学位論文要旨



No 115725
著者(漢字) 閔,焌晳
著者(英字)
著者(カナ) ミン,ジュンソク
標題(和) 遷移金属置換ポリオキソモリブデートの合成と選択酸化触媒作用
標題(洋) Synthesis of Transition-metal-substituted Polyoxomolybdate and the Selective Oxidation Catalysis
報告番号 115725
報告番号 甲15725
学位授与日 2000.11.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4823号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 講師 冨重,圭一
内容要旨 要旨を表示する

 酸素分子を酸化剤とする低級アルカンの選択的一段酸化は、天然ガス等の有効利用や温室効果ガスの低減等、資源・エネルギーのみならず環境保全面からも極めて重要であるが、反応化学的には最も困難な反応の一つである。ヘテロポリ化合物は、(a)酸化力と酸性を有し、対カチオンやポリ元素の置換により活性点の構造と性質を制御できる、(b)骨格が有する塩基性によりアルキルカチオンの安定化が可能であること、さらに(c)酸化物クラスターであることから配位子は酸化されないという、特長を有している。ヘテロポリ酸上でのアルカン酸化には、種々の添加金属が報告されているが、それらの効果はほとんど解明されていない。もし有用な添加金属を見出し、さらに隣接した活性点に機能の異なる金属イオンを配置することができれば、活性あるいは選択性に対する著しい相乗効果が期待できる。したがって、本研究では以下の点を検討した。(1)添加金属として鉄が有効であることを明確にし、(2)鉄イオンをアニオン中に置換した。さらに、(3)モデル反応により置換の有効性を確認した。

1. 触媒の合成

 0.1M H3PMo12O40水溶液のpHを調整し、モリブドリン酸の一欠損種(PMo11O397-)水溶液を調製した。この水溶液に量論比の遷移金属塩(Fe(NO3)3・9H2O,CuSO4・5H20)を加えて十分撹拌した後、CsClを加えて沈殿を得た。これを濾過、水洗、乾燥して遷移金属一置換体のCs塩を調製した。鉄一置換体のテトラブチルアンモニウム(TBA)塩はCsClのかわりにTBABrを加え、析出した沈殿を精製して合成した。鉄一置換体のフェニルトリメチルアンモニウム塩([C6H5(CH3)3N]5[PMo11{Fe(C1)}O39]・1CH3CN・1H20)は、鉄一置換体のTBA塩のCH3CN溶液に[C6H5(CH3)3N]Clを加えて結晶として得た。キャラクタリゼーションはFT-IR,UV-vis,ICP,TG-DTA,31P-NMR,単結晶構造解析などで行い、組成および構造を確認した。ヘテロポリ酸担持鉄触媒(Fe3+/Cs3.0PMo12O40)はCs3.0PMo12O40に1.0MFe(NO3)3水溶液を含侵担持法で担持させて調製した。

2. 結果と考察

2.1 鉄イオンの添加効果

 反応温度633K、酸素過剰の条件下でのFe3+添加触媒の(Cs2.5Fe0.08H0.26PMo12O40)プロパン酸化反応結果、鉄の添加によりアクリル酸とアクロレイン収率は向上した。イソブタン酸化反応結果でも鉄の添加によってメタクリル酸とメタクロレインの収率が向上した。エタンの酸化(698K)では生成物はエテン、CO、CO2のみであり、酸素含有選択酸化生成物(酢酸、アセトアルデヒド)は得られなかった。酸素過剰下、酸素不足下いずれの場合も鉄の添加によりエテン収率が増加した。以上の結果から、鉄は酸素過剰及び酸素不足両条件下でアルカン選択酸化に有効な添加剤であることが明らかとなった。そこで、もし、骨格構造の一部を遷移金属イオンで置換できれば活性酸素種であるアニオンの格子酸素と鉄との相乗効果により、選択性と活性の向上が期待できるという着想に至った。以後は、鉄置換リンモリブデン酸塩を合成し、それらを用いた不均一系炭化水素の酸化反応を行い、選択酸化反応触媒としての反応特性の検討を行った。

