学位論文要旨



No 115572
著者(漢字) 関谷,貴之
著者(英字)
著者(カナ) セキヤ,タカユキ
標題(和) 設計における解析モデリング過程の理論化に関する研究
標題(洋)
報告番号 115572
報告番号 甲15572
学位授与日 2000.06.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4741号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 冨山,哲男
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨 要旨を表示する

 設計過程では、対象を様々な観点から捉えたモデルを構築して、得られた解が仕様を満足するか否かを調べる作業が非常に重要である。

 このモデリング作業とは、要求に応じて問題の構造を理解して原因を推定し、その原因を処理可能なツールを用いて、適切な条件を付加して構築するという一連の作業である。例えば、自動車の振動解析の場合、乗り心地の良さという要求に対して、それに影響をおよぼす周波数領域での振動のメカニズムを理解し、揺れの大きさを知るためにバネ・マス系のモデルを用い、質量・バネ定数等の値や路面の状態から決まる外部入力を想定して解析するという大まかな手順になる。これは単に解析に必要な情報を抽出するという簡単なものではなく、非常に高度な知的作業である。

 我々は知識集約型工学環境[4]の枠組を提唱し、それに基づく計算機上のッール、KIEF(Knowledge Intensive Engineering Framework)を開発している。知識集約型工学環境では物理世界に関する知識や、設計者や技術者の経験的知識を収集し、それらの知識を製品のモデルの操作として表現することで、知識や情報の共有を図り、製品ライフサイクル全般で、製品に関わる設計者や技術者の作業を支援する。この環境の実現には多種多様な製品のモデルを作る過程を明らかにする必要がある。

 本研究では、物理世界の基本的な知識に基づいて、設計者が設計対象の性質や挙動の解析や評価を目的として、設計対象のモデルを構築する作業を支援するシステムを構築することを目標とする。そこで、モデリングに必要な知識、モデリング過程を分析して定式化した。更に定式化に基づいて、計算機上に各種のツールを用いてモデリング作業を支援する試作システムを構築した。

 第1章「序論」では、問題の提起、本論文の目的および構成について述べている。

 第2章「計算機によるモデリング支援」では、最初に計算機を用いて物理システムの挙動を説明する適切なモデルを計算機で自動的に構築する自動モデリング(Automated Modeling)について考察した。工学現場で設計対象の挙動解析等に用いるモデルを構築する際には、予め条件を記述するのが困難であり、また作業過程の完全な自動化は対象の理解を妨げる。従って、自動モデリングの研究成果を完全には応用出来ないが、例えばモデルを要素の組み合わせ(Compositional Modeling[2])と捉える等の基本的な技術は利用できる。

 また、既存のCAD・CAEの現状について概観した。近年、統合型CAD・CAEシステムや、PDM(Product Data Management)[3]システムが多くのCADメーカーで開発されている。しかし、個々のツール上での作業を支援する機構は実現されていない。

 次に、KIEFシステムについて述べた。KIEFは、種々の計算機ツール上の設計対象モデルを統合し、かつツール上でのモデリング作業を支援するプラガブル・メタモデル機構と、メタモデルを構成する概念や、KIEFで用いる知識を提供する知識ベースから構成される(図1)。KIEFでは、設計対象に関する知識を表現する物理的知識、様々なツールを管理する機構等の、基盤的技術の構築を主な目的とした。従って、モデル作成の支援についても、作業に必要な製品の情報を提供するが、そこから特定の情報を用いて作業を進める際の判断基準を提供して、モデル作成作業を知的に支援する環境ではないと結論づけた。

 第3章「設計における解析のためのモデリング」では、モデリング過程に関する既存の幾つかの考え方(モデリングの自動化の研究を一般化したモデ[1]、振動解析における解析過程の流れ、冨山らの提案するアナリシス・シンセシス過程のモデル[5])を分析した上で、下記の条件を満たすモデリング過程の構造を提案した。

 ●モデル構築のためのモデリング理論の記述、選択

 ●モデリング理論に関する知識と理論に基づくツールに関する知識の分離

 ●解析のための方程式やデータの構築以前に、対象の定性的なモデルの扱い

 そこで、図2の(b)に示すモデリング過程の構造を提案した。尚、比較のために、冨山らの提唱するアナリシス指向の思考過程のモデルを図2の(a)として、Choueiryのモデルを同図の(c)として提示する。

 第4章では、先に提案した「モデリング過程のモデル」の述語を用いた定式化について述べた。

 まずモデリングの対象Mと基本的なオントロジーOを定義した(式1,式2)。尚、Oentity, Orelation, Oattribute, Ophenomenon, Orule, Oprppertyは各々実体、(実体同士の)関係、属性、物理現象、物理法則、物理特性を表す。

