学位論文要旨



No 217809
著者(漢字) 馬郡,文平
著者(英字)
著者(カナ) マゴオリ,ブンペイ
標題(和) 既存建物における省エネルギー・CO2削減のためのリアルタイムモニタリング及び最適化制御に関する開発研究
標題(洋)
報告番号 217809
報告番号 乙17809
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17809号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 講師 川添,善行
内容要旨 要旨を表示する

背景と学術的課題

既存建築を使用することに起因する化石燃料使用量は、一国の30%〜50%を占めている。非再生可能エネルギーの有効活用や、CO2ガス排出量を抑制するためには、既存建築におけるエネルギー使用量の抑制を図ることは、地球規模で重要である。既存建築におけるエネルギー使用量を抑制するための技術的手段及びそれを支える理論は成熟し、また日々様々な省エネルギー技術が開発されている。しかしながら、既存建築の物理的様態や使用様態は極めて多様であり、個々の建築の条件に応じた「使い方」の継続的改善を展開していくことが必要になる。そのためには、個々の建築の「使われ方」にかかわる情報・データが収集され、解析されなければならない。だが、このようなデータ・情報が収集・解析する手段が確立・普及していなかったために、十分な工学的検討を経ないままに、直観的判断を交えながら、手探りで「使い方」の改善をはかることが一般的であった。

本論文は、以上のような現状を踏まえて、既存建物における省エネルギー・CO2削減のためのリアルタイムモニタリング方法を開発するとともに、モニタリング・データをもとに建築設備などの制御を最適化する手法を開発することを目的としたものである。

本論文は、筆者がモニタリング・システムを設計し、これを既存建物に実装し、モニタリング・データの収集・解析、建物の運用改善というプロセスを繰り返すことによって上記手法にかかわる理論を構築しようとするものである。

開発研究の目的

既存建物において省エネルギー・CO2削減を実施するためには、定量的なデータによるエネルギー使用の実態把握が課題を把握するために必要である。また必要とされる「建物情報」、「エネルギー情報」、「運用情報」が欠落している場合、簡便にかつ経済的に継続的に取得する仕組みが求められている。また、取得されたデータは目的のために分析され、エネルギー使用実態や課題を解り易くするための「視える化」を行う「仕組み」が重要である。

さらにグラフ化、統計処理、評価等によって、簡便に課題を抽出し、その抽出した課題と解決策の関連付けを判定する「仕組み」と「方法論」が求められる。この「仕組み」は、変化する環境をとらえて、常に省エネルギーやエネルギーの効率的な利用に最適な解決策を選択し、決定するために必要とされる「仕組み」であり「方法論」である。実際のフィールドにおいて構築した開発技術を活用し、統合的なエネルギーマネジメント手法を提案する。この「仕組み」を構築し、「方法論」を明らかにすることを開発研究の目的とする。具体的には以下に示す。

本開発研究は、(1)無人もしくはエネルギー専任の管理者が不在な既存建物や(2)専任のエネルギー管理者のいない組織(もしくは、ステークホルダーが多く省エネルギー・CO2削減の意思決定が組織)において、省エネルギー・ CO2削減をスムーズに実現することを可能するための技術的課題の解決、新しい仕組みの構築(具体的には以下)、その仕組みを使ったエネルギーデータの取得から、分析、評価、解決策の選定までの一連の流れをもつ仕組みの検証を目的とする。(社会的課題1,2,3)(技術的課題1,3,4)

1)リアルタイム・データモニタリングの試作を行い、モデルを考案し、その開発研究の技術要素を明らかにする。(技術的課題2)

2)既存建物にエネルギーの「視える化」を導入する場合の効果と課題を整理し、導入事例より課題を抽出、理想的なアーキテクチャを考案し、エネルギー利用のためのシステム最適化の仕組みを提案する。(社会的課題2,3,4)

3) 社会基盤として有効活用されるために実装可能なアーキテクチャを考案し、良条件を整理する。運用中の建物に適用して統合的エネルギーマネジメントの仕組みを構築し、その効果と課題を整理する。 (社会的課題4,6)(技術的課題2)

