学位論文要旨



No 217817
著者(漢字) 草場,敏彰
著者(英字)
著者(カナ) クサバ,トシアキ
標題(和) 擬似移動層クロマト分離装置の設計手法の開発
標題(洋)
報告番号 217817
報告番号 乙17817
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17817号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 船津,公人
 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 牛山,浩
 京都大学 教授 河瀬,元明
内容要旨 要旨を表示する

近年,我が国の石油化学産業における開発の中心は,エチレン,プロピレン,ベンゼン,スチレンモノマー等の汎用化学品から,電子材料や液晶材料,光学材料に代表される高機能化学品へとシフトしている。高機能化学品の特徴として,構造が複雑,分子量が大きい,高沸点,固体,重合性を有するといった点が挙げられる。また,高機能化学品は求められる純度や不純物のスペックが汎用化学品に比べて厳しいことが多い。高機能化学品の分離を考えた場合,このような特徴のため,蒸留が適用できない場合がある。そこで本研究では,このような特徴を有する高機能化学品の分離方法として,擬似移動層クロマト分離(SMB)に着目した。SMBの設計検討は次の7つのStepに分類できる。

Step 1 分離目標の設定

Step 2 吸着剤と溶媒の選定

Step 3 吸着等温線と吸着速度の測定

Step 4 シミュレーションによるSMBの操作条件の探索

Step 5 SMBラボ機による確認

Step 6 スケールアップ時の最適化・経済性評価

Step 7 スケールアップ検討

上記の各Stepにおいて,それぞれ以下の課題が挙げられる。

Step 2

・吸着剤と溶媒の選定に時間を要する。

・SMBに適用可能な吸着力の範囲が明確になっていない。

Step 3

・回分吸着法による吸着量の測定において,吸着前後での溶液量の変化を考慮した真の吸着量の測定方法が確立されていない。

・吸着等温線と吸着速度の測定手法・測定条件が標準化されていない。

Step 6

・経済性という観点で分離条件の最適化に取り組んだ研究例が少なく,検討手順が標準化されていない。

そこで本研究では, SMBをなるべく短い期間でかつ高い確度で設計するために,上記の課題を解決するとともに,SMBの設計手順を標準化することを目的とした。より具体的な目的は以下の通りである。

(1)吸着剤と溶媒の組合せの選定基準を明確にするとともに,従来の「勘」と「経験」に頼った実験的かつ非効率な選定方法を改善するため,吸着剤と溶媒の選定システムを開発する。

(2)吸着等温線と吸着速度の測定手法ならびに測定条件を標準化する。

(3)ADM酸化反応混合物の分離実験を例に,上記(1),(2)の検討結果の妥当性を評価するとともに,スケールアップ時の分離条件の最適化手順を標準化する。

本論文は全編6章から構成される。

第1章では,本研究の背景と目的ならびにSMBの基礎知識・基礎理論について述べた。第2章では,吸着剤・溶媒の選定手法,SMBならびにSMBの設計に必要な吸着物性の測定方法について,既往の研究例を調査した結果について述べるとともに,それぞれの課題について論じた。第3章では,本研究で開発した吸着剤-溶媒選定システムについて記述した。まずは本システムの位置づけ・開発目標ならびに対象とする吸着剤について述べた後,システムのベースとなる吸着量データベースの構築について記述した。続いて,選定システムの開発において最も重要なポイントである吸着性能予測モデルの構築について論じた。さらには,構築した選定システムの精度について評価した。第4章では,SMBの設計に必要な物性とそれぞれについての適切な測定方法,ならびに種々の測定条件の標準化について論じた。第5章では,アダマンタン酸化体混合物からの2-アダマンタノン(2-ADO)の分離を対象に,SMBラボ機の運転,さらにはスケールアップ時の運転条件の最適化について論じた。第6章では,結言として本研究の成果を総括した。

以下,本論文の成果について概説する。

(1)分離に適したゼオライトと溶媒の組合せの選定について,選定確度の向上と選定に要する時間短縮を目的に選定システムを開発した。システム構築のベースとなる分配係数予測モデルについて,溶質の構造記述子を説明変数,分配係数の測定値を目的変数として,GAPLS法によりゼオライト-溶媒の組合せ別に回帰モデルを構築した。結果,全182通りについて,相関性・予測性ともに優れたモデルを構築することができた。併せて,SMBに適用可能な分配係数は,工業的に操作可能な条件において0.3~10(mol/L基準,強吸着成分)の範囲内であることを見出した。本検討結果は,組合せを選定する際の制約条件としてシステムに反映させている。2-ADOと2-AdOH,ならびにm-Xyleneとp-Xyleneの分離を対象に本システムの有効性を評価した結果,システムが選定した組合せと実測値から選定した組合せは概ね一致しており,本システムの有効性が確認された。本システムは,アルカンからアルコールまで幅広い物質群の溶質61種,低極性から高極性まで極性が異なる溶媒13種,高機能化学品を対象とした細孔径の大きいゼオライト14種と,膨大な量の測定データを基にモデルを構築しており,非常に汎用性の広いシステムと言える。選定システムを利用することで,実測の場合に1ヶ月を要するゼオライト-溶媒の組合せの選定が瞬時に計算でき,検討期間を大幅に短縮できる。さらに,実測の場合は検討期間の関係上,最適な組合せが測定対象から外れてしまう可能性があったが,本システムを利用することで,182通りの組合せについて測定したのに等しい結果を得ることができ,選定確度の向上に繋がる。これにより,SMBの設計検討において最も律速となる組合せの選定上の課題を解決することができ,本研究において最も大きい成果と言える。

