No | 115822 | |
著者(漢字) | 橋本,康 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハシモト,コウ | |
標題(和) | レプリケータ系における複雑な振舞いの数値シミュレーション | |
標題(洋) | Numerical Studies on Complex Behavior in Replicator Dynamics | |
報告番号 | 115822 | |
報告番号 | 甲15822 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第307号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究の目的は、レプリケータダイナミクスを生態系の進化を扱えるように拡張し、そのダイナミクスの持つ性質を調べることである。レプリケータ方程式はTaylor,Jonkerにより1978年に提唱され、以後、生態系やゲームダイナミクスから階層的なネットワーク系に至るまで基礎的なモデル方程式として広く受け入れられている。レプリケータ方程式は次のような非線形微分方程式である。 ここで変数xiは種iの数の全体に占める割合で〕Aijは種iの種jから受ける利得である。この方程式の非線形性より、系は一般に複雑な振る舞いを見せると考えられるが、実際には、システムサイズηが大きい場合でさえ、高次元の複雑な振る舞いを見せることはむしろ稀である。固定点や周期解またはヘテロクリニックサイクルなどが系のアトラクタとなって、低次元の単純な振る舞いを見せることが多い。系の相互作用行列をランダム行列にしてもアトラクタがストレンジアトラクタとなる例を見いだすことは難しい。また、絶滅によって、系の実質的な種数が減ることはあっても、種数がもともと用意されたηを越えることは有り得ない。これらのことから、生態系の多様性や複雑な振る舞いや分化などの進化的な振る舞いを記述することにはレプリケータ系には適していないとも考えられる。そこで、系に突然変異を導入することによって、レプリケータ系を拡張するすることを考える。言うまでもなく、突然変異は進化の原因であり、その駆動力である。そしてある個体が別の異なる個体を作るという突然変異そのものは現象としては個体レベルの現象である。しかし、突然変異の導入そしてその変異率に応じて系全体の振る舞いが変化するのであれば、突然変異は系のコントロールパラメータとして捉えることができ、個体レベルのみならず、系全体の中でその役割を考えるべきであろう。また、突然変異により結果として種内に広がりが出来るが、レプリケータ系ではこの広がりを無視して1点に近似してしまう。しかし、種が内部に広がりをもつこと、つまり種内に多様性を持つことが系に影響を及ぼすのであれば、ここでも突然変異は個体レベルの直接的な役割でなく、種に多様性を持たせるという間接的な形での役割を担っていると言えるであろう。本研究では、ここで述べた突然変異の2つの役割に着目し、それらを別々に扱うことによってそれぞれの可能性を検証する。実際にこの2つの要素、つまり種内の広がりと突然変異をレプリケータ方程式に導入すると、種空間を連続化し、突然変異項を加えることによって拡張された積分形式の方程式になるが、今述べたようにこの系をそのまま扱う代わりにこの2つの要素を別々に扱う方法をとる。つまり、(1)種空間の連続化を無視し、元のレプリケータ系に突然変異項を加えた系、(2)突然変異項を無視し、元のレプリケータ系の種空間を連続化した系、の2つである。突然変異項と種空間の連続化は起源は共に個体レベルでの突然変異ではあるが、このように扱うことで、それぞれの効果を検証する方法をとろうということである。 (1)元のレプリケータ系に突然変異項を加えた系 突然変異項を導入したある対称性を持った7次元のレプリケータ系を調べると、その変異率がどんなに小さくても、系の性質が大きく変わる。さらに変異率の大きさに応じてアトラクターの構造が変化する分岐現象を見ることができる。これらのことから、突然変異は系の振る舞いを決める要素となっており、コントロールパラメータとなっていると言えよう。また変異率がある値よりも小さい範囲では、カオス的遍歴現象と呼ばれる複雑な振る舞いを見せる。この系は、種間の突然変異を仮定した系として考えることが出来、生態系としては現実的ではないが、ここで得られた結果を準種間の突然変異や種内での突然変異に拡張することが出来れば、種内の多様性を保つのに突然変異がどのように寄与しているかを知る手がかりになるであろう。 (2)元のレプリケータ系の種空間を連続化した系 ここでは、レプリケータ系の種空間を連続化した系をそのまま扱うかわりに、有限個の種による混合戦略を含んだゲームダイナミクスとしてこの問題を考える。無限個の種を導入しなくても亜種の導入による系の変化は扱うことが出来るからである。3つの純粋戦略を持ち、内部平衡点が安定だが進化的に安定な戦略でないようなゲームダイナミクスを扱う。この系にはアトラクタが2つ存在し、1つは内部平衡点、もう1つはある純粋戦略にあたる平衡点である。この系に1つの混合戦略を導入することによって、新しいアトラクタが出現する。このアトラクタは周期解であり、しかも非可算無限個存在する。このことは混合戦略の導入により、系に元の系のアトラクタよりも次元の高いアトラクタが出現し、初期値によって異なる周期解に引き込まれることを示し、系の振る舞いがより複雑になったといえる。このことから、レプリケータ系において種内の広がりを無視して1点に近似してしまうことが系の振る舞いを実際より単純に見せてしまう可能性を示唆している。 | |
審査要旨 | 学位論文として提出された橋本康氏の博士論文は、生態系の理論的なモデルのひとつであるレプリケータ方程式を拡張するということにより、生態系の進化について考える基盤を与えている。本論文はその拡張された方程式の数学的な性質について解析したものである。 本論文は全4章から成っている。第1章では、著者が考える生態系の理論の方向と、そのためのレプリケータ方程式の拡張が2つ提案されている。以下の章で、著者はその2つの方向をそれぞれ解析している。 まず第2章では、レプリケータ系に対し、突然変異の影響を拡散項として付け加えた時の効果について解析する。突然変異を付け加えることで、レプリケータ系に固有のヘテロクリニックな解が失われ、構造安定なものが出現する。具体的には7自由度および11自由度の対称な相互作用行列を持つ系について計算を行なっている。中でも突然変異率の低いところに出現するカオス的遍歴現象と突然変異を無限小加えた極限での振舞いについて詳細な解析を行なっている。その結果、カオス的遍歴は突然変異がないときのヘテロクリニックな状態の残骸を擬アトラクターとし、その間をカオス的に遷移すること、突然変異の無限小の極限で無限個の周期軌道が存在すること、などが数値実験および解析的手によって示された。 第3章では、新しい自由度がレプリケータ系に加わったときの効果について解析する。特に相互作用行列のランクを変えないような形で自由度を導入することによる系の振舞いの変化を考察する。レプリケータ方程式はその変数を生態系の種として考えられると同時に、ゲームの戦略としても考えられることが知られている。そこで3自由度のレプリケータ方程式に対し、新しい4番目の自由度を「3つの純粋戦略を持つゲームにそれの混合戦略として新しい戦略を加える」という格好で導入する。この時、もとの3自由度の系が進化的に安定ではないが局所的に安定な内部平衡点を持つ時に、4自由度目が加わることで次元の高い新しいアトラクターが出現することを数値実験および解析的手法によって示すことができた。特にその新しいアトラクターは中心多様体上の無限個の周期軌道であることが示される。 第4章は全体の総括であり、レプリケータ方程式という視点から生態系の進化を捉えようという論文提出者の姿勢が伺われる。本論文は、レプリケータ方程式の可能な拡張と、その数学的な構造の面白さを与えるものである。扱われたモデルの解析は徹底的に行なわれ、それらは一定の決着をつけつつも、その結果浮上した新たな問題点を提起しており今後の研究の発展が期待されるものである。 以上、当博士論文の研究は、十分に独創的なものであり、生態系のダイナミクスと進化を今後考えていく際に、基本となるものをいくつも指し示したといえるだろう。第4章の最後にも触れられているようにモデルの新しい拡張の仕方や、生態系の捉え方を含め、今後の研究の発展が十分に期待できる。 本論文で挙げられた結果のうち2章と3章の一部が、論文としてすでに専門誌に掲載済みあるいは投稿中である。第3章の一部は投稿準備中である。また共著論文に関しては、それらを博士論文として提出することに関する共著者の同意が得られている。 以上のように論文提出者の研究は、レプリケータというモデルから生態系にどのように迫れるかということに関して独創的で重要な寄与をなしていると考えられる。これらの点から本論文は博士(学術)の学位を与えるのにふさわしい内容であると審査委員会は全員一致で判定した。 | |
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