| No | 216899 | |
| 著者(漢字) | 古川,公毅 | |
| 著者(英字) | ||
| 著者(カナ) | フルカワ,ヒロキ | |
| 標題(和) | 首都高速道路のネットワーク形成の歴史と計画思想に関する研究 | |
| 標題(洋) | ||
| 報告番号 | 216899 | |
| 報告番号 | 乙16899 | |
| 学位授与日 | 2008.02.21 | |
| 学位種別 | 論文博士 | |
| 学位種類 | 博士(工学) | |
| 学位記番号 | 第16899号 | |
| 研究科 | 工学系研究科 | |
| 専攻 | 社会基盤学専攻 | |
| 論文審査委員 | ||
| 内容要旨 | 1.本研究の目的と背景 首都高速道路は、昭和34年に当初計画が都市計画決定されて以来、逐次ネットワークを拡大し、いまや首都圏において欠かすことができない基幹的な交通施設になっている。 一方、世代交代が進み、創成期のいきさつを知る人が少なくなってきた。 そこで、改めて首都高速道路のネットワーク発展の歴史を辿るとともに、首都高速道路の計画思想の由来を知るため、山田正男の首都高速道路の初期の構想の発想はどこからきたかを調べ、欧米の都市高速道路のネットワークと比較し、さらにアジアへの波及について研究した。 2.首都高速道路のネットワーク形成の歴史 1)首都高速道路の初期の構想 首都高速道路の初期の構想の内、最初のものは、昭和13年に内務省の都市計画東京地方委員会の山田正男が提唱した「東京高速度道路網計画案」である。 4環状と8放射、延長839km、4車線の計画案で、市街地内は高架構造である。 今回、道路網計画図を再現したところ、今の都心環状線、中央環状線、外郭環状線、圏央道と極めて似ていることがわかった。 2)当初計画の形成 昭和32年8月(1957年)、都市高速道路網を調査審議するため、東京都市計画地方審議会に高速道路調査特別委員会(委員長:金子源一郎)が設置された。 東京都建設局都市計画部長の山田正男から高速道路計画案の説明がなされ、短期集中的な審議が多岐にわたり行われた。 東京都案は、4車線、設計速度は60km/時、であった。これに対し、将来都市間高速道路と接続され通過交通が多くなると想定される数路線について、特別に高い設計基準や車線数を考慮できないか議論され、その場合は通過交通を分散する環状道路の整備で対応することとし、都市計画道路(幅員40ωの拡幅の困難性などを考慮して、原案通りの車線数と設計基準とで対処することとなった。 昭和34年8月18日(1959年)、当初計画の8路線、延長約71km、出入口92箇所の都市計画決定がされた。 環状6号線内側の地域において、幹線街路の補完的施設として、交差点の連続立体交差化を図るものであった。 3)延伸計画の形成 当初計画を外郭環状線付近まで延ばして都市間高速道路と接続することが渋滞解消のための緊急な課題となった。 昭和40年9月(1965)、東京都市計画高速道路調査特別委員会(委員長:金子源一郎氏)は、首都高速道路の延伸計画の検討に入った。 昭和39年度大都市幹線街路調査の首都高速道路延伸計画を土台に検討が進められた。 審議の過程では、4車線の容量を超える交通量が予想される部分の6車線化、路線計画の追加及び設計速度の80km/時または100km/時への引き上げるべきとの意見が出された。 これに対して、6車線とすることや設計速度を引き上げて曲線半径を大きくすることは用地取得などの面で困難なので、能率的な都市活動を確保するため、高速道路のランプ配置を考慮して、網計画を一部修正して2路線増やした。併せて平面街路については、連続立体交差化などにより拡充強化を図ることとした。 昭和43年3月(1968)の高速道路調査特別委員会において、内環状、中央環状、外環とll路線、延長336kmの延伸計画が提案され了承された。 4)首都高速道路のネットワークの性格 当初計画の延伸に伴い、ネットワニクが格段に充実したため、当初計画の単なる「幹線街路の補完的な施設」から、「基幹的交通施設」へと首都高速道路の性格が変った。 しかし、あくまで首都高速道路は交差点を連続立体交差化する発想から出発したもので、都市間高速道路とは自ずから性格が異なるものである。 3.首都高速道路の計画思想について 1)山田正男が昭和13年に提唱した「東京高速度道路網計画案」の発想のルーツを調べた。 (1)欧米の文献を旺盛に学ぶ中からアメリカの立体交差のアイデアを得て、発展させた。山田正男はアメリカ、ドイツ、フランスなど外国の文献を旺盛に勉強し、特にS.Johannessonの「街路の将来」(Streets of Tomorrow, E N R,1937年10月)が示した、一方通行・2車線・短区間の立体交差による交通処理のアイデアに触発され、往復4車線・長区間連続立体交差のネットワークの計画に発展させた。ニューヨークやシカゴの一部でしかなかった立体交差を、東京全体のネットワークへと飛躍させたのは、山田正男の独創である。 (2)中国の東北地方(いわゆる「満州」。以下満州という)の高速道路計画の息吹を受けた。 インタビューに答えて、山田正男は「満州で高速道路計画をやっていたので日本でも計画した」と語っている。 そこで調べたところ、当時満州には二つの高速道路の動きがあった。 一っは、恰爾浜と大連を結ぶ都市間高速道路の恰大道路の計画が1939年(昭和14年)に、急に動き出した。延長1,000km、4車線設計速度は160km/hという、日本と満州を含めて、最初の高速自動車専用道路の計画である。ドイツのアウトバーンの160km/hと同じ設計速度である。1942年(昭和17年)に一部着工された。 二つ目は大東港都市計画の高速道路計画で、1939年(昭和14年)から1940年(昭和15年)にかけて一気に決定された。満州国唯一の不凍港と臨海工業都市の新設計画である。 この都市計画の中に、市街地の外周を屈曲しながら、既成都市の安東と新設される大東港を結ぶ一本の高速道路計画が含まれている。4車線、設計速度120km/hという計画である。1943年(昭和18年)には一部工事の報告がされている。 以上から考察して、発想のルーツは、アメリカの文献から得た立体交差のアイデアと、満州の高速道路の息吹きと、都市計画東京地方委員会の環境の三つである。 2)欧米の大都市の都市高速道路のネットワークとの比較 欧米では、都市間高速道路が支配的である。 q)アメリカの主要20都市の都市高速道路 I- Ueban Freeway Development In Twenty Major Cities ( Automotive Safty Foundation,1964.8 (昭和39年))は、アメリカの主要な20都市の都市高速道路のネットワークを、図と豊富な写真をもとに、実証的に示した貴重な内容である。 都心の中に州際道路の都市部区間が堂々と入り込んで通過している。都市内の道路とのジャンクションは広大な空間を使っている。 また、環状放射型の都市においては、環状道路の整備を州際道路で活発に進めている。(2)ヨーロッパの都市高速道路 ヨーロッパでは、ベルリンなど一部の都市を除いて、市街地の外周の環状高速道路で都市間高速道路を受け止めて、市街地の中には平面街路で結ばれており、高速道路は一部の路線しか入り込んでいない。 (3)欧米と比較した首都高速道路の特徴 欧米の都市間高速道路が支配的な計画思想とは異なり、首都高速道路は、都市内交通のため、道路の交通処理能力を上げる目的で、交差点を連続立体化しネットワークとしたことに特徴があり、これが首都高速道路の計画思想である。 4.アジアへの波及 バンコク、上海、北京、ソウル、ジャカルタなどアジアの大都市の都市高速道路のネットワークを比較し、日本の海外技術交流の歴史を辿り、アジアへの波及について考察した。各都市の都市高速道路は、ネットワークと導入道路によってタイプ分けできる。 1)Aタイプは、せまい道路が多い中で、高架の都市高速道路のネットワークの形成が進んでいて、見た目が首都高速道路と似ている。バンコクと上海がこのタイプに当たる。 上海の内環状線のランプ配置の報告書には、参考文献の一つとして日本の道路構造令と首都高速道路のランプ配置図があげられている。 2)Bタイプは、広い道路が整備されている中で、都市高速道路の整備が行われていて、見た目には首都高速道路とはあまり似ていない。北京とジャカルタがこのタイプである。 北京には、格子状の広路が、ジャカルタには、オランダが残した広い道路がある。 3)Cタイプは、道路が狭い区域と広い道路が整備されている区域に都市高速道路の整備が分かれていて、首都高速道路と似ている路線と似ていない路線がある。 ソウルでは、内環状線の内陸区間は首都高に似ている。その他は車線数が多く、アメリカの高速道路に似ている。 5.総合考察 首都高速道路のネットワークは、交差点を連続立体交差化する発想から出発したもので、都市間高速道路とは自ずから性格を異にしている。当初計画の、環状6号線の内側の地域における、幹線街路の「補完的施設」としての性格から、延伸計画の、外環まで延ばして都市間高速道路と接続することによる、幹線街路と並ぶ「基幹的交通施設」へ性格が変った。 首都高速道路の計画思想はどこから来たものか。昭和13年に山田正男が提唱した「東京高速度道路網計画案」は、欧米の文献の中から得たアメリカの立体交差のアイデアと、満州における日本人土木技術者の高速道路の取組みを参考に、東京に適用し発展させたものである。 また、欧米の、都市間高速道路が支配的な計画思想とは異なり、首都高速道路は、都市内交通のため、道路の交通処理能力を上げる目的で、交差点を連続立体化しネットワークとしたことに特徴があり、これが首都高速道路の計画思想である。 欧米に学びつつ、単なる技術移転ではなく、市街地内の交通処理を主目的とした都市高速道路のネットワークという、独自の計画思想にまで発展させ、東京で世界最初に実現した。 首都高速道路の計画思想と技術はどこに波及したか。アジアの大都市の都市高速道路の整備が急速に進んでいる。日本と各国との都市高速道路の技術交流も積上げられてきている。 狭い道路が多い中で、高架の都市高速道路網の形成が進むバンコクや上海には、首都高速道路の影響が外観上から見ても、濃く受け継がれ、その都市に根付いている。 中環、外環、圏央道の整備が進み、ネットワークの効率性への関心が高まりつつある今こそ、改めて首都高速道路の持つ計画思想と技術の独自性を活かして、ネットワークの充実について検討する好機ではないだろうか。新たな「首都高速道路のネットワークの時代」である。 本研究が、この課題に取組む上で役立てば幸いである。 | |
| 審査要旨 | 本研究は、東京の首都高速道路の主として路線計画の計画思想をその創成期から改良期まで系統的に、かつ実証的に検証したものである。また、その計画思想のオリジンがアメリカ、ヨーロッパ、戦前満州の道路計画思想とどのような関係を持つのか、近年のアジア諸国の都市内高速道路計画にどのような影響を及ぼしたのかについて考察している。 序論をまとめた1章のあと、第2章では、首都高速道路のネットワーク形成の歴史について史料調査を行い、(1)首都高速道路の初期の構想、(2)当初計画のネットワーク、(3)延伸計画の形成 に関して、首都高速道路計画形成の経緯と設計内容の変遷が取りまとめられている。当初計画と比べ、ネットワークが格段に充実したため、「基幹的交通施設」へと首都高速道路の性格が変ったが、あくまで首都高速道路は交差点を連続立体交差化する発想から出発したもので、都市間高速道路とは自ずから性格が異なるものであることが明らかにされている。 次に第3章では、「首都高速道路の計画思想はどこから来たか」が取りまとめられている。具体的には、S.Johannesonの「街路の将来」(Streets of Tomorrow)に代表される欧米の都市内連係高速道路、中国東北地方で日本の専門家が進めた道路計画と、山田正男らの「東京高速度道路網計画案」との関係性が分析されている。従来の研究では、欧米に都市高速道路のネットワーク形成の計画思想があったのか、については、必ずしも明確に整理されていなかったが、本研究では、欧米においても早くから環状道路と都市高速道路のネットワーク形成の考え方があったが十分には実現しなかったことを明らかにし、この点を踏まえて首都高速道路のネットワークの特徴を考察している。首都高速道路は、道路の交通処理能力を上げるため、交差点を連続立体化したことに特徴がある。欧米からの単なる技術移転ではなく、市街地内の交通処理を目的とした都市高速道路のネットワークという、欧米とは異なる独自の計画思想にまで発展させ、東京で世界最初に実現した。 第4章では、首都高速道路の計画思想がどのように他国に波及したのか分析している。具体的には、バンコク、マニラ、ジャカルタ、上海等を対象に調査を実施し、各都市の都市高速道路を、都心に至るまで連続立体交差のネットワークが形成されているか、及び導入道路がコンパクトに高度利用されているかの二つの要素によりタイプ分けしたところ、首都高速道路と似ているもの、似ていないものに分類できた。その結果、バンコクと上海においては、首都高速道路の計画思想が色濃く受け継がれているのではないかと考察した。 本研究の特徴は次の点にある。 1)首都高速道路のネットワーク形成に重要な役割を果たした東京都市計画高速道路調査特別委員会の審議内容について、実証的に取りまとめている。 2)延伸計画の形成の過程については従来必ずしも明確に整理されていなかったが、本研究では、東京都の大都市幹線街路調査を軸に、高速道路調査特別委員会で審議された過程を明らかにした。これにより、初期の構想から、当初計画、延伸計画を経て現在に至る歴史を体系的に記述することが可能となった。 3) 山田正男が1938年に提唱した首都高速道路の初期の構想に着目し、そのルーツはアメリカの立体交差による交通処理のアイデアと、満州の二つの高速道路計画の息吹であったと分析している。 4) 首都高速道路の計画思想がどこから来たかについて調べ、アメリカ及びドイツにおいては、都市高速道路のネットワークの考え方はあったが、十分には実現しなかった。一方、都心部に至るまでの都市高速道路のきめ細かなネットワークにまで具体化し、世界で最初に東京で実現させたことが首都高速道路の特徴であることを明らかにした。 5) アジアの大都市の都市高速道路への日本の海外技術交流の経緯を明らかにし、都心に至る連続立体交差のネットワークが形成されていること、及び導入道路のコンパクトな高度利用がされていることから見て、バンコクや上海には首都高速道路の計画思想が濃く受け継がれていると分析した。 本研究により得られた知見は今後の内外の道路計画をより充実したものとする上で極めて有用なものと認められ、学位論文としての価値が十分に高いものと判断する。 また、英語の試験の結果も良好であり、総合的に見て審査委員一致して合格と判定する次第である。 | |
| UTokyo Repositoryリンク |