学位論文要旨



No 115918
著者(漢字) 氏家,由利香
著者(英字)
著者(カナ) ウジイエ,ユリカ
標題(和) 北大西洋・黒潮形成域における第四紀古海洋環境変動
標題(洋) Late Quaternary changes of surface waters in the Kuroshio source region,northwestern Pacific Ocean
報告番号 115918
報告番号 甲15918
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3962号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳山,英一
 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 助教授 大路,樹生
 東京大学 教授 多田,隆治
 東北大学 教授 尾田,太良
内容要旨 要旨を表示する

 ”黒潮”とは、北太平洋域の亜熱帯循環系におけるWestern Boundary Curentの名称であり、流速、流量ともに世界最大級の表層海流である。本海流は、赤道海域を流れる北赤道海流から分岐しており、亜熱帯〜中緯度域までの熱輸送を担い、同域に温暖な気候をもたらしている。また、黒潮の盛衰は、支流の対馬暖流や北方からの寒流・親潮の進退等にも影響を及ぼしているため、日本を始めとする東アジア全体の気候変動に多大な影響力をもっている。従って、黒潮の過去の挙動を知ることは、第四紀の東アジアや北西太平洋域の古環境変動を理解する上で、非常に重要である。本研究では、こうした”黒潮”の源にあたる琉球弧海域(東シナ海を含む)を研究対象海域として、過去約20万年間の黒潮の変動とともに表層水塊の変動を解明し、同域の古海洋環境の復元を試みた。

 浮遊性有孔虫は、主に表層水中に生息し、水塊の水温や塩分といった性質によって棲み分けるため、種構成は水塊毎に変化する。本研究では、まず、ごく表層の海底堆積物中に、ほぼ現在に近い表層水の情報を記録しているという前提のもと、琉球弧海域全体で採取された55地点の表層堆積物を用いて、浮遊性有孔虫の解析を行った。その結果、各々の種が地理的分布を示す傾向が認められた。さらに、水塊の性質(水温・塩分・栄養塩)に対する種の依存性や、種の生態の違いから、以下の4つのグループに分けられた。

(1)Grodp A;温暖系かつ炭酸塩の溶解に弱いグループ。構成種;Globigerioides tenellus,G. ruber group,G.sacculifer,Globigerina aequilateralis.

(2)Group B;黒潮系かつ溶解に強い種。構成種;the Pulleniatina group,Neogloboquadrina dutertrei,G.tumida and Globorotalia menaedii.

(3)Group C;比較的寒冷系。構成種;Neogloboquadrina pachyderma(dextral),N.incompta and Turborotalia inflata

(4)GroupD;沿岸系。構成種;Globigerina bulloides and Globigerinella calida

 以上の結果を、現在、黒潮の流軸下である沖縄トラフ外縁と種子島東方沖で8本、対馬暖流へ分岐する男女海盆上で3本、さらに琉球弧によって黒潮と阻まれた太平洋域で1本の計12本のコア試料に適用した。安定酸素同位体比曲線とAMsl4C年代値等の詳細な時系列を基に、同海域での表層水塊の分布やその移動が、黒潮の変動とともに、初めて時空的に求められた。

 12本のコア試料解析から、黒潮系の種が、約〜1.2万年前と約4500-3000年前の2回にわたって、劇的に減少、消失することが示された。この現象は、太平洋側のコア試料中では確認されてはいない。2回の黒潮グループの激減期のうち、約1.2万年前では、安定酸素同位体比の値が相対的に大きくなり、同時に寒冷系のグループが卓越するため、最終氷期に関連した寒冷化が認められる。これは、海水準低下に伴う黒潮の流路変更が一番の原因であると考えられる。一方、約4500-3000年前では、安定酸素同位体比の変動や寒冷系の種の増加は認められない。むしろ、同じ黒潮下であっても、大陸棚の縁辺に位置するコア試料中からは、沿岸水系の種の増加がみられる等の、黒潮以外の水塊の張り出しが認められる。この原因については、議論が多くされているが、黒潮の源流である赤道域や黒潮と同様、赤道域から派生した水塊に支配されている南シナ海でも、類似した現象が認めれているため、西大平洋中・低緯度域全体で変動と考えられる。本研究では、黒潮等の一連の表層海流の弱体化が原因ではないかと考えている。

 1998年、IMAGES計画によって、本域において約39mにおよぶコア試料が得られた。琉球弧海域でも特に黒潮流軸下である沖縄トラフ海域は、堆積速度が非常に速いため、これまで長い記録をもったコア試料を得ることは困難であった。今回、コアMD982196によって、初めて酸素同位体ステージ7(約20万年前)にいたる連続的な記録が得られた。上述した最終氷期以降の表層水塊の変動を元に、過去20万年間において、氷期-間氷期サイクルに沿った表層水塊の変動を示す。同位体ステージ1、5、7の間氷期では、現在と類似して、黒潮が沖縄トラフ内に流入し、温暖な気候を形成していた。しかしながら、同じ間氷期であるステージ3は、氷期のステージ4とほぼ変わらず、ステージ2から4にかけて、比較的寒冷な状態であったと考えられる。また、同じ氷期でも異なる状態が示された。ステージ2は先に示したように、寒冷系の種が卓越するが、ステージ6では、寒冷系の指標よりも、むしろ沿岸系の影響が強調されている。特に、ステージ6の後半、約16万年〜13万年前では、沿岸系に属するGlobigerina bulloidesの爆発的な増加が認められた。同時期に、寒冷期に多産する底生有孔虫種、Bulimina aculeataと、大陸棚上などの沿岸に生息する底生珪藻種、Paralia sulcataの産出率変動をみると、B.aculeataも産出しないが、P.sulcataもこの期間のみ減少している。従って、この期間は沿岸系の水塊が異常に発達したとも考えにくい。G.bulloidesは、湧昇域に多産し、かつ生物生産性の良い指標と考えられる浮遊性有孔虫種として、他の海域で認められており、以上を考慮すると、同期間に湧昇流が発達した可能性を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は北太平洋の亜熱帯から中緯度地域にまたがる海域の熱輸送に大きな役割を持つ,黒潮の空間・時間変動と,それに伴う沿岸水の挙動,さらに黒潮周辺域水塊の垂直変動を解明することである,変動解明のトレーサとして表層水中に生息する浮遊性有孔虫が用いられている.その理由は,浮遊性有孔虫の生息域が水塊の水温,塩分濃度,栄養塩等の条件に依存することに由来している.

 論文は3章から構成されている.第1章では現在の黒潮流軸の空間分布を反映する浮遊性有孔虫種を特徴づける目的で,南西諸島海域全域55地点から採取された表層堆積物中に含まれる浮遊性有孔虫のQ-mode clusterおよびfactor解析,さらにR-mode factor解析が議論されている.その結果,浮遊性有孔虫は以下の4つのグループ,1)温媛系,2)黒潮系,3)比較的寒冷系,4)沿岸系,に区分することが出来た.黒潮流軸を特徴づける構成種(Pulleniatina groupで代表される)を統計的にかつ広域に明らかにしたのは本研究が初めてである.

 第2章では1章の成果を基に,現在の黒潮流軸域(沖縄トラフ外縁と種子島東方沖;8本,対馬暖流に分岐する男女海盆;3本)さらに,黒潮の影響の及ばない海域(南西諸島の太平側;1本)から採取されたピストン・コアの試料を用いて,最終氷期以降(1万8千年前)の黒潮流軸の空間・時間変動が議論されている.その結果,現在黒潮流軸が分布する沖縄トラフ海域で,約12,000年前と約4,500-3,000年前の2回,黒潮流軸を特徴づける構成種のPulleniayina groupが劇的に現象・消滅することが明らかにされた。前者は浮遊性有孔虫殻の安定酸素同位体比値の増加,および比較的寒冷系種の相対出現率が増加することから,最終氷期に関連した黒潮変動と解釈される.一方,後者の場合は安定酸素同位体比値の増加は認められず,浮遊性有孔虫の相対出現率については,寒冷系種の増加ではなく沿岸系種の増加が認められことから,沖縄トラフでは約4,500-3,000年前に沿岸水の影響を色濃く受けたか,黒潮の特性が現在と異なるためと解釈される,

 約4,500-3,000年前の変動は今回の研究で初めてその期間が特定され,さらに空間分.布も明らかにされた.

 第3章では沖縄トラフ黒潮流軸で採取された全長39mのピストン・コア試料を用いて,過去20万年の黒潮変動が議論されている.その結果,1)酸素同位体ステージ1,5,7(間氷期)は現在と同じように黒潮流軸に位置していると考えられる,2)ステージ3(間氷期)はステージ2,4(氷期)と類似して寒冷系種が出現する,3)ステージ6(氷期)は寒冷系種よりも沿岸系種が卓越する,ことが明らかにされた.

 沖縄トラフ海域で過去20万年の古環境変動を黒潮の変動とリンクさせて論じたのは本研究が初めてである.審査の結果,審査員全員が博士(理学)の学位を授与できるものであるとの結論にいたった。

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