No | 115557 | |
著者(漢字) | 富永,昌英 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | トミナガ,マサヒデ | |
標題(和) | 核酸塩基を用いた新規機能性分子の設計 | |
標題(洋) | Design of Novel Functional Molecules based on Nucleobases | |
報告番号 | 115557 | |
報告番号 | 甲15557 | |
学位授与日 | 2000.05.18 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4738号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 核酸塩基は、生物化学の分野だけではなく、超分子システムにおけるビルディングブロックとしても極めて魅力的な化合物である。すなわち、相補的な多点水素結合・金属との相互作用が可能であり、ウラシル・シトシンなどのピリミジン塩基は、紫外光照射によって可逆的に二量化する。本研究ではこれらの点に着目し、核酸塩基を基本ユニットとする新規な機能モジュールを設計し、それを用いた物質変換、分子認識機能などの開拓を目的とした。なかでも、1)核酸塩基の多点水素結合による触媒作用、2)ウラシルを基本ユニットとする新規な樹木状高分子(ウラシルデンドリマー)の合成と機能、の2点について詳細な検討を行った。 1 核酸塩基の触媒作用 多点水素結合を利用した物質変換は、超分子化学の分野における中心的な興味である。核酸塩基は相補的な多点水素結合を形成する代表的化合物であるが、それ自身が「触媒」として働く例はほとんど知られていなかった。そこで、本研究では、核酸塩基の多点水素結合による「触媒作用」について検討した。 2-アミノ-6-クロロプリン(1)へのEt2NHの求核置換反応(Scheme1)を核酸塩基の存在下(5-9)で試みた。1はウラシル(5,7,8)、シトシン(9)と2点の水素結合を介して相補的塩基対を形成し、1H NMRの滴定から、いずれも同程度の会合定数を示した。ベンゼン中30℃で、1(5mM)Et2NH(125mM)の条件でアミノ化反応試みたところ、ウラシル(5,6)の存在下で反応が著しく加速されることが分かった。例えば、15mMの5の存在下、反応は無触媒系に比べて11.7倍加速された(Figure 1a,○)。また、ウリジン誘導体(8)も同様の触媒活性を示した(Figure 1a,■)。対照的に、ウラシルと1点でしか水素結合できない6-クロロプリン(2)とEt2NHの反応を同条件下で行った場合、5による加速は2.8倍にとどまった。また、1とEt2NHの反応に、3-メチルウラシル(6)を用いた場合には、反応の加速はほとんど観察されなかった(Figure 1b)。 次に1とEt2NHの初期濃度を固定し、5の濃度を増加させたところ、反応速度に明確な飽和挙動が観察され(最大28倍の加速)、1と5の間に形成される2点水素結合錯体が触媒作用に関与していることがわかった。同様の飽和挙動はEt2NHの濃度を増加させた場合にも観察され、Et2NHと1との複合体も反応に関与していることが示された。従って、ウラシルは両基質と水素結合で三元錯体を形成し(syn-10 and/or anti-10(下図))、5とEt2NHを近接させることにより反応を加速しているものと考えられる(エントロピーロスの減少)。一方、三元錯体の形成は可能であるが配位したEt2NHが反応点に近接できないシトシン(9)(Figure 1a,◆)、1と2点で水素結合できるがEt2NHの配位部位がない2-ピリドンを用いた場合には、反応の加速は極めて小さく(Figure 1b)、これは上記のメカニズムと矛盾しない。一方、5と同様の三元錯体を形成するが、カルボニル酸素の塩基性が低い5,6-ジヒドロウラシル(7)は、アミンを十分に捕捉・活性化できず、反応の加速は著しく減少した。これらのエントロピー的要素に加えて、多点水素結合によるイオン性中間体の安定化も重要な役割を果たしているものと考えられる。 2. 核酸塩基からなる新規な樹木状高分子の合成と機能 樹木状多分岐高分子であるデンドリマーは、三次元的な擬ネットワーク構造をもつことから、ホスト分子としてのポテンシャルを有している。さらに、その擬ネットワーク構造に可逆的に架橋を導入できれば、取り込んだゲスト分子の閉じ込め・放出を制御できる可能性がある。これらを念頭に、ウラシルを基本ユニットとする樹木状高分子(ウラシルデンドリマー)を分子設計した。ここでは合成したウラシルデンドリマーを用いて、(1)紫外光照射によるデンドリマー組織内での可逆的架橋を検討するとともに、(2)カルボニル酸素への配位による金属イオンのトラップを調べた。 