2.2 PMo11FeO394-アニオンのキャラクタリゼーション

鉄一置換体のフェニルトリメチルアンモニウム塩([C6H5(CH3)3N]5[PMo11{Fe(Cl)}O39]・1CH3CN・1H2O)の単結晶構造解析を行った。鉄は対カチオンとしてではなくアニオン中に置換されていることが明らかとなった。そのアニオン構造を図1に示す。結晶構造のパラメータは三斜晶系a=15.103A,b=20.708A,c=14.834A,α=100.20°,β=116.55°,γ=81.07°であった。また、元素分析結果も量論比とよく一致していた:Found(calcd):C,22.05(22.21);H,2.96(2.98);N,3.52(3.31);P,1.20(1.22);Mo,41.50(41.52);Fe,2.15(2.20);Cl,1.35(1.39).銅一置換TBA塩およびセシウム塩と鉄一置換セシウム塩のIRスペクトルを図2に示す。銅と鉄置換体の場合、ヘテロポリ酸のケギン構造に特有のリンと酸素、モリブデンと酸素の伸縮振動に起因する4本のバンドが観測された。IRの1050〜1070cm-1のP-Oの伸縮振動に起因するバンドは二つに分裂した。これは遷移金属一置換Keggin型ポリアニオンに特徴的な分裂である。サイクリックボルタンメトリー測定を行うと、Fe3+/2+とMo6+/5+のカップルした還元ピークが-0.42V、-0.72Vに、再酸化ピークが-0.25V、-0.68Vに現われた。それぞれの移動電子数はポリアニオン当り0.4電子、1.5電子であった。したがって、Fe3+がアニオン中に置換されることによりMo6+と協奏的に電子移動が進行することが示唆された。

 置換体Cs塩の473Kでの2-プロパノール酸化反応前後のFT-IRスペクトルは、反応前後でピーク位置および強度がほとんど変化しなかった。鉄置換体Cs塩をO2雰囲気の中で熱処理した時のFT-IRスペクトルも483Kまでは変化しなかった。したがって、以後の実験は473K以下で行った。

2.3 鉄一置換体の反応特性

 鉄一置換体(Cs2.8H1.2PMo11FeO39)、担持鉄触媒(Fe3+/Cs3.0PMo12O40)、鉄未置換体(Cs3.0PMo12O40)触媒を用いて反応温度453Kで2-プロパノール酸化反応を行った。結果を表1に示す。鉄一置換体は他の触媒に比べ、高いアセトン選択率を示した。担持鉄触媒の場合、担持量1.2-5.0%の範囲でアセトン選択率は26-38%程度であり、鉄の担持量により選択率の大きな変化は見られなかった。また、鉄一置換体および担持鉄触媒の選択率は図3に示すように転化率によりあまり変化しなかった。転化率0%まで外挿したアセトン選択率は鉄一置換体が73%、担持鉄触媒が30%であり、鉄置換体が本質的に高いアセトン選択性を示すことが明らかになった。同様な結果が還元雰囲気下でも得られた。NH3-TPD分析により求めた酸量は鉄一置換体>担持鉄触媒≫鉄未置換体の順であり、鉄一置換体の酸量が最も多かった。したがって、鉄置換体の高いアセトン選択性はプロペンとジイソプロピルエーテル(DIPE)を生成する酸触媒反応の抑制によるものではなく鉄置換による酸化特性の変化に起因することが明らかとなった。

3.まとめ

 (1)鉄がヘテロポリ酸を用いたアルカン選択酸化に有効な添加剤であることを明らかにした。 (2)その結果に基づいて鉄一置換体モリブドリン酸の合成およびキャラクタリゼーションを行い構造を確認した。 (3)鉄をポリアニオンの中に置換体することの有効性を不均一系2-プロパノールの酸化反応により実証した。

表1. 2-プロパノールの酸化的脱水素反応a

図1. [C6H5(CH3)3N]5[PMo11{Fe(Cl)}O39]・1CH3CN・1H2Oの構造(ORTEP)

図2. 遷移金属置換ポリオキソモリブデトのFT-IRスペクトル

(a)TBA4HPMo11CuO39.

(b)Cs2.2H2.8PMo11CuO39.

(c)Cs2.8H1.2PMo11FeO39.

図3. 転化率と選択率の関係

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は低級アルカンの選択酸化におけるヘテロポリ化合物への遷移金属イオンの添加効果の解明、さらにそれらの知見をペースにした遷移金属置換ポリオキソモリブデートの合成及びその選択酸化触媒反応への応用に関する研究をまとめたものであり、全5章より構成されている。

 第1章は序論であり、アルカン選択酸化の研究の背景および関連研究分野の概要をまとめている。また、ヘテロポリ化合物の特長である酸化力と超強酸性の制御、対カチオンやポリ元素の置換による酸化活性点の構築についてこれまでの研究を概観している。さらに、ヘテロポリ化合物を用いたアルカン選択酸化研究の概要をまとめ、本研究の目的を述べている。

 第2章では、低級アルカンの選択酸化において古典的な担持法により調製した触媒を用い鉄イオンの添加効果を検討し、ヘテロポリ化合物が分子状酸素を用いた低級アルカンの選択酸化に有効であること、とりわけ鉄イオンの添加がイソブタン、プロパン、エタンの選択酸化において酸素過剰、酸素不足両条件下で有効であることを明らかにしている。これは銅イオンが酸素不足下でのみ有効な添加物であるのとは異なっている。さらに、鉄イオンの添加により酸素過剰下では選択性が向上、酸素不足下では活性が向上することを明らかにした。酸素過剰下での選択性の向上はFeとMoの協同作用によること、酸素不足下では5価のMoのESRシグナル強度が増加すると活性が低下することからFeイオンはMoの再酸化を促進していること、を明らかにしている。

 第3章では、金属添加モリブドリン酸セシウム塩触媒によるメタンの分子状酸素による選択的酸化反応について検討し、貴金属であるPd,Pt,Rhが高いギ酸選択性を示すこと、なかでもPdが最も高いギ酸収率を示すことを見出している。Pd添加ヘテロポリ化合物上では、反応温度120℃というこれまでに報告されている中でも最も低温で反応が進行し、その活性はこれまでにこの反応に高活性と報告されているFePO4系触媒の約300倍であることを見出している。ギ酸生成にPdとH2、02の共存が必須であること、H2O2でも反応が進行することからPd上でH2と02から過酸化水素または過酸化水素由来の活性酸素種が生成すること、担体の酸強度の序列と触媒の活性序列が一致することからこの反応には酸性も寄与していることを推定している。

 第4章では、鉄一置換リンモリブデン酸塩の合成とキャラクタリゼーションおよびその酸化反応特性の結果をまとめている。新規な化合物である鉄一置換体のフェニルトリメチルアンモニウム塩([C6H5(CH3)3N]5[PMo11{Fe(Cl)}O39]・1CH3CN・1H20)はモリブデンの一欠損種(PMo11O397-)を経由して合成した。その元素分析及びX線単結晶構造解析結果から鉄がアニオン中に置換されており、対カチオンとしては存在しないことを明らかにした。結晶構造は三斜晶系でそのパラメータはa=15.103A,b=20.708A,c=14.834A,α=100.20°,β=116.55°,γ=81.07°である。また、UV-vis及びFT-IRスペクトルの結果からもケギン型鉄一置換モリブドリン酸であることを確認している。FT-IR、TG/DTAの結果より鉄一置換体セシウム塩は約2200℃まで構造が安定であることがわかった。さらに、このセシウム塩を用いて2-プロパノールの脱水素反応を行い、鉄をアニオン中に置換することの有効性を実証した。すなわち、鉄一置換体(Cs2.8H1.2PMo11FeO39)、担持鉄触媒(Fe3+/Cs3.0PMo12O40)、鉄未置換体(Cs3.0PMo12O40)を用いて反応温度180℃で2-プロパノール酸化反応を行うと、鉄一置換体は他の触媒に比べ高い選択酸化活性を示すこと、これが触媒の高い酸化力によることを水素を用いた昇温還元法、同位体を用いた実験等により解明した。

 第5章は全体の総括である。

 以上、本論文は低級アルカンの選択酸化におけるヘテロポリ化合物触媒の有効性を示すとともに遷移金属の添加効果を解明し、さらにそれらの知見をベースにして新しい遷移金属置換体を合成し、その置換の有効性を示している。これらの結果は触媒化学のみならず無機化学的にも重要な知見である。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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