4)エネルギーデータを活用し、省エネルギー・CO2削減を行うための最適化の仕組み、ロジック、アルゴリズム(自動制御、予測制御、AI制御等)を明らかにして開発・試行する。(技術的課題4)

5)データ分析結果とエネルギー最適化のための解決策との紐付けの仕組みを考案し、アルゴリズムを明らかにする。 (社会的課題6)

6)上記に関して、実際に運用している建物に導入して、研究開発内容を検証し、その実行性を評価する。(技術的課題4)

開発研究されたシステムの全体アークテクチャの特徴

「情報利用者(ユーザー)」は、"建物を所有する経営者"、"総務・財務担当者"、"ファシリティーマネジャ"、"技術担当者"、"環境部門担当者"、"施設管理者"等の建物の日常の運用や投資改善に関係するステークホルダーである。「情報利用者」は、エネルギーの有効活用に関してのステークホルダーであり、組織により関連するステークホルダーは異なる。視える化されたエネルギー情報と改善効果等を把握する。「情報サービス提供者」は、データ蓄積・分析・評価を行う。もとになる情報は、「データの発信基」より収集されるセンサーや機器等の情報であり建物の環境や設備に関する計測、監視、制御等の情報である。対象は、さまざまな用途の建物群、様々な設備システムである。開発されたシステムを「リアルタイム・データモニタリングシステム」と呼ぶ。「情報サービス提供者」は、インターネットを介してステークホルダーに必要な情報をサービスする。建物群からの情報を取得し、「情報利用者」に必要な情報に加工して情報をタイムリー送り、場合によっては建物の使い勝手を変更する指令等を出すことも可能である。さらに、エネルギー管理者が不在な場合には、自動制御が可能である。「情報利用者」は、専門も異なり、組織における意思決定内容も異なる。しかしながら、必要な情報を相互に共有できる。同じセンサーからの情報を目的や活用方法も異なる場合でも利用可能である。そのためには、「情報サービス提供者」は目的に応じた表示・分析・評価方法などの情報加工機能が求められる。開発された「リアルタイム・データモニタリングアーキテクチャ」には以下の機能が具備される。(1)データの視える化を自動的に行うための仕組み。(2)関係者と情報を共有し、エネルギー診断や分析による視える化を実現する仕組み。(3)「情報利用者(ユーザー)」は、建物や設備に設置されたセンサーからエネルギー使用量やエネルギーに関連データを自動取得し、データベースに蓄積されたデータを自動選択・抽出して、グラフ化と分析を行う。この結果、「情報利用者(ユーザー)」は、エネルギーの無駄や非効率などの課題を汎用的なWebブラウザで確認する。(4)同時に建築や設備の専門家による診断等の仕組みを構築し、さらにエネルギー利用の課題の発見や解決策を提案することが可能である。データを活用した専門的な機器運用のためのシミュレーションや専門的な評価も可能である。専門家の場合は、汎用的なWeb画面ではなく、データを再利用しやすい簡単にデータ抽出できるデータ・ダウンロード機能も求められる。システムを導入した対象管理建物には、各種センサー/計測機器/制御機器を必要に応じて設置した。さらに、(5)エネルギーの無駄を無くして(エネルギーミニマム)快適・便利に建物を使うための制御を最適制御と呼び、最適制御は、計測データを自動分析された結果を活用して継続して運用される。センサーデータは、蓄積・集計・グラフ化・自動分析・評価の手順で加工され付加価値のある情報サービスを形成できる。データを活用して最適制御を自動的に行う機能をAIコントロールと呼んだ。

開発研究された最適化制御(AIコントロール)のアルゴリズム

本アルゴリズムの特徴は、省エネルギー制御項目の優先順位や制御レベルを気象条件・天候、実測データより抽出した"予測デマンドモデル"を利用し、省エネルギーになっているかどうかを判断して、予測デマンドを建物の環境条件や利用条件に合わせたモデル別に策定し、現時点の実測と比較、モデルが当てはまらない場合にフィードバックしてさらに予測と実測が近づくアルゴリズムを有すことである。データ継続的に収集することで、より季節や使い勝手に対応した最適なデマンドモデルを選べることである。

