学位論文要旨



No 115874
著者(漢字) 田村,文彦
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,フミヒコ
標題(和) リニア・コライダーのパルス圧縮系のための大電力マイクロ波半導体スイッチの開発
標題(洋) Development of High Power Microwave Semiconductor Switches for Pulse Compression Systems of Linear Colliders
報告番号 115874
報告番号 甲15874
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3918号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,義治
 東京大学 教授 片山,武司
 東京大学 助教授 中村,典雄
 東京大学 教授 神谷,幸秀
 東京大学 助教授 松本,浩
内容要旨 要旨を表示する

この研究では、リニアコライダーのパルス圧縮系のためのX-bandマイクロ波半導体スイッチの開発について検討した。ライナックにおいて、パルス圧縮はたいへん重要な技術である。特にリニアコライダーの主ライナックは巨大なシステムであり、高効率で、かつできる限りコンパクトなパルス圧縮系が必要とされている。アクティブパルス圧縮と呼ばれるパルス圧縮の方法は、高効率かつ比較的コンパクトな方法として提案されている。アクティブパルス圧縮を実現するためには、大電力に耐えうるマイクロ波スイッチが必要であるが、しかし現在までにそのような大電力を扱うマイクロ波スイッチは存在しなかった。

この研究では、まず大電力のマイクロ波を扱うスイッチの構成として、複数のアクティブエレメントと2つの3dBハイブリット結合器を組みあわせた構成について検討した。スイッチの構成について2つの選択肢、すなわちSPST arrayとcascaded phase shifterとよばれる構成を検討した。どちらの場合についても、マイクロ波電力の負荷は分散され、ひとつのアクティブエレメントが扱う電力は小さくなることが特徴である。アクティブエレメントは、対称的な導波管ティー結合、ショート、そしてアクティブ窓によって構成される。アクティブ窓とは、外部からの入力によって反射係数を変化させる導波管窓である。アクティブ窓の反射係数を変化させることにより、アクティブエレメントのS行列を変化させることで、大電力マイクロ波スイッチを実現するものである。SPST array、cascaded phase shifterのそれぞれについて、動作のための条件を明らかにした。また、重要な特性であるアクティブ窓での電界強度、ロスについての表式を厳密に導いた。

大電力のマイクロ波スイッチを構成するにあたって、ある電力を扱うためにいくつのアクティブエレメントが必要であるかを知ることはたいへん重要である。この研究では、先に導かれたアクティブ窓の電界強度とロスについての表式を利用し、電界強度とアクティブエレメントの数の関係を表すスケーリング則を導いた。このスケーリング則によれば、必要なアクティブエレメントの数は、アクティブ窓が耐えうる最大電圧の2乗に反比例し、窓の表皮の抵抗に反比例する。すなわち、アクティブエレメントの数を少なく抑えるためには、より高電界に耐えうるアクティブ窓が必要であることが示された。

大電力のスイッチを構成するにあたって、最も重要な要素はアクティブ窓の開発である。この研究では、あらたにPIN/NIP diode array active windowと呼ばれる新しいアクティブ窓の開発を行った。この窓は、multi-megawatt級のマイクロ波を扱うことができることを目指して開発された。この窓は純粋シリコンでできた円形の窓であり、表面に径方向に走る線状のPIN/NIPダイオード構造を配置した窓である。線の数は各面で400本づつである。この窓はTE01モードの円形導波管中に置かれる。PIN/NIPダイオードの線はすべて円形導波管のTE01モードの電場と直交するため、ダイオード構造は順方向バイアス電圧がかかっていないときにはTE01モードのマイクロ波に影響をあたえない。すなわち、バイアス電圧がかからないときには、このアクティブ窓は透過の状態にある。順方向バイアス電圧がかかったおきには、アクティブ窓の純粋なシリコン中に多数のキャリアが入射され、アクティブ窓は導電体となる。すなわち、このアクティブ窓は完全反射の状態になる。このアクティブ窓の設計および製作は筆者によっておこなわれた。アクティブ窓の直径は1.3インチであり、厚さは220ミクロンである。それぞれのダイオード構造は、幅25ミクロンから2.5ミクロンへいたるテーパー構造をもっている。製作は一般的なIC製作の手順を応用しておこなわれた。また、このアクティブ窓を保持するためのマイクロ波構造も開発された。

このアクティブ窓の小電力試験および大電力試験がおこなわれた。小電力試験においては、バイアスによる反射係数の変化と、スイッチの状態変化の速さについて注目して実験を行った。バイアス電圧なしの時と115アンペアの順方向電流を流したときでは、反射と透過は、-2.2429dBから-0.6dBへ、および-4.17dBから-22dBへそれぞれ変化した。115アンペアの順方向電流を流したときのロスは11.5%であった。スイッチング時間は、順方向電圧をかけおわったあとに逆方向電圧をかけなかったときにおよそ50マイクロ秒であったのに対し、130ボルトの逆方向電圧をかけたときには20マイクロ秒であった。このように、このアクティブ窓は基本的な動作としては良好であった。しかしながら、ロスが大きいことや、スイッチングにかかる時間が期待したより遅いことなどの課題も残された。

大電力試験は、X-bandの大電力クライストロンとSLED-IIとよばれるパルス圧縮を用いて、SLACにおいて行われた。大電力試験の目的は、このPIN/NIP diode array active windowにバイアスをかけずに大電力による高電界をかけたときの限界がどこにあるかを知るためと、このアクティブ窓がmulti-megawatt級のX-bandのマイクロ波をスイッチできることを実験的に示すことにある。バイアスをかけない時には、このアクティブ窓は入力電力約5メガワットに耐えた。シリコン内部でのアバランシェブレークダウンをおこす徴候はまったくなかった。しかし、ダイオードに電流を流すために窓の表面を走る金属の線が真空放電をおこした。この放電のため、5メガワット以上の大電力での実験をおこなうことができなかった。順方向電流を流してのスイッチングの実験においては、入力電力1.7メガワットにおいて、透過電力を10dB変化させることができた。この大電力試験の結果から、このPIN/NIP diode array active windowはメガワット級の能力を持つことが実証された。しかしながら、表面での金属の線における放電の問題が残った。

本研究の最後として、実験の結果あきらかになった課題、すなわちロスが大きいこと、スイッチング速度が十分でないこと、そして高電界における表面の金属線が放電をおこすことについての改善策を検討した。ロスは、ダイオードを3次元的に配置することで減らすことができることが示された。また、回路の抵抗を減らすことで、速度を改善することができる。そして、放電については、表面に絶縁体の層を形成することで、性能の改善がはかられることがわかった。これらの改善点をくみあわせた、新しいPIN/NIP array active windowの構造が提案された。

Figure 1: Conceptual view of PIN/NIP diode active window

Figure 2: PIN/NIP diode active window

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は8章からなり、第1章は序論、第2章は高電力マイクロウェーブスイッチの設計手法、第3章はスケーリング則、第3章はPIN/NIPダイオードアレイ能動窓の設計とその詳細、第5章は低電力測定、第6章は高電力実験、第7章は将来の課題について述べてあり、弟8章は結論である。

 第1章では、リニアーコライダーの全体構成についての簡単な説明があり、その高周波システムにおいて高周波のパルス圧縮がいかに重要であるかが強調されている。パルス圧縮技術のなかには、エネルギー貯蔵空胴あるいはラインを用いた方式(いわゆるSLED方式)、BPC(Biinary Pulse Complession)、およびDLDS(Delay Line Distribution Sysytem)があるが、いづれの方式において本研究のテーマである能動的スイッチを(Active Switch)用いることが有効である。本章ではこれら各方式についての比較と能動スイッチのこれまで行われた研究についても簡単にまとめられている。

 第2章では、高電力マイクロウェーブスイッチの設計手法が述べられている。これらより、高電力マイクロウェーブスイッチとして2つの能動素子と2つの3dBハイブリッドを基本とする複数のシステムとし、それぞれの電力を分散して負荷を軽くすべきこと、各能動素子は対称T結合素子とショート板及び能動窓から構成されること、そして能動窓での反射位相の制御を記述するS行列を求め、これにより能動素子としてSPST及びカスケード位相シフターそれぞれの方式について、その最大電場と全損失が評価された。

 第3章では、能動素子の個数とそれらが扱える電力との関係についてのスケーリング則を導き、これにより、SPST方式がカスケード位相シフター方式より優れていることを明らかにした。また、素子の個数は窓の最大電場の平方根に逆比例し、これが実際の能動窓を構成する物質・構造を選択するうえで重要であることを示した。さらにシリコンを用いた能動窓では、100MW級のXバンドRF信号を制御するためのSPSTアレイには21素子必要であることが示された。

 第4章では、新方式のPIN/NIPダイオード能動窓の設計と製作されたモデルについてて述べられている。具体的には、直径1.299インチの円形の厚さ225ミクロンのシリコンウェーハの両面にPIN/NIPダイオードアレイを形成したもので、それぞれ400のドープラインと金属ラインから構成されている。この窓は円形のTE01モードには透過型となる。ダイオードアレイは通常のICプロセスで本人自らにより製作された。バイアス電流は順方向で120A、また、逆バイアス電圧は130Vであった。

 第5章では、製作した能動窓を用いたRFスイッチのの低電力試験結果であり、基本的性能は設計どおりであることが確認された。スイッチとして18dBのRF透過変動が確認された。また、電力損失は11.5%であった。スイッチング時間はー120Vの逆バイアス電圧を印可することで50msから20msに早くできることを示した。

 第6章は、高電力での実験結果である。実験はSLACの高出力XバンドクライストロンとSLED-IIパルス圧縮システムを用いて行った。バイアス無しでは5MWの高電力においても放電等の問題はなくこの種のRF窓としてはかつてない高い電力での使用に耐えることを示した。さらにバイアス有りにおいては1MWレベルで10dBのスイッチング特性が得られることが示された。これらにより、マルチメガワットのRFレベルでこの方式のシリコン能動窓が動作することが明らかとなった。

 第7章は、将来の改良すべき点とその方策についてまとめている。スイッチング速度を早めるには外部回路の工夫と接触抵抗の軽減が重要であること、三D構造による高出力化が図られること、さらに表面に絶縁物をコーティングすることで表面での放電を低減できること等が述べられている。

 第8章は要約である。

 なお本論文は、Sami G.Tantawi氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び実験行ったものであり博士論文として十分と認められる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク