学位論文要旨



No 115803
著者(漢字) 大谷,勝
著者(英字)
著者(カナ) オオタニ,マサル
標題(和) アミノ酸摂取のスポーツパフォーマンスへの影響と生理学的作用に関する研究
標題(洋) Physiological Effects of Ingesting Amino Acids on Sports Performance
報告番号 115803
報告番号 甲15803
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第288号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,寛道
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 跡見川,順子
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 八田,秀雄
内容要旨 要旨を表示する

 アミノ酸はタンパク質を構成する栄養成分であるが、個々のアミノ酸が有する生理作用は多岐にわたっており、特に医療分野で40年以上にわたる利用実績がある。アミノ酸は臨床栄養において、点滴・経腸栄養などに用いられており、免疫力向上、体タンパク質の分解抑制、体内窒素バランスの改善、肝機能改善など数多くの効果が知見として得られている。

 しかしスポーツ分野において、アミノ酸に関する基礎研究は著しく不足している。

 本研究は、アミノ酸に関する研究の総合的レビューを行なうとともに、スポーツ選手がアミノ酸を摂取した場合の生理学的変化について基礎的なデータを得ることにより、スポーツ選手がアミノ酸を摂ることの意義を明らかにすることを目的とした。特に、重要な薬理作用を有するが、スポーツ分野においては研究報告例が少ないアルギニン(Arg)、及び必須アミノ酸を中心に生成したアミノ酸12種類の混合物(MMA)に注目して研究をすすめた。

先行研究のレビュー

 アミノ酸とスポーツパフォーマンスに関する先行研究は少ない。20種類アミノ酸の中で分岐鎖アミノ酸(BCAA)(バリン・イソロイシン・ロイシン)、アルギニン、グルタミンに関しては医療分野における臨床栄養に関する研究が多い。BCAAに関しては、運動における中枢性疲労を軽減したという研究が動物実験で得られているが、アスリートではこのような効果が認められなかったという報告もある。またBCAAを摂ることで体タンパク質の分解が抑制されかつ除脂肪体重が増加したという報告やホルモン動態に変化が認められたなどの報告がある。

 アルギニンに関しては、除脂肪体重の増加、運動時の中枢性疲労物質である血中アンモニアの上昇の抑制、アルギニンから発生する一酸化窒素(NO)の作用によるインシュリンなどのホルモン分泌刺激、血管拡張、血小板凝集抑制作用などが報告されている。

 グルタミンに関しては、持久運動後の免疫力低下の抑制、あるいは体タンパク質の分解の抑制、などの報告がある。

 しかし、同じアミノ酸を摂取しても研究者によっては異なる結果が報告されており本当のところが判らないのが現状である。その原因として実験のプロトコール(実験条件・気象条件・食事内容・被験者のプロフィール・生活環境等)が異なることと研究例がすくないことに起因するものと思われる。

実験1 アルギニンの摂取実験(1)−間欠的運動に与える影響−

方法:大学陸上部に所属する選手のうち、スプリント系 (7名)、持久系(6名)の2群を実験対象とした。両群に、アルギニン(Arg)、アラニン(Ala)、プラセボ(Pla)のいずれかをダブルブラインド方式により、体重1kgあたり0.15gを経口摂取させ、自転車エルゴメーターによる間欠的運動(10秒間の最大努力運動+170秒の休息;8セット)を実施した。各セット後に指先末梢血(血糖・乳酸・アンモニア)、最高心拍数、最大パワー、最高回転数、主観的運動強度(RPE)を測定するとともに、外側広筋中の酸素回復を近赤外分析装置で測定した。

結果:両群で、最大パワー、最高回転数、RPEには、Arg、Ala、Pla摂取時で有意差は認められなかった。血中乳酸は両群で、Arg、Ala摂取時に、Pla摂取時より有意(p<0.0l〜0.05)に高値を示し、血中アンモニアはAla摂取時に、Arg及びPla摂取時より有意(p<0.01〜0.05)に高値を示した(Figurel:血中アンモニアの変化)。最高心拍数は、Arg、Ala摂取時にPla摂取時より高値を示したが、持久系でこの傾向がより顕著であった。外側広筋中の酸素回復の半減期は、Arg、Ala摂取時にPla摂取時よりスプリント系のみで有意に(P<0.0l)短かった。

