学位論文要旨



No 217803
著者(漢字) 福永,有夏
著者(英字)
著者(カナ) フクナガ,ユカ
標題(和) 国際経済協定の遵守確保と紛争処理 : WTO紛争処理制度及び投資仲裁制度の意義と限界
標題(洋)
報告番号 217803
報告番号 乙17803
学位授与日 2013.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 第17803号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯田,敬輔
 東京大学 教授 中川,淳司
 東京大学 教授 岩澤,雄司
 東京大学 教授 髙見,澤磨
 東京大学 教授 石川,健冶
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、WTO(世界貿易機関)紛争処理制度と投資仲裁制度を題材に、紛争処理を通じた国際経済協定の遵守確保について実証的に論ずる。本論文の目的は、以下の二つの主題に答えることにある。すなわち第一の主題は、WTO紛争処理制度や投資仲裁制度の手続的特徴が、貿易や投資に関する国際経済協定の遵守確保にどのように、またどの程度貢献しているのか、である。第二の主題は、WTO紛争処理制度や投資仲裁制度による国際経済協定の遵守確保が、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間で緊張を生じているのか、仮に緊張を生じているならばそれをいかに克服あるいは回避し得るか、である。今日、経済活動は国境を越えてグローバルに展開し世界に富をもたらしているが、その原動力となってきたのが国際経済協定である。とりわけ貿易及び投資に関する国際経済協定は、締約国の広範な活動について、詳細な規則を定めることに成功している。そうした貿易及び投資に関する国際経済協定の遵守確保に大きな貢献をしてきたのが、国際経済紛争処理制度である。

国際経済紛争処理制度は、国際経済紛争の解決を目指して紛争に働きかけを行う国際法上の制度である。近年締結される国際経済協定には、その協定の適合性に関する紛争を処

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理するための独自の紛争処理制度が設けられることが多い。国際経済紛争処理制度は、制度に付託された個別具体的な紛争の解決を主要な目的としているが、同時に、国際経済協定の遵守確保をも実現することがある。中でも裁判的な性質を有する国際経済紛争処理制度においては、独立かつ公平な第三者によって国際経済協定の違反の有無が認定され、違反が認定された場合には違反を是正又は救済することが違反国に義務付けられることで、国際経済協定の遵守確保が図られている。

WTO紛争処理制度と投資仲裁制度は、裁判的な性質を有する国際経済紛争処理制度として最も大きな成果を上げてきた制度である。とりわけWTO紛争処理制度は、WTO協定に係る紛争を、協定違反を解消することによって解決することを目指しており、WTO協定の遵守の実現に重要な役割を果たしている。また投資仲裁制度も、裁判的な手続によって国際投資規則の有無を認定し、違反が認められる場合にはその救済を義務付けることで、国際投資規則違反を一定程度抑制していると考えられる。

以上を踏まえて、本論文は、第一の主題として、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の手続的特徴が、貿易や投資に関する国際経済協定の遵守確保にどのように、またどの程度貢献しているのかを論ずる。

WTO紛争処理制度や投資仲裁制度は、他方で、様々な批判にも曝されるようになっている。そうした批判の中でも本論文が特に注目するのは、両制度による国際経済協定の遵守確保が帰結し得る次の二つの緊張に係る批判である。

一つめの緊張は、国際経済協定と経済以外の分野の国際法規則との間の緊張である。国際経済協定は、その規律の対象を拡大させ内容を精緻化させた結果、非経済分野の国際法規則と規律対象が重複したり、さらには規律内容が抵触したりする場合があるとされる。そして、国際経済協定が国際経済紛争処理制度による精力的な遵守確保に成功している一方で、非経済分野の国際法規則はより柔軟で非強制的な遵守確保手段を志向しているため、国際経済協定と非経済分野の国際法規則との間に抵触がある場合には、前者の遵守が後者を排除する形で実現される可能性がある。一つめの緊張に係る批判は、国際経済協定と非経済分野の国際法規則との間に存在するとされる抵触が、国際経済紛争処理の過程で顕在化し、非経済分野の国際法規則の実現を妨げる形で調整されることを問題としている。

二つめの緊張は、国際経済協定と国内法秩序との間の緊張である。国際経済協定は、規律の対象の拡大と内容の精緻化によって、各国の国内法令に様々な制約を及ぼすようになっている。国家の法令やその適用の国際経済協定違反をめぐる紛争が国際経済紛争処理制度に付託され、当該法令やその適用の国際経済協定違反が認定される時、国家は当該法令やその適用を是正したり、違反に対して救済を与えることを求められる。国際経済紛争処理制度によって国内法令やその適用の是正を求められた国家は、当該法令の背景にある国内の民意や政策目的を実現できなくなるかもしれない。二つめの緊張に係る批判は、国際経済協定が国内法令に課している様々な制約が、国際経済紛争処理の過程で顕在化し、国内法令の背景にある民意や政策目的の実現を妨げる形で国際経済協定が実現されることを問題としている。

