学位論文要旨



No 116070
著者(漢字) 天川,修平
著者(英字)
著者(カナ) アマカワ,シュウヘイ
標題(和) 単一電子デバイス及び回路のモデリングとシミュレーション
標題(洋) Modeling and Simulation of Single・Electron Devices and Circuits
報告番号 116070
報告番号 甲16070
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4907号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 平本,俊郎
 東京大学 助教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

 単一電子エレクトロニクスに関する研究は特に単体デバイスレベルでの研究が理論と実験の両面から活発におこなわれている.これに対し,単一電子デバイスでシステムを構築する可能性を探るためにはシミュレーションが必要不可欠である.本研究は単一電子デバイスの応用を念頭におき,単一電子デバイス及び回路のシミュレーション技術と,それに関連する物理について検討をおこなったものである.

 単一電子デバイス・回路のシミュレーションをおこなう上で重要な要素として,トンネリングレートの計算がある.これは,一般的にはトンネル接合が一定のトンネル抵抗を持つものと仮定して計算されている.より正確には,量子力学的にトンネル電流を計算すればよい.しかしながら,単一電子効果が発現する系ではトンネル障壁の形状がトンネリングの前後で変化するので,通常のトンネリングの問題とはやや事情が異なる.そこで,この障壁形状の変化を考慮に入れつつトンネリングレートを簡便に計算する方法を考察した.その結果,単一電子帯電効果がトンネル障壁に及ぼす影響が明らかになり,理想的に電圧バイアスされた微小トンネル接合では,(平行平板キャパシタ近似が成り立つ条件においても)トンネル電流が接合面積に比例しないことがわかった.アイランドが含まれる回路に含まれるトンネル接合では,この効果は現れない.また,この特異な電流のスケーリングを検証するための化合物半導体を用いた実験を考案し,計算によってトンネル電流の変化のしかたを見積もった.

 単一電子回路の代表的なシミュレーションの方法としては,モンテカルロ法とマスター方程式法とがある.両者にはそれぞれに長所短所があり,相互に補完する関係にある.この両者をいずれも扱える汎用の単一電子回路シミュレータを開発した.また,計算量を減らすための手法についても検討した.通常,マスター方程式を解く場合には,どの状態を考慮すればいいかがわからないため,非常に大きなメモリー量と計算時間とが要求される,これを緩和するため,モンテカルロ法とマスター方程式法とを組み合わせて定常解析をおこなう方法を提案した.まずモンテカルロ法とそれに続く状態探索により考慮すべき状態を見つける.その上で定常状態のマスター方程式を解く.これによってメモリーを無駄に使わず速く正確な計算が可能になった.ほかにも,既存のシミュレータにはない点として,消費電力の計算ができるなどの特色がある.

 上記の回路シミュレータは汎用シミュレータではあるが,現実的には大きな回路を扱うには無理があり,よりハイレベルなシミュレーション手法が必要である.また,別の問題として,単一電子デバイスと既存の電子デバイスとを併用したハイブリッド回路の研究も重要視されてきているとう現状がある.そこで,業界標準の電子回路シミュレータSPICEを利用して単一電子トランジスタの含まれる回路をシミュレーションすることを提案した.この方式でシミュレートできる単一電子回路の種類には制限があるものの,シミュレーション速度は劇的に向上し,扱える回路の規模も大きくなった.単一電子トランジスタとMOSFETとの混載回路のシミュレーションもできるようになったため,両者の特質を生かした回路を探究していく上で有効なツールとなると思われる.また,単一電子メモリーデバイスのモデルとして,モンテカルロ法とマスター方程式とを組み合わせたモデルを提案した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Modeling and Simulation of Single-Electron Devices and Circuits(単一電子デバイス及び回路のモデリングとシミュレーション)」と題し,単一電子デバイスとそれを集積して構成される単一電子集積回路の設計手法を確立するために,単一電子輸送現象の基本原理を踏まえたデバイスモデルを構築し,実用的な回路シミュレータの開発を行った研究を述べたもので,英文で記述され六章で構成されている.

 第一章は序論(Introduction)であり,単一電子デバイスが集積エレクトロニクスのある方向での究極的デバイスとして,また電磁気量の精密標準を決定するためのデバイスとして期待されていることを述べ,本論文の構成を説明している.

 第二章は「理論的背景(Theoretical background)」と題し,後続の章での議論の背景となる,単一電子デバイス動作の基本原理,単一電子回路の一般的取り扱い,エネルギー変化の扱い,高次の効果としての同時トンネリングなどが説明されている.

 第三章は「トンネル障壁における単一電子帯電の効果(Effect of single-electron charging on tunnel barrier)」と題して,単一電子デバイスのモデルを考える上で従来明確にされていなかったトンネル過程に伴う障壁形状の変化を考慮すべきことを明らかにし,鏡像電荷以外の帯電効果のためにトンネル電流が接合面積に比例しない場合がありうることを初めて指摘して,その大きさの見積もりと検証のための実験法を提案している.またこれらを取り入れていなかった他所のシミュレーション結果を,特に非対称トンネル障壁のデバイス動作について批判的に考察している.

 第四章は「小規模レベル回路シミュレーション(Low-level circuit simulation)」と題し,個別あるいは少数のデバイスを扱う低レベルシミュレーションのために,従来用いられているマスター方程式を用いるシミュレーションとモンテカルロシミュレーションの短所を相補う新しいシミュレーション法として,単一電子回路の取りうる荷電状態をまずモンテカルロ法で数え上げてから,各状態の確率をマスター方程式で精密に求めるシミュレータを提案している.テスト回路として容量結合されたトンネル接合アレイを取り上げ,モンテカルロ法のみを用いるよりはるかに短い計算時間で同等あるいはそれ以上の精度のシミュレーション結果が得られることが示されている.

 第五章は「SPICEを用いた単一電子回路シミュレーション(Single-electron circuit simulation using SPICE)」と題し,単一電子回路がCMOS等の既存集積回路と接続され大規模回路となることを想定した高位シミュレータとして,単一電子デバイスをそのノード特性でモデル化してSPICEに組み入れたシミュレータを初めて提案している.そのシミュレーション結果が十分の精度を有することを検証し,回路規模が増大しても従来法より短時間で計算できることを実証したほか,CMOS等のロジックとの結合が想定される単一電子メモリについても精度よくモデル化されることが示されている.

 第六章は「結論と展望(Conclusion and outlook)」と題し,以上の各章の結果を要約するとともに今後検討を要する問題が考察されている.

 以上,本論文は単一電子デバイスおよびその集積化のために,物理的原理を正確に踏まえたデバイスモデルを構築し,高精度と妥当な計算時間を兼ね備えた実用的な回路シミュレーション手法を提供したものであって,電子工学の発展に寄与する点が少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したものと認められる.

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