学位論文要旨



No 217808
著者(漢字) 山本,伸一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,シンイチ
標題(和) クライオプレートを用いた栄養繁殖性作物遺伝資源の超低温保存法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217808
報告番号 乙17808
学位授与日 2013.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17808号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 柴田,道夫
 東京大学 特任准教授 大島,研郎
 東京大学 特任准教授 山次,康幸
 農業生物資源研究所 上級研究員 新野,孝男
内容要旨 要旨を表示する

植物、微生物、動物細胞など生物遺伝資源を長期間、安定的に安全に保存することは、ライフサイエンスの学術研究基盤を支える生物多様性を維持する上で非常に重要である。微生物および動物細胞では超低温での保存が一般的であるが、植物の場合多くの種で種子による保存が行われており、野生種ではミレニアムシードバンク、食料農業遺伝資源である作物では世界各国のジーンバンクで保存が進められている。しかし、植物の中には種子による保存が困難もしくは不適切なものがあり、その一例として、無性的に栄養体を増殖して利用するイモ類、果樹などの栄養繁殖性作物があげられる。その遺伝資源は通常圃場栽培で維持される。そのため、保存用の圃場や栽培管理の手間など維持管理コストが高く、天候災害や病虫害による滅失のリスクに常にさらされているなど、長期間にわたる保存には問題点がある。組織培養による容器内の保存も可能であるが、この場合も継代の手間やコスト、長期培養での体細胞変異の発生の可能性など長期保存には問題がある。一方、茎頂など植物体の一部を-135℃以下の超低温で保存する手法は維持管理の容易さや遺伝的安定性が保たれることなどから、低コストで安定的に保存が可能な長期保存に適する方法であり、現在まで多くの研究が行われている。しかしながら、日本も含め各国ジーンバンクでの実際の利用はあまり進んでいない。その理由の一つとして、開発されてきた方法は実験室レベルでの手法で、大規模に超低温保存を行う事業保存に適していなかった点があげられる。本研究では超低温保存を事業レベルで行うため、迅速かつ簡便に実施できる標準的な手法の確立を目指して、アルミニウム製のプレートを用いた新規の超低温保存法を開発するとともに、その適用作物種の拡大を図るためにその応用と標準化とを試み、長期保存への利用を検証した。

1.アルミニウム製クライオプレートを用いた超低温保存法の開発

超低温保存用のアルミニウムの小片を考案してクライオプレートと新称し、これを用いた超低温保存法の開発を行った。クライオプレートは、この上に茎頂を固着させ脱水処理等の溶液処理を簡便にするため、および急速冷却・加温を可能にするために考案した。クライオプレートは凹みの直径の異なる2種類を作成し、固着作業、処理時の茎頂の脱落等を考慮し、作業のしやすいものを選択した。ジョチュウギクの培養茎頂を用いて処理条件を検討し最終的に開発した超低温保存法は以下の通りである。茎頂は0.5 Mショ糖を添加したMS培地上で5℃、20-40日間低温順化した。茎頂とその基部を含む茎頂部を培養シュートより切り出し、0.5 Mショ糖を含むMS培地上で、5℃で2日間前培養した。前培養した茎頂部は10穴の凹み(直径1.5 mm、深さ0.75 mm)を持つクライオプレート(7 mm × 37 mm × 0.5 mm)に置き、アルギン酸ゲルで埋め込んだ。脱水耐性付与は茎頂を固着したクライオプレートを1.4 Mショ糖を含むローディング液(LS液)に30分間浸漬して行った。脱水は植物ガラス化液のPVS 7M液に移し替え、40分間浸漬して行った。液体窒素(LN)で急速凍結した後、クライオプレートに固着した茎頂を1 Mショ糖溶液に投入して加温し再生育させた。この方法を用いて系統「28v-75」の超低温保存した茎頂の再生育率は77%に達した。このプロトコルはジョチュウギクの他の6系統にも適用でき、65~90%と高い再生育率を得た。以上の結果から新規の超低温保存法は操作性に優れ、急速冷却・加温が可能などの利点があり、事業用途で実用的に利用可能と考えられ、クライオプレート法と命名した。

2.クライオプレート法の他植物への応用

前章において開発したクライオプレート法の応用可能性を検討するために、ミント、イチゴ、熱帯産クワ、バレイショの培養茎頂を用いて、手法の適用可否および、最適処理条件の検討を行った。

1)ミント

香料作物の代表例として、超低温保存の比較的容易なミント培養茎頂を用いて各手順の最適処理条件の検討を行い、以下の手法を確立した。(1)最終継代後25℃で7~14日間培養したシュートから茎頂部を摘出し、25℃で1日前培養した。(2)前培養した茎頂をクライオプレートに置き、アルギン酸ゲルに埋め込んだ。(3)脱水耐性付与として茎頂を固着したプレートを0.8 Mショ糖を含むLS (0.8 M LS)液に25℃で30分間浸漬した。(4)脱水処理は同プレートを植物ガラス化液であるPVS2液に25℃で20分間浸漬した。(5)その後、同プレートをクライオチューブに移動し、蓋はせず直接LN中に投入し保存した。(6)再生育時にはLN中から、同プレートを取り出し、室温で1 Mショ糖溶液に浸して行い、茎頂を培地に置床し培養した。この方法を用いたところ、系統「福山自生」の超低温保存した茎頂の再生育率は90%以上に達した。この最適化した条件は他の16点のミントにも適用でき、73~100%と高い再生育率を達成した。

2)イチゴ

果菜類における実施例確立のため、イチゴを用いてクライオプレート法の適用を検討した。低温処理後に摘出したイチゴ培養茎頂を試料として、PVS2液による脱水処理時間および前培養期間と再生育の関係を検討するとともに、脱水耐性付与処理におけるLS液のショ糖濃度と処理時間の再生育への影響について検討した。その結果最適条件は、前培養が5℃で2日間、脱水耐性付与処理は0.8 M LS液に25℃で30分間、また脱水処理はPVS2液に25℃で50分間となった。得られた最適条件を利用して15点のイチゴ遺伝資源のLN保存後の再生育を検討した結果、再生育率は70~97%で平均81%であった。

3)熱帯産クワ

木本植物における代表例として、熱帯・亜熱帯原産のクワについてクライオプレート法の手順の最適化を検討した。工程中で最も再生育に影響を与える脱水処理におけるPVS2液への浸漬時間と脱水耐性付与処理でのLS液ショ糖濃度の再生育への影響を調査した。系統「奄美07」から剖出し前培養した培養茎頂を用いた結果では、脱水耐性付与処理は0.6 M LS液に25℃で30分間浸漬して行い、PVS2液で25℃、50分間脱水処理することで、LN保存後の培養により100%近い再生育率が得られ、最適条件とした。この条件を利用して12点のクワ遺伝資源の超低温保存後の再生育を調査した結果、再生育率は73~97%で平均87%であった。

4)バレイショ

根茎性作物での実施例確立のため、全世界で最も重要なイモ類であるバレイショについてクライオプレート法の適用を検討した。低温処理を行わなくても0.3 Mショ糖を加えたMS培地で25℃、1日前培養することで良好な結果が得られたため、茎頂の大きさ、LS液のショ糖濃度とPVS2処理時間を検討し、1.5 mmで茎頂を切り出し、0.8 M LS液中で30分、PVS2液で30分処理する条件を最適条件とした。この最適条件により12点のバレイショ遺伝資源の超低温保存後の再生育を検討した結果、再生育率は93~100%で平均99%であった。

以上の結果から、クライオプレート法は、前培養、脱水耐性付与処理、脱水処理を中心とした条件を最適化することにより高い再生育率が得られ、広範な作物種に適用できることが実証された。

3.クライオプレート法の標準化プロトコル

前章までに各作物種での手法を最適化するためには低温処理の有無、前培養条件の設定、LS液のショ糖濃度と処理時間、PVS2液の処理時間を決定する必要があることを述べた。そこで、新規に他種植物へ応用するためのガイドラインとなる標準化プロトコルを以下のように提案した。上記のパラメーターを固定した予備実験を行い、LN保存後の生存がない場合は低温順化を行い、その期間を決めるとともに前培養条件を検討し、再生育が得られる条件を決定する。LN保存後の生存が見られた場合には、脱水処理および脱水耐性付与処理の最適条件を検討する。これにより、効率的な最適条件の決定が可能になると期待される。

4.クライオプレート法の事業化の可能性

クライオプレート法が多くの作物種に適用可能であり、標準化できることが示されたため、長期保存事業への組込の検討を行った。クライオプレートにより習熟度の低い技術者によっても容易にガラス化処理が可能となることが確かめられた。さらに、長期保存のための設備、器具等を検討し、長期保存作業が容易に簡単にできる体制を構築した。クライオプレート法は他の手法に比べ様々な面で長所が見られた。特に再生育率については他の手法に比べ高く、この理由としては急速冷却・加温が可能なことが考えられた。一方、クライオプレートを用いることにより、1回の操作で多くの茎頂が処理でき、かつLS液およびPVS2液の溶液処理における操作が容易になり,操作中に茎頂が受ける損傷が軽減され高い再生育率を得ることができた。以上の結果から,クライオプレート法は,ジーンバンク等における遺伝資源の標準的な超低温保存プロトコルとして実用的に利用可能であると考えられた。

以上を要するに、本研究では栄養繁殖性作物の培養茎頂を簡便かつ大規模に超低温保存できる保存法を開発した。すなわち、茎頂を固着させることができるアルミニウム製のクライオプレートを考案して新規の超低温保存法を開発し、クライオプレート法と命名した。また、ミント、イチゴ、熱帯産クワおよびバレイショ等を材料として手法の適用を検討した結果、各々の手順の最適条件を得て実際非常に高い再生育率を得ることができた。従来法と比べ再生育率が高く、操作性に優れ、急速冷却・加温が可能なことを明らかにし、標準的なプロトコルを示した。さらにクライオプレート法による長期保存法の実践に向け、マニュアル化を行った。以上のように、今回開発したクライオプレート法がジーンバンク等における事業保存に十分利用可能であることを証明し、事業化を開始した。

