学位論文要旨



No 116101
著者(漢字) 牛田,俊
著者(英字)
著者(カナ) ウシダ,シュン
標題(和) H制御系の閉ループ構造とγ : 特性
標題(洋) Closed-loop Structure andγ-Characteristics of H Control Systems
報告番号 116101
報告番号 甲16101
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4938号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 武田,常廣
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 津村,幸治
 東京大学 助教授 橋本,浩一
内容要旨 要旨を表示する

 標準H∞制御問題は可解条件が導出され,コントローラも完全な形で求められている.特に,連鎖散乱表現とJ無損失因子分解に基づいた解法の枠組みでは,その解法自体がH∞制御問題の基本的な構造を明らかにしており,H∞コントローラの構造についても議論された.しかしながら,H∞制御理論はそれ自体に深い構造をもち,未だに解決されていない問題を数多く有している.

 本論文では,標準H∞制御問題における閉ループ系の構造について,

 (i)閉ループ系のMcMillan次数に関する構造

 (ii)閉ループ伝達関数のH∞ノルムのγに対する依存性の構造

に着目し解析を行う.ここで,McMillan次数とはシステムの最小実現の次数であり,γはH∞制御問題において設計仕様を表すパラメータである.

 最初に,H∞制御間題について簡単に述べる.H∞制御問題の目的は,制御対象

と,ある与えられた設計仕様パラメータγ>0に対し,

を満足し,かつ,図1の閉ループ系を安定化するコントローラK(s)を設計することである.ここで,Φ(s)は外乱入力ωから制御量zへの伝達関数であり,次式で与えられる.

Φ(s)は,本論文の主題となるH∞制御系の閉ループ伝達関数である.

 (i)閉ループ系のMcMillan次数に関する構造の解析では,中心解と呼ばれるH∞コントローラを用いる場合に,標準H∞制御問題における閉ループ系のMcMillan次数が,元のプラントの安定な不変零点の個数によって決まることを明らかにした.具体的には,(1)式のPl2(s),P12(s)の安定な不変零点の個数をそれぞれρ12,ρ21とすると,閉ループ系のMcMillan次数は,

で与えられる.ただし,nは制御対象P(s)の次数である.(4)式は,次のような制御論的な意味をもつ.1960年代以降に発展してきた現代制御理論(LQG制御やオブザーバを用いた擬似状態フィードバック制御など)においては,コントローラの挿入により閉ループ系の次数は変化せず,元の制御対象の次数と等しくなることが知られている.ここでいう閉ループ系は(3)式の閉ループ系とは考えている信号自体が異なるが,LQG制御などの多くの問題が(1)式の一般化プラントの形に書き直すことができH∞制御問題に帰着されるため,本論文の結果は,上で述べた現代制御理論の次数の性質を含む包括的な結果であると同時に,H∞制御系の美しい内部構造の一面を明らかにしている.

 McMillan次数の解析には連鎖散乱表現に基づいたアプローチを用いており,本論文では,最も一般的な4ブロック問題を扱う際に重要な役割を果たすmaximum augmentationと呼ばれるプラントの拡大に対する新たな解釈を与えている.さらに,これらの結果に基づいて,状態空間表現による閉ループ系の最も一般的な表現を導出した.この一般形に対して制御論的に意味のあるいくつかの仮定をおくことにより,(ii)で解析を行うべき閉ループ伝達関数の陽な表現が得られる.

 (ii)閉ループ伝達関数のH∞ノルムのγに対する依存性の構造に関する問題は,H∞制御理論の根幹に関わる構造を明らかにする重要なテーマのひとつである.なぜなら,閉ループ伝達関数のH∞ノルムのγ単調性が保証されなければ,設計仕様パラメータであるγを小さくする(より厳しい仕様を課すことに相当する)ことによる制御性能の向上が必ずしも期待されず,制御系設計において大きな支障をきたすからである(図2(a)(b)).

