学位論文要旨



No 115696
著者(漢字) 洪,鍾昱
著者(英字)
著者(カナ) ホン,ジョンウク
標題(和) 微細加工による遺伝子解析システムの開発 : PCRとCGEのための集積型PDMSマイクロチップ
標題(洋) Development of Microfabricated Genetic Analysis Systems : Integrated PDMS(polydimethylsiloxane)Microchip for PCR ahd CGE
報告番号 115696
報告番号 甲15696
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4812号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 関,実
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 藤井,輝夫
 東京大学 講師 上田,宏
 理化学研究所 主任研究員 遠藤,勲
内容要旨 要旨を表示する

 半導体製造技術を応用してマイクロスケールの微細構造を形成するマイクロファブリケーションの研究が盛んに行われている。こうした技術を用いて製作したマイクロチップ上で、化学または生化学的な分析を行うマイクロチップ分析法は、従来の大型分析装置に比べ、サンプル量の減少、分析時間の短縮など多数のメリットを有するだけでなく、分析プロセスを連続化、自動化し、かつコンパクトなシステムを実現しうる方法として大きな期待が寄せられている。

 本研究は、ヒト・動物・植物・微生物等の遺伝的分析を一つのチップ上で行い、その情報をリアルタイムで収集することが可能な遺伝子解析用マイクロ生化学システムの開発に関する研究である。この研究では、遺伝子の増幅(PCR)とキャピラリゲル電気泳動(CGE)を一つのチップ上で行うマイクロチップの製作、そして、マイクロチップ上でのPCRを行うための温度調節システム、マイクロチャンネルの中で微量液体をハンドリングするためのマイクロ流体システム、及び、電気泳動などの方法で分離をした遺伝子を検出するためのマイクロ検出システムなどのシステム構築、等が含まれている。特に、本研究では、今までマイクロチップの材料としてよく使われてきたシリコン基盤やガラス基盤を用いずに、安価で加工が容易なシリコーン高分子であるPDMS(polydimethylsiloxane)をメイン材料としたhybrid PDMS-glassチップを製作し、周辺の構成要素と組み合わせて全体システムの構築を試みた。

 まず、マイクロマシン技術を利用した『マイクロキャピラリゲル電気泳動』に関する研究を行った。マイクロ構造の中で生化学反応を行った場合、数マイクロリッタ(μL)以下の反応生産物を分離、分析する必要がある。この場合、スラブゲル電気泳動またはHPLC等の方法が利用できると思われるが、この従来の方法では反応生産物質の量が少ないため、実際の分離、分析にはさまざまな問題点がある。そこで、本研究では、サブマイクロリッタ(sub-μL)オーダの反応生産物の分離、分析方法としての応用が期待される『マイクロキャピラリゲル電気泳動』の装置の開発及びその中での生体物質の分離、分析方法について検討を行った。特に、PDMSを利川してマイクロキャピラリゲル電気泳動用のチップを開発した(Fig.1)。そして、このチップ上の数百μm幅のチャネルにゲルを充填する技術を確立した。このマイクロチップ上のマイクロチャネルに,バブルまたはムラのないきれいなゲルを充填することは,極めて難しいことがよく知られていた。そこで、本研究では、プラズマ法などを用いてマイクロチャネルの表面の性質の改良し、充填するゲルの濃度および温度、ゲルを充填するときの環境条件などのパラメータを調べて、マイクロチャネルの中にゲルを充填する方法を明らかにした。さらに、ゲルを充填したマイクロキャピラリゲル電気泳動用のチップを利用して、100bpから1kbpまでのDNA分子を120秒以内に、そのサイズ別に分離することに成功した(Fig.2)。また、2.5nLという非常に微量なサンプル量でDNAの分離をすることができた。

 次に,マイクロマシン技術を利用した『マイクロリアクターシステム』に関する研究を行った。マイクロリアクターを用いることで、高価な試薬や廃液の減量、高い界面一体積比に基づく高い熱伝導・物質移動。分解能の実現、集積化・並列処理および複製による大量生産を可能になることが期待される。また、生体物質、触媒、プロセスの効率的なスクリーニングを、集積化されたマイクロリアクターチップで構築することも可能となる。本研究では,生化学反応用のマイクロリアクターチップの設計・製作、マイクロ生化学反応のための温度コントロールシステムの構築を行った。マイクロ生化学反応としてはDNA分子の増幅反応であるPCR(Polylymerase Chain Reaction)を選択して検討を行った。初めに、PCR反応用のPDMSとglassのhybridマイクロチップを開発した。そして、このチップ上でのマイクロ反応を行うために、ペルチェ素子とパソコンを用いた温度コントロールシステムを構築した。このマイクロリアクターチップを用いることにより、λDNAの500bp geneをターゲットとして、目的遺伝子のPCRによる増幅の確認に成功した。

 最後に、マイクロチップ上でのPCR反応による生成物を、同じチップ上でCGEによって分析するために、PDMSをbaseとしたチップを設計・製作した。このチップを用いることにより、PCR反応後、反応生成物をCGEによって同じチップ上で分析することが可能となる,『集積型遺伝子解析システム』の開発に成功した。

 本研究はMEMS(Microelectromechanical Systems)、バイオテクノロジー、生物化学工学等の分野を融合した学際的な研究として重要な意味をもつ。また、ヒト・動物・植物・微生物の特定の遺伝子をチップ上でPCRにより増幅し、引き続いて同じチップ上でCGEによる分析を可能とする『集積型遺伝子解析システム』を,PDMSをベースとする安価な材料と簡便な手法で作製することに成功したことは、科学的にも産業的にも極めて大きな波及効果が期待できる。

Fig. 1. Scanning electron micrographs of the channels on the PDMS microchip. Linear shape (left) and cross shape (right).

Fig. 2. Images of moving banks of DNA molecules in a microchannel of the PDMS microchip. Microchannel was filled with agarose gel. DNA ladder sample was injected at 71.1 V/cm for 1 sec. (left). After flushing the intersection with buffer, electricity was applied for separation (center and right).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,動物・植物・微生物等の遺伝子の分析を一つのチップ上で行い,その情報を短時間で収集することが可能な遺伝子解析用マイクロ生化学システムの開発に関する研究について纏めたものであり,DNAの増幅反応(PCR)と増幅されたDNA断片のキャピラリゲル電気泳動(CGE)による分離を一つのチップ上で行うためのマイクロチップの製作方法,及び,マイクロチップ上でのPCRを可能とするための温度調節系,マイクロチャネル内で微量液体をハンドリングするためのマイクロ流体系,分離した遺伝子を検出するためのマイクロ検出系等のシステム構築と,これらを用いた遺伝子解析方法に関する検討などが含まれている。特に,本論文では,これまでマイクロチップの主要な材料として頻用されてきたシリコンやガラスではなく,安価で加工が容易なシリコーン高分子のPDMS(polyiimethylsiloxane)を主要な材料としたチップを作製し,周辺の構成要素と組み合わせて全体システムの構築を試みたところに特徴がある。本論文は,全5章から構成される。

 第1章では,本論文の意義を明確にするために,研究の背景およびマイクロファブリケーションの特徴及びその応用について述べている。

 第2章では,マイクロシステムの特徴,マイクロ構造内の流体の力学的な特徴,そして,本研究における主要な材料であるPDMS(polydimethylsinloxane)の特徴について述べている。PDMSは,微細構造の形成が容易で,しかも,安価であるため,サンプル間でのクロスコンタミネーションを避けたシングルユースの分析に適した材料であり,光の透過性・電気的な絶縁性についても優れた材料である。

 第3章では,マイクロチップ上でのキャピラリゲル電気泳動(CGE)について検討している。これまで報告されてきたキャピラリ電気泳動はクロスリンクしたゲルを用いていないため,分離能や安定性に問題があった。これは,CGEでは一旦充填したゲルを取り出せないためにシングルユースにする必要があり,コスト面で不利になるためと考えられた。そこで,安価なPDMSを利用したマイクロキャピラリチップを作製し,これにクロスリンクしたゲルを充填する方法の検討を行っている。バブルのない均質なゲルを充填することは分離の分解能や再現性の確保に本質的に重要であるが,通常の圧入や吸引法でマイクロチャネルに充填することは極めて難しかった。そこで,本論文では,高温でのキャピラリアクションを利用してゲルを導入する方法を提案し,酸素プラズマを用いたチャネル表面の改質,充填する際のポリマー溶液の濃度・温度,環境条件(気温・湿度)などの条件を明らかにした。さらに,このゲル充填マイクロキャピラリ電気泳動用チップを利用し,わずか120秒以内で,100bpから1kbpまでのDNA分子をそのサイズ別に高速分離することに成功した。また,この際の分離に必要なDNAサンプルの量は2.5nLという微量で充分であることも明らかにしている。これらの結果は,PDMSマイクロチップによるCGEの初めて報告である。

 第4章では,マイクロチップ上での遺伝子増幅反応及び増幅された特定遺伝子フラグメントの連続的な分離・分析について述べている。マイクロ反応は,高価な試薬や廃液の減量,高い界面一体積比に基づく高い熱伝導・物質移動・分解能の実現,集積化・並列処理および複製による大量生産を可能にすることが期待される。また,生体物質,触媒,プロセスの効率的なスクリーニングを,集積化されたマイクロリアクターチップで構築する可能性もある。まず,PCR反応ために,PDMS製のチップに一部glass板を組み合わせたhybrid型のマイクロチップと,ペルチェ素子とパソコンを用いた温度コントロールシステムを開発し,このチップ上で,λDNAの500bp geneをターゲットとしたDNA分子の増幅に成功した。続いて,PCR反応の生成物をCGEによって同じチップ上で分析することができる,集積型遺伝子解析チップを開発した。このチップでは,塩酸によってCGEチャネル内の部分親水化処理を行い,PCR用のchamberとCGEのseparationchannelを幅50μmの疎水性channelでつなぐことによって,PCR後にCGEチャネル内へのサンプル圧入が可能となるような新規な手法とデザインを提案している。このチップを用いて,PCRによる増幅と増幅後の電気泳動分離(CGE)によるフラグメントの確認をoneチップ上で行うことに成功した。PDMS-baseの集積型遺伝子解析チップは,本研究によって初めて実現されたものである。

 第5章においては,本研究を総括し,今後の展望を述べている。

 以上述べてきたように,本論文は,様々な利点を有するPDMSポリマーを主要材料として,PCRとCGEをone chip上で可能とする遺伝子解析用チップを開発し,その作製条件及び分離条件を明らかにして,その有用性を実証したものである。この結果は,MEMS(Microelectromechanical Systems),バイオテクノロジ,生物化学工学等の分野を融合した学際的な研究として重要な意味を持つとともに,遺伝子工学分野の研究や医療・環境計測分野の分析用のツールとして実用的な応用も可能なものであり,生物化学工学の発展に貢献するものである。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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