学位論文要旨



No 116050
著者(漢字) 原,光博
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ミツヒロ
標題(和) 四脚ロボットによる物体の協調搬送
標題(洋)
報告番号 116050
報告番号 甲16050
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4887号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 鳥居,徹
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、四脚ロボットによる物体の協調搬送システムを提案する。

 脚型ロボットは車輪型に比べて、全方向移動や脚の接地点選択が可能であるなどの利点がある。特に四脚ロボットは、二脚ロボットより安定性に優れ、六脚以上の多脚ロボットより構造が簡単なため可搬重量の増大や移動速度の増加が見込めるため、作業志向型の脚型ロボットとして有効である。脚型ロボットが複数台で協調して作業を行うことにより、大きな物体の搬送など、単体のロボットではできない高度な作業が可能になる。

 協調搬送を行う前提として、ロボットの歩容は静歩行の中でデューティ比が最小の波状歩容であるクロール歩容、環境は整地、搬送システムは2台の四脚ロボットによるリーダ・フォロワ型、通信は外界センサの処理による間接的な手法により行う。ロボットは搬送対象物の位置・姿勢を自己のセンサで測定することによって協調相手の動作を推定し、自己の動作を自律的に決定する。また、搬送対象物は長尺状の剛体とし、ロボットの上部に設置したエンドイフェクタを介してロボットに載せる。搬送システムをFig.1に示す。ただし、図中のエンドイフェクタは線形フィードバックに基づく搬送システム(後述)のものである。

 四脚ロボットは、静歩行を行う場合でも、安定性の変動により歩行時にロボット胴体が揺動するため、搬送対象物に揺動が生じる。搬送システムへの大きな外乱となる揺動を伴う協調搬送は、従来より行われてきた車輪型の移動ロボットによる協調搬送では考慮されていない問題である。したがって、四脚ロボットによる協調搬送の課題は、揺動への取り組みである。本研究では、実機では歩行時の揺動が完全には制御できないものとし、四脚ロボットは歩行時には胴体の揺動を伴うものとして扱う。

 ここで、平均速度に対する各時刻の速度の変動としての振幅(エネルギ)を揺動とすると、ロボット胴体、搬送対象物の揺動は、それぞれ、ロボット胴体の速度と搬送対象物の速度で表わされる。車輪型の移動ロボットと異なり、脚型ロボットでは、実空間の速度は関節角空間の速度(モータの回転数)によって一意に決められない。本研究では、脚型ロボットの胴体速度を決めるパラメータとして、歩幅・デューティ比・歩行周期・歩行位相をとり、脚の冗長自由度を搬送対象物の姿勢変化に用いる。したがって、デューティ比と歩行周期が各ロボットの自己規定として定められているとすると、歩行時に揺動を伴うロボットによる協調搬送される搬送対象物の揺動は、歩幅λと歩行位相差θによって表わされる。

 物体の搬送作業には、搬送システム全体の安定性を保ちつつ、搬送対象物を高速に搬送することが要求される。搬送対象物を高速に搬送するには、各ロボットの胴体速度を大きくすれば良いが、ロボットの胴体速度が大きくなると搬送対象物の揺動は大きくなる。そこで、本論文では、揺動への対処が異なる2通りの搬送システムを提案し、実機を用いた搬送実験による検証と搬送システムの評価を行う。

 一方の搬送システムは、揺動をモデル化し、揺動を搬送対象物の変位として測定するエンドイフェクタを用い、線形フィードバックにより制御を行う。剛体の搬送対象物を協調搬送するためには、ロボット間の相対変位とロボット間の歩行位相差の制御が必要である。このとき、過渡応答と定常応答を分離して設計する。すなわち、ロボット間の相対変位の制御を過渡応答とし、ロボット間の歩行位相差の制御を定常応答として、2つの制御を分離し、まずロボット間の相対変位の制御を行い、続いてロボット間の歩行位相差の制御を行う。

 車輪型の移動ロボットによる協調搬送に適応される手法を拡張したレギュレータを設計した上で、さらに揺動をモデル化することにより過渡特性・定常特性の改善をはかる。揺動を歩幅λに対してモデル化することにより、過渡特性が改善でき、揺動を歩行位相差θに対してモデル化することにより、定常特性が改善できることを提案する。

 ロボット間の相対変位を制御するために、搬送対象物の位置・速度を測定し、ロボット胴体の平均速度を出力するレギュレータを設計する。このとき、ロボット胴体の平均速度は歩幅によって決める。

 搬送対象物の揺動をロボット間の歩行位相差θによってモデル化することにより定常特性が改善できる。予め歩行位相差と揺動の関係をエンドイフェクタの吸収する内力の大きさによってモデル化しておき、ロボット間の相対変位が制御された状態で、すなわち、ロボットの平均速度一定のもとでロボット間の歩行位相差の制御を行うことで、搬送対象物の揺動の抑制が可能になる。

 搬送対象物の揺動を歩幅λによってモデル化することにより、過渡特性(立ち上がり)が改善できる。歩幅による揺動モデルを作成し、測定値と揺動モデルの差をとることにより、ロボットの搬送対象物への追従動作が向上する。また、歩幅によるモデル化により、ロボットの目標状態が速度0のときの定常特性、すなわち、搬送停止までの速度収束判定(立ち下がり)も改善することができる。歩幅による揺動モデルを用いることにより、ロボット速度の不感帯領域を定めることができ、搬送対象物の安定性を悪化させるロボットの無駄な動作を除去することが可能になる。歩幅による揺動のモデル化は、歩幅に対する安定余裕の大きさからの類推を基に、エンドイフェクタによる搬送対象物変位の測定値に基づいて作成した。提案手法の有効性は実機実験により示した。

 もう一方の搬送システムは、搬送対象物の揺動をモデル化せず、できるかぎり単純な機構と単純な動作手法により構成する。搬送対象物の変位を仔細に測定できるような高度なエンドイフェクタを設置せずに、搬送対象物を把持せずに載せる箱型の台をエンドイフェクタとして用いる。搬送中の各時刻における測定値には大きなノイズが含まれるので、エンドイフェクタは、搬送対象物の変位を離散値として測定する。離散化された入力に対して、出力であるロボット速度も離散化し、離散化された入力と出力をルールとして割り当てたルールに基づく動作手法を提案する。すなわち、各ロボットの動作状態を9個に分け、搬送対象物の速度はフィードバックせず、変位のみをフィードバックする動作ルールとする。リーダとフォロワの設定速度の差を2倍、初期歩行位相差を1/4に設定した状態で2台のロボットによる協調搬送実験を行い、提案手法の有効性を示した。また、各ロボットの動作はエンドイフェクタの測定値のみによって定まるため、1台のロボットを人間に置き換え、ロボットの動作手法を変えずにロボットと人間との協調搬送が実現できることを示した。

 提案する2つの搬送システムに関して、搬送システムの作業性と搬送対象物の安定性をそれぞれ搬送システムの搬送効率εと搬送対象物のエネルギENという評価指標によって評価する。ただし、搬送対象物のエネルギENは、搬送対象物の平均運動エネルギで正規化した値である。

 線形フィードバックに基づく搬送システムでは、ロボットの相対変位が制御されロボット速度が等しくなれば、搬送システムの搬送効率εは1と見なせるのに対して、動作ルールに基づく搬送システムでは、リーダとフォロワの設定速度によらず搬送システムの搬送効率εは約0.5となる。これは、動作ルールに基づく搬送システムでは、エンドイフェクタの機構とロボットの動作手法の単純化を追求したことにより搬送対象物の測定能力(測定値の分解能)とロボット動作(速度出力の分解能)がともに低くなっているためであり、搬送対象物の揺動を許容する搬送システムであることとの交換条件である。動作ルールに基づく搬送システムは、線形フィードバックに基づく搬送システムより搬送対象物のエネルギENが1桁大きい。これは、揺動を外乱とする動作ルールに基づく搬送システムでは、搬送対象物の安定性が悪くなるが、外乱に強い搬送システムであることを示す。線形フィードバックに基づく搬送システムは、ロボット問の歩行位相差の制御を行うことにより搬送対象物のエネルギENを半減させることができる。

 また、エンドイフェクタに関しては、ロボット自重に対するエンドイフェクタの重量の割合WeNは、動作ルールに基づく搬送システムでは線形フィードバックに基づく搬送システムの半分以下である。また、搬送対象物の位置決め制度の要求仕様は、動作ルールに基づく搬送システムでは線形フィードバックに基づく搬送システムに比べて1桁大きく、搬送システムへの搬送対象物の取り付けが容易である。これは、搬送作業を搬送対象物の取り付け工程まで含めて自動化しようとするときに大きな利点となる。搬送システムの評価をTable 1にまとめる。

 上述のように、本論文では、脚型ロボットの移動特性である歩行時の揺動を考慮して四脚ロボットによる協調搬送システムを構築した。実機を用いた搬送実験による検証と搬送システムの評価を行うことにより、脚型ロボットによる協調搬送システムを構築するための問題を明らかにした。

Fig。1 Cooperative transportation by two quadruped robots

Table 1 Evaluation of transporting system

審査要旨 要旨を表示する

 原光博(はら みつひろ)提出の本論文は「四脚ロボットによる物体の協調搬送」と題し、全8章からなる。本論文では、複数の四脚ロボットが単一物体を協調して搬送するための解法と評価方法を構築した。これにより、複数の四脚ロボットによる物体の協調搬送作業の達成が可能となった。

 第1章および第2章では、複数の脚型ロボットによる物体の協調搬送作業の必要性、従来研究および本論文での目的を述べている。脚型ロボットは、全方向移動や接地点選択が可能であるなどの利点がある。特に、四脚ロボットは、二脚ロボットより安定性に優れ、六脚以上の多脚ロボットより構造が簡単で可搬重量の増大が見込めるため、作業に適している。脚型ロボットに関する従来研究では、単体ロボットの歩容生成に関する研究が中心であり、脚型ロボットの移動特性を考慮して協調作業を行う研究はなされていない。従来研究より四脚ロボットが実用速度で歩行するときにはロボット胴体の揺動が不可避であるので、ロボットは揺動へ対処して協調する必要がある。本論文では(1)四脚ロボットによる物体の協調搬送問題における揺動の捉え方、(2)その揺動に対処する搬送システムの設計指針、(3)その揺動を伴う搬送システムの評価方法を提示し、これらの考察に基づいて四脚ロボットによる物体の協調搬送システムを構成することを述べている。

 第3章では、脚型ロボットによる物体の協調搬送問題を脚と胴体、搬送対象物からなる系とみなして一般化している。搬送対象物の揺動とは、ロボットと搬送対象物の間に介したエンドイフェクタの変位の変動であり、バネ機構で消費するエネルギであること、特に、協調相手への方向の成分が重要であるので、揺動の抑制にはロボット間の相対変位の制御が有効であることを示した。四脚ロボットが搬送対象物の揺動に対処して協調するには、マニピュレータの協調制御のように搬送対象物の制御に特化した設計では対応できない。搬送作業では搬送対象物の水平面内における目標速度の実現が重要なので、それを実現する運脚決定問題を優先し、次いで搬送対象物の揺動に対処できる機構と動作手法の組み合わせの設計が課題となることを述べている。搬送対象物の揺動へ対処するには、モデル化により抑制する方法とモデル化せずに外乱として許容する方法がある。本論文では、両者のアプローチに基づいて2つの搬送システムを設計し、検証実験を行うことを述べている。

第4章および第5章では、一方の搬送システムを設計し、搬送実験を行っている。この搬送システムは、搬送対象物の揺動をモデル化により抑制するアプローチに基づいている。揺動を搬送対象物の変位として測定するエンドイフェクタを用い、線形フィードバックにより制御を行う搬送システムである。ロボット間の相対変位を制御するレギュレータに揺動モデルを付加することにより過渡特性・定常特性の改善をはかることが可能であることを述べている。ロボット間の相対変位の制御を過渡応答とし、ロボット間の歩行位相差の制御を定常応答として、2つの制御を分離し、まずロボット間の相対変位、続いてロボット間の歩行位相差の制御を行っている。搬送対象物の揺動を歩幅と歩行位相差に対して各々モデル化することにより、それぞれ過渡特性、定常特性を改善した。第4章では歩行位相差によるモデル化、第5章では歩幅によるモデル化を行った。

 第6章では、もう一方の搬送システムの設計および搬送実験を行っている。この搬送システムは、搬送対象物の揺動をモデル化せずに外乱として許容するアプローチに基づいている。エンドイフェクタの機構と動作手法を単純化して搬送システムを構成する。搬送対象物の変位を仔細に測定できる高度なエンドイフェクタではなく、搬送対象物を把持せずに載せる箱型の台をエンドイフェクタとして採用している。搬送中の各時刻における測定値には大きなノイズが含まれるので、搬送対象物の変位を離散値として測定している。離散化された入力に対して、出力であるロボット速度も離散化し、離散化された入力と出力をルールとして割り当てた動作手法を提案した。

 第7章では、四脚ロボットによる協調搬送システムの評価を行っている。まず、四脚ロボットによる物体の協調搬送問題では、搬送対象物の揺動に対処して協調するための機構と動作手法を評価すべきことを一般的に議論した。これは(1)搬送システムの作業性、 (2)搬送対象物の安定性、 (3)エンドイフェクタの機構に関する評価に相当することを述べ、提案した2つの搬送システムの比較を行った。搬送システムの作業性と搬送対象物の安定性をそれぞれ搬送システムの搬送効率と搬送対象物のエネルギという評価指標によって評価し、エンドイフェクタは、重量、搬送対象物の把持の容易性、搬送対象物を固定する位置決め精度を評価した。

 第8章では、結論として、四脚ロボットによる物体の協調搬送システムの構成方法と評価方法が確立されたことが述べられている。本論文で提案した手法により、四脚ロボットの特性を考慮した搬送システムを構築することが可能となった。

以上を要約するに、本研究は、今後予想される複数の脚型ロボットを用いた物体の搬送作業システムの構成方法を構築し、実環境での搬送を実証したことから、この論文は精密機械工学のみならず、工学全体の発展に寄与するところが大である。

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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