学位論文要旨



No 115689
著者(漢字) 孫,守理
著者(英字)
著者(カナ) ソン,シュウリ
標題(和) フィッシャー・トロプシュ合成用高性能コバルト/シリカ触媒の開発
標題(洋) Development of Highly Active Cobalt/Silica Catalysts for Fischer-Tropsch Synthesis
報告番号 115689
報告番号 甲15689
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4805号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 椿,範立
 東京大学 講師 富重,圭一
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 近年、触媒を利用した一酸化炭素の水素化により、液体燃料やWaxを製造する方法(フィッシャー・トロピシュ合成、FTS)が興味深い分野となっている。これは要約すると以下の三つの側面が理由となっている。最初に、天然ガスは石油に匹敵するほど豊富に存在することが知られている。このため、天然ガスを液体燃料や他の生産物に変換することはとても重要なことである。次に、排気ガスによる地球規模の環境汚染が重要な問題となっていることがあげられる。一酸化炭素の水素化によって、硫黄や芳香族を含まないとてもクリーンな燃料を生産することができる。これはクリーンな燃料を作り上げる上でもっとも約束された技術として提案されている。最後に、新しい技術を導入することで、よりすぐれた燃料や添加剤を生産することができることである。CoがFTSにおいて最も広く使われている触媒金属のひとつである。このときFTSの触媒活性は金属コバルトの活性点の数と密接な関係を持っている。

 本研究では、すべての触媒はincipent-wetness含浸法により調製した。スラリー相中でのCo/SiO2触媒の特性は高い触媒活性を得るために前駆体を混合し、微量貴金属の添加による触媒への効果を研究した。水溶液以外有機溶媒を用いて含浸法でコバルト触媒を調製し、脱水エタノール硝酸コバルト溶液から調製した触媒は高く安定した活性を得ることができた。更に各種分光手法を駆使し、これらの触媒の活性サイト構造および反応機構を明らかにした。

2. 硝酸コバルトによるCo/SiO2の特性

 コバルト/シリカ触媒の活性はコバルトの担持量を増やすことによって増え、炭素連鎖成長確率も同様に増えた。触媒活性は表面に露出したコバルト量と直線的関係を示した(Fig.1)。低いコバルト担持量の触媒は小さなCoOx粒子を形成する。これは、大きなCoOx粒子とくらべ、担体との相互作用が強いため、還元が行われ難い。高いコバルト活性を示す触媒では二種類の金属コバルト(立方晶と六方晶)が存在し、立方晶のほうが顕著に存在する。高い温度で焼成した触媒は金属分散度が低くなり、低い活性となりがちである。硝酸コバルト溶液を含浸し、焼成せず直接還元を行った触媒を使用することで高い活性を得ることができる。これらはすべてコバルト触媒の活性は金属活性点の数によって決まっていることを示している。

3. コバルト混合前駆体から調製されたCo/SiO2触媒の特性および反応

 温和な反応条件において、硝酸コバルト(N)とコバルトアセテート(A)を両方含浸して調製した触媒は、どちらか一方のみ含浸して作られた触媒と比べ高い活性を示した。XRDにより、高分散金属コバルトは混合含浸による触媒の活性点であることが解った。混合含浸の過程において、異なる種類のコバルトが形成し、それらの還元状態はTPRと熱重量分析によって調べられた。透過型電子顕微鏡(TEM)及びFT-IRのCO吸着で異なるコバルト活性点の存在が解った。硝酸コバルトが速やかに還元されてできたコバルトは、触媒還元過程において、水素のスピルオーバー効果によってコバルトアセテート中のCo2+が金属状態へと還元されるのを促進した。コバルトアセテートより還元された金属コバルトは高分散となり触媒活性を大幅に向上させる。

4. コバルト混合前駆体から調製されたCo/SiO2触媒への微量貴金属添加による触媒機能の変化混合塩によって調製された触媒の還元性を更に高めるため、少量の貴金属(Ru、Pt、Pd)をコバルト混合前駆体と同時に含浸した。貴金属(Ru、Pt、Pd)のコバルトに対する重量比は1/50とした。温度513K、圧力10bar、H2/CO=2、W/F=5g-cat・h・mol-1の反応条件下で、触媒の活性順序はRuCo>PdCo>PtCo>Coの順であった(Table1)。少量のRuを添加することによって、触媒活性と還元程度は大幅に増加した。また触媒のTOFは増えたがコバルトの分散度とCH4選択率は変わらなかった。しかし、PtやPdを添加した場合CH4選択率が大幅に上がっていることが分かった。Pt、Pdはコバルトの還元度へほとんど影響を及ぼさない一方で、金属の分散度を高め、TOFを減らした。EDS分析などからPtやPdがCoと合金になっていて、RuがCo表面に凝集したことは明らかにされた。これらの構造上の違いから触媒の反応挙動も異なり,FT-IRスペクトル(Fig.2)より、Ruを添加した触媒では活性種であるブリッジ状態で吸着したCOが多くなっていることが分かった。これはルテニウム添加触媒の高活性の原因であると考えられる。

