学位論文要旨



No 217811
著者(漢字) 小林,光
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒカル
標題(和) 環境保全により発展する経済社会への移行に関する研究 : 第三世代の環境政策の具体化
標題(洋)
報告番号 217811
報告番号 乙17811
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17811号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 准教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 栗栖,聖
 東京大学 准教授 瀬田,史彦
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、内外で今後必ず実現していかなければならない、環境保全により発展する経済社会への円滑な移行、また、そうした型の地域づくりに向けて、政策を立案、設計するに際しての有効性の高いアプローチを提案するものである。

環境政策分野では、歴史が浅いため、政策設計の手法や着想に関し、既に整理された知見、定説があるわけではない。このため、本論文における提案は、今後の環境政策設計の円滑化などに貢献することが期待できる。

特に、この論文で、第三世代の環境政策によって目指すべきものとした「生命共同体」(環境保全により発展する人類の経済社会を内包するものであり、2000年にハーグで採択された「地球憲章」にある'community of life' の訳語である。人類社会の究極的な在り方として示唆されているもの。)への道筋については、未だ、各方面で参照されるような提案はなされていない。2012年の、国連主催のサミット「リオ+20」においても、そのような状態へと人類を導く、全体的で統合的な政策を必要とする、とされている。本論文は、主に、経済社会活動の変革を主要眼目とするアプローチによって、このような政策の設計に貢献しようと図ったものである。

本論文の第1章においては、まず、環境政策を巡る社会的な紛争に共通するパターンを整理し、その鳥瞰図を得る。次いで、現在の人類が直面する課題として極めて大きなものが、地球環境の破壊とそれによる人類の生活や地球生態系の毀損にあることを述べる。そして、この課題を克服するには、人類が地球生態系の善き一部になるような、特に経済活動の在り方を中心とした大きな変革が必要であるとし、そうした状態に向けた新しい政策の設計や実装には、摩擦や紛争を伴わざるを得ないものである以上、こうした政策を円滑に設計等していく時の有益な指針が重要であって、そうした指針づくりが本論文の目的であることを明らかにしている。このほか、第1章においては、本論文が採用した方法を説明している。本論文は、政策現場において、論者が長年担当し、あるいは指導した環境政策の設計や実装に際しての経験を整理、多視角から考察し、有用な指針をまとめる方法を基礎としている。

第2章においては、まず、環境政策の大きな歴史的な流れを振り返り、現在の到達点と課題を整理している。すなわち、環境上の被害の極小化に専念した第一世代の環境政策の後を受けて、環境の恵みの享受と子孫への継承を掲げた第二世代の環境政策が登場したが、この政策が、今日なお、経済活動の中へ環境保全を統合することに成功していないことを指摘した。

論者が行政官として立案、制定などを担当した政策は、この第二世代に属するものであるが、これらのうちでも特に新機軸のあったものを取り上げて紹介しつつ、その政策に関する合意形成、導入作業が難しかった要因、逆に、結果的に政策の円滑な形成につながった要因などを考察した。

取り上げた分野は、有用な物資・製品の規制、エネルギーの利用規制、自動車排出ガスと運行の規制、低炭素都市づくり、環境政策理念の転換、政府環境行政組織や権限配分の改革、環境経済政策、及び協働取組みの導入、の8分野である。

考察の結果、政策設計の障害になったのは、「法律の役割に関する狭い見方」、「経済的な損得感」、「科学技術のサポート不足」と整理され、他方で、政策設計を円滑化した着想は、「複数価値の是認、その同時達成」、「多数主体の役割の考慮」、「政策の進化の促進・活用」と整理できた。

第3章においては、上述の経験で整理した障害要因、成功要因のうち、新規の政策の障害となりがちな要因側を取り上げ、さらに考察を深めた。具体的には、それら要因の依ってきたる背景を考察し、今後の、地球環境と共生する人類社会の建設に当たって、必ずしも有効でない着想がどこに含まれているのかを明らかにした。この結果、環境政策立案上の伝統的な発想に組み込まれているがゆえに、今後も障害となりがちであると目される着想として考えられたのは、「通俗的に解釈された経済学パラダイム」、「経済を優先してしまいがちな工学的発想」、「法律が果たす役割に関する限定的な見方」である。

第4章においては、第2章で観察された新しい政策を成功に導く可能性のある3つの要因を取り上げ、こうした、いわば経験知が、理論的に支持され得る根拠を探っている。具体的には、経済行動学の理論、国際社会制度の理論、そして生態系の共進化の理論など、要すれば、自然の中の人間社会の行動を考える上で有益な理論フレームとの突合を図る。

こうした上で、論者が提唱する、「複数価値の同時達成を目指すコ・ベネフィット」、「マルチステークホルダー間の協力の積極的な構築」及び「関係者の行動や関係の共進化の仕組みづくり」という、政策設計態度を「生命共同体アプローチ」として定式化する。

第5章においては、このようなアプローチを現実の課題の解決に向けて実装した例を取り上げる。

具体的には、論者が、第4章で示したような政策設計手法を強く意識しつつ担当した、「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に係る特別措置法」による取組みを取り上げ、これまでの3年余にわたる現地での実行の成果等に関し、実際の政策担当経験者として初めての報告を行い、検証し、提案した生命共同体アプローチの有効性を中間的に評価する。

その中間評価によれば、水俣病地域では、再生に向けたいくつかの山場を既に乗り越えつつあり、自律的な再生の動きが育ちつつあると考えられた。

なお、新アプローチを実装すべきレイヤーは3層あると考えられる。一つは、足元の現場であり、二つ目は、国のレイヤーである、三つ目は国際社会である。こうした中、本論文では、水俣病地域の再生問題をいわば実証の場としたが、これは、この3つのレイヤーの中では、足元の暮らしや生産の場が基盤となること、及び、水俣病地域の再生には、地球全体での環境との共生や、東北地方での災害地の、災害に耐えて復元力のある持続可能な地域への復興という現下の内外の大課題に通底する様々な要素があるからである。

さらに、第6章においては、第5章までの考察を踏まえ、人類を地球生態系の善き一部となることへ導く、いわば第三世代の環境政策の全面的な展開が必須であり、急務であることを述べ、その積極的な開発・実践へ向け、環境政策関係者の自覚的・意識的な取組みを早急に開始することを訴えている。また、人類が地球生態系の善き一部になることに向けた取組みは、特別の機会にのみ必要であったり、可能であったりするのではなく、あらゆる機会に可能であり、実行すべきことを述べ、そのような取組みが組み合わさって、速い速度で、社会が変革されることを期待すると結んでいる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1960年代以降内外で発展した環境政策が、未だ環境保全により発展する経済社会を実現するには成功しておらず、環境保全と経済発展との間の相克が続いているという認識を前提に、そうした相克の解決に向けた政策を立案、設計するに当たって、有効性の高いアプローチを提案することを目的としている。

まず既存研究のレビューの部分で、環境政策分野は政策研究の歴史が浅いため、政策設計の手法や着想に関して整理された知見、定説はほとんどない状況にあることを示している。申請者は、環境政策のこれまでのアプローチを大きく2つ、すなわち環境上の被害の極小化に専念した「第一世代の環境政策」、および環境の恵みの享受と子孫への継承を掲げた「第二世代の環境政策」に分割して論じている。しかしこれら二世代の環境政策は、今日なお、経済活動の中へ環境保全を統合することに成功していないとする。本論文では、「生命共同体」と表現し得るような地球生態系の善き一部となる人類の社会を実現することが究極的に重要としその実現を睨みつつ、環境保全によって発展する経済社会を具体化させようとする政策を「第三世代の環境政策」と名付け、新しい発想の政策を実装することにより、環境と経済の相克問題を解決していくことを構想し、この問題意識から以下のように研究を展開している。

まず第1章で、論者が政策現場において長年担当し、あるいは指導した環境政策の設計や実装に際しての経験を素材として、これらを整理し多視角から考察し、環境政策が直面する課題を整理して、環境政策を概観している。

第2章においては、第二世代までの環境政策が、なぜ、環境保全と経済発展との相克関係を解決できなかったのかを考察している。具体的には、3つの伝統的着想。すなわち「通俗的に解釈された経済学パラダイム」、「経済を優先してしまいがちな工学的発想」、「法律が果たす役割に関する限定的な見方」を抽出し、指摘している。

第3章では、第三世代の環境政策が備えるべき発想について、現実の経済社会の挙動や人間の行動に一層即したものであるべきことを述べ、そのような取組みによって前章で示した障害を克服すべき、と主張している。具体的には、既存研究と論者の実務経験を踏まえて、「複数価値の同時達成を目指すコ・ベネフィット」、「マルチ・ステークホルダー間の協力の積極的な構築」及び「関係者の行動や関係の共進化の仕組みづくり」という3つの政策設計態度を、第三世代の環境政策設計のためのアプローチとして定式化している。

第4章では、論者の政策現場での新政策具体化の際の独自の経験に照らすことにより、前章までに論じた有効な政策の設計を阻害する着想や、反対に経済との相克を克服に導く政策設計発想を吟味し、第三世代の環境政策の設計のためのアプローチの意義や有効性を検討している。具体的には、論者が行政官として立案、制定などを担当した政策のうち特に新機軸のあったもの、すなわち有用な物資・製品の規制、エネルギーの利用規制、自動車排出ガス及び自動車運行の規制、低炭素都市づくり、環境政策理念の転換、政府環境行政組織や権限配分の改革、環境経済政策、及び協働取組みの導入、の8つを取り上げて分析している。

第5章は、定式化されたアプローチを「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に係る特別措置法」による取組みに適用し、提案した第三世代の環境政策のためのアプローチの有効性を中間的に評価している。水俣病地域では、地域の再生に向けたいくつかの山場を既に乗り越えつつあり、環境取組みを通じた経済再生への取組みなど、自律的な再生の動きが地域において育ちつつあることが報告され、これらを踏まえて本論文で提案するアプローチが支持されることを述べている。

第6章では、以上の成果を踏まえ、人類を地球生態系の善き一部となることへ向け、まずは、環境保全によって発展する経済社会への移行を図るべく、第三世代の環境政策を実装することが必須であり、急務であることを主張している。

本論文は、環境省の官僚として日本の多くの環境政策を実際に担当した論者が、その実務経験を単に報告するだけでなく、経済社会の動向と照らし合わせながら、環境政策の潮流とその変化を総合化し、要素を抽出しまとめあげたものとして、極めて新規性が高い。審査会においても、委員からは個別に概念整理や事例との関係についての指摘があったものの、政策に関するオリジナリティの高い情報を基に環境政策の総合的な流れを定義づけ、今後の環境政策の課題を具体的に提案した成果が評価された。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク