学位論文要旨



No 115875
著者(漢字) 鶴丸,豊広
著者(英字)
著者(カナ) ツルマル,トヨヒロ
標題(和) Skyrme-Faddeev模型におけるトポロジカルな配位について
標題(洋) On the Topological Configurations in the Skyrme-Faddeev Model
報告番号 115875
報告番号 甲15875
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3919号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 助教授 徳宿,克夫
 東京大学 助教授 森松,治
 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 物理においてトポロジーが本質的な役割を演ずる例が多く知られている。例えば素粒子の統一理論においては磁気単極子が現れる可能性があり、その磁荷が整数値になることがトポロジー的な議論から導かれる。また、超電導体においては渦線が現れるが、その安定性は位相不変量の存在と関連していることが知られている。興味深いことに、このようなトポロジー的な励起は多くの場合有限のエネルギーを持ち、さらに位相不変量と関連した保存量を持つため、粒子と同一視されうる。とりわけ重要なことは、古典論の段階で既に保存量が離散化される、つまり「量子化」されるということであり、このことは量子化のある側面が、物理系の持つトポロジー的な性質に帰せられる可能性を示唆する。

 そのようなトポロジー的な励起を持つ系の例として非線形シグマ模型(Nonlinear Sigma Model,NLSM)といわれる種類の理論がある。その中でも、この博士論文ではNLSMの一種であるSkyrme-Faddeev(SF)模型について考察する。SF模型はFaddeevにより提案された四次元時空上の理論であり、3成分の単位ベクトルn(Σ3a=1nana=1)を場の変数として持っている。すなわち、target spaceとしてn∈S2を持つ理論である。

近年、FaddeevとNiemiにより、この模型がSU(2)Yang-Mills(YM)理論の低エネルギーでの有効作用となる可能性が指摘された。YM理論は強い相互作用などの基本的な相互作用を記述するものとして知られ、高エネルギーでは漸近自由性により摂動的な解析が可能だが、低エネルギー領域では強結合になるため、そのような系統的な解析は難しい。

 SF模型の興味深い点として、Hopfソリトンと呼ばれるソリトン解の存在がある。これらのソリトン解はSF模型の配位空間がトポロジー的に等価でない配位に分類されることに関連して現れる。すなわち、空間3次元での位相空間はHopf数Hと呼ばれる位相不変量(π3(S2)=ZZ)により分類され、Hのそれぞれの値についてソリトン解が存在する。SF模型をYM理論の有効作用と見なす場合、これらのソリトンはYM理論の束縛状態、すなわちグルーボールに対応するとFaddeev-Niemiにより予測されている。しかしながらHopfソリトンの角運動量やパリティが同定されていないので、格子上の数値計算で得られるグルーボールのスペクトラムとの比較は出来ていない。

 この博士論文の目的はSF模型のYM理論の有効作用としての妥当性を、そのトポロジー的な側面を調べることにより検証することにある。とりわけ、我々はYM理論のインスタントンがSF模型においてどのように現れてくるかをしらべ、またHopfソリトンのエネルギースペクトラムといった物理的な量について議論する。

 SF模型をSU(2)YM理論の有効作用として導出する際の鍵となるのがFaddeev-Niemi(FN)分解といわれる、YM場の新たなparameterizationである。

FN分解はSU(2)YM場を質量核上で部分的にゲージ固定することにより得られ、YM場をベクトル場C,複素スカラー場φ=ρ+iσ,および3成分の単位ベクトル場nに分解する。この場合の部分的なゲージ固定とは、SU(2)のゲージ対称性のうち、部分群のU(1)対称性のみを保つものであり、その(1)変換はU(x)=exp[iθnaσa/2](U(x)はSU(2)の元)で生成される。ベクトル場Cはこの変換のもとでC→C+dθと変換し、U(1)ゲージ場に相当する。また、φはU(1)多重項として変換する。この分解のもとで、YM理論はU(1)ゲージ場に物質場nおよびφが結合した理論と解釈される。U(1)のゲージを固定すると、C,nおよびφがそれぞれ2自由度ずつを持ち、合計6自由度となるので確かにSU(2)ゲージ場の質量核上での自由度の数と一致している。このFN分解のように、YM理論のゲージ対称性の部分アーベル群の対称性を保つような自由度の取り方は一般にアーベル的射影(Abelian projection)と呼ばれる。't Hooftらはこのアーベル的射影を用いてカラー閉じ込めの定性的な説明を与えた。アーベル的射影の描像に従えば、YM理論の真空においては磁気単極子がボーズ凝縮しており、超電導体で電荷がボーズ凝縮しているのとちょうど双対的な(つまり電場と磁場が入れ代わった)状況にある。したがって超電導体でにおいて磁場が閉じ込められるのと双対的に、YM理論においては電場が閉じ込められていると期待され、このことによってカラーの自由度が閉じ込められていると考えられている。FN分解の立場では、nの特異点が磁気単極子に対応するので、nはYM理論の低エネルギーの相を記述する秩序パラメターになると考えられる。その場合の有効作用として得られるのがSF模型である。

 以上のような対応のもとで、まず、YM理論の定性的な議論において本質的な役割を演ずるインスタントン的な配位が、SF模型においてどのような役割を演ずるかを考察する。アーベル的射影とインスタントンとの関連は't Hooftらによって提案されたMaximal Abelian Projectionという定式化のもとで以前にも議論されているが、FN分解の場合についてはこれまで議論されていなかった。FN分解はMaximal Abelian Projectionと異なった数学的構造を持つため、極めて興味深い結果が得られた。(二つの定式化の差異としては、Maximal Abelian Projectionにおいてはどの方向のU(1)対称性が保たれるかを指定していないのに対し、FN分解ではその対称性がnにより陽に指定されていることなどが挙げられる。)我々はまず、インスタントン数が非零の場合、FN分解に現れるnの場が特異点を持たねばならないことを指摘した。この特異点は一般的に4次元時空において閉じた線、すなわちループ状の軌跡を描く(DDiracの特異線とは異なることに注意)。我々はさらにこの場合、インスタントン数νが、nおよびU(1)ゲージ場Cの持つトポロジー的な量により一意に決定されることを示した。具体的には、ループの中を通り抜けるCの流束をΦとし、nのもつソリトン数と呼ばれる位相不変量をmとしたとき、インスタントン数νは

であたえられる。このとき同時に、流束Φが整数に量子化されていることが示される。

 ここで現れる特異点はもとのYM場では磁気単極子的な配位に対応するので、我々はこれを磁気単極子と呼ぶ。したがって物理的には、ここで現れるループは磁気単極子の4次元時空内での運動の軌跡と解釈でき、流束Φはその運動に付随した不変量に相当する。とりわけ、それらの磁気単極子がインスタントンとほぼ一対一の関係にあると解釈される。このことは閉じ込めを説明するために導入された磁気単極子と、カイラル対称性の破れの原因と信じられているインスタントンとの関係を示唆するとも考えられ、興味深い。

 また、SF模型のソリトンのエネルギースペクトラムについても議論した。この模型がSU(2)Skyrme模型をゲージ化したものとして得られることを用い、エネルギースペクトラムがSU(2)Skyrme模型のエネルギーによってある制限が与えられることを示した。Skyrme模型はハドロンの有効理論であり、SF模型と同様にソリトン解を持つ。この場合のソリトン解はSF模型の場合と異なり、バリオンに相当すると考えられている。エネルギーに対する制限は、nsolおよびUsolをそれぞれSF模型、Skyrme模型の解としたとき、

という関係式で与えられる。FN分解の立場から考えると、これはグルーボールのエネルギーがバリオンのエネルギーによって上から押さえられていることを意味する。もしHopfソリトンの量子数が同定されれば、このことは(格子上の数値計算などで得られた)グルーボールのスペクトラムと合わせて、YM理論の有効理論としてのSF模型の妥当性を検証する可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5つの章からなっており、最初の章は序章、第2章では非可換ゲージ場に関するいわゆるFaddeev-Niemi分解の説明に当てられている。第3章はインスタントン解と場の変数の特異性の関連を述べ、第4章ではSkyrme-Faddeev模型と呼ばれる理論とHopfソリトンと呼ばれる解について述べられている。第5章は結論と今後の展望に当てられている。第3章と4章が本論文の中心をなすものである。

 まず第2章では、Abel的な射影と呼ばれる非可換ゲージ場(Yang-Mills場)の成分をAbel的なゲージ場とその他の補助的な変数に分解する処方を説明している。この分解は、過去においては、いわゆるクオークの閉じ込めの議論において考えられたものである。このAbel的な射影という観点からすれば、最近のFaddeev-Niemi分解と呼ばれるゲージ場の変数の分解は、その特殊なしかも過去に考えられたものとはかなり異なる分解であることおよびこの分解の一般性が示されている。この分解は、ゲージ場が運ぶ成分の中ゲージ自由度に関する成分を大部分除去(固定)したものであることが強調されている。

 第3章では、Yang-Mills場がインスタントン解を含む場合には上記のFaddeev-Niemi分解を適用すれば必然的に磁気単極子の自由度がゲージ場に含まれるという主張を具体的に議論している。この関連は過去においても異なる視点から一部考察されていたものであるが、現在の分解では必然的であるというのが論文提出者の主張である。まず論文提出者は現在のゲージ場の分解においては磁気単極子は提出者がソリトン数と呼ぶ位相的な不変量に関係して現れることを示す。次に、この磁気単極子が運ぶ磁荷がゲージ場が運ぶインスタントン数に比例していることを議論する。具体的には,νをインスタントン数mを磁気単極子が運ぶ磁荷、〓を閉じた軌道を描く磁気単極子が作り出す電束として

という関係式が成立することを議論し、Wittenがかって提案したインスタントン解の表式を用いて、この関係式を証明している。特にΦが整数に量子化されることを示している。上記の公式は本論文提出者が共同研究者と共同で最初に示したものであり、本論文の中心部分をなすものである。この公式の物理的な解釈としては、インスタントンが4次元空間で生じて消えるという過程は磁気単極子の言葉でいうと、単極子と反単極子が真空中で対創生されてしばらく走った後に対消滅するという描像を与えている。

 第4章では、Skyrme-Faddeev模型と呼ばれるQCDの低エネルギーでの有効相互作用に現れるグルーボールの自由度を表すと思われる解と過去から良く知られているSkyrme模型に現れるバリオンを表すソリトン解のエネルギーの間に興味のある不等式が成立することを示している。これは、将来QCDおよびそれに関する実験において興味のある示唆を与えるものである。

 このように本論文では興味のある物理的な結果が得られている。なお、本論文は筒井泉および藤井亮両氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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