学位論文要旨



No 217818
著者(漢字) 岩成,宏子
著者(英字)
著者(カナ) イワナリ,ヒロコ
標題(和) 創薬を目指したモノクローナル抗体の作製方法
標題(洋)
報告番号 217818
報告番号 乙17818
学位授与日 2013.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17818号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 岡本,晃充
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 特任准教授 先浜,俊子
内容要旨 要旨を表示する

第一章序論

抗体医薬は従来の低分子医薬を大きく上回る治療効果を示し、かつ分子標的薬であるために副作用も少なく「治療満足度」が大変高い。未だ効果的な治療薬が存在しないガン(特に手術不可能な転移ガン)や膠原病などの難治性疾患について、抗体医薬の開発が期待されている。

抗体は、それ自体が医薬品となりうるのみならず、創薬のためのツールとしても重要である。プロテオミクス解析や免疫染色に抗体を用いることにより、病態の解明が可能となり、新たな作用点の治療薬開発に繋がっていく可能性がある。また、抗体は膜蛋白質のX線結晶構造解析のツールとしても重要である。例えばG蛋白共役型受容体(以下GPCR)や膜輸送蛋白質(以下トランスポーター)のような膜蛋白質は重要な生理機能を担っており、その機能異常が数多の疾患の原因となるため、市販薬の半数以上がこれらをターゲットとしている。それ故に、膜蛋白質の構造解析とそれを元にしたドラッグデザインは、世界の関心を集めている。しかし、GPCRやトランスポーターのような複数回膜蛋白質は疎水性に富んでいるために、精製や結晶化が極めて困難である。これらの膜蛋白質に抗体を結合させることにより、蛋白質の「可溶性」を高め、膜蛋白質の立体構造を保持したまま複合体として回収できる。よって抗体は、膜蛋白質を精製するためのツールとして役立つのみならず、複合体を用いて結晶構造解析を行なうことができるという点で大変有用である。さらに抗体は、バイオマーカー探索にも重要な役割を果たす。抗体を用いたプロテオミクス解析により、臨床検体における創薬標的蛋白質の分布を検証することによって、新たなバイオマーカーを生み出せる可能性は大きい。また、抗体医薬(治療薬)を投与する場合に、治療対象を特定する診断(コンパニオン診断)は治療薬開発と不可分のものであり、この診断法の開発にも抗体が重要である。このような抗体の重要性を鑑み、我々は、従来抗体作製が困難とされていた膜蛋白質などの創薬標的蛋白質に対して、創薬に応用できるような高品質の抗体を作製する手法の研究を行なった。

本研究においては、創薬標的となる細胞表面上の膜蛋白質(特にGPCRやガン特異的に発現している膜蛋白質など)、および細胞内蛋白質(酵素、核内受容体など)に対する抗体を作製する方法を確立することを目的として、標的蛋白質を発現させた発芽型バキュロウイルス(以下BV)免疫法および末梢性免疫寛容の人為的解除による自己抗原に対する抗体作製方法の検討を行なった。

第二章 完全長膜蛋白質発現BV免疫による抗体作製方法の開発

膜蛋白質は疎水性が高く、立体構造を保持したまま精製することが一般に困難である。しかもGPCRなどの複数回膜貫通蛋白質では蛋白質の発現量が大変少ないため、抗体作製に必要な量の精製蛋白質を調製できない。そこで我々は、膜蛋白質をBVのエンベロープ上に立体構造を保持したまま発現させ、ウイルス粒子を遠心で回収しそのまま免疫に用いることにより、GPCRの抗体を作製する手法の研究を行なった。

具体的には、ムスカリン性アセチルコリンM2受容体(以下M2)について、発現BVを調製した。M2ノックアウトマウス(KO)とBVのエンベロープ蛋白質gp64のトランスジェニックマウス (自家調製:gp64Tg)を交配させてM2KO×gp64 Tgマウスを作出し、そのマウスにM2発現BVを免疫した。細胞融合後のスクリーニングで陽性であったウェルのコロニーをパッチピッキング法(新たに考案した方法)で分別した。クローニングを行なって抗M2抗体産生ハイブリドーマを樹立した。

樹立した抗M2抗体(C1901-C4-152)は、M2発現BV ELISAおよびM2発現Sf9細胞のフローサイトメトリーで特異的に反応し、細胞表面に発現しているM2(立体構造を保持)と反応することが確認された。M2以外にも複数の膜蛋白質について立体構造認識型の抗体作製に成功した。アデノシンA2a受容体(以下A2a)についてはインバースアゴニスト抗体を取得することができた。A2aとインバースアゴニスト抗体C2838の複合体を単離してX線構造解析に成功し、GPCRの構造について創薬上重要な情報を提供することができた。

以上により、完全長膜蛋白質発現BV免疫法は、創薬を目的とした膜蛋白質に対する抗体作製、すなわち立体構造を認識し、機能を有し、高親和性である抗体を作製する手法として大変有用であり、その手法を確立した。

