとショットキーゲートHFETのI(max): 0.14 A/mm、g(mmax): 60 mS/mmに比べ大きく向上した。電流利得遮断周波数は71 GHz、最大発振周波数(f(max))は203 GHzが得られた。ゲート・ドレイン間距離を伸張してゲート・ドレイン間の耐量を増加させることにより、V(ds) = 60 Vまでのドレイン電圧において180 GHz以上のf(max)を実現した。この結果は、今回作製した素子がミリ波帯高出力増幅器として有望であることを示した。

第六章

本章では、AlGaN/GaN MIS-HFETを用いた準ミリ波帯送受信器の検討について述べる。

MMICでは伝送線路の低損失化が必要であることから、受信用増幅器は基板損失を低減できる高絶縁性のサファイア基板に形成した。伝送線路としてはマイクロストリップ線路が一般的であるが、サファイアは化学的に極めて安定なため貫通孔の形成が非常に困難であった。本研究では高出力パルスレーザーを用いたレーザドリル技術を開発しサファイアにビアホールを形成した。このサファイア基板上ビアホールを用いてマイクロストリップ線路を集積化し、AlGaN/GaN HFETを3段接続した準ミリ波受信用増幅器集積回路を作製した。その結果、26 GHzにて22 dBと準ミリ波帯におけるGaN増幅器として当時世界最高の値が得られた。

次に、高放熱性の観点からSi基板上に準ミリ波帯パワーアンプAlGaN/GaN MIS-HFETを形成した。DC特性として、I(max): 1.1 A/mm、g(mmax): 230 mS/mmを示した。ゲート・ドレイン間距離2 μmの素子で26.5 GHzで10.4 dBの利得を示し、このときにゲートリーク電流の低減により耐圧150 Vと高い耐圧を示し、準ミリ波パワーデバイス応用へ向け十分高い耐圧と利得を両立できた。ゲート幅5.5 mmのPAモジュールを試作し、動作電圧55 Vにおいて飽和出力40.3 dBm (10.7W)、利得2.3 dBを実現できた。25 GHz前後の準ミリ波帯においてシリコン基板上AlGaN/GaN HFETによる最高出力を実現できた。

第七章

本章では本研究の総括を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、低損失パワーデバイスおよび準ミリ波送受信システムに用いられるAlGaN/GaNヘテロ接合電界効果トランジスタ(HFET)の高性能化に向けて、新規なプロセス技術開発を行い、その有効性を実証した研究成果を述べたものであり、全7章からなる。

第1章は序論であり、電源機器の低損失化や無線通信システムにおけるミリ波帯技術の要請からGaN系半導体の有用性が注目されているという研究背景を述べた後、これらの応用に適合するAlGaN/GaN HFETを、新たなプロセス技術を開発することによって実現することを本研究の目的としたことを述べている。

第2章では、本研究で実現しようとする低損失パワーデバイスおよびミリ波通信向けデバイスにおける課題と解決手法について述べている。パワーデバイス応用に必須のノーマリオフ特性を得るためには、従来用いられてきた有極性のc面((0001)面)に代えて、無極性のa面((11-20)面)を成長面とすることが有効であり、それによりAlGaN/GaN界面に発生するシートキャリア密度を低く制御することで所期の特性を実現できることを指摘している。またミリ波帯通信応用では、結晶成長に引き続いて大気中曝露を経ずにAlGaN薄膜上にSiNゲート絶縁膜を形成することにより、シートキャリア密度を低下させることなく、必要とされる大きい相互コンダクタンス(gm)を実現できることを述べている。

第3章では、AlGaN/GaN HFETの各デバイス応用に向けての低コスト基板上への結晶成長を検討した結果について述べている。ノーマリオフ型AlGaN/GaN HFETに向けたサファイア基板(110-2)面上の(11-20)面AlGaN/GaNの有機金属気相成長(MOCVD)において、格子不整合および熱膨張係数差を緩和するためのバッファ層として、低温成長GaNおよび高温成長AlNを試み、広範囲でのシートキャリア密度の制御性を確認した。また厚膜AlNバッファ層により、(11-20)面GaN層の結晶性が顕著に向上し、従来値の2倍となる87 cm2/Vsの電子移動度を達成した。また高放熱が必要な高出力デバイスに向けては、Si(111)基板上への成長を検討した。超格子バッファ層導入による応力制御をおこなうことにより、6インチ基板上でクラックのない良好な面内均一性を得た。

第4章では、(11-20)面AlGaN/GaN HFETを実際に作製し、ノーマリオフ動作と高ドレイン電流を実現したことについて述べている。(11-20)面AlGaN/GaNヘテロ接合においてAlGaN中のSiドーピング量を変化させることにより、ヘテロ界面に生じるシートキャリア密度を広範囲に制御できた。Siドーピングにより、HFETのしきい値電圧を正電圧側にシフトできた。またドレイン電流は、結晶のモフォロジーを反映して、ゲート方向が[1-100]の場合の方が[0001]よりも大きいことを示した。さらに厚膜AlNバッファ層、低抵抗n-GaNキャップ層を有するリセスMIS構造とすることにより、しきい値電圧+1.3 Vの完全なノーマリオフ特性、最大ドレイン電流112 mA/mm、相互コンダクタンス47 mS/mmという優れた特性を実現した。

第5章では、MOCVD結晶成長後に連続成長した、いわゆるin-situ SiNをゲート絶縁膜に用いたAlGaN/GaN MIS-HFETの特性について述べている。厚さ6nmの極薄いAlGaN層上に SiN薄膜をMOCVD装置内で連続して成長することにより、低欠陥で不純物吸着のないSiN/AlGaN界面を形成することができ、それにより薄膜AlGaNとGaNの界面シートキャリア密度を増大させる効果があることを明らかにした。このゲート・チャネル間距離の短縮によりgm向上が容易となり、高周波特性の向上に対し有効である。作製したMIS-HFETにより最大ドレイン電流0.75 A/mm、最大gm 240 mS/mmなどの性能が得られ、ショットキーゲートHFETに比べて大きく向上した。また180 GHz以上の最大発振周波数(fmax)を実現するなど、ミリ波帯高出力増幅器としての有用性を実証した。

第6章では、AlGaN/GaN MIS-HFETを用いた準ミリ波帯送受信器のためのプロセス技術を開発することにより、優れたデバイス性能を実証したことを述べている。準ミリ波帯HFETを集積化するために、高出力パルスレーザーを用いたレーザードリル技術を開発し、サファイア基板にビアホールを形成することにより、低損失なマイクロストリップ伝送線路の集積化を行い、HFETの3段接続からなる受信用増幅器集積回路において、26GHzにて22dBに達する優れた増幅性能を実現した。送信用パワーアンプにおいては、放熱性の高いSi基板を用い、26.5GHzにて10.7 Wに達する優れた出力性能を実現した。

第7章は、本研究で得られた知見を総括しつつ本研究の結論を述べるとともに、GaNパワーデバイス応用の将来展望にふれている。

なお、本論文の第3章3-2節および3-3節は尾鍋研太郎、白木靖寛、片山竜二、第3章の3-4節以降から第6章までは田中毅、上田哲三、石田秀俊、石田昌弘、酒井啓之、按田義治、西嶋将明、村田智洋、根来昇との共同研究をそれぞれ含んでいるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

以上、本論文は、物質科学へ大きく寄与するものであり、よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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