2.1 ウラシルデンドリマーの分子設計 ウラシルの1,3位の二つの窒素原子をアンカーとして、convergent法によりデンドリマー構造を構築した(Scheme2)。すなわち、(i)5-シベンジルオキンメチルウラシル誘導体(LηU-OBn)のブロモ化、(ii)得られた5-ブロモメチルウラシル誘導体(LηU-Br)と5-ベンジルオキシメチルウラシル(11)の縮合反応、を繰り返すことにより、ウラシルデンドリマーLηU-OBn(n=2-4)を合成した。生成物はいずれも、計算値と一致する単一のMALDl-TOF-MSシグナル、単分散のSECを示し、欠陥のない樹木状構造をとっていることが示された。 2.2 光照射によるデンドリマー分子内での可逆的架橋反応 ウラシル、チミンなどのピリミジン塩基は280nmの紫外光照射で、[2+2]2量化によりシクロブタン環を形成し、さらにここに240nmの紫外光を照射するとダイマーが開裂してモノマーへと戻ることが知られている(Scheme3)。そこでL4U-OBn(7.5μM in CH3CN at 20℃)に280nmの単色光を照射したところ、Figure2aに示すように、ウラシルに由来する吸収(λmax=275.6nm)が時間とともに減少し、ウラシルユニット間で2量化反応が進行したことがわかった。一方、反応混合物は、光照射前と同一のMALDl-TOF-MS、SECを示し、架橋反応が分子内で選択的に進行することが明らかとなった。光照射80時間で、吸収強度は照射前の約65%にまで減少した(Figure2a)。これは、デンドリマー1分子あたり、平均3個のダイマーが生成したことに相当する。一方、L4U-OBnの光2量化反応は、世代が1つ小さいL3U-OBn(Figure2b)、モノメリックな1,3-ジメチルウラシルに比べて速いものであった。これはデンドリマー分子中でのウラシルユニットの濃縮効果に起因すると考えられる。 架橋したL4U-OBnに240nmの紫外光を照射したところ、吸収の増加が観測され、フォトダイマーの解裂反応が進行した。本結果は、照射する光の波長によって、デンドリマー分子内に、可逆的に「鍵」をかけることができることを示すものであり興味深い。 2.3 ウラシルデンドリマーによる金属イオンの捕捉 ウラシルデンドリマーは、金属種と相互作用可能なカルボニル酸素を分子内に複数個有する。そこで各種金属イオンとの相互作用を検討したところ、希土類イオンを特異的に捕捉することが分かった。例えば、L3U-OBnをCH3CN中(20μM)、Sc(OTf)3で滴定したところ、ウラシル由来の吸収が等吸収点(248.2,282.8nm)を持ちながら、長波長側にシフトした(275.2→294.2nm)(Figure 3a)。299.6nmの吸光度をSc(OTf)3の当量でプロットしたところ、1当量程度加えた時点で屈曲点が観察され、1:1の当量比で錯体が形成されたことが明らかとなった(Figure 3b)。これはjob's plotsの結果もからも支持され、さらに両者の混合物のMALDl-TOF-MSは、L3U-OBnとSc3+の1:1錯体に相当するピークを示した。同様の吸収スペクトル変化は、La3+,Eu3+,Lu3+などの希土類イオンで滴定した場合にも観察され、いずれも1:1のstoichiometryでL3U-OBnと相互作用することがわかった。対照的に他の金属イオン、例えば、Na+,K+,Cs+,Ag+,Cu2+,Zn2+などはL3U-OBnと混合しても全くスペクトル変化を示さなかった。すなわち、ウラシルデンドリマーはその分子中に存在するカルボニル基のMultipleな配位により、希土類イオンをトラップしている。 L3U-OBnとは対照的に、L1U-OBnは希土類イオンと相互作用しなかった。一方、L3U-OBn(ウラシルユニット数=7)より一世代大きいL4U-OBnを用いて(ウラシルユニット数=15)Sc3+との相互作用を調べたところ、予想通りウラシルユニットの数に比例して、1分子あたり2個のSc3+を取り込んだ。興味深いことに、La3+などSc3+以外の希土類イオンはL4U-OBnと1:1のstoichiometryで錯形成した。 次に、Sc3+とその他の希土類イオンとの競争的捕捉を試みたところ、極めて高い選択性が発現することがわかった。例えば、L3U-OBnに対してSc3+,La3+を各々40当量加えたとき、La3+のみ選択的に錯形成した。一方、Sc3+,Lu3+を競争的にとりこませた場合には、逆にSc3+が選択的に捕捉された。この結果は、ウラシルデンドリマーの特異なイオン認識能を示すものであり興味深い。 Scheme 1 Figure1.(a)Time courses of the reaction of 1(5mM) with Et2NH(125mM) in the absence (▲) and presence of 5(○),8(■),and 9(◆) in C6H6 at 30℃.(b) Acceleration effects(kobs/kuncat) of the aminolysis in the presence of nucleobases 5-9 and 2-pyridone(15mM). Plausible ternary complexes among 6-chloroguanine(1),Et2NH,and uracil. Scheme2 Figure 2. Irradiation of LnU-OBn(n=3,4) with UV light (280nm) inCH3CN at 20℃ (a)Absorption spectral change of L4U-OBn. (b)Plots of the absorbance at 275.6 nm versus time, Figure3.Spectroscopic titration of L3U-OBn with Sc(OTf)3in CH3CN at 25℃. (a)Absorption spectral change of L3U-OBn:[Sc(OTf)3]o/[L3U-OBn]o=O→1.2. (b)Plots of the absorbance at 299.6 nm versus[Sc(OTf)3]o/[L3U-OBn]o. | |
審査要旨 | 核酸塩基は、相補的な多点水素結合や配位結合による相互作用が可能であり、生物化学の分野だけでなく、超分子化学におけるビルディングブロックとしても注目されている。一方、ピリミジン塩基と呼ばれるウラシルやシトシンなどの核酸塩基は、紫外光照射によって可逆的に二量化することが知られている。本研究ではこれらの点に着目し、核酸塩基を基本ユニットとする新規な機能性モジュールを設計し、その触媒作用や分子認識能について研究を行っている。特に、1)相補的多点水素結合による核酸塩基の触媒作用、2)核酸塩基を基本ユニットとする新規な樹木状高分子(デンドリマー)の合成と機能、の2点について詳細な検討がなされている。 第一章では、核酸塩基の触媒作用に関するはじめての例が見いだされている。提出者は、核酸塩基が多点水素結合形成を駆動力として二種の基質を空間特異的に捕捉することができれば、両基質間の反応が促進するのではないか、と考えた。その一環として、クロログアニンヘのアミンの求核置換反応が検討され、ウラシルが極めて有効な触媒となり、反応を最大30倍加速することが見いだされている。反応機構に関する検討の結果、ウラシルが両基質と多点水素結合で三元錯体を形成し、クロログアニンとアミンを近接させることにより反応を加速していることが示されている。また、ウラシルと同様に基質と錯形成可能な核酸塩基についてもその触媒能が検討され、多点水素結合による基質の捕捉だけでなく、配向も制御されなければ反応加速を実現できないことが示されている。さらに、反応加速には上述のエントロピー効果に加えて、多点水素結合によるイオン性中間体の安定化も重要な役割を果たしていることが示唆されている。 第二章では、ウラシルをビルディングブロックとする新規な核酸塩基デンドリマーの設計と機能について述べられている。提出者は、第一章の結果をふまえ、核酸塩基を同一分子中に多数導入することによる「高活性、高選択的な触媒機能」の発現を目指した。その一環として、ウラシルデンドリマーと希土類金属イオンとの相互作用が検討され、世代の大きなウラシルデンドリマーが希土類イオンを107M-1以上の会合定数で強く捕捉することが見いだされている。この場合、デンドリマーの世代が高いほど希土類金属イオンヘの親和性が高くなることが示されており、赤外分光分析から、デンドリマーの世代によって配位に関与するウラシルユニットの数が変化することが明らかにされている。本章ではさらに、紫外光照射によるウラシルユニット間での二量体形成/開裂反応が検討され、分子内に可逆的に鍵をかけることができるナノコンテイナーとしてのウラシルデンドリマーの新たな可能性が示されている。この場合、デンドリマーの世代が高いほど光二量化反応が起こりやすく、提出者は、これを「デンドリマー化に伴うウラシルユニットの濃縮効果」に起因すると結論している。 以上、本研究では、核酸塩基を超分子構造形成のための単なるモジュールとして利用するこれまでの研究から一歩踏みだし、物質変換反応の触媒や光機能材料としての新たな可能性が示されている。これらの成果は、触媒化学、錯体化学、光化学、分子認識化学の進歩に貢献するいくつかの重要な知見を与えるものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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