以上のような批判を踏まえ、本論文は、第二の主題として、WTO紛争処理制度や投資仲裁制度による国際経済協定の遵守確保が、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間

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で実際に緊張を生じているのか、仮に緊張を生じているならばそれをいかに克服あるいは回避し得るかを論ずる。

本論文は序章、第一部、第二部、終章から構成される。

序章は、上述した本論文の問題意識を明らかにするとともに、二つの主題に答える前提として、貿易及び投資に関する国際経済協定が、第二次世界大戦後、規律の対象を拡大し内容を精緻化してきたことを論ずる。

第一部では、第二部で論ずるWTO紛争処理制度と投資仲裁制度による国際経済協定の遵守確保という問題を、国際法学のより一般的な議論の文脈に位置付けるために、国際法の遵守や国際社会の法制度化について一般的に論ずる。

第一部第一章は、国家がおおむね自発的に国際法を遵守していることを前提としつつ、国家がなぜ自発的に国際法を遵守するかについてのこれまでの学説を分析し、国家は、国際法規則が国家の利益や規範意識に合致するよう形成され解釈及び適用される時、その国際法規則を自発的に遵守すると論ずる。特に規範意識については、ある国際法規則が正統とみなされる過程で形成され解釈及び適用される時、あるいは国際法規則が妥当とみなされる結果をもたらす時、国家はその規則を守らなければならないものとして認識すると論ずる。

第一部第二章は、国際社会の法制度化が進み、国際法規則の遵守確保のための国際制度が多数現れていることに注目する。中でも紛争処理については、伝統的に分権的に行われてきた紛争処理が法制度化された結果、実効的な紛争解決のみならず国際法規則の遵守確保も実現されるようになっていると論ずる。第二章はまた、国際紛争処理制度が特に国際経済協定の遵守確保において重要な意義を有していると指摘したうえで、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の手続の流れと利用状況を概観する。

第一部第三章は、第一部を総括するとともに、第二部への導入を行う。

第二部では、二つの主題に答えるため、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度による紛争処理を実証的に分析する。

第二部第一章は、紛争処理手続に関与する主体について、当事者、審理者、関心者の三つに分けて論ずる。当事者は、紛争処理手続において事実関係や国際経済協定の解釈及び適用についての主張を展開し、自らの権利や利益を実現しようとする者で、紛争処理手続進行の中心的な存在となる。審理者は、国際経済協定を解釈及び適用して当事者の主張を審理し、国際経済協定との適合性について結論を下す者である。関心者は、国際経済紛争処理制度が審理の対象としている紛争に直接の権利又は義務を有するわけではないが、そのような紛争に実質的な関心を有し、紛争処理手続への参加を求める者である。第二部第二章は、審理の対象と方法について論ずる。審理の対象は、通常、紛争当事者によって決定されるが、紛争当事者の明示的な意思にかかわらず、紛争を解決するという制度の目的に照らし、審理の対象が拡大又は縮小される場合もある。また、審理の方法は、審理者が被申立国/被申立人の措置の国際経済協定との適合性を判断する方法で、事実認

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定や国際経済協定の解釈に係る問題のほか、非経済分野の国際法規則の適用可能性に関する問題を含む。このほか、上訴機関やそれに類似する機関による審理の方法についても論ずる。

第二部第三章は、救済の内容と実施確保について論ずる。WTO紛争処理制度や投資仲裁制度において、被申立国/被申立人の措置が国際経済協定に違反していると認定される時、被申立国/被申立人は、申立国/申立人に対する救済措置として、違反を是正することや補償又は損害賠償を支払うことなどを求められる。また、被申立国/被申立人が制度の求めに応じて救済措置を実施するよう確保するための仕組みについても論ずる。

以上のように、第二部は、WTO紛争処理制度及び投資仲裁制度における主体、審理の対象及び方法、救済の内容と実施確保のそれぞれについて実証分析を行うことで、制度の手続的特徴を明らかにし、本論文の二つの主題に答える。

終章では、本論文で得られた結論を総括する。第一の主題について、国際経済紛争処理制度は、紛争処理を通じて国際経済協定の遵守確保に多大な貢献をしているものの、制度が個別具体的な紛争の解決を目的としていることや、協定違反の是正が違反国の自発的意思に委ねられていることなどから、その遵守確保機能には限界もあると結論する。第二の主題については、国際経済紛争処理制度は、非経済分野の国際法規則を考慮に入れて国際経済協定を解釈及び適用したり、被申立国/被申立人の国内措置に対して謙抑的な審理を行ったりするなどにより、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との緊張を概ね回避していると結論する。__

審査要旨 要旨を表示する

今日、国際社会の法制度化と紛争処理の司法化が同時に進行しているが、世界貿易機関(WTO)の紛争処理制度と投資仲裁制度は司法化の代表例である。これらの紛争処理制度は、紛争の焦点となっている国際経済協定上の規則違反の有無を認定し、違反を認定した場合にはその是正や救済を義務づけることにより、紛争の解決と同時に国際経済協定の遵守確保に貢献している。それと同時に、これらの紛争処理制度が成功を収めるにつれて、これらによる国際経済協定の遵守確保が、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間で緊張を生じているとの批判が出されるようになってきた。本論文は、この二つの紛争処理制度を取り上げて、紛争処理制度を通じた国際経済協定の遵守確保をめぐる二つの主題に取り組んでいる。第一に、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度が国際経済協定の遵守確保に果たしている役割とその限界を明らかにすることである。第二に、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度による国際経済協定の遵守確保が、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間で緊張を生じているのか、仮に緊張を生じているならばそれをいかに克服ないし回避しうるかを明らかにすることである。本論文は、いずれの主題に取り組むにあたっても、鍵となるのは紛争処理制度の手続の細部がどのように定められ、また実際にどのように運用されているかであると捉え、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の手続の詳細とその運用実態を包括的かつ実証的に分析することを通じて、上記二つの主題に答えようとするものである。

以下、各章の内容を要約する。

第一部では、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度による国際経済協定の遵守確保というテーマを国際法学のより一般的な議論の文脈に位置付けるために、国際法の遵守や国際社会の法制度化について一般的に論じる。第一章は、国家が自発的に国際法を遵守する要因を検討する。そして、国家は、国際法規則が国家の利益や規範意識に合致するよう形成され解釈・適用される時、当該規則を自発的に遵守すると論じる。しかし、国際社会の法制度化の進展により、国家が意図していなかった法的判断が下るなどして、国際法の合意法秩序としての基盤が揺らいでいる。そのため、規範意識を導き出す合意以外の要因として、国際法過程の正統性と結果の妥当性が重要となっている。

第二章は、国際社会の法制度化が進み、国際法規則の遵守確保のための国際制度が多数登場していることに注目する。そして、それらの中でも特に紛争処理制度が、国際法規則の遵守確保に重要な役割を果たすようになっていることを指摘する。

第三章では、以上の分析を総括し、第二部での検討の視点を明確にする。筆者によれば、国際経済協定の紛争処理制度は遵守確保に重要な役割を果たしている。そして、紛争処理制度による国際経済協定の遵守確保が、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間で緊張を生じているとの批判がある。こうした緊張が高まれば、紛争処理制度の正統性や妥当性が損なわれ、ひいては国際経済協定の自発的な遵守に悪影響が及ぶおそれがある。そこで、紛争処理制度が十分な遵守確保機能を発揮するためには、こうした緊張を回避ないし克服し、制度の正統性と妥当性を確保する必要があることを指摘する。

第二部では、本論文の二つの主題に答えるため、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の手続の詳細とその運用実態を包括的かつ実証的に分析する。第一章は、紛争処理手続に関与する主体(当事者、審理者、関心者)を分析する。いずれの紛争処理制度でも、手続を主導するのは当事者(WTO紛争処理手続では申立国、被申立国と第三国、投資仲裁制度では申立人である外国投資家と被申立人である投資受入国)である。どの範囲の主体が当事者になり得るかを検討することで、これらの制度の国際経済協定遵守確保機能の外延が明らかになる。また、これらの紛争処理制度を通じた国際経済協定の解釈・適用過程の正統性や結果の妥当性の観点から、審理者(パネルと上級委員会、投資仲裁人)の選任方法や権限、関心者(企業、市民)の紛争処理手続への関与がどのように評価されるかを検討する。

第二章は、紛争処理手続における審理の対象と方法を分析する。いずれの紛争処理制度でも、審理の対象は申立国又は申立人により決定されるが、紛争解決という制度の目的に照らして、対象には一定の限界が課されている。WTO紛争処理制度では被申立国の国内法が検討の対象となることがあるが、国内法のWTO協定適合性の検討には一定の謙抑性が認められる。投資仲裁制度では、国内法が申立人に適用された事例で、その事例限りで国内法の国際投資規則適合性が検討されるにとどまる。審理の方法については、WTO紛争処理制度、投資仲裁制度のいずれも、おおむね謙抑的な審理を行って、国内法秩序との緊張を回避している。非経済分野の国際法規則については、いずれの紛争処理制度もこれを考慮して国際経済協定を解釈・適用するという方法で、緊張をおおむね回避している。