考察:先行研究では、Argの継続的な摂取は持久的な運動において、乳酸及びアンモニアの生成を抑制し、疲労軽減効果をもつことが報告されている。本実験における間欠的激運動についてはArg、Alaの摂取がPla摂取の場合より血中乳酸や血中アンモニア濃度を上昇させる結果となった。このことは、従来の生理学的視点からみれば好ましくないと考えられるが、外側広筋中の酸素回復の速さは速やかである。特にスプリント系グループでは、アミノ酸摂取時の酸素回復効果が著しいことから、血中乳酸値や血中アンモニア濃度の上昇はパフォーマンスにとってマイナスとはなっていないと考察される。

実験2 アルギニンの摂取実験(2)−持久的運動に与える影響−

方法:大学陸上部に所属する持久系選手(8名)を被験者とした。アルギニン(Arg)を摂取した場合(trial A)とプラセボ(Pla)を摂取した場合(trial P)の20kmペース走をダブルブラインド方式により、2週間の休息を挟み、2回実験した。安静時及び走行直後に肘静脈血と末梢血を採取し、各種パラメータを分析した。心拍数、RPE、体重変化についても測定した。

結果:Arg摂取時は、Pla摂取時と比較し、同速度で走行しても心拍数、成長ホルモン、コルチゾール、血中アンモニアなどが有意(p<0.05)に低い傾向を示し、走行中の給水量が同じであったが体重減少が有意(p<0.05)に少なかった(Table1:心拍数の変化)。RPEはやや低値を示した。

考察:Argを持久運動前に摂取することは、身体的ストレスを軽減させ、パフォーマンスの向上が期待できることが示唆された。

実験3 アミノ酸12種合物(MMA)の摂取実験(1)−長期摂取(90日)の血液指標に与える影響−

方法:社会人ラグビー部に所属するレギュラーメンバー(23名)を被験者とし、アミノ酸12種混合物(MMA)を7.2g/日、3ヶ月間摂取し前後の血液パラメータを分析した。血液データを前年と翌年の同月のデータと比較した。さらに体重変化及び1ケ月後と2ケ月後に体調に関するヒヤリング調査も実施した。

結果:MMAを摂取したことでHb、血清鉄、総コレステロール(TC)が有意(P<0.01〜0.05)に増加し、アルカリフォスファターゼ(ALP)は有意(p<0.05)に減少した(Figure2:Hb、TC、ALPの変化)。体調調査では、2ヶ月後には殆どの選手が体調改善を体感しており、特に筋肉痛・腰痛の改善を30%の選手が体感していた。MMAを摂取した前後での体重変化は殆どなかった。

考察:MMAを摂取しない翌年同月の血液データと比較したところ、有意に元の状態に戻っていることが判った。MMAを7.2g/日摂取することは社会人ラグビー選手の体調改善を導いたが、これは各種血液パラメータの改善によるものと示唆された

実験4 アミノ酸12種混合物(MMA)の摂取実験(2)−摂取量の違いが血液指標に与える影響−

方法:大学陸上部に所属する持久系選手(13名)を被験者とした。アミノ酸12種類混合物(MMA)あるいはプラセボが2.2g/袋配合された分包を調製した。一日3袋(アミノ酸として2.2g〜6.6g/日)を摂取し、1ケ月毎に肘静脈血及び末梢血を採取し各種パラメータを分析した。運動量、体重、体調について調べた。Wash out期間として1ケ月を設定した。

結果:アミノ酸の摂取量が4.4g/日でアルブミンが有意(p<0.05)に増加した。6.6g/日でアルブミンの増加以外にCPK、GOTが有意(P<0.01〜0.05)に減少し、RBC、Hb及び血中グルコースが有意(p<0.01〜0.05)に増加し、体調も改善した(Figure3:CPK、RBC、Hbの変化)。期間中体重変化は殆どなく、また練習量もほぼ一定であった。

考察:アミノ酸を6.6g/日程度摂取することで大学陸上部に所属する持久系運動選手の体調が改善したが、これは、栄養・貧血・筋肉の炎症の指標となる血液パラメータの改善によるものと示唆された。

Figure 1 Changes of blood ammonia during intermittent exercise EG, endurance group; SG, sprint group

Figure 2 Changes in blood parameters pre and post ingesting amino acids

Figure 3 Changes in blood parameters over a six-month period

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「アミノ酸摂取のスポーツパフォーマンスへの生理学的作用」に関する研究の成果をまとめたものである。アミノ酸は人体組織の構成に不可欠なものであり、同時に栄養成分として多くの生理作用を有している。特に、医療分野では40年以上に渡って利用実績があり、臨床栄養として点滴・経腸栄養などに用いられている。アミノ酸の薬理効果として、免疫力向上、体タンパク質の分解抑制、体内窒素バランスの改善、肝機能改善など数多くの知見が得られている。しかし、スポーツに関する分野でのアミノ酸利用やアミノ酸に関する基礎的研究は、これまで著しく不足した現状にあった。

