学位論文要旨



No 115669
著者(漢字)
著者(英字) KASIVITAMNUAY, JIRAPONG
著者(カナ) カシヴィットアンヌイ,ジラポン
標題(和) 2 1/4 Cr1Mo鋼の高真空中におけるクリープ : 疲労損傷モデルの開発及び評価に関する研究
標題(洋) Development and Evaluation of Creep-Fatigue Damage Models for 2 1/4Cr-1Mo Steel in High Vacuum Environment
報告番号 115669
報告番号 甲15669
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4785号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,俊哉
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 岡崎,正和
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

 現代の高温構造設計において、構造健全性の確保と正確な余寿命評価は重要な課題である。その為には様々な技術開発が必要であるが、損傷モデルの開発は最も重要な技術開発課題である。本研究では、2 1/4 Cr-1Mo鋼を用い、高温高真空中にけるクリープ疲労特性が実験的に詳細に調査された。これらの実験により、クリープ疲労相互作用の基本的特性の他、これまで十分な知見が得られていなかった、クリープと疲労の相互作用に対する負荷履歴や応力の影響が明らかになった。次に、実験で得られた破断面を走査型電子顕微鏡で観察することにより、その物理的メカニズムを明らかにした。さらに、線形および非線形の有効応力理論と連続体熱力学に基づく損傷理論について理論的に検討を進め、物理的により整合性のあるモデルヘの拡張を試みた。これらの損傷理論は、上述の実験で得られた知見に基づき、比較、評価され、それらの特徴と妥当性、ならびに実用性について詳細に検討した。

 本研究では、2 1/4 Cr-1Mo鋼を用い、550℃の高温、高真空中における実験を行た。実験条件は、通常のクリープ疲労試験(表1)の他、ひずみ波形変動(表2)、ひずみ速度変動(表3)、および、切り欠き試験片を用いた疲労試験であり、4種類の異なる実験を通じてクリープ疲労相互作用の多様な側面を明らかにした。すなわち、真空中では、疲労寿命の周波数依存性が消失すること、低速引張り高速圧縮のようなクリープ疲労負荷の場合には著しい寿命の低下が生じること(図1)、クリープ疲労損傷は後続の疲労損傷に大きく影響するが逆の場合の影響は大きくないという特徴的な履歴効果があること(図2)、ならびに、応力が高いほどクリープと疲労の相互作用は強いこと(図3)が明らかになった。さらに、以上の実験で得られた破断面を走査型電子顕微鏡で観察することにより、本材料のクリープ疲労相互作用のメカニズムは、クリープキャビティ(図4)あるいは介在物(インクルージョン)から伝播したマイクロクラック(図5)であることが明らかになった。

 次に、クリープ疲労実験結果に基いて有効応力を解析した。本材料の有効応力については、他の研究者より従来の理論と整合しない可能性が指摘されていたが、本研究では精密な測定と解析を行うことにより有効応力と非弾性ひずみ速度の間に良好な対応関係を見出し、本材料においても理論との整合性は問題ないことを明らかにした。

 本研究では、有効応力概念に基づく線形損傷理論、有効応力概念に基づく非線形損傷理論、および、連続体熱力学に基づく連続体損傷力学に基づくクリープ疲労損傷モデルをとりあげ、それぞれについて拡張を図ると共に、上述の実験結果に基づき、各理論の特徴と妥当性、実用性について詳細に検討した。

 まず、有効応力概念に基づく線形損傷理論では、クリープ疲労損傷の履歴効果を記述できないことを明らかにした。したがって、本理論を複雑な負荷履歴が生じる実機構造、特に余寿命評価に適用する時には注意を要する。次に、有効応力概念に基づく非線型損傷理論について、基本的仮定について詳細な検討を行い、損傷の大きさの分布を新たに導入することによって物理的により妥当性のあるモデルヘの拡張を試みた。そして、この拡張されたモデルによってすべての実験結果がよい精度で予測されることを示た。最後にLemaitreによる熱力学的損傷理論に基づく連続体損傷力学について検討した。そして、クリープデータの取り扱い方法を改良することによって従来よりも精度の高いモデルを得る事に成功した。そして、この手法は非線型の有効応力モデルよりも精度は若干劣るものの、実用的には十分な予測精度であり、かつ、取り扱いも容易であることを示した。

 以上、要するに、本論文は構造材料のクリープ疲労相互作用の現象とその機構の詳細を明らかにし、複数の損傷理論を拡張して高精度のモデルを開発するとともにそれらの理論の特徴を比較検討することによって設計応用への重要な知見を得たものである。

表1 基本クリープ疲労試験のひずみ波形

表2 ひずみ波形変動試験条件

表3 ひずみ速度変動試験条件

図1 基本クリープ疲労試験結果(全ひずみ範囲とクリープ疲労寿命の関係)

図2 クリープ疲労損傷ダイアグラム

図3 ひずみ速度変動試験結果

図4 クリープボイド(矢印,試験条件SF1%)

