学位論文要旨



No 217816
著者(漢字) 岩田,雄策
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,ユウサク
標題(和) 化学物質等の発熱・発火による熱的危険性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217816
報告番号 乙17816
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17816号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,充
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 教授 戸野倉,賢一
 東京大学 特任教授 山田,常圭
内容要旨 要旨を表示する

化学物質等の爆発事故は一度発災すると人的被害および物的被害に加えて、環境に対しても大きな被害を及ぼす可能性が大きい。このことから、化学物質等を工業的に使用する前に、適正な熱的危険性評価を実施して、それらの物質の熱的危険性を十分に把握し、事故の防止に役立てることは、社会の安全を確保するとともに自然および社会環境を保全するためにも不可欠である。しかし、現実には熱的危険性評価が必ずしも十分でないために、火災・爆発事故が発生し、経済的にも環境的にも重大な被害が発生しているケースが見受けられる。そこで、本研究では、従来からの熱的危険性評価手法では、その熱的危険性を十分に評価できていなかったと考えられる物質を中心に、それらの反応性状および燃焼性状等について化学的な面から詳細に検討を行い、それらの熱的危険性評価に適した評価方法を提案するとともに、汎用性のある体系的な熱的危険性評価手法を提案することを目的とした。

第2章では、自己反応性物質の試験法について検討を行った。ここでは、新規の熱的危険性評価手法である圧力追従式断熱型熱量計(APTAC)を使用し、試料としてジ-tert-ブチルパーオキサイド」を用いて、APTACの測定結果の妥当性や最適な測定条件について検討を行った。その結果、圧力追従式の利点が確認された他、求められる反応熱は、従来法である加速速度熱量測定(ARC)や示差走査熱量測定(DSC)によるものよりも大きくなる傾向にあるが、同時に測定される発熱開始温度と最高温度に対して補正を適用することにより、ARCおよびDSCによる反応熱と整合する値が得られることを示した。

第3章では第2章で得られた知見を基に、(本研究開始時には)消防法危険物ではないにもかかわらず火災原因物質となったヒドロキシルアミンについて熱的危険性評価を行った。ヒドロキシルアミン水溶液の熱分解の激しさを、小型密閉式圧力容器試験(MCPVT)および消防法圧力容器試験によって調べた結果、ヒドロキシルアミン濃度の増大と共にヒドロキシルアミン水溶液の熱分解が激しくなり、特に濃度が80%を超えると、熱分解時の圧力上昇速度の最大値は、急激に増大することを明らかにした。また、APTACによるガラス容器を用いた測定によって、微量の鉄イオンの添加によって、発熱速度および圧力上昇速度が同時に劇的に増大することを明らかにした。また、ヒドロキシルアミン水溶液の熱安定性に関しても、鉄イオンの存在が大きく関与し、鉄イオンを微量(4.9ppm程度)添加すると活性化エネルギーが急激に低下し、発熱分解開始温度も同様に低下することから、自然発火の危険性も高まることを示した。

第4章では、酸化性固体であるアスファルトと硝酸塩等の混合物の微少発熱から燃焼までの熱的危険性評価を行う試験法として等温蓄熱貯蔵試験を行った。アスファルト−塩混合物の燃焼性状を調べる試験方法としては、コーンカロリーメータを用いた方法を実施した。等温蓄熱貯蔵試験において容器中央底部の温度上昇(約10K)が発火の約1時間前から観測された。また、炭酸ナトリウムと燐酸二水素ナトリウムの混合塩を含むアスファルト−塩混合物および局所的に塩濃度を高くしたアスファルト−塩混合物では発火限界温度の低下が観測された。一方、コーンカロリーメータを用いた燃焼性状試験においては、ガス分析を併せて行うことによって、アスファルト固化体が酸素不存在下でがも発熱・発火することも見いだした。

第5章では、油脂類と可燃物の混合物である肉骨粉の自然発火の危険性について熱量計および熱的危険性評価試験の測定結果を基に議論した。肉骨粉に示差熱天秤(TG-DTA)を適用した結果からは、肉骨粉の熱分解には、脱水、有機化合物の燃焼および炭化物の熱分解の3段階の過程があること、発熱開始温度が約180℃であることを明らかにした他、自然発火測定装置(SIT)の適用により肉骨粉の最低自然発火温度が185℃であることも得ている。

