学位論文要旨



No 217810
著者(漢字) 遠藤,薫
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,カオル
標題(和) 身の丈再開発の優位性と汎用性に関する研究 : リスクマネジメント能力を反映した低容積型市街地再開発事業の事業性の観点から
標題(洋)
報告番号 217810
報告番号 乙17810
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17810号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 城所,哲夫
 東京大学 准教授 瀬田,史彦
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的・背景

本研究は、リスクマネジメント能力ということを事業性の評価に反映させて、必ずしも高容積化にこだわらない市街地再開発事業の組立てに優位性と汎用性を見出すことを目的とした。

バブル経済の崩壊以降、悪化する事業環境を克服するために、高い容積率を追求し、補助金等の支援措置を拡充させてきたものの、景気の変動に翻弄されて破綻を来した事業が続出したことを受けて、大量の保留床処分の成否に命運を握られる市街地再開発事業の仕組みに疑問が投げかけられてきた。そして、保留床をいかに減らすかという点を中心として、数々の改善提案がなされてきたが、現実味が乏しいもの、市街地再開発事業の大きな可能性を切り捨てることになりかねないものも目立つ。これは、高い容積を追求することと事業性との関係を突き詰めていないので、容積を抑えるべきであるとした途端に、事業性が悪化することを甘受せざるを得ないという点が、これらの提案に共通していたからであり、そこには、リスクマネジメント能力ということを織り込んで、市街地再開発事業の破綻という事態、課題を分析し、その限界と可能性を掘り下げて考えるというアプローチが欠けていた。

本研究では、リスクマネジメント能力という観点を導入して、必ずしも高容積化にこだわらない市街地再開発事業の組立てに優位性がある場合があり、汎用性も高いことを示すことに取り組んだ。これによって、より有効な市街地再開発事業のあり方、活用方策を追求でき、都市再生を進める代表的な手法として発展させることができると考えた。

2.研究の視点

このため、(1)容積を単に量として捉えるのではなく、地価負担力という質を的確に反映して評価し、低容積化した場合でもその容積の質が高くなるという場合に、初めて合理的に低容積型再開発の優位性を示す可能性が生まれること、(2)リスクマネジメント能力が容積の質の大きな要素であり、これを開発利益の配分ということを通して、事業期間中の地権者の選択行動と施行者の対応ということを織り込んだ市街地再開発事業に固有のリスクマネジメントを扱うこと、(3)貴重な社会的資源である容積の使い方、補助金の補助効果も含めて、市街地再開発事業を社会的な投資機会として捉えることによって事業性の良否を評価するという三つの視点を用意し、(4)リスクマネジメントという観点も含めて最も事業性の高い再開発というように身の丈再開発を包括的に定義した。

このように市街地再開発事業のリスクマネジメントを扱い、身の丈再開発を定義することにより、高容積を追求する通常の組み立てをはじめとして様々な事業の組立てを一元的に取り扱うことができ、そこから事業の優位性を検討することによって、身の丈再開発が単なる特殊解ではなく、汎用性の高い事業の組み立てになることを示すことができる。

3.研究の内容

(1)前半の部(第2~第4章)

前半の部では、2010年までに事業完了した全国780地区の市街地再開発事業について、リスクマネジメントという観点から事業の実績、傾向を実証的に分析した。

まず、1969年に制定された都市再開発法の運用と度重なる改正、市街地再開発事業の実績を通観した。もちろん、法制定当初においてリスクマネジメントに対する意識は希薄であったのであるが、法制度の運用と事業展開のいわば慣性というものが、バブル経済崩壊を受けても速やかには修正できなかった。そして、ようやく2000年代に入ってリスクマネジメントという観点が浮かび上がり、いかに迅速に事業を進めるか、一方で、悪化する事業環境を克服するための主に住宅を主体とした高容積化の方向が顕著になってきたことをみた(第2章)。

これに続いて、その高容積化という実績を理論式に基づいて概観し、近年、市場のリスクマネジメントの要求を忠実に受け入れざるを得なくなるに従い、高容積化ということの効率が非常に悪くなってきていること、それを補完するかのように補助金が増大してきた傾向と、その導入効果が薄れてきていることを明らかにした(第3章)。

そして、近年の市街地再開発事業の実績から、新たな課題として、不動産の証券化という資金市場の要請にどのように応えるかということ、再々開発という事態に象徴される事業完了後の経営段階の施設構成の良否が事業開始時点の評価に反映されるので、関係者間の合意形成にも大きな影響を及ぼす可能性があることをみた。

