学位論文要旨



No 217815
著者(漢字) 小原,聡
著者(英字)
著者(カナ) オハラ,サトシ
標題(和) サトウキビ産業における農工融合型の砂糖・バイオエタノール同時生産システムの開発
標題(洋)
報告番号 217815
報告番号 乙17815
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17815号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 准教授 菊地,隆司
 東京大学 教授 花木,啓祐
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

サトウキビは,熱帯・亜熱帯地域の代表的な畑作物であり,主な構成成分は,砂糖原料となるスクロース以外に,グルコース,フルクトースなどの還元糖,リグノセルロースからなる繊維分等である。サトウキビ産業は,世界史的に重要な甘味成分であるスクロースを晶析する砂糖生産技術と共に発展し,農業側は砂糖生産に適した品種開発を,工業側は砂糖生産の効率化が図られてきた。地球的規模における食料とエネルギーの同時的増産の必要性が高まる中,サトウキビ産業には砂糖・バイオエタノールの同時的な増産が求められている。その実現には原料生産とその利用が一体となった飛躍的な生産技術が必要である。そのような状況下,農業側では従来と変わらず砂糖のみを目的生産物とした高スクロース含有のサトウキビの品種開発が行われ,工業側ではサトウキビを原料とした製糖産業と,製糖副産物である糖蜜からの副産物利用型のバイオエタノール産業が個別に発展し,これまで農業,工業(砂糖,バイオエタノール生産)を俯瞰した生産システムの開発が取り組まれていない。今後,優良農地の拡大が望み難い中で,砂糖とバイオエタノールを同時的に増産するには,不良環境条件下で高生産性を発揮する高バイオマス量サトウキビの利用と,砂糖とバイオエタノールという2つの製品を生産する発想が必須である。高バイオマス量原料は,既存の製糖用サトウキビより,スクロース以外の構成成分である還元糖,繊維分の含有率が高く,現行の製糖技術では砂糖生産収率を低下させることが知られている。そのため,バイオエタノール産業を含めて工業的に利用されておらず,それに伴い,農業側でも高収量化に関する品種改良が進んでいない。

そこで,従来のように農業・工業が別々に行う個別型技術改良ではなく,農業・工業の融合型システム設計による新たなサトウキビの開発とその利用に伴って予想される砂糖収率の低下を克服するための技術・システムの開発・導入を構想した。そして,本研究の目的を,砂糖・バイオエタノール同時的増産を達成する農工融合型のシステム開発,システムの定量的評価,実用化の提案とした。

2.農工融合型の砂糖・バイオエタノール生産システムの開発

同一圃場面積において,従来の砂糖生産量を維持しつつバイオエタノールを増産するための新規複合生産システムを設計した(図.1)。工業的には,砂糖製造からバイオエタノール製造までを一工程と捉え,砂糖回収率が低下する2,3回目の結晶化工程を省略して,回収率が高い1回目の晶析のみで砂糖を生産し,合計の砂糖回収率低下を許容することによって,バイオエタノール原料となる糖蜜における発酵阻害物質の低率化と供給量増加を図る設計にしている。同時に,農業側の改良のために,砂糖回収率低下を補うスクロース収量条件,バガス燃焼エネルギーで全生産エネルギーを自給するための繊維収量条件を明示し,条件に適合するサトウキビを設計した。

次に,品種改良途上の幅広い原料系統から,複合生産システムの原料条件に適合する高バイオマス量サトウキビ系統の選定を行った。そして,フィジビリティスタディ(FS)によって,複合生産システムによって現状の砂糖生産量を維持しながらバイオエタノール生産量を向上させる効果があることを定量的に示すとともに,システム設計における課題を明確にした。

3.砂糖・バイオエタノール複合生産システムの実証

沖縄県伊江島に建設したパイロットプラントにおいて,現地で栽培した8種類のサトウキビを用いて,設計した複合生産システムの実証試験を行った。実証試験では,システム設計に使用した各工程の歩留データが,実際は原料組成の差異によって影響を受けること,またその定量的な関係性を実験的に明らかにした上で,総合的に,砂糖・バイオエタノールの同時的増産が達成できることを実証した。一方,パイロットプラントでの実証試験では,バガス燃焼エネルギーによる製造エネルギーの自給は達成できなかった。実証結果を元に,世界初の砂糖・バイオエタノール生産用品種として,KY01-2044の品種登録を実現した。次に,実際の製糖工場(鹿児島県種子島)および工場規模のバイオエタノールプラント(福島県本宮市)において,実用規模の実証試験を行い,新品種KY01-2044を用いた複合生産システムによって,砂糖・バイオエタノールの同時的増産(砂糖生産量1.2倍,バイオエタノール生産量9倍)が可能であること,バガス燃焼エネルギーによる製造エネルギーの自給が達成できることを実験的に示した。(図.2)

4.砂糖・バイオエタノール複合生産システムの評価

社会面での評価として,バイオエタノールの製造コストおよびシステム導入による環境影響性評価を実施した。

バイオエタノール製造コストは,国内のモデル地域を設定して算出し,圃場2,000ha,製糖工場1,000t/dの規模の地域に複合システムを導入した場合,糖蜜価格を現状レベルの2,000円と仮定すると,製造コストが51.5円/L(目標値の範囲内)となることを示した(図.3)。

環境影響性評価では,新規複合生産システムの導入による温室効果ガス(GHG)の排出量の変化について調査し,日本の標準的原料生産・砂糖生産をモデルとした生産地域に,従来の副産物利用型生産システムを導入した場合,圃場1haの生産あたり,0.7 t-CO2eq.のGHG削減となること,複合生産システムを導入した場合は40.2 t-CO2eq.のGHG削減となることを示し,複合生産システムのGHG排出削減効果が大きいことを明らかにした。

最後に開発した新規複合生産システムの総合評価を行い,システム普及のための課題として,(1) 原料の収量が大幅に増加しても,原料の純糖率が著しく低い場合は砂糖歩留も大幅に低下し,トータルでは砂糖が減産する可能性があること,(2)原料の還元糖比率によって砂糖とバイオエタノールの生産比率が影響されること,(3)現状の製糖技術では,低純糖率の原料において,スクロース回収に限界があり,砂糖生産可能量(理論値)と実際の最大砂糖生産量のギャップが大きいこと,(4)工場の稼動日数が短いことを挙げ,それらを解決させるためには,工業側での還元糖除去技術が不可欠であることを示している。

5.砂糖・バイオエタノール逆転生産システムの開発

高バイオマス量サトウキビからの複合生産普及の鍵となる還元糖除去技術について,従来の物理的,生物的な除去技術の課題を明示し,スクロース非利用性酵母による還元糖の選択的発酵を利用した全く新しい逆転型の砂糖・バイオエタノール複合生産システム(逆転生産システム)を設計した。

新システムを理論上可能にするのに必要なスクロース非利用性酵母の探索を実行し,発酵試験によって,システムでの使用条件を充たす菌株として,Saccharomyces属3株と近縁のZygosaccharomyces属1株の酵母を取得した。

6.砂糖・バイオエタノール逆転生産システムの実証

ラボスケールおよび伊江島パイロットプラントにおいて逆転生産システムの実証試験を行い,還元糖の選択的なエタノール変換による砂糖生産性の飛躍的な向上効果について実証した(図.8)。また,世界のサトウキビについて,逆転生産システム導入の有無による砂糖・バイオエタノール生産量の差異をシミュレーションによって明らかにし,システムの成立可否の条件を検証した。

7.要約

本研究は,サトウキビからの砂糖・バイオエタノール生産に関する全く新しい農工融合型の複合生産システム開発を提案し,そのシステムの有効性・有用性を定量的に明らかにしたものであり,食料・エネルギーの同時的増産に向けた技術・システムとして,工学的に高い価値を有し,化学システム工学への貢献は大きい。

図.1 農工融合型(1回晶析・糖蜜利用型)の砂糖・バイオエタノール複合生産システム

図.2 砂糖・エタノール生産量(実証試験結果)