(2)SMBの設計に必要な種々の物性ならびにパラメータについて,解析上あるいは測定上の留意点について論ずるとともに,測定条件や測定方法を標準化した。吸着量に関して,回分吸着法により真の吸着量を算出する上で,単位吸着剤当たりの全吸着容量Sを考慮する必要があることを述べるとともに,Sの値としては0.5 mL/g-吸着剤程度が適当であることを明らかにした。一方で,単カラム法により吸着量を求める上で必要となる空隙率については,0.4程度が適当であることを明らかにした。さらには,回分吸着法におけるSと単カラム法における空隙率が,空隙率の定義から求まる両者の関係を満たす限り,吸着における各相の考え方は両測定方法で同じとなり,得られる吸着量が同じになることを証明した。一方の総括物質移動容量係数について,容量係数に影響を与える各種因子の測定条件ならびに解析方法を標準化した。最後に測定方法と測定手順について整理した。結果,入手が容易な溶質については,吸着量と総括物質移動容量係数が同時に測定できる破過法が適切である。一方,入手が困難な溶質については,サンプルの使用量が少なく済むように,吸着量は回分吸着法,総括物質移動容量係数はパルス法と,別々の方法で測定するのが適当である。これらの研究成果は,同じ炭化水素系の溶媒・溶質,ならびにゼオライトを対象とした液相吸着において一般的に適用できるものであり,パラメータ測定の効率化ならびに高精度化に繋がる。

(3)アダマンタン酸化体混合物からの2-ADOの分離を対象に,SMBラボ機による一連の検討手順ならびに実験方法の確認,さらにはスケールアップ時の運転条件の最適化について検討した。まず,2-ADOの分離に適したゼオライトと溶媒の組合せを回分吸着法により選定した結果,NaY100と2M2BuOHの組合せが適切であることを見出した。その組合せについて,4章で論じた測定方法ならびに測定条件に従い,吸着等温線と総括物質移動容量係数を測定した。続いて,Triangle TheoryとWsmbを活用してSMBラボ機の運転条件を決定,その条件に従い実験を行った。結果,実験結果とシミュレーション結果は概ね一致しており,測定した吸着パラメータが妥当であること,2-ADOが高純度・高回収率で分離可能であることを確認した。さらには,スケールアップを想定した際の運転条件の最適化検討を行った。本検討を通して整理したΓパラメータと製品純度・回収率の関係や,最適化手順の考え方は,分離系に因らず適用可能であり,検討の効率化に寄与するものである。

(4)本研究の学術的新規性としては,選定システムを構築する過程で測定した1万点を超える分配係数のデータから,物質群,溶媒種,ゼオライトの構造・カチオンタイプ・Si/Al比といった観点で吸着傾向を整理した点が挙げられる。さらに分配係数の予測モデルについても,アルカンからアルコールまで,幅広い物質群について相関性・予測性ともに優れたモデルを構築した研究例は見当たらない。これらの成果は,ゼオライトにおける液相吸着の特性を理解する上で大きな意義を有している。また,SMBの設計に必要となる真の吸着量の算出方法を明確にしたこと,真の吸着量を算出する上で導入したSの考察より,修正Langmuir式の最後の項の物理的意味を明確にしたことや,共吸着点という概念を取り入れることで,SMBに適用可能な分配係数の上限を定量的に示したことについても,今までに報告例は見当たらず,新たな発見と言える。さらには総括物質移動容量係数について,D/dpや液相濃度との関係を実データを用いて整理した報告例は無く,貴重なデータである。

これらの成果は,擬似移動層クロマト分離装置の工業化に要する検討期間の短縮と設計確度の向上,ならびに吸着現象の本質的な理解に寄与するものである。

審査要旨 要旨を表示する

近年、我が国の石油化学産業における開発の中心は、エチレン、プロピレン、ベンゼン等の汎用化学品から、電子材料や液晶材料、光学材料に代表される高機能化学品へとシフトしている。高機能化学品の特徴として、構造が複雑、分子量が大きい、高沸点、固体、重合性を有するといった点が挙げられる。また、高機能化学品は求められる純度や不純物のスペックが汎用化学品に比べて厳しいことが多い。高機能化学品の分離を考えた場合、このような特徴のため蒸留が適用できない場合がある。そこで高機能化学品の分離方法として、擬似移動層クロマト分離(SMB)が着目されている。

本論文は、「擬似移動層クロマト分離装置の設計手法の開発」と題し、SMBをなるべく短い期間でかつ高い確度で設計するため、SMBの設計手順を標準化することを目的としている。特に、SMBの設計において最も重要となる吸着剤と溶媒の組合せの選定においては、従来の「勘」と「経験」に頼った実験的な選定方法を改善するため、分離対象系の構造情報から吸着量を推算することで、分離に適した吸着剤と溶媒の組合せを選定するシステムの開発について検討している。さらに、吸着等温線と吸着速度の測定方法と測定条件の標準化、また、SMBの運転条件の最適化方法の標準化についても検討している。本論文は以下の全6章から構成されている。

第1章では、本研究の背景とSMBの設計検討の流れについて述べるとともに、そこから浮かび上がる課題を示すことで、本研究の位置付けならびに目的を明らかにしている。

第2章では、SMBの設計に関する既往の研究例を解説している。

第3章では、本研究で開発した吸着剤-溶媒選定システムについて記述している。選定システムの開発において最も重要となる分配係数予測モデルについて、溶質61種、ゼオライト14種、溶媒13種を対象に分配係数を測定し、モデルの学習データとしている。次に、吸着質の構造情報を説明変数、分配係数を目的変数として、分配係数の予測値と実験値が一致するように回帰モデルを構築する。GAPLS法によりゼオライト-溶媒の組合せ別に回帰モデルを構築した結果、全182通りの組合せについて、予測性に優れたモデルを構築することができている。2-アダマンタノン(2-ADO)と2-アダマンタノール(2-AdOH)、ならびにメタキシレンとパラキシレンの分離を対象に本システムの有効性を評価した結果、システムにより選定された組合せと実測値から選定した組合せは概ね一致しており、本システムの有効性が確認されている。選定システムを利用することで、分離に適したゼオライトと溶媒の組合せを瞬時に選択でき、検討期間の大幅な短縮が期待できる。

第4章では、SMBの設計に必要な種々の物性ならびにパラメータについて、解析上あるいは測定上の留意点について論ずるとともに、測定条件と測定方法を標準化している。吸着量に関しては、回分吸着法により真の吸着量を算出する上で、単位吸着剤当たりの全吸着容量Sを考慮する必要があることを述べるとともに、適切な全吸着容量Sの値について明らかにしている。また、単カラム法により吸着量を求める上で必要となる空隙率についても適切な値を明らかにしている。さらには、回分吸着法における全吸着容量Sと単カラム法における空隙率が空隙率の定義から求まる両者の関係を満たす限り、吸着における各相の考え方は両測定方法で同じとなり、得られる吸着量が同じになることを証明している。一方の総括物質移動容量係数について、容量係数に影響を与える各種因子の測定条件ならびに解析方法の標準化について実験結果を交えて論じている。これらの研究成果は、同じ炭化水素系の溶媒・溶質、ならびにゼオライトを対象とした液相吸着において一般的に適用できるものであり、パラメータ測定の効率化ならびに高精度化に繋がる。

第5章では、アダマンタン酸化体混合物からの2-ADOの分離を対象に、SMBラボ機の運転、さらにはスケールアップ時の運転条件の最適化について論じている。ゼオライトにNaY100、溶媒に2-メチル-2-ブタノールの組合せを用いることで、2-ADOを高純度、高回収率で分離可能であること、また、スケールアップを想定した際の運転条件の最適化について検討した結果、最適条件におけるSMBの変動費は全体の製造コストに比べて十分に小さく、経済的に十分に成り立つレベルであることを述べている。学術的新規性という観点においては、蒸留等、従来の方法では分離できなかった2-ADOと2-AdOHを高純度・高回収率で分離できたことの意義は大きく、2-ADOの用途拡大に大きく貢献するものと期待される。運転条件の最適化方法の標準化という観点では、最も重要な操作パラメータであるΓパラメータ(流体相速度と固相速度の比)と製品純度・回収率の関係について論じている。

第6章では、本研究で得られた結果を総括している。

以上、本論文の主たる成果は、吸着剤と溶媒の選定システムを構築したこと、SMBの設計に必要な種々の物性とパラメータの測定条件と測定方法を標準化したこと、更にはΓパラメータと製品純度・回収率の関係について論じることで、SMBの運転条件の最適化方法を標準化したことである。以上の成果は、擬似移動層クロマト分離装置の工業化に要する検討期間の短縮と設計確度の向上、ならびに吸着現象の本質的な理解に寄与するものであり、工学的に高い価値を有し、分離工学および化学システム工学への貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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