学位論文要旨



No 115812
著者(漢字) 黒田,裕樹
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,ヒロキ
標題(和) ツメガエル予定脊索細胞における細胞接着性の変化
標題(洋) Changes in the adhesive properies of Xenopus laevis pre-notochord cells
報告番号 115812
報告番号 甲15812
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第297号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 豊島,陽子
内容要旨 要旨を表示する

 脊椎動物の初期発生に非常に重要な役割を持つ脊索の形成過程に関する報告は多数存在するが、未解明な点も残されている。特に「予定脊索細胞が集合機構」についての報告は少ない。

 我々はまずツメガエルを実験動物に用いて予定脊索細胞が集合する様子をin vitroで再現することに挑戦した。まず予定脊索細胞だけを胚から分離することは技術的に困難であるため、特別な誘導系を作成し予定脊索細胞のみを分離する方法を検討し、「ツメガエルの胞胚期の予定表皮領域の解離細胞に対して中胚葉誘導因子ActivinA(濃度1ng/ml)で処理する」ことが予定脊索細胞だけを得る至適条件だと判定した。この予定脊索細胞を蛍光色素で標識し、予定表皮細胞または予定内胚葉細胞らと混ぜ合わせた再集合体を作成して培養した結果、アクチビン処理後約5-10時間の間に集合が行なわれた(図1の白い細胞)。このTime-courseはin vivoで実際に脊索が形成される時間に準じている。また予定脊索細胞が強い集合能を持つことを初めて示したことになる。

 しかし、次の疑問が生じた。「予定脊索細胞の集合に関わる細胞接着因子は何なのか?」。我々はいくつかの実験や文献を通して、その有力な候補としてAxial protocadherin(AXPC)を挙げた。この分子は他のグループによって、その断片配列が分離され脊索特異的に発現することが示されていた(文献1)。我々は断片配列を参孝に原腸胚のcDNA libraryに対してScreeningを行いAXPCの全長(5644bp,1001aa)を分離した。この分子はN末よりシグナルペプチド(SP)、6つの細胞外領域(EC1-6)、細胞外基部領域(MPED)、膜貫通領域(TM)、水溶性領域(HYD)、細胞内領域(CPD)から構成されていた。そして次の実験結果から「予定脊索細胞はAXPCを用いて集合している」との結論を得た。結果1)細胞内のシグナルを削ったtm-AXPC(SP,EC1-6,MPED,TM,HYDから成る)を強制発現した細胞は脊索と同じ接着性を持った。結果2)tm-AXPCをin vivo で強制発現させると、脊索周囲の組織の細胞が脊索と同じ接着性を獲得した。結果3)分泌型つまりdominant negative型にさせたdn-AXPC(SP,EC1-6から成る)は脊索細胞が集合するのを阻害した(図2参照)。

 さらに全長クローンを強制発現させると細胞集合と共に多くの細胞が死亡することが判った。我々は細胞内にToxicなシグナルが存在することを想定し、細胞内だけのクローンdelta-ec-AXPC(SP,TM,HYD,CPから成る)を作成した。delta-ec-AXPCを強制発現させたところ、胚はstage13-14あたりでApoptosisして死亡することが判った。脊索領域の周りではApoptosisが検出されることが知られており、脊索領域に集合できなかった細胞がAXPCの細胞内シグナルによって自殺しているのかもしれない。

 AXPCは既にヒト(Protocadherin-1,文献2)、マウス(我々が分離,data not shown)にも存在することが確認されている。脊椎動物にとって脊索形成は正常発生に必須な現象であり、AXPCはそれを直接的に支配する分子である可能性が高い。

 文献1)Kim,S.H.,et al.,Development125,4681-4690(1998)

 文献2)Sano,K.,et al.,EMBO J.12,2249-2256(1993)

 図1 予定脊索細胞の集合

 図2 AXPCの解析用コンストラクト

審査要旨 要旨を表示する

 黒田 裕樹君は「ツメガエル予定脊索細胞における細胞接着性の変化」の研究を行って、下記のような優れた結果を得ている。

 黒田君は大きく分けて2つの成果を得ている。その第一番目は「ツメガエル予定脊索細胞が強い集合能力をもつことを直接示した」ことであり、第二番目は「予定脊索細胞の集合能力は接着分子Axial Protocadherinによることを明らかにした」ことである。

 第一番目の成果についての詳細を述べる。彼はまずツメガエルを実験動物に用いて予定脊索細胞が集合する様子をin vitroで再現することに挑戦した。予備実験として、予定脊索細胞だけを胚から分離することは技術的に困難であるため、特別な誘導系を作成し予定脊索細胞のみを分離する方法を検討し、「ツメガエルの胞胚期の予定表皮領域の解離細胞に対して中胚葉誘導因子activin A(濃度1ng/m1)で処理する」ことが予定脊索細胞だけを得る至適条件だと判定した。それから、この予定脊索細胞を蛍光色素で標識し、予定表皮細胞または予定内胚葉細胞らと混ぜ合わせた再集合体を作成して培養した結果、アクチビン処理後約5-10時間の間に集合が行われることを示した。このTime-courseはin vivoで実際に脊索が形成される時間に準じていた。また予定脊索細胞が強い集合能を持つことを初めて示したことになった。

 第二番目の成果についての詳細を述べる。第一番目の成果から「予定脊索細胞の集合に関わる細胞接着因子は何なのか?」という疑問が生じた。彼はいくつかの実験や文献を通して、その有力な候補としてAxial protocadherin(AXPC)を挙げた。この分子は他の研究グループによって、その断片配列が分離され脊索特異的に発現することが示されていた。彼は断片配列を参考に原腸胚のcDNA libraryに対してScreeningを行いAXPCの全長(5644bp,1001aa)を分離した。AXPCは既にヒト、マウス(これも彼自身が分離)にも存在することが確認されているが、いずれも未解析な状況であった。彼の実験結果からこの分子はN末よりシグナルペプチド(SP)、6つの細胞外領域(EC1-6)、細胞外基部領域(MPED)、膜貫通領域(TM)、水溶性領域(HYD)、細胞内領域(CPD)から構成されていることがわかった。そして次の実験結果から「予定脊索細胞はAXPCを用いて集合している」との結論を得た。1つ目は、細胞内のシグナルを削ったtm-AXPC(SP,EC1-6,MPED,TM,HYDから成る)を強制発現した細胞は脊索と同じ接着性を持った、ことである。2つ目は、tm-AXPCをin vivoで強制発現させると、脊索周囲の組織の細胞が脊索と同じ接着性を獲得した、ことである。3つ目は、分泌型つまりdominantnegative型にさせたdn-AXPC(SP,EC1-6から成る)は脊索細胞が集合するのを阻害した、ことである。さらに全長クローンを強制発現させると細胞集合と共にに多くの細胞が死亡することが判った。彼は細胞内にToxicなシグナルが存在することを想定し、細胞内だけのクローンdelta-ec-AXPC(SP,TM,HYD,CPから成る)を作成した。delta-ec-AXPCを強制発現させたところ、胚はstage13-14あたりでapoptosisして死亡することが判った。脊索領域の周りではapoptosisが検出されることが知られており、脊索領域に集合できなかった細胞がAXPCの細胞内シグナルによって自殺している可能性が高いことが示されたことになる。

 このように黒田君は、脊椎動物の初期発生にとって必要不可欠な現象である脊索形成ついて、そのダイナミックな動きが、実際に可視化するだけでなく、メカニズムまでも解明した。これは非常に大きな成果であり、かつ彼の実験技術の高さ、その背景に関する知見の多さ、高い考察力、粘り強く実験する忍耐力によって、このような難しい問題を解き明かすことに成功したといえる。そのため、彼の研究は審査員全員から非常に高い評価を得た。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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