第2章から第5章までの研究結果より、従来法では十分な熱的危険性評価ができなかった、自己反応性物質、酸化性物質または油脂類と可燃物との混合物についてもこれらの危険性評価を行うことによって、火災・爆発事故を予防するために有効な知見である化学物質等の反応性、燃焼性状および自然発火性を把握することができることを確認した。

第6章では、従来法および今回適用を試みた物質の熱的危険性評価方法を組み合わせて、系統的な熱的危険性を評価する方法について検討した。熱的危険性評価の対象とする試料は、その組成から「自己反応性物質」と「酸化性物質または油脂類と可燃物の混合物」にある程度分類し、適用する試験法群も2つのグループに分けた。「自己反応性物質」の場合は、スクリーニングとしてDSCと消防法圧力容器試験を行う。ここでの判定基準は消防法危険物の判定基準を準用することが妥当と考えられ、この段階で「熱的危険性が高い」という判定が一つでも出た場合には、取扱を中止することが、先ず推奨される。これに対して、DSC、消防法圧力容器試験双方で「熱的危険性が低い」と判定された場合には、これらの試験法では把握できていない熱的危険性が存在する可能性があるので、さらに精密な評価を実施する必要がある。また、熱的危険性が高くてもその物質を取扱いたいニーズが高ければ、それを安全に取り扱うためには、さらに評価を行う必要がある。より詳細な評価が必要となった時には、重量減少速度試験およびMCPVTを実施することにより分解の激しさを把握する。重量減少速度の判定は、2.6g/s(単位重量あたり0.26[1/s])、以上を「激しい熱分解」と、またMCPVTの判定は、100MPa/s以上を「激しい熱分解」とした。これらは、共に、ヒドロキシルアミンを基準にした暫定値である。尚、MCPVTによる評価は、当該試料へのAPTACの適用性可否の評価も含んでいる。MCPVTの結果、「激しい熱分解」では無かった時には、APTACおよびを用いた、更に精密な評価が可能となる。APTACを用いた「熱分解の激しさ」の判定は、ガス発生速度が0.05mol/s以上とした。精密な評価のもう一方は、双子型高感度熱量計(MS80)によって活性化エネルギーを求め、「熱的安定性」を評価する方法である。ここではMS80を使用したが、双子型熱量計(C80)も、感度的には低いが熱的危険性評価を実施するには十分な感度であるため代替使用可能と考えられる。ここでは、活性化エネルギーは60kJ/mol以下を「熱安定性が低い」とした。「熱分解が激しい」または「熱安定性が低い」と判定された場合には、試料の温度管理が重要となるが、貯蔵・輸送時の管理温度を得るためには、その物質の自然発火性を知る必要がある。自然発火の危険性を評価し、最低自然発火温度を求めるためにはデュワー瓶試験が適しているが、十分な試料量(5L程度)を調達できない場合は、自然発火温度測定装置(SIT)を用いる。なお、温度管理に関連して、不純物が触媒として働き発熱開始温度を低下させるおれもあるため、その混入にも十分注意を払うべきである。

酸化性物質および油脂類の混合物の場合には、最初にTG-DTAを行う。この試験において50-200℃の範囲で発熱が検出された場合には自己反応性が疑われるので、前述の「自己反応性物質」の評価に進む、一方、200℃よりも高い温度領域での発熱が検知された場合には、この発熱は燃焼によることを示しており、小ガス炎着火試験で着火性を確認する。

酸化性物質と可燃物の混合物の燃焼の激しさは、コーンカロリーメータで定量的に把握する。ここでは、アスファルト固化体の測定結果から、1,300kW/m2以上の発熱速度を「激しい燃焼」とした。

酸化性物質または油脂類と可燃物との混合物については、固体試料についてワイヤーバスケット試験(WBT)、液体試料に対して蓄熱貯蔵試験にて、自然発火危険性を調べる。両試験法は等温の蓄熱試験で、試料を安全に貯蔵するための管理温度を求めるために実施する。試料の管理温度は、WBTおよび蓄熱貯蔵試験によって測定される自然発火の限界温度よりも10K低い温度とする。

本研究では、今回新たに採用に至った評価方法の判定値に、事故を起こした化学物質の測定値から得られたものを暫定値として例示した。今後、種々の自己反応性物質および酸化性物質あるいは油脂類と可燃物の混合物等を評価してゆく中で、データが蓄積され、より実用的で信頼性の高い判定値および判定区分が得られることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「化学物質等の発熱・発火による熱的危険性に関する研究」と題し、化学物質等の発熱・発火に起因する火災・爆発事故防止をめざし、化学物質等の熱的危険性を適正に評価するための手法を提案することを目的として行なった研究の成果をまとめたもので、7章からなる。