図5 介在物から伝播したきれつ

(試験条件SF1%)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は“Development and Evaluation of Creep-Fatigue Damage Models for 2 1/4Cr-1Mo Steel in High Vacuum Environment”と題し、10章よりなる。高温構造設計の重要な課題である耐熱金属材料のクリープ疲労相互作用について、従来にないさまざまな条件による実験と走査型電子顕微鏡による破面観察を通じて、クリープ疲労相互作用の現象とその機構を独自の切り口で精密に調査した。また、このような実験により得られた知見に基づき、いくつかの損傷理論について、より精度の高いモデルヘの拡張を試みるとともに、理論を比較検討することによって、それぞれの理論の特徴と妥当性を検討した。

 第1章は“Introduction”であり、高温機器の損傷評価モデル開発の必要性について述べるとともに、研究の目的と論文の構成を概説している。

 第2章“Background Theory”ではこれまで他の研究者により行われた高温強度およびその評価法に関する研究を調査した結果について述べている。

 第3章“Creep-Fatigue Experiments”、第4章“Experimental Results”はクリープ疲労試験の方法と結果について述べたものである。本研究では、2 1/4Cr-1Mo鋼を用い、550℃の高温、高真空中における実験を行っている、真空環境は、高温疲労におよぼす大気環境効果を排除するために用いられた。実験条件は、通常のクリープ疲労試験の他、ひずみ波形変動試験、ひずみ速度変動試験、および、切り欠き試験片を用いた疲労試験であり、4種類の異なる実験を通じてクリープ疲労相互作用の多様な側面を明らかにしている。すなわち、真空中では、疲労寿命の周波数依存性が消失すること、低速引張り高速圧縮のようなクリープ疲労負荷の場合には時間・速度依存の著しい寿命の低下が生じること、クリープ疲労損傷は後続の疲労損傷に大きく影響するが逆の場合の影響は大きくないという特徴的な履歴効果があること、ならびに、応力が高いほどクリープと疲労の相互作用は強いことが明らかになった。さらに、以上の実験で得られた破断面を走査型電子顕微鏡で観察することにより、本材料のクリープ疲労相互作用のメカニズムは、クリープキャビティあるいは介在物(インクルージョン)から伝播したマイクロクラックであることが明らかになった。

 第5章“Analysis of Overstress”ではクリープ疲労試験結果に基づいて有効応力が解析されている。本材料の有効応力については、他の研究者より粘塑性理論と整合しない可能性が指摘されていたが、本研究では精密な測定と解析を行うことにより、本材料においても理論との整合性は問題ないことを明らかにしている。

 第6章以降ではクリープ疲労損傷理論について検討している。まず、第6章“Creep-Fatigue Life Evaluation Based on the Overstress Concept:Linear Damage Model”では有効応力概念に基づく線形損傷理論をとりあげ、この理論では一定ひずみ波形における寿命はよく予測できるものの、負荷履歴効果は記述できないことを明らかにしている。

 第7章“Creep-Fatigue Life Evaluation Based on the Overstress Concept:Non-Linear Damage Model”では有効応力概念に基づく非線型損傷理論について検討している。基本的仮定について詳細な検討を行い、損傷の大きさの分布を新たに導入することによって物理的により妥当性のあるモデルヘの拡張を試みている。そして、この拡張されたモデルによってすべての実験結果がよい精度で予測されることを示している。

 第8章“Creep-Fatigue Life Evaluation Damage Mechanics Model”ではLemaitreによる連続体損傷力学に基づく損傷モデルが検討されている。本モデルでは、疲労データとクリープデータにより材料定数が決定されるが、通常のクリープデータシートを直接用いるとよい結果が得られないことを指摘している。そして、その原因は高応力下の延性破壊と低応力下の脆性破壊を区別していないこと、通常のデータシートは公称応力を用いていることにあることを明らかにし、これらの問題点を解決することによって、精度の高いモデルを開発している。なお、このモデルではクリープ損傷には環境の影響はないものと仮定されているが、この仮定はよく成立している。

 第9章“Discussions”では、本論文で取り上げられた5つの損傷モデルについて総合的に考察している。すなわち、有効応力概念に基づく非線形損傷モデルでは本研究で検討した全ての負荷条件に対して非常に精度が高い予測が得られるものの、材料定数の決定などモデルの同定には多くの実験データと複雑な処理が必要であること、一方、損傷力学に基づくモデルでは、上記有効応力モデルよりも精度は劣るものの、モデルの同定に必要なデータは、現在よく用いられている評価法と同じく、疲労試験とクリープ試験のデータであり、取り扱いが容易であることを述べている。さらに、他の材料への適用性、環境効果の導入、実機構造への適用といった面について考察し、特に、損傷力学に基づくモデルについては、従来用いられている時間消費則と延性消耗則との対応関係について検討し、これらの損傷則は損傷力学モデルの特殊な場合として位置付けられることを示している。したがって、現在行われている高温強度評価法の自然な拡張として、損傷力学に基づくモデルが有効であると結論している。

 第10章“Conclusions”では以上の成果が要約して述べられている。

 以上、要するに、本論文は構造材料のクリープ疲労相互作用の現象とその機構の詳細を実験的に明らかにし、複数の損傷理論を拡張して高精度のモデルを開発するとともにそれらの理論の特徴を比較検討することによって設計応用への重要な知見を得たものであり、機械工学、材料力学の発展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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