従来は、個別の制御で単独で制御を行い、建物全体では結果を把握するだけ、部分最適と全体を相互かつ統合的に最適されていない。また、気象条件によって木目細かい建物使用状況を調整するようなデマンドモデルを想定していないため、制御目標が単一的であり主に設定されたピークを守ることに主眼が置かれている場合が多い。本デマンドモデルは実測データをもとに自動生成されるため、予測適応度を把握することにより、デマンドを予め予測し、木目の細かい制御が可能である。

アルゴリズムの流を以下に示す。主な手順は、(1)建物ごとに与条件を踏まえて、エネルギーの過去の実測結果よりデマンドモデルを選択・補正する。(2)選択された「予測デマンドモデル」に適応する「最適化制御」を選択する。あらかじめ制御ごとに設定された各パラメータを、選択された予測デマンドモデルを目標に調整される。(3)実測値と予測値を比較。(4)比較結果から各制御のレベルを調整するかもしくは、結果に差異が大きい場合にデマンドモデルを再選択するように自動的に見直す。

研究開発成果のまとめ

成果1(主に第3章)

リアルタイムモニタリングの基本フレームワークを明らかにした。

○試作による基本機能と動作確認/○4つの開発研究の技術要素を把握

成果2(主に第4章)

開発研究を実際の施設に導入し、「視える化」を実施、その導入効果と試作したシステムの課題を明らかにした。成果1の試作を実際のプロジェクトに適用し検討を行った。

○「視える化」手法の体系化と実施/○モニタリングデータを活用したエネルギーの無駄の特定/○改善による削減量の算定/○データ活用の応用例の検討

成果3(主に第4章)

社会基盤として有効活用されるための実装可能なアーキテクチャを考案し、適用条件を明確にするとともに総合的なエネルギーマネジメントについて、成果2の内容をもとに、実際のプロジェクトで実現した、リアルタイム・データ活用(情報利用)の技法を、さらに複数施設を保有する組織に導入し、どのような統合的なエネルギーマネジメントが可能か、社会基盤として成立するかに関して検討した。

○「視える化」を活用できる統合的なエネルギーマネジメントを実際の組織に適用し、実行性を検証、課題を抽出した。/○建築用途や組織の違いがあっても、適用できる基本的なアーキテクチャと適用が困難な要件を整理した。

成果4 (主に第5、6章)

時系列モニタリング・データを活用した最適化制御について、エネルギーの最適利用、高効率利用に関するアルゴリズムを明確にし、開発の適用範囲を明らかにした。成果2の内容をもとに無駄を何とか制御して減らせないか検討を行った。成果3の結果をもとに、エネルギー管理者不在建物を24時間365日マネジメントができないかに検討を行った。

○最適化制御アルゴリズムを明らかにし、適用範囲を検討した。/○予測制御アルゴリズムを明らかにし、適用範囲を検討した。/○AI制御アルゴリズムを明らかにし、適用範囲を検討した。

成果5(主に第5、6章)

データ分析と、その結果によるエネルギーの無駄の発見、無駄と解決策との関係性を特定する方法論を明らかにした。さらに関係性を特定するアルゴリズムを明らかにしそのための、データ利用と活用の流れを明らかにした。成果2の内容をもとに無駄を発見した場合に、改善策と関係性を分析結果から判断できないかを検討した。

成果6 (主に第7章)

リアルタイム・データモニタリングを活用し、最適制御、予測制御を実施する解決フローを明らかにし、実際の組織、複数施設に導入し、その適用範囲を明確にした。上記の成果4と5の内容をもとに、既存建物を改修し、最適制御に加えて、創エネ、自然エネルギー利用、省エネルギーの最適な組み合わせ利用を行うための解決フローも明らかにし、その適用範囲、課題を把握した。