5. 異なる溶媒により調製されたCo/SiO2触媒の反応特徴および活性機構

 Co/SiO2触媒(20wt%)を含浸法により、溶媒の異なる硝酸コバルト溶液を用いて調製した。無水エタノールを溶媒としても用いた触媒は極めて高い活性と安定した寿命を示した。シクロヘキサノールより調製した触媒は最も低い活性を示し、メタン選択率も最も低いものとなった。無水エタノールによって調製された触媒のコバルト結晶の大きさは水を溶媒としたものに比べ小さくなった。また、還元度は低くなった。コバルト粒子はシリカ担体上にクラスターとなって存在していた。エタノールを溶媒とした触媒では二種類のコバルトクラスターが存在したが、水を溶媒とした触媒では一種類のクラスターしか存在しなかった。TPDの結果より無水エタノールを溶媒とした場合、水を溶媒とした場合に比べ、COがCO2として脱離する温度のピークが高い温度に位置していることがわかった。エタノール溶媒由来の触媒の活性が高い理由は、活性点の数の増加と、反応条件下でCOがブリッジ状に吸着しやすいという点で説明できた。

6. 結論

 1) 硝酸コバルトによって調製された触媒に関し、比較的低温で焼成、還元を行ったほうが高分散の触媒を得ることができる。

 2) コバルトアセテート触媒ではコバルト酸化物がシリカと強固に結合し、673Kでの還元も効果なかったが、硝酸コバルトと混合しH2スピルオーバー効果を利用することで低温還元ができ、高活性触媒を得ることができた。さらに貴金属(Ru、Pt、Pd)を加えることで触媒の性質が大きく変化した。Ruの場合は99.8%の還元度を示した。これは貴金属がコバルトと親密な相互作用を持ち、合金を形成したためである。触媒活性は活性点の多さのみならず合金の構造にも左右される。

 3) 触媒の調製において、含浸時の溶媒も大きな効果を示した。無水エタノールを溶媒とすることで高分散、高活性、高安定性な触媒を得ることができた。無水エタノール中のコバルトアニオンがシリカ粒子上へのコバルト分布を改善し、二種類の粒径のコバルト集合体を形成した。

Figure 1. Relationship between CO conversion and the surface cobalt amount

Figure 2. FTIR spectra of CO adsorbed on Co, PdCo and PtCo catalysts.

Table 1 Catalytic Performance Various Co(10wt.%)/SiO2 Catalysts for CO Hydrogenation

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、六章から構成されており、触媒を利用した一酸化炭素の水素化による、液体燃料やWaxを製造する方法(フィッシャー・トロプシュ合成、FTS)という興味深い分野に注目している。その理由として以下の三点が挙げられる。一つは、天然ガス、石炭、バイオマスなど炭素資源が石油より遥かに豊富な埋蔵量を有し、その有効利用として、液体燃料や他の有用化合物へ転換することが非常に重要なことである。次に、排気ガスによる地球規模の環境汚染が危機的な問題となっていることである。これに対し、上記の炭素資源からガス化によって簡単に一酸化炭素と水素の混合ガスを作り、更に一酸化炭素の水素化により、硫黄や芳香族を含まない、クリーンな石油代替燃料を合成することができる。

これはクリーンな燃料を合成する上で最も期待される技術として提案されている。最後に、新しい技術を導入することで、より優れた燃料や燃料添加剤の生産が可能なことである。

CoがFTSにおいて反応性能対価格の比が高いから最も広く使われている触媒金属であり、シェル社とエクソン/モービル社のFTS工場ではコバルト触媒を使っている。この研究はより高性能のコバルト系FTS触媒の開発を目標としている。

 第一章は序論であり、現在までのFTS触媒、特にコバルト系触媒の文献と特許を中心にレビューした。高分散されたコバルトが還元されにくい、方還元されやすいコバルトの粒子径が大きく、分散度が低いという問題はまだ解決されていない。より高活性触媒を開発するために、高分散と高還元度の同時実現は必要である。