審査要旨 要旨を表示する

植物、微生物、動物細胞など生物遺伝資源を長期間、安定的に安全に保存することは、ライフサイエンスの学術研究基盤を支える生物多様性を維持する上で非常に重要である。微生物および動物細胞では超低温での保存が一般的であるが、植物では多くの場合、種子による保存が行われている。しかし、植物の中には種子による保存が困難もしくは不適切なものがあり、その一例として栄養繁殖性作物があげられる。栄養繁殖性作物は無性的に栄養体を増殖して利用するイモ類、果樹などの作物であるが、その遺伝資源は通常圃場栽培で維持される。そのため、保存用の圃場や栽培管理の手間など維持管理コストが高く、天候災害や病虫害による滅失のリスクに常にさらされているなど、長期間にわたる保存には問題点がある。

茎頂など植物体の一部を-135℃以下の超低温で保存する手法は維持管理の容易さや遺伝的安定性が保たれることなどから、低コストで安定的に保存が可能な長期保存に適する方法であり、現在まで多くの研究が行われている。しかしながら、日本も含め各国ジーンバンクでの実際の利用はあまり進んでいない。その理由の一つとして、開発されてきた方法は実験室レベルでの手法で、大規模に超低温保存を行う事業保存に適していなかった点があげられる。本研究では、超低温保存を事業レベルで行うため、迅速かつ簡便に実施できる標準的な手法の確立を目指して、アルミニウム製のクライオプレートを用いた新規の超低温保存法(クライオプレート法)を開発するとともに、その適用作物種の拡大を図るためにその標準化と応用を試みた。

1.アルミニウム製クライオプレートを用いた超低温保存法の開発

本研究では、まずアルミニウム製のクライオプレートを試作し、これを用いた超低温保存法(クライオプレート法)の開発を行った。クライオプレートは凹みの直径の異なる2種類を作成し、固着作業、処理時の茎頂の脱落等を考慮し、作業のしやすいものを選択した。ジョチュウギクの培養茎頂を用いて処理条件を検討したところ、65~90%と高い再生育率を得ることができた。また、クライオプレート法は操作性に優れ、急速冷却・加温が可能などの利点があり、事業用途で実用的に利用可能と考えられた。

2.クライオプレート法の他植物への応用、および標準化の検討

開発したクライオプレート法の標準化を図るために、ミントの培養茎頂を用いて、材料の準備、茎頂の摘出、前培養、茎頂のプレートへの固着、脱水耐性付与処理、脱水処理、LN浸漬・保存、加温、再培養等の各手順について最適条件を検討した。その結果、系統「福山自生」のミントを超低温保存した茎頂の再生育率は90%以上に達し、また他の16系統のミントにおいても73~100%と高い再生育率を達成した。

また、他植物にも適用可能なプロトコルを作成するために、イチゴ、熱帯産クワ、バレイショについてもクライオプレート法の最適条件を決定した。これらの結果から、前培養、脱水耐性付与処理、脱水処理を中心とした条件設定を行うことによりクライオプレート法の最適条件を決定する標準的なプロトコルを提案した。

3.長期保存事業としてのクライオプレート法の可能性

クライオプレート法が多くの作物種に適用可能であることが示されたため、長期保存事業への組込の検討を行った。その結果、クライオプレートにより習熟度の低い技術者によっても容易にガラス化処理が可能となることが確かめられた。さらに、長期保存のための設備、器具等を検討し、長期保存作業が容易に簡単にできる体制を構築した。クライオプレート法は他の手法に比べ様々な面で長所が見られた。特に再生育率については他の手法に比べ高く、この理由としては急速冷却・加温が可能なことが考えられた。また、クライオプレートを用いることにより、1回の操作で多くの茎頂が処理できかつ、操作中に茎頂が受ける損傷が軽減され高い再生育率を得ることができた。以上の結果から,クライオプレート法は,ジーンバンク等における遺伝資源の標準的な超低温保存プロトコルとして実用的に利用可能であると考えられた。

以上を要するに、本研究ではアルミニウム製のクライオプレートを利用して栄養繁殖性作物の培養茎頂を簡便かつ大規模に超低温保存できる保存法を開発した。従来法と比べ再生育率が高く、操作性に優れ、急速冷却・加温が可能なことを明らかにした。また、最適条件決定のための標準的なプロトコルを提案した。さらにクライオプレート法を用いた、長期保存法の実践に向け、マニュアル化を行い、ジーンバンク等における事業保存に十分利用可能であることを実証した。これらの成果は、学術上また応用上きわめて価値が高い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク