学位論文要旨



No 217807
著者(漢字) 近藤,智嗣
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,トモツグ
標題(和) 博物館における重畳型展示のコンテンツ開発と行動分析による評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 217807
報告番号 乙17807
学位授与日 2013.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第17807号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 准教授 苗村,健
 東京大学 講師 谷川,智洋
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,博物館の展示解説に複合現実感技術を応用することで,従来の展示解説の問題点を改善し,複合現実感の特性を活かした展示手法を提案するものである.本研究における「重畳型展示」とは,複合現実感技術によって解説情報等を「展示資料に重畳」させる展示手法と定義し,複合現実感展示の中でも,展示室等の空間に情報を表示する展示とは区別する.本研究で対象とする展示資料は,恐竜等の古脊椎動物の骨格標本で多様な形態の骨格標本を対象とした.研究方法としては,これらの骨格標本を対象とした重畳型展示のコンテンツを開発して展示実験を行い,その評価として,質問紙調査だけでなく体験者の移動ログを記録し行動分析する方法をとった.

本論文は7章から構成されている.第1章は序論として研究の背景と目的,第2章は重畳型展示の要件抽出,第3章は本研究で実施した重畳型展示とその評価,第4章から第6章は展示実験と行動分析で,第7章は各章のまとめとして展示解説への提案と残された課題を述べた.第4章から第6章の実験については,第4章は第3章を踏まえた実験,第5章と第6章は第4章の実験結果を踏まえた実験となっている.以下に各章の概要を述べる.

第1章 序論

従来の解説機器の中で映像情報を伴うものとしては,情報KIOSK端末や携帯端末等が多く使われている.しかし,これらの解説機器および解説方法には次のような問題点がある.1)展示資料と解説情報が空間的に乖離しているため,眼前の展示資料と端末のディスプレイを交互に見なければならない.2)資料の部位を指示して解説することが困難である.3)見学者が見学している立ち位置に合わせた解説情報を提示することが困難である.これらの問題点は,いずれも複合現実感技術によって,3DCG等による解説情報を展示資料に3次元的に位置づけることで改善が可能であると考えられる.

本研究の目的は,従来の解説機器の問題点を改善し,複合現実感の特性を活かした展示手法を提案することである.研究対象とする展示資料は,恐竜等の古脊椎動物の骨格標本で,10cmほどの骨格の破片から全長20mほどの全身骨格までの多様な形態の骨格標本であった.本研究では,これらの骨格標本を対象としたコンテンツを開発し実証実験を行った.特にコンテンツの評価に研究の重点を置き,提示情報と体験者の行動の関係を体験者の行動ログから分析した.この結果は,基礎データとしてコンテンツ開発の指針とするものである.

第2章 解説メディアとしての重畳型展示の要件

第2章では,解説メディアとしての重畳型展示の要件を抽出するための検討を行った.まず,展示資料と解説情報を融合した従来の展示メディアと重畳型展示を比較し,重畳型展示の特徴を示した.また,複合現実感展示の現状調査からは,複合現実感による展示であっても重畳型の事例は少ないことがわかり本研究の意義が示された.次に,重畳型展示のシステム面の要件を設置形態と展示空間の規模から抽出し,コンテンツ面の要件をコンテンツの種類やオーサリングツールの機能から抽出した.さらに,ハンドヘルドPCを使用した複合現実感展示を予備実験として行い,その質問紙調査による結果からも重畳型展示の要件を抽出した.抽出された要件は,第3章以降の重畳型展示システムおよびコンテンツ開発の指針とした.

第3章 重畳型展示の実施と評価

第3章は,本研究において博物館で実施した重畳型展示の評価である.対象とした骨格標本は,角竜類のフリルの10cmほどの破片,全長約1.6mの小型植物食恐竜の全身骨格,全長21mの魚竜の頭骨,全長15mの水生爬虫類と全長19mの水生哺乳類の2体の全身骨格の比較,全長約7mの獣脚類の全身で姿勢が旧学説で組み立てられた骨格等,博物館の展示で想定される多様な形態の骨格標本を対象とした.展示体験後に質問紙調査を行った結果,展示資料と解説情報の空間的な乖離の問題については改善が示された.また,体験者の満足度は高く,次に標本を見る時の観点を示すのに有効であることが示唆された.これらの実践例をさらに向上させる指標を得るため,第4章から第6章では,コンテンツの主観的な評価だけでなく,体験者の体験時の行動を分析することにした.

第4章 展示体験時の移動行動の特徴

第4章から第6章は,第3章の結果を踏まえた重畳型展示の行動分析による評価である.第4章の実験は,全長約1.6mの小型植物食恐竜の骨格を対象としたコンテンツを体験するものであった.体験者は立体視のハンドヘルドディスプレイを持ち,移動しながらの体験が可能である.本章では,この体験時の体験者の移動軌跡を分析し,移動と提示映像の関係を考察した.その結果,1)コンテンツ内の映像の提示表現が体験者の移動行動に影響を及ぼしている可能性があること,2)体験時にほとんど移動していない体験者もおり,移動しながら観察できるという複合現実感の特性が活かされていないこと等が明らかになった.この結果を踏まえて,第5章では解説映像情報の違いが行動に及ぼす影響を調査する実験,第6章では体験者が移動する時のガイド機能をコンテンツに付加し,ガイド機能が行動に及ぼす影響を調査する実験を行うことにした.

第5章 解説映像情報が体験者の行動に及ぼす影響

第5章では,全長約7mの大型恐竜の骨格を対象にしたコンテンツを開発し,実際に科学館の企画展で約2ヶ月間実施した.骨格標本が大型のため約6m離れた地点から体験する方式とした.体験者が標本に近づく等の立ち位置を変えることはできないため,体験者の左右を見る行動を分析した.第4章の実験で,コンテンツ内の映像の提示表現が体験者の移動行動に影響を及ぼしている可能性があったため,この実験では解説内容は同じだが提示映像が異なる2種類のコンテンツを用意して比較実験した.その結果,両群の内容理解には差がなくても左右を見る行動には差が生じていた.このことから,提示映像によって体験者の視線を誘導できる可能性が示唆されコンテンツ開発の指針となった.

第6章 展示ガイド機能による誘導の効果

第6章では,第4章と同じ小型植物食恐竜の骨格標本を対象とする別のコンテンツを開発した.コンテンツには,1)標本に接近して部位を観察する要素が複数あることと,2)観察に適した位置に体験者を誘導するガイド機能を付加したことが本コンテンツの特徴である.体験者は標本の部位を観察するために体験中に移動する必要があるが,実験では,ガイド機能の有無によって移動が異なるかを行動分析して比較した.その結果,ガイド機能によって体験者が適切な位置へ誘導される効果が認められた.また,最適な見学位置へ移動した体験者であっても,ガイド機能無し群では,解説部位への注視率が低いことがわかった.このことは,ガイド機能を入れることで,移動を促すだけでなく,注視率が高まる効果があることを示唆し,今後の効果的なコンテンツを開発する際の指針となった.

第7章 結論と今後の発展

第7章は,研究のまとめとしての重畳型展示の提案と残された課題である.従来の解説機器の問題点であった1)展示資料と解説情報の空間的な乖離については,第3章の実践と第4章から第6章までの実験の質問紙調査から改善できたと判断できた.2)資料の細部の位置を指示して解説することが困難ということについては,特に第6章のコンテンツにおいて恐竜の骨盤という細部の解説を重畳型展示で実験を行った.その結果,わかりやすさについての高い評価が得られ,新たな展示解説の表現方法の可能性を見出すことができた.3)見学者が見学している立ち位置に合わせた解説情報を提示することが困難ということについては,移動可能という複合現実感の特性を活かすことで可能となる.しかし,第4章の実験からは,移動可能であっても体験者の移動が消極的である場合が多いということが明らかになった.そのため,第6章では,移動のきっかけを体験者に与えるガイド機能をコンテンツに付加して実験を行い,ガイド機能の効果があることを実証した.その他,映像の表現方法の違いが体験者の行動に影響を及ぼしていることが,第4章と第5章の実験から示唆され,今後のコンテンツ開発の指針となった.