その上で、特に近年、高い容積を追求することにはこだわらない低容積型再開発の実績が、特に地方都市を中心として上がってきているが、それらはまだ特殊解という性格が強いことを指摘した。そして、本来、身の丈再開発とは単なる特殊解ではなく、リスクマネジメント能力も含めた容積の質の高低を評価した上で、事業方式、地権者に対するアカウンタビリティ、そして高度利用という再開発の理念としての正統性という点から汎用性のある解答としなければならないことを考察した(第4章)。

(2)後半の部(第5~第7章)

後半の部では、容積の質を的確に反映したリスクマネジメントという観点から市街地再開発事業の事業性に関する理論的な検討を行い、モンテカルロシミュレーションによって社会的投資機会としての身の丈再開発の優位性と汎用性を検証した。

まず、金融工学のオプション理論を援用して、開発利益の配分という観点から市街地再開発事業に固有のリスクマネジメントモデルを構築した。その結果、施行者及び事業者の側にも、開発利益の一部が配分されると考えることが必要で、再開発の施設構成、容積の使い方が、その配分の多寡に影響することを示した(第5章)。

次に、汎用性ということに留意して、大都市圏(ケース1)及び全国(ケース2)の代表的とみなせる土地利用、施設構成を抽出し、用途別・建築形式別の容積率に応じた地価負担力関数を導いて、それらの土地利用・施設構成に当てはめて、地価負担力を最大化するという意味での容積の質を反映した身の丈再開発と高い容積を追求する通常型再開発の仮想モデルを構築した(第6章)。

そして、開発利益の配分ということを通した市街地再開発事業のリスクマネジメントモデルに、これらの身の丈再開発と通常型再開発の仮想的なモデルを当てはめ、それぞれの事業性に関するモンテカルロシミュレーションを行い、身の丈再開発事業について、補助金投入額の影響も加味した社会的な投資機会としての優位性と汎用性を検証した。

通常型の事業の組み立ては、立地を問わず、事業性を高めるために容積の量を最大化することを前提として事業を組み立てるものであるが、その結果、補助金という公的投資も膨らんでしまい、かといって地権者への開発利益の配分が高まっているわけではない。つまり、むしろ事業性が劣る事業の組立てを、補助金を手厚く導入することによって辛うじてカバーしているという面があり、それは特にケース2で鮮明に現れた。そして、大都市圏を代表するケース1でも、身の丈再開発は、通常型再開発に対して、施行者への開発利益の留保分を相当圧縮でき、補助金投入量をある程度抑制しても事業が成立している。つまり、社会的に最適な投資機会としての市街地再開発事業ということに対して、容積の量の最大化を前提とするのではなく、リスクマネジメント能力を加味して事業を組立てる身の丈再開発のアプローチには、立地を問わず汎用性があることが検証できた(第7章)。

4.結論(第8章)

(1)身の丈再開発の優位性・汎用性ということの意味

本研究では、事業性を高めるために単に低容積化を図るということを目的としたわけではない。必ずしも容積の最大化を前提とせず、リスクマネジメント能力も反映した土地利用・施設構成を追求し、その結果、低容積であっても事業性が優る場合があること、一方で、それでも高い容積を追求することが最も高い事業性を発揮する場合はあることを示したのであり、リスクマネジメント能力を含めて多面的に事業性を追求するという身の丈再開発のアプローチに汎用性があると結論づけられる。

(2)合意形成という点での身の丈再開発の汎用性

地権者こそ大きな決断を前に、リスクをどの程度引き受けるのかということに敏感であるので、リスクとリターンの様々な組み合わせを用意し、より多くの選択肢から将来の生活・営業再建の道筋を選択できるということが、円滑な合意形成につながる。これを、必ずしも全員の同意を前提としない原則的な組立ての中で提供することによって、身の丈再開発が汎用性の高い事業の組み立てになり得ることを示した。

(3)高度利用の理念を体現する身の丈再開発の汎用性

容積も、地域の貴重な社会的資源であるので、質の高い容積を個々の事業、建築活動ごとに適正に配分していくことが必要である。個々の事業が低容積型の事業であっても、高度利用の理念には抵触しないばかりか、本研究で示した身の丈再開発は、むしろ地域の貴重な社会的資源である容積を適正に実現させるものであり、高度利用の趣旨に適い、その理念を積極的に体現していると解釈できることを示した。

