学位論文要旨



No 217813
著者(漢字) 腰塚,正
著者(英字)
著者(カナ) コシヅカ,タダシ
標題(和) 近距離線路故障遮断における遮断器のアーク現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 217813
報告番号 乙17813
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17813号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日髙,邦彦
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 特任教授 池田,久利
 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
 電力中央研究所 研究参事 新藤,孝敏
内容要旨 要旨を表示する

電力系統の拡大、系統の高電圧化が進んでおり、1000kV交流送電や±500kV直流送電が研究され、遮断器をはじめとする開閉装置が開発されている。また500kV以下の交流系統用開閉装置においても、より小型化を追求した新しい機器が次々と開発されている。

さらに地球温暖化の問題により、脱SF6ガスとして代替ガスを用いた開閉装置の開発も行われている。

開閉装置の開発には電力系統で発生する電気現象の解析が不可欠になっている。解析ツールは、過去TNAと呼ばれるアナログ計算ツールが用いられていたが,現在はディジタルソフトウェアEMTP(Electro-Magnetic-Transient-Program)が世界中で標準的に用いられている。

機器の開発における電気の現象解析として,例えば、機器の絶縁設計のための雷サージ解析、開閉サージ解析、遮断器の遮断責務を決定する過渡回復電圧の解析等がある。

サージの発生については、特に大きな過電圧を発生する雷サージや、急峻な電圧変化を有する断路器サージについて、古くから現象、解析手法について、研究が行われてきた。我が国でも、雷サージの計算手法について、電力中央研究所が中心となって、各電力会社、電機メーカーが参加し、手法がまとめられている。また、断路器開閉時の開閉サージ(断路器サージ)についても、同様に、計算手法がまとめられている。従って,これらの解析において,系統をモデル化する方法はほぼ確立されたと言っても過言ではない。

一方、遮断器が遮断すべき電流は規格によって決められている。しかし,近年の系統の発達によって、遮断器は、短絡大電流だけでなく、小電流や直流電流などさまざまな電流を遮断することが要求されてきている。遮断器のアーク電圧特性に代表される個々の遮断器の情報は、前述のサージ解析や過渡回復電圧などの解析には必ずしも必要無いため、遮断責務の検討では、遮断器は理想スイッチとして扱われてきた。そのため遮断性能解析用のアークのモデル化が確立されたとは言い難い。しかし,機器の開発期間の短縮やコスト削減が大きく求められる現在,EMTPを用いて,遮断器アークを詳細に模擬して電気的な現象を解明することは非常に有効であると考えられる。

上記に示した解析は、近距離線路故障遮断を除いて遮断器にとっては、特殊な遮断条件である。近距離線路故障遮断性能は遮断器にとって重要な遮断責務の一つであるが、その性能をアークモデルを用いた解析で評価できるまでには至っていないのが現状である。

遮断器は近年の電力系統の拡大に伴い、様々な電流遮断を要求されている。本論文の目的は、遮断器に課せられる電流遮断について、遮断器アークのモデル化と実証両面から現象を明らかにし、遮断器を実用に供する場合の望ましい技術を確立することである。

本論文は7章から成る。本論文の目的は、遮断器の電流遮断、特に近距離線路故障遮断時の現象の解明および遮断成否を解析で評価するモデルの開発にある。この目的に鑑み、以下に本論文の内容を要約する。

第1章では、遮断器に要求されている電流遮断と課題、本研究の目的、本論文の構成について述べる。

第2章では、遮断器の変遷および遮断器アークの動特性を考慮したモデルの変遷についてまとめ、アークモデルによる遮断器の遮断成否の解析における課題を整理した。

第3章では、SF6ガス遮断器の近距離線路故障遮断性能を評価するアークモデルの開発について述べる。大電流領域から電流零点までのアーク電圧の様相を再現し、遮断性能を評価する3直列アークモデルを開発した。アークモデルは前述のように古くから遮断性能の評価に用いられているが、アークパラメータと呼ばれる定数の算出が問題であった。

開発したアークモデルは、アーク電圧−電流特性から、大電流領域から電流零点までを3つのアークモデルで模擬する。すなわち大電流領域を模擬するモデルとアーク電圧の消弧ピーク付近を模擬するモデルおよび電流零点近傍を模擬するモデルである。遮断性能の解析においては、これら3つのアークモデルは直列に接続される。大電流領域を模擬するモデルはCassieモデルとし、そのアークパラメータは一定とした。消弧ピーク付近を模擬するモデルはMayrモデルで、そのアークパラメータのうちアーク時定数を一定、アーク損失のみを変えた。電流零点近傍を模擬するモデルはMayrモデルで、そのアークパラメータは消弧ピーク付近を模擬するモデルから自動的に決まるようにした。そのため、アークパラメータの算出を容易にすることができた。開発したアークモデルによって300kVのSF6ガス遮断器の63kA-50Hz-90%近距離線路故障遮断性能を解析し、実測結果と解析結果がよく一致した。

また、550kVのモデル遮断器の結果から、Mayrアーク時定数が遮断器の電圧定格には依存しないこと、Cassieアーク時定数が遮断器のノズルスロート径の関数として表されることを示した。

第4章では、第3章で開発したアークモデルを、代替ガスとして注目されているCO2ガス遮断器の近距離線路故障遮断性能評価に適用した研究について述べる。

CO2ガス遮断器では、SF6ガス遮断器と遮断性能やアークの様相が大きく異なることが明らかになった。特に電流遮断後に数Aの大きな残留電流が流れることである。CO2ガス遮断器においても3直列アークモデルを適用することでアーク電圧や残留電流の様相を再現でき、電流遮断性能を評価できることを示した。

第5章では、SF6ガス中アークとCO2ガス中アークの様相の違いについて、アークの温度分布から説明した。さらに、3直列アークモデルにおけるアークパラメータの違いを説明した。

前述のとおり、SF6ガス中のアークとCO2ガス中のアークでは相違点が様々存在する。それらの違いについて検討し、さらに、SF6ガス遮断器とCO2ガス遮断器でのもっとも過酷となる近距離線路故障遮断条件を明らかにした。その結果、SF6ガス遮断器では従来より知られている90%条件が最も厳しい条件すなわち最も遮断しにくい条件であることを示した。

一方CO2ガス遮断器では、75~80%条件が最も厳しい遮断条件となることを本研究で開発したアークモデルを用いた解析で初めて示した。

第6章では、構築したアークモデルをより汎用的にするための検討を行った。本アークモデルによって50Hz定格用に開発した遮断器を60Hz定格に適用する際の遮断成否を検討できること、また、EMTPだけでなく、SLFの簡略化した回路の回路方程式とアークモデルの方程式を組み合わせて差分法によっても計算可能であることを示した。

第7章では本論文を総括した。

現在の社会において、電力の重要性は今後も変わらず、電力系統はより一層整備され、発達していくものと思われる。このような中で遮断器はますます多様な電流を遮断することが求められるものと思われる。遮断器の高性能高信頼性、経済性の向上を目指した研究と併せて、電流遮断現象の解明の研究は、これからもより一層の重要となっていくものと思われる。本研究はそのための基礎である。本アークモデルは、遮断器の遮断性能を解析で評価できるため、遮断器開発の効率向上に貢献できるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

電力系統の拡大や高電圧化に伴い、その信頼性確保の点から遮断器の性能向上が求められている。この性能向上に寄与する遮断部のパラメータ推定や機器の開発期間の短縮において、遮断器アークのモデル化が必須となるが、必ずしも有効なモデルが提示されていないのが現状である。本論文は、遮断器の電流遮断、特に近距離線路故障遮断時の現象の解明および遮断成否を評価できるモデルを提案することを目的としたもので、「近距離線路故障遮断における遮断器のアーク現象に関する研究」と題し、7章から構成されている。

第1章「緒言」では、遮断器に要求されている電流遮断と課題、本研究の目的、本論文の構成について述べる。

第2章「遮断器とアーク動特性のモデルの変遷および課題」では、遮断器の変遷および遮断器アークの動特性を考慮したモデルの変遷についてまとめ、アークモデルによる遮断器の遮断成否の解析における課題を整理している。