 また、概念間の関係を表す構造述語(式3)として下に示す6つの述語を定義した。物理世界の概念はこの述語を用いて相互に関連づける(図3)。

 次にモデリングの理論を定式化した。これは、特定のモデルを構築・操作・推論・評価する際に用いる知識の体系である。モデルの構築時にはモデリングの理論に従って、対象の持つ情報を取捨選択し、その理論で取り扱い可能な形式に写像変換する。この時、モデリング理論TのオントロジーOTmodelは、「モデルを用いて解析が可能な対象の挙動や性質」であるRelated Ccncept OTrl、「モデルの解析や作成において成り立つ法則、定理等の理論体系」であるAvailable Concept OTav、と「モデル上で表現可能な対象の性質・構造」であるReasonable Concept OTrsで構成される(式4)。

 上記の準備の下で3章で示したモデリング過程を以下のように定式化した。

(1)物理現象の導出

 モデリング対象Mに生じうる現象を導出する。モデルの部分構造であるフィジカル・フィーチャをルールとして用いる。具体的には図4に示したアルゴリズムに従う現象導出の操作PhenomenonDerivationをMに適用することでMdrvを得る(式5)。尚、Fdrvはフィジカル・フィーチャの集合である。

(2)問題の設定

 物理現象を導出した上で、構築するモデルに対する要求仕様を設定する。要求仕様Rreqとは、1.モデルを用いて明らかにすべき現象と、2.値を求めたい属性の二点である。

(3)モデリング理論の選択

 モデル構築の仕様である物理現象や属性を取り扱い可能なモデリングの理論として、式6を満たすモデリング理論Tを選択する。

(4)条件の設定

 選択した理論Tのオントロジーに基づいたモデリングの仮定条件Rassmを設定する。条件設定の操作ApplyConditionをMdrvに適用することで、モデルMcndを得る(式7)。

(5)モデリング

a.簡略化

 モデルMcndに対して特定の部分に注目する操作として、式8を満たす簡略化の操作Simplifyを実行する。

これは選択した理論Tで扱える概念のみを抽出する操作である。

b.抽象化

 個々の概念を理論固有の概念に抽象化する操作Abstractionを適用して、当該理論に基づくモデルMabを構築する。この時、抽象化によって変換したモデル固有の概念をOTav1,OTav2...,OTavpとすると、各々の概念の定義が少なくとも一つは存在し、それらをfav1,fav2,...,favq(q〓p)とすると、式9が成立する。

(6)ツール上でのデータ構築

 モデルMabに対してツール固有のデータ構造、解析に必要な定量データ等を付加して解析モデルManを構築する。

(7)解析・評価

 解析モデルManについて、評価方法Φev(例えば当該モデリング理論に基づく解析ツール・解析システムでシミュレーションを実行する等)を適用した結果であるΦev(Man)が要求仕様Rreqを含む、つまり、式10が成立すれば適切なモデルが構築出来たとする。

 また、理論Tにおける典型例Mtyとして、解析モデルに対する要求仕様や制約条件を満たし、理論Tに従って解析可能な典型的モデルを提供し、それに基づいたモデリング支援の過程を定式化した。この際、理論Tのオントロジーに基づいて典型例を体系化してモデルの選択を支援する。

 第5章では4章の定式化に基づいて試作したシステムにおいて、材料力学の梁のモデルを構築する過程を示した。図5に、モデル構築のワークスペースのハードコピーを示す。

 第6章では、定式化したモデリングの知識、モデリング過程について考察した。まず知識の体系化の方法として、既存のツールやツールの背景に存在するモデリングの理論と対応づけて知識を整理することが有効であり、計算機上の語彙はツール上のデータと関連づけることで「対象世界の概念化」が可能である。一方、モデリング過程の基本的な作業手順を定式化することで、本研究で示した典型例の利用以外にも、各段階を支援する技術の必要性が分った。

 第7章では本研究の結論と展望について述べた。本研究ではモデリングに必要な知識とモデリング過程を定式化することで、基本的なモデリング作業を支援する計算機システム構築の可能性を示すと共に、モデリング過程の各段階において、それを支援する技術が必要なことが分った。今後の展望としてオントロジーを含めた知識収集方法の確立が必要である。

参考文献

[1]B.Y.Choueiry,S.Mcllraith,Y.Iwasaki,T.Loeser,T.Neller,R.S.Engelmore,and R.Fikes.Thoughts towards a practical theory of reformulation for reasoning about physical systems.In Working notes of the Symposium on Abstraction,Reformulation,and Approximation(SARA'98),pp.25-36,CA,USA, 1998.Pacific Grove.

[2]B.Falkenhainer and K.D.Forbus.Compositional modeling:finding the right model for the job.Artificial Intelligence,Vol.51,No.1-3,pp.95-143,1991.

[3]PDM Infomation Center.Introduction to product data management,1995.http://www.pdmic.com/.

[4]T.Tomiyama,Y.Umeda,M.Ishii,and M.Yoshioka.Knowledge systematization for a knowledge intensive engineering framework.In T.Tomiyama,M.Mantyla,and S.Finger,editors,Knowledge Intensive CAD Volume 1,pp.33-52.Chapman&Hall,1996.

[5]冨山哲男,鷲尾隆,村上存,武田英明.『シンセシスのモデル論』プロジェクトについて.日本機械学会第7回設計工学・システム部門講演会講演論文集,pp.101-104,1997.

図1 : KIEFのアーキテクチャ

図2 : モデリング過程

図3:物理世界のオントロジー

HasProperty(pr,e)実体eが物理特性prを持つことを意味する。

SimulatedBy(rule,a1,a2,...)属性a1,a2,...が物理法則ruleで表現される関係を持つことを意味する。

図4:Physical Feature Reasoning

図5:モデリングの理論の選択

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「設計における解析モデリング過程の理論化に関する研究」は、機械設計において特徴的に行われる解析モデルを構築する過程を例に、それに必要となる知識をオントロジーとして体系化し、またモデリング知識に関わる操作を定式化することを論じたものである。

 最近、製品に関する情報を共有して業務の効率化を図る試みとして、製品情報・データの標準活動であるSTEP、情報インフラの構築によって製品ライフサイクルの諸活動を支援するCALSなどがある。しかし、データとして表面に現れる製品に関する情報だけでなく、その背景に存在する常識的・基本的な知識をオントロジーとして体系化して提供する必要性が指摘されている。これに対応して知識集約型工学環境の枠組が提唱されているが、このシステムは物理世界に関する知識や、設計者や技術者の経験的知識を収集し、モデルの操作として表現することで、知識や情報の共有を図り、製品ライフサイクル全般で、製品に関わる設計者や技術者の作業を支援することを目指している。

 この環境の実現には、設計に必要な多種多様な製品のモデルを作る過程と、それに必要な知識を明らかにする必要がある。そこで、本研究では物理世界の基本的な知識に基づいて、設計者が設計対象の性質や挙動の解析や評価を行う際に、設計対象のモデルを構築する作業を支援するシステムを構築することを目的とする。具体的には、まずモデリングに必要な知識、モデリング過程を分析しオントロジーとして定式化し、この定式化に基づいて、計算機上に各種のツールを用いてモデリング作業を支援する試作システムを構築した。

 最初に、第1章「序論」では、問題の提起、本論文の目的および構成について述べている。

 第2章「計算機によるモデリング支援」では、統合型CAD・CAEシステムや、PDM(Product Data Management)、知識集約型工学環境、また、自動モデリングなどの既存の研究のレビューを行い、既存のシステムの抱える問題点を明らかにしている。

 次に第3章「設計における解析のためのモデリング」では、機械設計においてモデリングは、機械の性能や機能を検証するアナリシスのために用いられていることは明らかであるが、モデルを構築する過程自体は、設計解を創造するシンセシスと同等の過程であり、その意味でシンセシスとアナリシスは相補的であることを明らかにした。また、モデリング過程の構造を議論し、モデリング過程のモデルを提唱した。

 第4章では、この「モデリング過程の定式化」を述語論理を用いて定式化することを試みた。具体的には、モデリングの対象や物理現象などに関する知識をオントロジーとして体系化し、それを述語論理を用いて定式化することに成功している。そのオントロジーには、物理世界に関する概念として、実体、(実体同士の)関係、属性、物理現象、物理法則、物理特性が含まれる。また、概念間の関係を表す構造述語を導入し、物理世界の概念はこの述語を用いて相互に関連づけられている。次に、特定のモデルを構築・操作・推論・評価する際に用いる知識の体系として、モデリングの理論を定式化し、アルゴリズム化した。例えば、モデルの構築時にはモデリングの理論に従って、対象の持つ情報を取捨選択し、その理論で取り扱い可能な形式に写像変換するが、このアルゴリズムを提案している。また、モデリングの仮定条件、条件設定の操作、モデルの簡略化と抽象化などの操作も定義している。さらに、解析のための具体的なツール固有のデータ構造、解析に必要な定量データ等に関する知識を定性的なモデルに付加して解析モデルを具体的に構築する手法を開発している。

 第5章では、上記の定式化に基づいて試作したシステム及びそのシステム上で、材料力学の梁のモデルを構築する過程、また流体力学的な考慮が必要なレーザーリソグラフィ装置の解析に関わるモデルを構築する過程を実行した。

 第6章では、定式化したモデリングの知識、モデリング過程について考察した。知識の体系化の方法として、既存のツールやツールの背景に存在するモデリングの理論と対応づけてオントロジーを整理することが有効であり、「対象世界の概念化」の手法を明示化した。

 第7章では本論文の結論を述べ、将来の研究の展望について議論している。

 以上、本研究では、物理世界の基本的な知識をオントロジーとして体系化し、それに基づいて、設計対象のモデルを構築する作業を定式化することに成功しており、さらにモデル構築作業を支援するシステムを実際に試作している。理論的な独創性のみならず実証を行っている点で工学的有用性も高く、今後の展開も有望であるが、これは論文としての完結性も示している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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