第1章は序論であり、最近の危険物施設等における火災・爆発事故の動向について解説し、化学物質等による火災・爆発事故を予防するための、物質の熱的危険性評価の重要性とその現状の問題点について述べている。

第2章では、自己反応性物質の熱的危険性(熱安定性、自然発火性および熱分解の激しさ)の試験法について検討している。ここでは、新規発熱挙動測定手法である圧力追従式断熱型熱量計(APTAC)により、既知の自己反応性物質であるジ-tert-ブチルパーオキサイドに適用した結果の妥当性や最適な測定条件について検討した。その結果、圧力追従式の利点が確認された他、熱量測定に於いても、測定された発熱開始温度と最高温度に対して補正を適用することにより、従来法である加速速度熱量計(ARC)および示差走査熱量計(DSC)による測定値と整合する値が得られることが確認された。

第3章では第2章で得られた知見を基に、消防法危険物でないにもかかわらず火災原因物質となったヒドロキシルアミンについて熱的危険性評価を行っている。ヒドロキシルアミン水溶液は、ヒドロキシルアミン濃度の増大と共に熱分解が激しくなり、特に濃度が80%を超えると熱分解時の圧力上昇速度が急激に増大することを見出した。また、APTACによるガラス容器を用いた測定から、ヒドロキシルアミンは微量の鉄イオンの添加によって、発熱速度および圧力上昇速度が同時に劇的に増大することを明らかにした。更に、ヒドロキシルアミン水溶液の熱安定性に関しても、鉄イオンの存在が大きく関与し、鉄イオンを微量(4.9ppm程度)添加すると発熱分解開始温度が急激に低下することから、自然発火の危険性も高まることを示した。

第4章では、酸化性物質と可燃物の混合物である、アスファルトと硝酸塩等の混合物の自然発火の危険性について熱的危険性評価を行っている。アスファルト-硝酸塩混合物の微少発熱から燃焼までの熱的挙動の把握に等温蓄熱貯蔵試験を適用したほか、燃焼性状を調べる手法としてコーンカロリーメータの適用を試みている。等温蓄熱貯蔵試験においては、発火開始の前兆である容器中央底部の温度上昇(約10K)が、発火の1時間前から観測された。これは、硝酸塩粒子の沈降により試料容器の底部に硝酸塩の高濃度域が形成されたことにより開始された反応の蓄熱によるもので、この蓄熱から発火に至ったことが推定された。コーンカロリーメータの適用に当たっては、ガス分析を併せて行うことによって、アスファルト-硝酸塩混合物が酸素不存在下で発熱・発火することも見いだしている。

第5章では、油脂類と可燃物の混合物である、肉骨粉の自然発火の危険性について熱的危険性評価を行っている。肉骨粉の熱的挙動としては、脱水、有機化合物の燃焼および炭化物の分解の3段階の過程があることを、示差熱天秤(TG-DTA)による評価から明らかにした。また、自然発火測定装置(SIT)の測定結果からは、肉骨粉の酸化による最低自然発火温度が185℃であることが得られた。

第6章では、第2章から第5章までの研究結果をまとめ、従来法では十分な熱的危険性評価ができなかった、自己反応性物質、酸化性物質または油脂類と可燃物の混合物についての熱的危険性評価システムを提案している。このシステムは、示差操作熱量測定、消防法圧力容器試験、示差熱天秤および小ガス炎着火試験による、熱的危険性に関するスクリーニング、重量減少速度試験および小型密閉式圧力容器試験を用いた、加熱下における分解の激しさの評価、および断熱熱量測定(APTAC, ARC, SIT)、デュワー瓶試験、ワイヤーバスケット試験および等温蓄熱貯蔵試験による、自己加速分解温度(SADT)および自然発火温度測定等により構成される。

第7章は総括であり、本論文の成果をまとめている。

以上、要するに本論文は、最近の重大な火災・爆発事故の原因物質について熱的危険性評価を行った結果を踏まえて、従来法では十分に熱的危険性評価ができなかった、自己反応性物質、酸化性物質または油脂類と可燃物の混合物について、これらによる火災・爆発事故を予防するための新たな熱的危険性評価システムを提案したもので化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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