学位論文要旨



No 217804
著者(漢字) 鈴木,尚之
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ナオユキ
標題(和) 新規EGFR・Her-2デュアル阻害剤の創薬研究
標題(洋)
報告番号 217804
報告番号 乙17804
学位授与日 2013.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17804号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
内容要旨 要旨を表示する

受容体型チロシンキナーゼである,上皮成長因子受容体EGFR(ErbB1)およびHer-2(ErbB2)は,幅広い種類の癌細胞の増殖,浸潤,転移に重要な役割を担っていることから,これら受容体を阻害する化合物は有望な抗癌剤として注目されている。私は,EGFR とHer-2 を同時に阻害するデュアル阻害剤に着目し,既に臨床で用いられているLapatinib(図1)を起点とした構造活性相関研究により,有効性の高い新たなEGFR・Her-2 デュアル阻害剤の創製を行った。特に,1) Lapatinib よりin vitro 活性が向上した化合物の創出2) 低水溶性やCYP 阻害作用などのLapatinib の欠点の改善により,薬物動態や安全性の向上した抗癌剤の創製を本研究の目的とした。

1.EGFR・Her-2 デュアル阻害剤としてのピリミジン骨格の発見と置換基位置の最適化

既に承認されている3 つの低分子EGFR阻害剤(Lapatinib,Erlotinib,Gefitinib)の構造から,EGFR・Her-2 デュアル阻害剤には,(1)4-アニリノキナゾリン骨格,(2)キナゾリン6位置換基,(3)アニリンパラ位の脂溶性置換基という3 つのファーマコファが必要であると考えた(図2)。しかし,EGFR あるいはHer-2阻害作用を有するキナゾリン誘導体に関する特許が,既に100 件以上出願されていたことから,キナゾリン構造を保持しながら新たな阻害剤を創出することは困難が予想された。そこで私は,新規な物質創製をめざして,キナゾリン以外のヘテロ環骨格を探索し,デュアル阻害作用の有効性を検証するとともに,Lapatinib より高い抗癌作用を示す阻害剤の創製を目指すことにした。ヘテロ環骨格の探索は,アニリン側鎖をHer-2 阻害活性に有利なLapatinib 側鎖に固定して行い,そこで見出された骨格において,アニリン側鎖やスペーサー、親水性官能の検討する方針を定めた(図3)。

ヘテロ環骨格を幅広く探索するため,市販で入手容易なヘテロ環ハライドと,Lapatinib アニリン側鎖とのカップリング反応によって生成した誘導体について,EGFR 阻害活性を評価した。

その結果,ピリミジン誘導体(11)が,比較的良好な阻害活性を示すことを明らかにした(表1)。ピリミジン誘導体はキナゾリン誘導体と構造が類似しているが,当時はEGFR・Her-2 デュアル阻害剤としての報告がなく,新規なスキャホールド構造であった。そこで私は,新規阻害剤のヘテロ環としてピリミジン環を採用することに決め,活性の向上を目指した探索を進めた。

次に,ピリミジン環6 位の探索を行った。その結果,6-メチル体22 および24 が高いEGFR・Her-2 デュアル阻害活性を示すことを見出した(表2)。6 位については,メチル基より立体的に大きい置換基を導入した場合に(例えば6 位エチル体23),阻害活性が低下することから,周辺の空間的余裕は小さいことが示唆された。また,5 位へメチルやエチル基を導入することで活性が向上したことから,ファーマコファの一つであるスペーサーについては,5 位に導入することが適切であると考えた。

2. ピリミジン環の置換基(親水性部位とスペーサー)の最適化:アルケン,アルキン構造の発見

Lapatinib/EGFR の共結晶構造が新たに報告されたことから,私はピリジン5 位置換基の探索に、Lapatinib の結合コンホメーションの情報を利用することを考えた。Lapatinib のフラン環はキナゾリン環と同一平面に位置しており,やや幅の狭い結合部位に適合している。そのため,ピリミジン体のスペーサー部位については,母核と同一平面に位置できる,平面的なアルケンやアルキン構造を検討することを考えた。また,Lapatinib 末端アミン官能基はEGFR のAsp776 の近傍に位置し,相互作用の可能性が示唆される。そのため,ピリミジン誘導体においても,末端にアミン官能基を導入し,Asp776 との相互作用を想定した(図4)。