主な今後の課題

学術的課題:建築の(リアルタイム)情報を活用し建築空間に変化を及ぼすような専門分野、建築におけるエネルギーデマンドマネジメント工学等、エネルギーの統合・分散制御関連する工学の学術分野の確立。/ゼロ・エネルギー・ビル、ゼロ・エネルギー・ハウスへの情報活用、制御への適用技術への体系化

技術上の課題:時系列リアルタイム・データを活用した統合的エネルギーマネジメント技術の体系化/社会システムとしての環境データ通信網の構築/データ利用と意味づけの標準化とオープン化/センサーの小型・無線化(自己電源化を含む)

要素研究における課題:建築用途と設備システムの対象を広げた、最適化・予測制御、分析の自動化(AIアルゴリズム、機械学習)に関する技術開発/専門家の経験を形式知としてしやすい仕組(アルゴリズム化、数式化)に関する技術開発

人材育成・普及における課題:エネルギー情報を拡大し、建築情報の全般的に扱い、データを活用した診断手法、マネジメント手法に精通する「(仮称)建築医」に例えるような専門的人材育成/建築や住宅における環境・省エネルギーのデータ活用と視える化、エネルギー最適利用システムの普及

審査要旨 要旨を表示する

既存建築を使用することに起因する化石燃料使用量は、一国の30%〜50%を占めている。非再生可能エネルギーの有効活用や、CO2ガス排出量を抑制するためには、既存建築におけるエネルギー使用量の抑制を図ることは、地球規模で重要である。既存建築におけるエネルギー使用量を抑制するための技術的手段及びそれを支える理論は成熟し、また日々様々な省エネルギー技術が開発されている。しかしながら、既存建築の物理的様態や使用様態は極めて多様であり、個々の建築の条件に応じた「使い方」の継続的改善を展開していくことが必要になる。そのためには、個々の建築の「使われ方」にかかわる情報・データが収集され、解析されなければならない。だが、このようなデータ・情報が収集・解析する手段が確立・普及していなかったために、十分な工学的検討を経ないままに、直観的判断を交えながら、手探りで「使い方」の改善をはかることが一般的であった。

このような現状を踏まえて、筆者は、既存建物における省エネルギー・CO2削減のためのリアルタイムモニタリング方法を開発するとともに、これらのデータを集計解析し、その解析結果をもとに省エネルギー対策を立案実行し、その実行結果を評価することによって、さらに効果的な対策を講じていくというヒューリスティックスな技術的手法を開発し、西暦2002年以降本論文の執筆に至るまでの間に、多種多様な建物での飛躍的な私用エネルギーの削減を実現している。

本論文は、筆者の以上のような技術実践的成果を踏まえ、そこで得られた経験的知見を体系化し、学術的知見として一般化することを目的としたものである。

第一章では、建築の使用エネルギーのモニタリング解析にかかわる社会的背景、技術の現況、学術の状況をレビューし、エネルギー使用データデータを取得、分析、評価、解決策する一連の技術プロセスにかかわる社会的、技術的課題を整理している。本論文の以下の章では、それらの課題の解決策の提示とその有効性の検証が展開し、以下のような学術的成果を生み出している。

1)試作や技術適用例に関する検討をもとに、エネルギー使用量にかかわるリアルタイム・モニタリング・システムの基本的枠組(アーキテクチャー)を示した。

2)エネルギー使用量データを活用したベンチマーキング及び「無駄」の特定手法

3)データ収集・解析・運用改善・評価をヒューリスティックに反復しながら、・能動的に建築の使用エネルギーを制御していくためのアルゴリズム

これらの学術的知見は、筆者らが開発実装してきた技術に理論的裏付けを与え、その普及発展に資することが期待される。学術的体系として完成させていくためには、さらに種々の課題が解決されなければならないものの、本論文が新規性のある分野を開拓している意義を有していること、手法が明確で、様々なエビデンスをもとに議論が展開されていることなどから、学位論文として求められる一定の水準に達していると認定される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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