 論文提出者の大谷勝は、これまでに行われたスポーツと栄養に関する研究の流れを概説した後、アミノ酸と運動・スポーツに少しでも関係すると思われる先行研究を刻銘に調査し、それらを詳細にレビューした。

 レビューは、プロテインとアミノ酸に関して別個に行ったが、特にアミノ酸については、薬理効果の大きいアルギニン(ホルモン分泌、乳酸とアンモニア生成抑制効果、一酸化窒素、免疫、グリコーゲン回復等への影響)、分岐鎖アミノ酸(中枢性疲労、体タンパク分解等への影響)、およびグルタミン(免疫とオーバートレーニング、グルコースとグリコーゲン調節、体タンパク分解等への影響)について取り扱った。

 これらのレビューを通して、アミノ酸摂取の研究結果が研究者によってまちまちとなっており、アミノ酸摂取の効果については未だ不明であるという現状を把握した。

 大谷勝は、重要な薬理作用を有するが、スポーツに関する分野で研究例が少ないアルギニン、および必須アミノ酸を中心に生成したアミノ酸12種類の混合物(MMA)を用いて、スポーツ選手がアミノ酸を摂取することの意義について研究をすすめた。

 アルギニンの摂取が間欠的運動に与える影響を調べる目的で行った実験(1)では、大学陸上部に所属するスプリント系選手7名と持久系選手6名を対象に、アルギニン(Arg)、アラニン(Ala)、プラセボ(Pla)のいづれかを摂取して、自転車エルゴメータによる間欠的運動(10秒間の最大ペダリング×8セット)を実施させた。その結果、両群で最大パワー、ペダルの最高回転数、主観的運動強度(RPE)には、アルギニン、アラニン、プラセボ摂取時で互いに有意差は認められなかった。しかし、アルギニンおよびアラニン摂取時は、両群で血中乳酸、最高心拍数がプラセボ摂取時よりも高く、また、NIRSを用いて計測した外側広筋中の運動後の酸素回復の半減期は、スプリント系群のみで有意に短いという結果を得た。

 アルギニン摂取が持久的運動に与える影響を調べる目的で実施した実験(2)では、大学陸上部に所属する持久系選手8名を対象に、20kmペース走をアルギニン摂取時とプラセボ摂取時について実施し、アルギニン摂取時には同速度で走行しても、心拍数、成長ホルモン、コルチゾール、血中アンモニアが低い傾向(p<0.05)を示し、走行中の体水分減少量も少なく、主観的運動強度もやや低くなる結果を得た。

 アミノ酸12種混合物(MMA)の摂取効果を調べる目的で実施した実験(3)では、社会人ラグビー部のレギュラーメンバー(23名)を対象にした。MMAを1日7.2g、3ヶ月間摂取した時の血液パラメータを、MMAを摂取しなかった前年および摂取翌年の血液パラメータと比較したところ、MMAの摂取によって、ヘモグロビン、血清鉄、総コレステロールが有意(P<0.01〜0.05)に増加し、アルカリフォスファターゼは有意に減少(P<0.05)した。また、MMA摂取に伴う体調調査では、体調改善を体感する選手が多く、筋肉痛、腰痛の改善が30%の人にみられた。

 アミノ酸12種混合物の摂取量の違いが血液パラメータに与える影響を調べる目的で実施した実験(4)では、大学陸上部持久系選手13名を対象として、1日2.2g、4.4g、および6.6gを摂取した場合について、1ヶ月毎に血液パラメータの分析を実施した。その結果、MMAの4.4g/日の摂取で、アルブミンが有意(p<0.05)に増加し、6.6g/日でCPK、GOTの減少(p<0.05)、アルブミン、赤血球、ヘモグロビン、血中グルコースの有意な増加(P<0.01〜0.05)、および体調の改善がみられた。

 これらの研究を通して、アミノ酸摂取がスポーツパフォーマンスの改善を導く基盤となる生理的指標の改善に有効であることが明らかにされた。特に、アミノ酸12種混合物(MMA)の摂取効果について、摂取量の違いに伴う血液生化学的な指標の変化を比較的長期的な視点や実際的な走行実験によって明らかにしたことは、有意義であると評価できる。

 論文提出者である大谷勝に対する口頭試験において、アミノ酸やスポーツ栄養に関して・幅広く専門的な知識を習得していることが認められた。以上のことから、本論文提出者は、博士(学術)の学位を受けるにふさわしい十分な学識を有するものと認め、審査委員全員により合格と判断した。

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