図.3 エタノール製造コスト試算結果

図.4 農地1haあたりのGHG吸収・排出量と削減効果

図.5 理論的な砂糖生産可能量と最大砂糖生産量のギャップ

図.6 逆転生産システムの概要

図.7 スクロース非利用性酵母の搾汁発酵経過

図.8 逆転生産システム導入による砂糖回収率の飛躍的向上

図.9 逆転生産システムを含めた農工融合型複合生産システムの開発による砂糖・バイオエタノール生産量の増加

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「サトウキビ産業における農工融合型の砂糖・バイオエタノール同時生産システムの開発」と題し、砂糖とバイオエタノールを同時に増産することの可能性と有用性を一連の実験および評価によって明らかにするとともに、実用化のための具体的な工業プロセスの提示と実証試験までを行なっており、全7章からなる。

第1章は序論であり、世界のサトウキビ産業における農業・工業技術の歴史的変遷を整理し、本研究で提示する砂糖・バイオエタノールの同時増産の社会的有用性と、その観点における現在の技術とシステムの問題点を明確にしている。そして、その問題点を解決するには、これまでのように農業と工業が別々に行う個別型技術改良ではなく、農業と工業を融合させて、不良な生育環境でも高いバイオマス生産性を有する新たなサトウキビの開発と、その利用に伴って予想される砂糖収率の低下を克服するための技術とシステムの開発を同時に行うことが必要であることを述べている。そして、本研究の目的を、砂糖・バイオエタノール同時増産を達成する農工融合型のシステムの開発、開発したシステムの定量的評価、およびシステムの実用化の提案であるとして、本論文の構成を示している。

第2章では、単位圃場面積当たりの砂糖生産量を従来のままに維持しつつバイオエタノールを増産するための新規複合生産システムを設計している。砂糖製造からバイオエタノール製造までを一貫したひとつの工程と捉え、砂糖生産は回収率の高い1回目の晶析工程だけ行い、バイオエタノールの原料となる糖蜜の供給量の増加と発酵阻害物質の低減を図る設計を示している。同時に、砂糖回収率低下を補うための条件、およびバガス燃焼エネルギーで全製造エネルギーを自給するための条件を明示し、それら両条件に適合する原料サトウキビを設計し、これに合致する品種を見出している。さらに、フィシビリティスタディにより、設計したシステムの有効性を定量的に示すとともに、提示したシステム設計における課題も明示している。

第3章では、設計した複合生産システムの実証を行っている。パイロットプラント試験において、システム設計に使用した各工程の基礎データが、原料サトウキビの成分組成の差異によって一定ではないことを明らかにし、その定量的な関係を実験的に明らかにした上で、総合的に、砂糖・バイオエタノールの同時増産が実現できることを実証している。さらに、実工場規模のプラントにおける実証試験では、バガス燃焼エネルギーによる全製造エネルギーの自給を実証し、複合生産システムの実現可能性を示すと同時に工場展開時の課題も明確にしている。

第4章では、複合生産システムについて、社会的受容性に関する評価を実施している。まず、バイオ燃料製造の前提となる温室効果ガス排出量の削減について、複合生産システムの導入は削減効果が高いことを明らかにしている。そして、土地生産性、農業、水環境等への影響について定性的な考察を行い、期待される波及効果をその根拠と共に示している。バイオエタノール製造コストについては、条件によってはガソリン卸値相当の約50円/Lで製造可能であることを示している。さらに、当該システムを普及させるためには、新しい還元糖除去技術の開発も必要であることを示している。

第5章では、第4章で示した還元糖除去技術について、従来の物理的および生物的な除去技術の課題を明示し、インベルターゼ欠損酵母による還元糖の選択的発酵を利用した全く新しい逆転型の砂糖・バイオエタノール複合生産システム(逆転生産システム)を提案し設計している。そして、その逆転生産システムを可能にするのに必要な酵母の探索と発酵試験を行い、条件を充たす菌株を実際に複数取得している。

第6章では、逆転生産システムの実証試験を行い、砂糖・バイオエタノールの生産性が飛躍的に向上することを示している。また、逆転生産システムの評価として、社会貢献、企業経営面から考察を加え、当該システム導入の効果を示している。

第7章は結論であり、本論文の内容を総括し、研究成果について、その工学的意義、社会的意義を評価すると共に、今後の展望、残された課題の整理を行っている。

以上要するに本論文は、サトウキビからの砂糖・バイオエタノール生産に関する全く新しい農工融合型の複合生産システムを提案し、そのシステムの可能性と有用性を定量的に明らかにしたものであり、工学的に高い価値を有し化学システム工学への貢献は大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク