学位論文要旨



No 116043
著者(漢字) 桑水流,理
著者(英字)
著者(カナ) クワヅル,オサム
標題(和) 平織布の擬似連続体モデルの開発と有限要素定式化に関する研究
標題(洋)
報告番号 116043
報告番号 甲16043
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4880号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

 平織布は軽量かつ高強度の材料として、古くは飛行船などの膜構造部材に、近年では複合材料の強化材などに利用されている。しかしながら、その力学特性はまだ明らかではない。一般に、布は糸が規則的に絡み合った構造であり、糸どうしの相互作用による機構的あるいは構造的変形機構を有しており、通常の連続体力学ではその変形を記述できない。よって、従来の材料モデリングの方法論としての構成則による異方性線形弾性体へのモデリングは、平織布には適用できない。その顕著な例として、平織布は二軸引張の比例負荷に対して、ひずみを反転する現象があり、弾性定数の概念が成り立たないことを示している。

 平織布の非線形力学特性は、経糸と緯糸の相互作用による糸の有限な剛体回転に起因する。そこで本論文では、そのような微視的幾何学的非線形性を簡単に考慮するため、新しい材料モデリングの方法論として、ひずみと変位関係式による擬似的連続体モデリングを提案する。

 本論文では、経糸と緯糸が直交して織られた平織布を対象とし、その面内変形を解析する。擬似連続体モデル化の条件として、1つの織目の寸法は構造全体の寸法に比して十分小さいことを仮定する。また、初期の無負荷状態において織目は一様かつ稠密であるとする。更に、糸相互の摩擦は無視するが、糸の引き抜けは考慮しない。以下では、平織布の変形を糸の変形に帰着させるが、糸自身は異方性の線形弾性体とする。

 平織布の変形は、糸の面内回転による「ずれ変形」、糸のうねりの変化による「伸展変形」そして糸自身の弾性伸びによる「伸縮変形」の3様式に分類できる。ずれ変形および伸展変形は糸の有限な剛体回転による変形であり、平織布の非線形挙動の原因である。本論文では、稠密な平織布を仮定しているため、ずれ変形および伸展変形は糸の弾性変形を伴い、糸の横圧縮、曲げおよび面外せん断を生じる。ただし、摩擦を無視しているので、面内せん断は生じない。しかし平織布の面内変形への影響において、曲げおよび面外せん断は二義的なものと考えられるので、本論文では無視する。一方、糸の面内横圧縮は直接に平織布の変形に影響するので、その考慮は不可欠である。よって、平織布の変形は、ずれ変形および伸展変形による糸の横圧縮変形と、伸縮変形による軸引張変形との計2つの弾性変形に帰着される。これらの糸の変形を線形ばねにより模式的に表すと図1のようになる。横圧縮変形は糸に対して直交方向の距離変化に対してのみ抗力を持つ。一方、軸引張変形は交錯点において、織布面に常に垂直な棒により経糸と緯糸がピン結合された構造であり、面外方向に両糸の軸力が釣合わなければならない。擬似連続体モデルは、この3つのモデルを重ね合わせ、更にその無限小の極限により得られる性質を持った点の集合体として、平織布をモデル化するものである。また、以下では、緯糸に沿った座標軸をξ1、経糸に沿った軸をξ2で表し、緯糸に関する変数は右下添字1で、経糸に関する変数は右下添字2で表す。

 定式化に先立ち、経糸と緯糸の相関関係を考える。各糸のうねり高さおよび中心厚さをそれぞれhiおよびdiで表すと、変形の前後に関わらず、次式の関係が常に成り立つ。

ここで、hiの変化が有限変位のオーダーであるのに対して、diの変化はひずみのオーダーなので、diは定数とみなせる。これは図1(c)に示した経糸と緯糸を連結する棒を剛体とみなしたことに相当する。ここで、無次元パラメータμ(0〓μ〓1)を導入し、各糸のうねり高さを次式で表す。

このμを以下では、うねり係数と呼び、変位の一成分として扱う。ここで、ξ1-ξ2座標系における変位成分をv1、v2で表すと、糸の軸引張ひずみεTiおよび横圧縮ひずみεCiは、糸の有限回転を考慮して、次式により定義できる。ただし、これらのひずみは微小ひずみの定義である。

ここで、(),iは∂()/∂ξiを表し、φiおよびψiはそれぞれ、φi=Pi/Si,ψi=(d1+d2)/Siなる定数であり、piはうねりの半波長、SiはPiに対応する糸の長さ、())は初期値を表す。

 各糸のひずみから、直交異方性の線形弾性体に対する構成則を用いて、各糸の応力が求められる。ただし、構成則における経糸と緯糸の相関はない。また、糸相互の不連続性から、横圧縮応力は非負の値とならなければならない。そこで、横圧縮応力が負になると判断された場合には、構成則を軸方向の単軸応力状態の関係に置き換え、更に横圧縮ひずみと変位の関係を無視する。

 以上により得られた各糸の応力とひずみを用い、変位法による有限要素定式化を行う。ただし、応力とひずみはそれぞれ、微小ひずみ・大回転の仮定の下での第2 Piola-Kirchhoff応力およびGreen-Lagrangeひずみに相当するので、いわゆる幾何学的非線形問題を構成する。そこで、Newton-Raphson法により、時刻tからt'までの増分解析を行うことを想定し、仮想仕事の原理に基づくtotal Lagrange 型の有限要素定式化を行うと、最終的に式(8)の離散化された速度形仮想仕事式が得られる。ただし、増分分解に際しては、ひずみと変位関係式を時刻老まわりでTaylor級数展開し、二次近似を行う。

ここで、[tK]は時刻tでの接線剛性マトリックス、{W}はうねり係数も含めた節点速度ベクトル、{t'F}は時刻t'での外力ベクトル、{tQ}は時刻tでの内力ベクトルである。式(8)に基づき、Newton-Raphson法による反復計算を行うことにより解が得られる。以下の数値計算例では、4節点アイソパラメトリック要素を用い、数値積分にはGauss積分による完全積分を用いる。

 数値計算例として、見かけのPoisson比の解析を行う。経糸および緯糸の諸元は、軸方向のYoung率を5.0 GPa, Poisson 比を0.3,軸に直交方向のYoung率を0.5GPa, Poisson比を0.03,そして断面積を0.10 mm2、中心厚さを0.15 mmとする。織目の幾何学的特性は、P1=P2=1.00 mm,h1=h2=0.15 mmの経緯対称な織目とする。試験片は図2に示す100 mm×100 mmの正方形平織布とし、上端に一様強制変位を与えたときの一様ひずみ場の解析を、1要素により行う。ただし、織目(ξr-ξ2座標系)が全体座標系x1-x2から反時計回りに0,π/12,π/6,π/4だけ傾いている4通りの場合について解析する。解析より得られた、強制変位と見かけのPoisson比の関係を図3に示す。ただし、強制変位は公称ひずみに換算してある。見かけのPoisson比は強い非線形性を示し、0およびπ/12の場合には、伸展変形の影響により、初期変形においてのみ大きな値となり、π/6およびπ/4の場合には、伸展変形とずれ変形の影響から1.0以上の高い値を保持している。

 次に、二軸引張特性の解析を行う。経糸および緯糸の諸元は、軸方向のYoung率を5.0 GPa、Poisson比を0.2,軸に直交方向のYoung率を0.5 GPa, Poisson比を0.02、そして断面積を0.10mm2、中心厚さを0.15mmとする。織目の幾何学的特性は、P1=P2=1.00 mm、h1=0.21 mm、h2=0.09 mmの経緯非対称の織目とする。試験片は図4に示す100 mm×100 mmの織目に沿った正方形の平織布とし、緯糸および経糸方向にそれぞれf1およびf2の一様分布荷重が比例負荷されたときの解析を行う。ただし、荷重比f1:f2が1:0,2:1,1:1,1:2,0:1の5通りの場合を解析する。1:0および0:1は単軸引張を意味する。要素分割は25要素の等分割を用いるが、変形は完全に一様であるため、1要素でも同じ結果が得られる。解析より得られた経糸方向および緯糸方向それぞれの荷重と変位の関係を図5に示す。荷重比が1:1および2:1のときの経糸方向の荷重-変位曲線は、始めに大きな圧縮ひずみを生じ、その後は引張ひずみ側に転じている。このひずみの反転現象は平織布特有の現象であり、本モデルにより平織布特有の非線形性が評価可能であることが確認できる。

 以上の数値計算例により、提案する擬似連続体モデルおよびその有限要素は、平織布の非線形性を忠実に表現可能であり、また更に任意の境界条件に対して適用可能であることが確認できた。また、有限要素離散化は任意であり、計算負荷も小さいため、本モデルは平織布の構造解析モデルとして非常に有用であると考えられる。

図1 平織布の擬似連続体モデルの概念図

図2 単軸引張解析

図3 見かけのPoisson比

図4 二軸引張解析

図5 二軸引張特性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「平織布の擬似連続体モデルの開発と有限要素定式化に関する研究」と題し、全6章からなる。

 平織布は、その柔軟さに由来する成形性の高さと軽量な特質を生かして、古くは膜構造材として多用され、また近年では人工靭帯等の人工生体材料としての利用も進められている。さらには、経糸と緯糸の材料定数を独立に変更でき、またその織り構造が一種の高靭化機構となるため、複合材料の補強材としても将来性の高い材料である。しかしながら、その信頼性を担保し得る解析手法が確立しているとは言い難い。その主たる原因は、糸の相互作用に起因する機構的あるいは構造的大変形を、通常の連続体力学では記述し得ないことにある。本研究では、その問題点を克服するため、平織布独自の非連続性と非均質性を採り込んで均質化する擬似連続体モデルの提案と、そのモデルに基づいた有限要素の定式化を行っている。

 第1章「序論」では、平織布をはじめとするテキスタイル材料と、それを補強材とする複合材料について、構造部材としての特質を概観し、過去に行われた理論的および数値的解析方法を俯瞰的にまとめている。それらを受けて、平織布の解析に関する要諦をまとめるとともに、本研究の目的と意義を明確にし、本論文の構成を示している。

 第2章「平織布の弾性理論」では、平織布の擬似連続体モデル化の理論展開を行っている。平織布は経糸と緯糸により構成されるため本質的に非連続であり、その相互作用に起因する非線形挙動を呈する。既往の解析手法では、糸の非連続性に起因する非線形挙動を便宜的に均質化し、非線形構成則を介してモデル化することが行われてきた。その方法では平織布の強非線形挙動を十分には記述し得ず、また信頼性解析に繋がる個々の糸の力学状態を評価できない。しかしながら計算負荷の観点からは、連続体力学に準ずる方法論から逸脱することは現実的でない。そのために、まず平織布の経糸と緯糸の相対変位に基づく微視的な変形を分類し、それぞれについて幾何学的関係および力学的関係を考究することで、擬似連続体モデル化の基本式を導いている。その際に、糸のうねり状態を表すうねり係数を変数として新たに導入することで、本質的には非連続な糸相互の変形を連続体力学に準ずる形で記述することが可能となった。

 第3章「平織有限要素」では、擬似連続体モデル化の基礎式に基づく有限要素定式を導出している。提案した擬似連続体モデルは、うねり係数の導入と独自のひずみ一変位関係に起因する非線形問題を構成する。しかしながら、その構成は通常の幾何学的非線形問題と類似であり、既往の方法論から大きく外れることなく有限要素定式化が可能である。本章ではさらに、開発した有限要素による解析に付随して発生する問題点を明らかにし、その対処方法まで示している。

 第4章「平織有限要素の数値的座屈現象とその対処法」では、平織布の特徴の一つである大きな伸展変形の解析にあたって発生する問題点の解決策を示している。すなわち、伸展変形に伴う糸の横引張ひずみが過大となった場合、そのひずみを緩和するためにずれ変形が発生し、その結果としてさざなみ状の変形様式が現れる数値的座屈現象を生じる。その発生機構が両糸の接触問題に関するモデル化の不備にあること数値計算例を通じて明らかにし、モデルを改良することで問題点の克服を行っている。

 第5章「数値計算例」では、平織布特有の力学挙動が提案した有限要素により適切に解析可能であることを示すため、4例題を設定して解析結果について考察している。第1の例題は見かけのポアソン比の解析である。通常の連続体と異なり、平織布の巨視的ポアソン比は1あるいはそれ以上の値となることが知られている。本例題では、うねり係数の変化についても考察した上で、開発した有限要素によれば妥当な解析が行い得ることを示した。第2の例題は糸に沿った二軸引張の解析であり、この問題では平織布特有の現象として、比例負荷に対してひずみが反転することが実験的にも確認されている。そのような通常の連続体モデルでは表現不可能な挙動も、提示の有限要素によれば容易に解析できることを示している。第3の例題は一様強制変位による単軸引張の問題であり、別途行った実験結果との良好な一致とあわせて、開発した有限要素の有効性を示している。第4の例題は純粋せん断問題であり、平織布に特有のせん断型大変形を解析するに際し、開発した有限要素の限界を明らかにしている。

 第6章「結論」では、本論文で得られた成果を総括するとともに、提案した擬似連続体モデルと有限要素に関する発展可能性を論じている。

 以上要するに、本論文は平織布の擬似連続体モデルとその有限要素定式化を新たに提案したものであり、平織材料の解析に関する新たな方法論を拓くものである。この点において本論文の工学的意義が認められ、将来性有望な平織材料の合理的信頼性解析に寄与するところが大きいものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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