第三章は、救済の内容と実施確保を分析する。WTO紛争処理制度では、被申立国の措置のWTO協定違反が認定されると違反措置の是正が求められるため、紛争の解決とWTO協定の遵守確保が同時に実現する。投資仲裁制度では、被申立人である投資受入国の措置の国際投資規則違反が認定されると、違反の是正ではなく損害賠償の支払いが命じられるため、紛争解決が国際投資規則の遵守確保を直接実現するわけではない。救済の実施確保についてはWTO紛争処理制度、投資仲裁制度のいずれもそのための仕組みを設けているが、その実効性は限られており、国際経済協定の遵守は最終的には被申立国又は被申立人の自発的意思に委ねざるを得ない。

終章では、本論文の結論が述べられる。第一の主題については、WTO紛争処理制度は、WTO協定の遵守確保に多大な貢献をしているものの、制度が個別具体的な紛争の解決を目的としていること、WTO協定違反の是正が違反国の自発的意思に委ねられていることなどから、その遵守確保機能には限界もある。投資仲裁制度では、外国投資家が被った損失の救済が目指されるため、遵守確保機能はさらに限定的である。第二の主題については、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度は、非経済分野の国際法規則を考慮に入れて国際経済協定を解釈・適用したり、被申立国又は被申立人の国内法に対して謙抑的な審理を行ったりすることを通じて、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との緊張をおおむね回避している。したがって、これらの制度による国際経済協定の遵守確保が、非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間で緊張を生じているとの批判は、国際経済紛争処理制度の実態を踏まえているとは必ずしも言えない。ただし、これらの制度に問題がないわけではない。紛争処理制度による国際経済協定の遵守確保が、最終的には違反国の自発的意思に委ねられている以上、紛争処理制度の正統性と妥当性を一層高めるための改善が望まれる。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては、以下の三点を挙げることができる。

第一に、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の手続とその運用実態について、きわめて包括的で綿密な実証分析を行い、両制度の手続的特徴を明らかにすることによって、両制度が国際経済協定の遵守確保に果たしている役割とその限界、両制度による国際経済協定の遵守確保と非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間の緊張の回避可能性、という二つの主題について説得力のある答えを導いている。特に、後者の主題をめぐっては、学説上も実務上も議論が紛糾しているが、それについて、紛争処理制度による国際経済協定の遵守確保と非経済分野の国際法規則や国内法秩序との間の緊張は、実際にはおおむね回避されていると指摘したのは重要である。

第二に、第二部の実証分析では、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度を取り上げて、それらの手続と運用実態のきわめて細密な比較を行っている。手続に関与する主体、審理の対象と方法、救済の内容と実施確保、という三つの切り口から、両制度の手続的特徴を鮮やかに描き出している。学術文献の渉猟も徹底的である。WTO紛争処理制度と投資仲裁制度は、最近の国際経済法学で特に注目を集めている紛争処理制度であり、それぞれの手続の特定の側面やその運用実態に焦点を当てた先行研究は存在する。しかし、これほど体系的で、包括的かつ綿密な実証分析に基づいて両者を比較検討した研究は、世界でも類を見ない。本論文は、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の比較分析として重要な学術的価値を有する。

第三に、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の将来のあり方について、これらの制度による国際経済協定遵守確保の現状とその限界を踏まえつつ、制度の正統性と妥当性を一層高めるという視点から、随所で的確な改革の方向性を提示しており、このテーマに関する政策論としても実践的な価値が認められる。

もっとも、本論文にも疑問点がないわけではない。

第一に、第一部はWTO紛争処理制度と投資仲裁制度による国際経済協定の遵守確保というテーマを国際法学のより一般的な議論の文脈に位置付けようとする部分だが、第一部が本論文の中心をなす第二部にとってどのような意味をもつかがわかりやすい記述に必ずしもなっていない。

第二に、紛争処理制度による国際経済協定の遵守確保と非経済分野の国際法規則や国内法秩序との緊張の回避可能性という第二の主題に関して、本論文はWTO紛争処理制度と投資仲裁制度の手続的特徴の分析からこうした緊張は実際にはおおむね回避されていると結論するが、このような検討で十分かについては疑問がないわけではない。

第三に、WTO紛争処理制度と投資仲裁制度の比較において、分析がやや平板な箇所が散見される。例えば、申立国又は申立人に関しては、WTO紛争処理制度ではWTO加盟国が申立国に、投資仲裁制度では外国投資家が申立人になるが、本論文ではこうした違いを指摘するにとどまり、なぜそのような違いが生じたかについての踏み込んだ検討は行われていない。

しかし、これらの疑問点は、長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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