 本論文では,H∞コントローラとして中心解を用いた場合,H∞制御系は単調性の構造をもつとは限らないことを反例を提示することで示し(図3),H∞制御系の閉ループ伝達関数のMcMillan次数が2の場合について,閉ループ伝達関数のH∞ノルムがγに対して非単調になる構造を詳しく解析した.結果として,閉ループ伝達関数のH∞ノルムがγに対して単調になるための必要十分条件を導いた.論文中の反例は,実際の応用でよく用いられる中心解の妥当性に疑問が残ることを示唆している.さらに,制御系設計者に対してこの問題を回避する有用な指針を与えるためには,多入力多出力系,McMillan次数が3以上の場合,2ブロック問題,4ブロック問題への拡張が必要であり,課題として残されている.しかしながら,多くの仮定をおき,最大限の簡単化を行ったシステムでさえH∞制御系のもっ構造の複雑さが明らかにされたことは,システム論的にみても興味深い.

 本論文で議論されたH∞制御問題における閉ループ系の構造に関する結果が,より高度な問題を扱う上での有用な洞察を与え,現実のシステムへの応用を適切に行うための手がかりを与えることが期待される.

図1: H∞制御問題における閉ループ.P(s):制御対象,z:制御量,y:観測出力,w:外乱入力,u:制御入力,K(s):H∞コントローラ,Φ(s):閉ループ伝達関数

図2: 閉ループ系のH∞ノルムのγ依存性解析の意義

図3: 単調性仮説に対する反例.閉ループ系のH∞ノルムはγに単調に依存するとは限らない.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Closed-Loop Structure andγ-Characteristics of H∞ Control Systems」(H∞制御系の閉ループ系の構造とγ-特性)と題し,H∞制御系の基本的な構造の解明を目的としている.H∞制御は,その考え方がはじめて提案されてからすでに20年,解法が確立されてから10年を経過しており,商用のソフトウエアツールも完備し,H∞を実システムの設計に用いるユーザーも少なくない.しかし,その基本的な構造,特にH∞制御を用いた結果として出来上がる閉ループ系の構造についてはまだ解明されている部分も少なくない,本論文はH∞制御を用いた閉ループ系の構造を陽にもとめ,その次数の上限を明らかにし,さらにγ-特性とよばれる設計仕様と実現性能との間の関連を考察し,いくつかの新しい結果を導いている.

 第一章は「Introduction」で,本論文の動機と背景について述べ,本論文に関連するこれまでの研究に関して概観し,本論文で得られた結果の位置付けを行なっている.

 第二章は「Preliminaries」と題し,本論文で得られた結果を導くために用いる理論的な結果をまとめて述べている.特にH∞ノルムの計算法とハミルトン行列の性質および無損失性の拡張概念であるJ-無損失性について述べている.

 第三章は「Standard H∞ Control Problems」と題し,標準H∞制御の定式化と可解条件を述べている.

 第四章は「γ-Characteristic of the Closed-Loop Norm」と題し,Mustafa-Gloverによって提示されたγ-特性に関する「単調性予測」に関する研究成果を述べている.Mustafa-Gloverの推測とは,H∞制御の要求仕様を厳しくすれば可解性の仮定のもとで得られた閉ループ特性は必ずよくなる,というもので,申請者はこの推測が正しくないことを示す反例を与え,数値的かつ解析的にそれを示している.

 第五章は「Closed-Loop Structure of H∞ Control Systems」と題し,H∞制御系の閉ループ構造の解明にあてられている.この章ではH∞制御の基本的な性質として制御対象の安定な極が制御器の安定な零点で相殺されることを示し,それによる閉ループ系の次数低減のメカニズムを明らかにしている.閉ループ系のマクミラン次数の上限を陽に示しているが,この結果はH∞制御の理論として本質的に新しいものである.

 第六章は「γ-monotonicity of H∞ Closed-Loop Norm」と題し,Mustafa-Gloverの推測が成り立つための条件をある制限条件のもとで導いている.Mustafa-Glover推測が成り立つための一般的な条件を導出するには至っていないが,この問題を解決するための指針を提案している.

 第七章は「Conclusion」と題し,本論文の結論と今後に残された課題が述べられている.

 以上,本論文はH∞制御理論で未解決のままに残されていた閉ループ系の構造に関する幾つかの間題を解決し,H∞制御の特徴を理論的に明らかにした.制御理論とその応用の進歩に貢献する所が大きいと考えられ,博士(工学)の学位論文として合格と認める.

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