(4)身の丈再開発の都市再生・まちづくりに対する意義

一個の市街地再開発事業を取り上げ、ひたすらその事業成立性ということに力を注ぐと、都市再生ということへの意味を見失って、容易なところだけを事業化する方向での解決策に陥りかねない。これに対して、本研究で採りあげた身の丈再開発は、リスクマネジメントという観点も含めて最も事業性の高い事業を追求することを通して、地域に固有の高度利用を実現しようとするものであるので、こうした事業が連鎖し集積することにより、人口減少社会を迎えた我が国の今後の都市再生を進める上で、貢献するところが大きいことを考察した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、これまでの再開発事業のほとんどで考慮されてこなかったリスクマネジメント能力を事業性の評価に反映させて、これまで過大と言われ実際に多くの再開発で過剰供給が問題視されてきた高容積化に必ずしもこだわらない、市街地再開発事業の組立てに優位性と汎用性を見出すことを目的とした論文である。

この目的に基づき、(1)容積を単に量として捉えるのではなく、地価負担力という質を的確に反映して評価し、低容積化した場合でもその容積の質が高くなるという場合に、初めて合理的に低容積型再開発の優位性を示す可能性が生まれること、(2)リスクマネジメント能力が容積の質の大きな要素であり、これを開発利益の配分ということを通して、事業期間中の地権者の選択行動と施行者の対応ということを織り込んだ市街地再開発事業に固有のリスクマネジメントを扱うこと、(3)貴重な社会的資源である容積の使い方、補助金の補助効果も含めて、市街地再開発事業を社会的な投資機会として捉えることによって事業性の良否を評価するという三つの視点を用意し、(4)リスクマネジメントという観点も含めて最も事業性の高い再開発というように身の丈再開発を包括的に定義している。

既存研究のレビューが網羅的に行われた上で、本論文において市街地再開発事業のリスクマネジメントを扱い、身の丈再開発を定義することにより、高容積を追求する通常の組み立てをはじめとして様々な事業の組立てを一元的に取り扱うことができ、そこから事業の優位性を検討することによって、身の丈再開発が単なる特殊解ではなく、汎用性の高い事業の組み立てになることを示すことができる、としている。

論文の内容は大きく前半部分と後半部分に分かれている。

前半部分では、2010年までに事業完了した全国780地区の市街地再開発事業について、リスクマネジメントという観点から事業の実績、傾向を実証的に分析している。

後半部分では、容積の質を的確に反映したリスクマネジメントという観点から市街地再開発事業の事業性に関する理論的な検討を行い、モンテカルロシミュレーションによって社会的投資機会としての身の丈再開発の優位性と汎用性を検証している。

結論として本研究では、主に以下の4つの結論が導き出されている。

まず本研究では、必ずしも容積の最大化を前提とせず、リスクマネジメント能力も反映した土地利用・施設構成を追求し、その結果、低容積であっても事業性が優る場合があること、一方で、それでも高い容積を追求することが最も高い事業性を発揮する場合はあることが示され、リスクマネジメント能力を含めて多面的に事業性を追求するという身の丈再開発のアプローチに汎用性があると結論づけられている。

次に、合意形成という点での身の丈再開発の汎用性について示されている。地権者はリスクをどの程度引き受けるのかということに敏感であるので、リスクとリターンの様々な組み合わせを用意し、より多くの選択肢から将来の生活・営業再建の道筋を選択できるということが、円滑な合意形成につながるとしている。そして、必ずしも全員の同意を前提としない原則的な組立ての中で提供することによって、身の丈再開発が汎用性の高い事業の組み立てになり得るということが主張されている。

第三に、高度利用の理念を体現する身の丈再開発の汎用性について結論付けられている。本研究で示した身の丈再開発の達成のためには、「質の高い」容積を個々の事業、建築活動ごとに適正に配分していくことが必要であり、それは地域の貴重な社会的資源である容積を適正に実現させるものであると主張されている。

最後に身の丈再開発の都市再生・まちづくりに対する意義について述べている。単独の事業の成立性に力を注ぐと、都市再生の意義への意味を見失い、容易なところだけを事業化する方向での解決策に陥りかねないという現状に対して、本研究で採りあげた身の丈再開発は、リスクマネジメントという観点も含めて最も事業性の高い事業を追求することを通して、地域に固有の高度利用を実現しようとするものであるので、こうした事業が連鎖し集積することにより、人口減少社会を迎えた我が国の今後の都市再生を進める上で、貢献するところが大きいということが考察されている。

審査では、審査委員会委員から、身の丈再開発の定義や、シミュレーションの内容の詳細について、いくつかの質問が出たが、適切な回答が得られた。前者については、論文の題目(タイトル)に関係する部分であり、題目の変更が求められたが、それに関係する修正をもって委員による審査は合格とされた。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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