残された課題としては,多数の見学希望者に対応する運用面の課題等があった.体験者のレベルに応じたコンテンツの提供や同時に複数人が体験できるコンテンツの設計である.前者はコンテンツの選択方法を検討すれば解決できる.後者については,1人体験と2人体験の行動軌跡を比較した結果,2人体験の場合は行動が制限されていることが確認された.特に第6章の実験のように標本の細部を観察するコンテンツの場合には,シーンの順序を変えるなどの仕組みが必要である.本章では,これらの点についても言及し,今後のコンテンツ開発のガイドラインとなるようにまとめた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「博物館における重畳型展示のコンテンツ開発と行動分析による評価に関する研究」と題し,重畳型表示を用いる複合現実感技術を応用することで,博物館の展示解説を向上する実践的な取り組みをまとめるとともに,骨格標本を対象として開発したコンテンツの展示実験を通して体験者の質問紙による調査と移動ログを記録した行動分析を行ったものであり,7章よりなる.

第1章は「序論」であり,博物館における展示の役割についてまとめるとともに,従来の展示手法の問題として,展示と解説の乖離,局所的な解説の困難,見学者の位置を考慮した解説提示の困難といったことを指摘している.これらの問題が,重畳型表示を用いた複合現実感技術により解決できるという方針を示している.

第2章は「解説メディアとしての重畳型展示の要件」と題する.既存の展示事例を調査するとともに,設置形態,展示空間の規模,コンテンツの種類やオーサリングツール,予備実験での知見から重畳型展示についてまとめ,解説メディアとしての重畳型展示の要件を論じている.これらの要件は,システム面,コンテンツ面の双方に及ぶものとなっている.

第3章は「重畳型展示の実施と評価」と題し,骨格標本を用いた重畳型展示の開発と実施について論じている.骨格標本としては,角竜類のフリルの10cmほどの破片,全長1.6mの小型植物食恐竜の全身骨格,全長21mの角竜の頭骨,全長15mの水生爬虫類と全長19mの水生哺乳類,全長7mの獣脚類等を対象とした.展示体験後の質問調査の結果,重畳表示により,展示資料と解説の空間乖離については改善でき,体験者の満足度は高いことが確認できた.

第4章は「展示体験時の移動行動の特徴」と題し,重畳展示時の体験者の行動分析を行っている.全長1.6mの小型植物食恐竜の全身骨格のコンテンツにおいては,体験者は立体視のハンドヘルドディスプレイを持ち,移動しながらの体験を行う.その移動軌跡を記録し,分析し,移動と提示映像の関係を考察した.その結果,映像の提示が移動行動に影響を及ぼしている可能性を確認するとともに,体験時にほとんど移動しない体験者もいること,映像のインパクトで解説が必ずしも記憶に残らない等があきらかとなった.

第5章は「解説映像情報が体験者の行動に及ぼす影響」と題し,全長7mの大型恐竜の骨格を対象にしたコンテンツを科学館にて2か月間実施し,その大型標本に対して,解説内容は同じで提示位置の異なる映像を2種類用意して,体験者の左右をみる行動を分析した.両群の内容理解には差はないものの,左右を見る行動には差が生じていることを確認し,体験者の視線誘導が行われることを確認した.

第6章は「展示ガイド機能による誘導の効果」と題し,4章の小型恐竜に対するコンテンツを改善し,ガイド機能に着目した実験を論じている.ガイド機能により,体験者が適切な位置に誘導される効果がたしかめられた.また,最適な位置へ移動した体験者であっても,ガイドの無い場合には,解説部位への注視率が低いことが認められ,ガイド機能の有効性が確かめられた.

第7章は「結論と今度の発展」であり,本論文で得られた知見をまとめるとともに,今後の課題を,重畳展示,コンテンツ,運用面の3点からを述べている.

以上これを要するに,本論文では,博物館の骨格標本展示において,重畳型表示という複合現実感技術をとりいれた解説コンテンツを開発する実践的な取り組みを論じ,体験者の行動を詳細に解析したものであり,今後のコンテンツ開発の指針としての寄与が期待され,電子情報学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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