平面性の親水性部位も含めたスペーサー構造として、アルケン,アルキン誘導体を検討した結果、脂肪族アルキン体46 およびアクリルアミド体50 は、良好なEGFR・Her-2 デュアル阻害活性を示すが、乳癌細胞の1 種であるBT474 細胞に対するin vitro 抗腫瘍活性は、IC50 値が約1μM と乖離が大きいことが判明した。一方、フェニルアルキン体31 およびスチレン体39 は、活性が中程度でありながら、酵素阻害活性とBT474 阻害活性の乖離が小さかった(表3)。

そこで私は、酵素系と細胞系の乖離が最も小さいフェニルアセチレン誘導体が,有効なin vivo 抗癌作用を示す可能性が高いと考え,フェニルアセチレン誘導体の末端部分(親水性部位)について探索を行った。その結果,ピロリジン体55 および57 が,Lapatinib と同等以上のBT474 およびN87 阻害活性を示すことを見出した。アミン官能基については,メタ置換よりもパラ置換の方が適しており,また脂肪族体と同様に,モルホリンからピロリジンへの変換によって活性が向上した。更に,ベンゼン環上にフッ素基を導入することで,酵素阻害活性が低下するものの抗腫瘍活性が向上し,これまでで最も活性の強い化合物57 を見出すことに成功した。一方,フラン体58 やチアゾール体59では,酵素系と細胞系の乖離が大きくなる現象が見られた(表4)。

最も抗腫瘍作用が強かった化合物57 について,薬物動態特性およびin vivo 抗癌作用を評価した。その結果,化合物57 は全体的に許容可能な特性を示し,特に溶解度,代謝安定性およびCYP 阻害については,Lapatinib に比べ改善した(図5)。一方,癌細胞(N87)移植ヌードマウスを用いたin vivo 抗癌作用評価モデルにおいては,20mg/kgの経口投与でLapatinib とほぼ同等の抗癌作用を示すことが明らかとなった(図6)。

この結果から,EGFR・Her-2 デュアル阻害剤のin vivo における有効性が改めて確認されたと共に,化合物57 が既に承認されている薬剤と比較可能な高い創薬ポテンシャルを有することが明らかとなった。

以上私は,抗癌薬を指向した新規EGFR・Her-2 デュアル阻害剤の創薬研究を行い,Lapatinib よりin vitro 抗腫瘍活性と薬物動態特性が改善し,良好なin vivo 抗癌作用を有する新規ピリミジン誘導体57 を見出した。本化合物は,既に多数報告されているキナゾリン誘導体ではなく,本研究におけるSAR によって見出した6-メチルピリミジン骨格を用い,Lapatinib の活性コンホメーションからデザインした5 位アルケン・アルキン構造の検討,および酵素阻害活性と抗腫瘍活性の乖離に着目したフェニルアセチレン誘導体の最適化によって創出された。今回の研究結果から,EGFR・Her-2 デュアル阻害剤の有効性が改めて検証されたと共に,デュアル阻害剤のテンプレートとして,キナゾリン環に代わる新たなピリミジン-フェニルアセチレン構造を見出すことに成功した。本研究成果は,有効な抗癌作用を示す新規デュアル阻害剤の創薬研究における化学的基礎基盤を提供するものと考えている。

図1

図2

図3 (1)へテロ環母核の探索 (2)新規母核を基軸とした各ファーマコファの探索

表1 ヘテロ環の探索とスペーサー位置の最適化

表2 ピリミジン誘導体のスペーサー置換位置の最適化

図4

表3 ピリミジンン5 位のスペーサーと親水性構造の最適化

表4 5 位アルケン上置換基の最適化

図5 化合物57 のADME 特性

図6 in vivo 活性評価

(T/C:薬剤投与群の腫瘍体積/非投与群の腫瘍体積)

審査要旨 要旨を表示する

鈴木尚之は「新規EGFR・Her-2 デュアル阻害剤の創薬研究」と題し、以下の研究をおこなった。

受容体型チロシンキナーゼである,上皮成長因子受容体EGFR(ErbB1)およびHer-2(ErbB2)は,幅広い種類の癌細胞の増殖,浸潤,転移に重要な役割を担っていることから,これら受容体を阻害する化合物は有望な抗癌剤として注目されている。鈴木は,EGFR とHer-2 を同時に阻害するデュアル阻害剤Lapatinib(図1)に着目し、Lapatinib を起点とした構造活性相関研究により,有効性の高い新たなEGFR・Her-2 デュアル阻害剤の創製を目指した。

既に承認されている3 つの低分子EGFR 阻害剤(Lapatinib,Erlotinib,Gefitinib)の構造から,EGFR・Her-2 デュアル阻害剤には,(1)4-アニリノキナゾリン骨格,(2)キナゾリン6 位置換基(スペーサー+極性基),(3)アニリンパラ位の脂溶性置換基という3つのファーマコファが必要であると考えた。しかし,EGFR あるいはHer-2 阻害作用を有するキナゾリン誘導体は、既に特許が多数出願されていたことから,キナゾリン構造を保持しながら新たな阻害剤を創出することは、困難が予想された。そこで鈴木は,母核をキナゾリン以外のヘテロ環構造に変換することで、薬物動態や安全性の向上した新規な阻害剤の創製を目指した。ヘテロ環骨格については,図2 アニリン側鎖をHer-2 阻害活性に有利なLapatinib 側鎖に固定して探索し、そこで見出された構造に対し、アニリン側鎖やスペーサー、親水性官能の最適化を検討する方針を定めた(図2)。

アニリン側鎖をLapatinib に固定したヘテロ環骨格の探索を実施した結果、ピリミジン誘導体が、比較的良好なEGFR・Her-2 デュアル阻害活性を示すことを見出した(図3)。4-アニリノピリミジン誘導体は、EGFR あるいはHer-2 阻害剤としては新規の構造であったことから、母核としてピリミジン構造を採用することに決め、次に6 位の置換基効果を検討した。その結果、6-メチルピリミジン体が、高いEGFR・Her-2 デュアル阻害活性を示すことが明らかとなった(図3)。ピリミジン6 位は、メチル基より大きな置換基では活性が大きく低下することから、周辺は空間的余裕が小さいと考えられた。一方で、5位はエチル基を導入しても、活性が保持されたことから、ファーマコファの一つであるスペーサー構造については、5 位に導入することが可能と考え、検討を進めた。

スペーサー構造については、EGFR とLapatinib との共結晶から、平面的な置換基が適していると考え、アルケンおよびアルキン構造について検討を行い、脂肪族アルキン体3 およびアクリルアミド体4が、高いEGFR・Her-2 デュアル阻害活性を示すことを見いだしたが、乳癌細胞の1 種であるBT474細胞に対するin vitro 抗腫瘍活性は、IC50 値が約1μMと、酵素阻害活性との乖離が大きいことが判明した(図4)。一方、フェニルアルキン体5 およびスチレン体6 は、活性が中程度でありながら、EGFR、Her-2 阻害活性とBT474 阻害活性の乖離が小さかった。そこで鈴木は、酵素系と細胞系の乖離が最も小さいフェニルアセチレン誘導体について、更に最適化を進めた結果、Lapatinib と同等以上のinvitro 抗腫瘍活性を示す化合物7 および8 を見出した(図4)。

最も抗腫瘍作用が強かった化合物8 は,全体的に良好な薬物動態特性を示した。またマウスを用いたin vivo モデルでは,20 mg/kg の経口投与において、Lapatinib と同等の抗癌作用を示すことが明らかとなった(癌細胞増殖抑制率:化合物8 = 44%、Lapatinib = 43%)。

以上鈴木は,抗癌薬を指向した新規EGFR・Her-2 デュアル阻害剤の創薬研究を行い,Lapatinib よりin vitro 抗腫瘍活性と薬物動態特性が改善し,良好なin vivo 抗癌作用を有する新規ピリミジン誘導体8 を見出した。本研究成果は,有効な抗癌作用を示す新規デュアル阻害剤の創薬研究における化学的基礎基盤を提供するものと考えている。

以上の業績は、薬学分野における医薬品化学の進歩に有意に貢献するものであり、薬学(博士)の授与に値するものと考えられる。

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