 第二章では、Co/SiO2触媒の活性が、コバルトの担持量の増加に伴い上昇し、炭素連鎖成長確率も同様に増加することが述べられている。触媒活性は表面に露出したコバルト量と直線的な関係を示している。コバルト低担持量触媒は小さなCoOx粒子を形成し、大きなCoOx粒子と比較すると、担体との相互作用が強いため、還元されにくいことが示されている。高いコバルト活性を示す触媒では二種類の金属コバルト(立方晶と六方晶)が存在し、立方晶のほうが数多く存在する。高温で焼成した触媒は金属分散度が低くなり、活性が低くなる傾向にある。硝酸コバルト溶液を含浸し、焼成せず直接還元を行った触媒を使用することで高い活性を得ることができる。これらはすべてコバルト触媒の活性が金属活性点の数に大きく依存しているからであると結論づけられている。

 第三章では、温和な反応条件において、硝酸コバルト(N)とコバルト酢酸塩(A)を混合し、シリカを含浸して調製した触媒が、どちらか一方のみ含浸して調製した触媒と比較し高活性を示すことが述べられている。XRDにより、混合含浸による触媒は高分散金属コバルトが活性点であることが明らかとされている。混合含浸の過程において、異なる種類のコバルト表面種が形成され、それらの還元状態はTPRと熱重量分析によって検討されている。透過型電子顕微鏡(TEM)及びFT-IRのCO吸着で異なるコバルト活性点の存在が確認されている。硝酸コバルトが速やかに還元されてできたコバルトは、触媒還元過程において、水素のスピルオーバー効果によってコバルト酢酸塩中のCo2+の金属状態への還元を促進し、コバルト酢酸塩より還元された金属コバルトは高分散となり触媒活性の大幅な向上へつながると述べられている。

 第四章では、混合塩により調製した触媒の還元性を更に高めるため、少量の貴金属(Ru、Pt、Pd)と上記コバルト混合塩のシリカへの同時含浸が検討されている。貴金属(Ru、Pt、Pd)のコバルトに対する重量比は1/50、コバルトの担持量10wt%、温度513K、圧力10bar、H2/CO=2、W/F=5g・cat・h・mol-1の反応条件下での触媒の活性順序はRuCo>PdCo>PtCo>Coであった。少量のRuを添加することで、触媒活性と還元度は大幅に増加したことが述べられている。また触媒のTOFは増えたがコバルトの分散度とCH4選択率は変化しなかった。しかし、PtやPdを添加した場合、CH4選択率が大幅に増加することが明らかとされている。Pt、Pdはコバルトの還元度へほとんど影響しないが、金属分散度を向上させ、TOFを減少させる。EDS分析などからPtやPdがCoと合金になっており、RuがCo表面に凝集したことが明らかにされている。これらの構造上の違いから触媒の反応挙動も異なり,FT-IRスペクトルより、Ruを添加した触媒では活性種であるブリッジ状態で吸着したCOが増加したことが明らかにされ、ルテニウム添加触媒が高活性を示す原因であると考えられている。

 第五章では、Co/SiO2触媒を含浸法により、溶媒の異なる硝酸コバルト溶液を用いて調製した。中では無水エタノールを溶媒として用いた触媒は極めて高い活性と安定した寿命を示すことが述べられている。シクロヘキサノールより調製した触媒は最も低い活性を示し、メタン選択率も最も低いものであった。無水エタノールによって調製した触媒のコバルト結晶の大きさは、水を溶媒としたものに比べ小さく、還元度は低下した。コバルト粒子はシリカ担体上にクラスターとなって存在していた。エタノールを溶媒とした触媒では二種類のコバルトクラスターが存在したが、水を溶媒とした触媒では一種類のクラスターしか存在しなかった。エタノール溶媒由来の触媒の活性が高い理由は、活性点の数の増加と、反応条件下でCOがブリッジ状に吸着しやすいという点で説明されている。

 第六章では、全体の総括的な結論がされている。性能比較によって諸石油メジャーのFTS触媒より高い活性と安定性を示していることは明らかにされている。

 本研究では担持コバルトの高分散度と高還元度を同時実現することとCO解離しやすい表面金属クラスターを形成することによって、高性能コバルト系FTS触媒を開発した。先行している石油メジャーのFTS工場を技術上超える和製FTS工場の実現可能性が大きくなってきた。担持金属触媒に関する化学にも寄与するものと認められ、高く評価できる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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