第3章「SF6ガス遮断器の遮断性能評価のためのアーク動特性モデル開発の研究」では、SF6ガス遮断器の近距離線路故障遮断性能を評価するアークモデルの開発について述べている。

大電流領域から電流零点までのアーク電圧の様相を再現し、遮断性能を評価する3直列アークモデルを開発した。アークモデルは前述のように古くから遮断性能の評価に用いられているが、アークパラメータと呼ばれる定数の算出が問題であった。開発したアークモデルは、アーク電圧−電流特性から、大電流領域から電流零点までを3つのアークモデルで模擬する。すなわち大電流領域を模擬するモデルとアーク電圧の消弧ピーク付近を模擬するモデルおよび電流零点近傍を模擬するモデルである。遮断性能の解析においては、これら3つのアークモデルは直列に接続される。大電流領域を模擬するモデルはCassieモデルとし、そのアークパラメータは一定とした。消弧ピーク付近を模擬するモデルはMayrモデルで、そのアークパラメータのうちアーク時定数を一定、アーク損失のみを変えた。電流零点近傍を模擬するモデルはMayrモデルで、そのアークパラメータは消弧ピーク付近を模擬するモデルから自動的に決まるようにした。そのため、アークパラメータの算出を容易にすることができた。開発したアークモデルによって300kVのSF6ガス遮断器の63kA-50Hz-90%近距離線路故障遮断性能を解析し、実測結果と解析結果がよく一致した。

また、550kVのモデル遮断器の結果から、Mayrアーク時定数が遮断器の電圧定格には依存しないこと、Cassieアーク時定数が遮断器のノズルスロート径の関数として表されることを示した。

第4章「代替ガス遮断器への3直列アークモデルの適用の研究」では、第3章で開発したアークモデルを、代替ガスとして注目されているCO2ガス遮断器の近距離線路故障遮断性能評価に適用した研究について述べている。

CO2ガス遮断器では、SF6ガス遮断器と遮断性能やアークの様相が大きく異なることが明らかになった。特に電流遮断後に数Aの大きな残留電流が流れることである。CO2ガス遮断器においても3直列アークモデルを適用することでアーク電圧や残留電流の様相を再現でき、電流遮断性能を評価できることを示した。

第5章「近距離線路故障遮断における遮断器遮断性能評価の研究」では、SF6ガス中アークとCO2ガス中アークの様相の違いについて、アークの温度分布から説明した。さらに、3直列アークモデルにおけるアークパラメータの違いを説明した。

前述のとおり、SF6ガス中のアークとCO2ガス中のアークでは相違点が様々存在する。それらの違いについて検討し、さらに、SF6ガス遮断器とCO2ガス遮断器でのもっとも過酷となる近距離線路故障遮断条件を明らかにした。その結果、SF6ガス遮断器では従来より知られている90%条件が最も厳しい条件すなわち最も遮断しにくい条件であることを示した。

一方CO2ガス遮断器では、75~80%条件が最も厳しい遮断条件となることを本研究で開発したアークモデルを用いた解析で初めて示した。

第6章「遮断器開発へのアークモデルの適用の研究」では、構築したアークモデルをより汎用的にするための検討を行った。本アークモデルによって50Hz定格用に開発した遮断器を60Hz定格に適用する際の遮断成否を検討できること、また、EMTPだけでなく、SLFの簡略化した回路の回路方程式とアークモデルの方程式を組み合わせて差分法によっても計算可能であることを示した。

第7章では本論文を総括した。

以上これを要するに、本論文は、実規模ガス遮断器で発生するアークの詳細な実験を通じてアーク放電の物理パラメータの解析を行い、それに基づく3つのアーク動特性モデルを直列に接続した新しいモデルを利用することによって、遮断器の重要な遮断責務である近距離線路故障遮断性能を適切に評価することに初めて成功し、SF6ガス遮断器およびCO2ガス遮断器における実測結果との比較によりその有効性を明らかにしている点で、電気工学、特に高電圧、電力工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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