第三章 gp64融合部分長蛋白質発現BV免疫による抗体作製方法の開発

創薬の標的蛋白質となっている核内受容体や細胞内酵素などで、共通の配列を持つファミリー蛋白質については、構造特異性の高い領域のみをBVのエンベロープの主要蛋白質であるgp64の融合蛋白質として発現させ、創薬のツールとなり得るような高品質の抗体を作製する手法を確立する研究を行なった。

gp64融合部分長蛋白質発現BVの調製においては、25~50アミノ酸長で発現させると抗体取得効率が高いことを見いだした。アスパラギン合成酵素(以下ASNS)については、N末端50残基をgp64の融合蛋白質としてBV上に発現させ、gp64Tgマウスに免疫して抗体作製を行なった。抗体産生陽性のウェルをまず発現BVのELISAおよびイムノブロットで選別し、さらに完全長ASNS発現細胞のイムノブロットおよびフローサイトメトリーを行い、完全長蛋白質と反応するウェルを選別した。

樹立した抗ASNS 抗体Z5801およびZ5808について、ヒト白血病細胞株K562(ASNS蛋白質が高発現)およびMOLT-4(ASNS蛋白質が極めて低発現)を用いてイムノブロットおよびフローサイトメトリーを行ない、K562と特異的に反応すること、すなわち内在性ASNS蛋白質と特異的に反応することを確認した。フローサイトメトリーにより、細胞1個当たりのASNS蛋白質発現量がK562では5755±291分子、MOLT-4では44±39分子と見積もられ、K562の方で有意に発現が高いことが確認できた(p<0.001)。また2種類の抗体を組み合わせてASNS測定サンドイッチELISA法を構築し、K562の細胞抽出液の希釈系列を反応させたところ、容量依存的な反応曲線が得られた。

以上により、gp64融合部分長蛋白質発現BV免疫法においては、構造特異性の高い部分長の蛋白質を免疫することにより、内在性の蛋白質と特異的に反応する抗体を得られることが示された。また取得した抗ASNS抗体を用いて、フローサイトメトリーおよびELISAで内在性ASNSが定量できることが示された。これにより、急性リンパ性白血病においてアスパラギナーゼ療法を適用する患者群(ASNS発現量の低い患者群)の識別診断方法開発への可能性を示した。

同免疫法でおよそ350種類の抗原について抗体作製を行なったが、およそ7割について内在性蛋白質のイムノブロット, 免疫染色、免疫沈降、クロマチン免疫沈降、フローサイトメトリーなどに用いることができる高品質の抗体を取得することができた.以上により、gp64融合部分長蛋白質発現BV免疫法は、創薬を目的とした高品質の抗体を作製する手法として大変有用であり、その手法について確立した。

第四章末梢性免疫寛容の人為的解除による自己抗原に対するモノクローナル抗体作製方法の開発

自己抗原および自己と相同性の高い抗原に対しては、異なる生物種由来の抗原であっても自己抗原と認識されて免疫寛容の機構が働くため、抗体が産生されにくい。創薬の標的になるような蛋白質は生理的に重要な機能を有しているため、動物種間で構造保存性が高い場合が多い。そこで我々は、末梢性免疫寛容を人為的に解除したマウスを作製して免疫に用いることにより、自己抗原および自己と相同性の高い抗原に対して抗体を作製する手法を確立するための研究を行なった。

正常BALB/cマウスの脾臓細胞からCD4+CD25+Foxp3+T細胞を除去した細胞(以下CD25−細胞)を同系のヌードマウスに移入することによって、末梢性免疫寛容を人為的に解除したマウスを作製した(以下CD25−細胞移入マウス)。そのマウスに自己抗原であるマウスサイログロブリン(以下mTg、精製抗原)を免疫し、免疫の至適条件の検討を行なった。抗血清価はELISAで評価した。その結果、CD25−細胞移入マウスに外来性にmTgを免疫した群では、免疫を行なわなかった群、あるいはCD4+CD25+Foxp3+ T細胞除去処理を行なわない脾臓細胞を移入したマウスに免疫した群と較べて、血中抗mTg抗体価が有意に上昇した(p<0.05)。また、初回、2回目免疫を10日以内に行なうことが、抗体価上昇のために重要であることが判った。別のマウス自己抗原であるマウスGα12蛋白質(精製抗原)についても至適条件で免疫を行い、抗血清価をイムノブロットで評価したところ、抗体価の上昇が確認された。また、mTgを免疫したマウスを用いてモノクローナル抗体を樹立した(C9502-03、C9504-11、C9507-02)。樹立された抗体は、ELISA、イムノブロットでいずれもmTgと良好に反応し、ビアコアにより解離定数(KD)は10(-8) Mオーダーと見積もられ、高親和性の抗体が得られたことが確認された。

以上により、CD25−細胞移入マウスに外来性に免疫を行なう方法は、免疫寛容を回避し自己抗原に対する抗体を作製する手法として有用であると考えられる。自己抗原に対する抗体作製方法としては他にノックアウトマウスを用いる方法があるが、本法はそれを補うより汎用性の高い有用な方法になり得ると考えられ、創薬を目指した抗体作製の手法として確立することができた。

第五章 結語

本研究の成果は、今後の創薬を目指した新規モノクローナル抗体の作製、開発に貢献できるものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

高齢化社会を迎えた日本においては,がんや免疫病・神経疾患など難治性疾患の効果的な治療法の開発が急務となっている。近年の遺伝子工学の発達により,抗体医薬はこれらの疾患に対して副作用の少ない劇的な効果が期待できる夢の新薬として注目を浴びている。しかし,治療効果の高い医薬としての抗体を作製するには,様々な問題点を克服することが必要である。特に,がん細胞膜に存在する膜タンパク質に対する抗体を作製することは,抗原調整の問題や免疫寛容の問題が大きくたちはだかり,有効な治療薬の開発をさまたげている。

本研究は,東京大学先端科学研究センターで開発されたバキュロウイルスへのタンパク質発現システムを利用し,診断や治療に使用できる機能的抗体を作製する技術を開発し,これまで不可能とまで考えられていた膜タンパク質やその他の様々なタンパク質に対する抗体の作製を可能とした。

第一章では,抗体医薬の開発の歴史と意義についてまとめており,創薬標的となる抗原の性質と抗体作製の困難さについて述べている。また,バキュロウイルスディスプレイ(BV法)法について説明し,他の抗原調整法(免疫法)に比べた優位性について,多数回膜貫通型トランスポータータンパク質を例として比較検討している。

第二章では,最大の創薬標的であり,抗原調整も抗体作製も困難なGタンパク質共役型受容体(GPCR)について,その特性と免疫ストラテジーについて述べている。バキュロウイルス上にディスプレイされた機能を保持したGPCRをマウスに免疫してモノクローナル抗体を得る手法を論じている。バキュロウイルスには免疫源性の高い表面抗原gp64が存在するため,これを遺伝的に組み込んだトランスジェニックマウスを利用することにより,免疫寛容を誘導し,目的の抗原に対する抗体の作製が誘導できることを示した。また,高次構造を保持した膜タンパク質の特にループ部位を認識する抗体を得るためのスクリーニング手法について論じている。これらの新手法により,ムスカリン性アセチルコリン受容体M2に対するモノクローナル抗体の作製に成功した。またアデノシン受容体を非活性型に固定する抗体を作製し,X線結晶構造解析によるGPCRの活性化機構を明らかにするとともに,抗体を用いるドラッグスクリーニング法の可能性を示した。

第三章では,バキュロウイルスエンベロープに多数存在するgp64膜タンパク質に,任意のタンパク質の部分あるいは全長を融合タンパク質として発現させ,創薬のツールとなりうる高品質の抗体作製法について論じている。本手法では,50~100アミノ酸残基の抗原を容易に作製できるため,機能的ドメイン構造を保ったまま抗原として免疫可能である。免疫およびスクリーニング法の最適条件について検討し手法を確立することにより,通常の合成ペプチドによる免疫法では得られにくい免疫染色・免疫沈降・ELISAアッセイ・フローサイトメトリー等に使用することができる有用な抗体を250種類以上のタンパク質について樹立した。リンパ性白血病の治療診断として用いることが期待されているアスパラギン合成酵素に対するモノクローナル抗体を例として,詳述している。

第四章では,自己抗原および種間のアミノ酸配列相同性の高い抗原に対して抗体を作製する手法の開発について論じている。本研究の目的である創薬を目指した抗体の作製では,疾病の原因となる重要なタンパク質がターゲット抗原であるため,動物種間のアミノ酸配列が進化上保たれていることが多い。このような抗原には免疫寛容が成立しており,免疫反応が抑制されるため抗体が作られない。この自己抗原に対する免疫寛容を担っている制御性T細胞に着目し,この免疫担当細胞を除去することによって,寛容の機構を回避して自己抗原に対して抗体を作製する手法の開発について述べている。ヌードマウスは胸腺を欠失するためT細胞系が存在しない。このヌードマウスに同系のBALB/cマウスの脾臓細胞から免疫細胞を取り出し,CD4+CD25+Foxp3+T細胞を除去した細胞群を選別して移入することにより,制御性T細胞を除いた免疫細胞を保持したマウスを作製した。このマウスに甲状腺から精製した自己抗原であるマウスサイログロブリンを免疫し,抗体価の上昇を得,またモノクローナル抗体を取得することに成功している。受容体からのシグナル伝達に重要なGタンパク質は種間相同性が高く抗体ができにくいことが知られているが,本手法により抗体が取得可能であることが示された。本研究は自己免疫疾患や腫瘍免疫および臓器移植で重要な課題となっている免疫寛容のメカニズムの解明に寄与するともに,新しい免疫法を提唱している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク