学位論文要旨



No 116110
著者(漢字) 近藤,重雄
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,シゲオ
標題(和) 回転するプラズマにおける安定性と非線形構造 : 非中性プラズマと銀河
標題(洋) Instabilities and Nonlinear Structures of Rotating Plasmas : Non-neutral Plasmas and Galaxies
報告番号 116110
報告番号 甲16110
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4947号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 比村,治彦
 東京大学 助教授 門,信一郎
 東京大学 助教授 伊藤,伸泰
内容要旨 要旨を表示する

1 序

 本研究では回転する多粒子系における集団的挙動によって作られる巨視的不安定性と非線形構造形成に関する理論解析を行なった。回転という現象は自然界の至る所に現れ古くから研究されてきた現象であるが、近年この回転流を積極的に利用した次世代の核融合炉が提唱され、また宇宙全体の角運動量の総和がゼロでない値を持つかという問題が未解決であるなど、現在も新しい問題を含んでいる。

 回転が本質的な役割を演じる多粒子系として磁場中に閉じ込められた非中性プラズマおよび銀河に着目した。これらの系は強い自己場と回転が本質的な役割を持つという点で共通に特徴付けられる。非中性プラズマは従来の放電によって作られる中性プラズマとは異なり、電荷の偏りのために強い自己電場が生成される。このため圧力が無視できる場合でも閉じ込めには磁場が必要である。回転と背景磁場によって生じるローレンツ力を、自己電場による力および遠心力と均衡させることで定常状態が作られる。一方、銀河は回転がなければ自己重力でつぶれてしまうため、その構造の維持のためには回転が必要である。

 このような相似性に基づいて銀河を集団現象を示す一種のプラズマとみなし(銀河のプラズマモデル)、その巨視的な振舞を考察する。これらの回転系における振動、波動、不安定性、非線形構造形成などの集団現象について、プラズマと銀河の対応関係を含めてこれまで知られていなかった回転系の集団現象を理論的に明らかにする。

 解析には流体方程式系を用いる。非中性プラズマに対する方程式は次で与えられる。

ここでnは粒子密度、νは流れの速度、φは静電ポテンシャルである。一方、銀河に対する流体方程式は次で与えられる。

ここでρは質量密度、φは重力ポテンシャルである。(2)式と(5)式の右辺第1項の符合と同じ式の右辺第2項の有無を除き、これらの方程式系は同一である。(2)式の右辺第2項については、回転によるコリオリ力がローレンツ力と等価な働きをするため、回転系である銀河に対しては本質的な相違でない。したがって非中性プラズマと銀河における相違点は(2)式と(5)式の右辺第1項の符合のみである。この相違は同符合の荷電粒子が反発力を持つのに対し、星同士は引力を持つことを表す相違である。

2 非中性プラズマと銀河の比較

 多くの銀河がなぜ渦巻構造を示すかについて、素朴に考えれば銀河の回転角速度が径方向に進むにつれ減少するために、物質に固定された濃淡のパターンが引き延ばされて渦巻になるようにも見える。しかしこの考えに基づくと、銀河の年齢とその回転周期から考えるに、観測される一般的な渦巻構造よりもはるかにきつく巻き込んでいなければならず、mixingによって渦巻構造が消滅してしまうという矛盾が発生する(これをwinding dilemmaと呼ぶ[1])。この問題を解決するためにC.C.LinとF.H.Shuによって、銀河の渦巻構造を波動のパターンとして理解する密度波理論が提唱された[2]。

 銀河に対する流体方程式(4)-(6)に対し、簡単化のため銀河が薄いディスクではなくz軸方向に十分長いと仮定して全ての物理量Ψ(γ,θ,t)をと置き、完全に2次元的な線形解析を行うことにする。ψ)はγよりも十分ゆっくり変化することとし(κ´(γ)/κ|≪1/γ)、さらに銀河の渦巻構造が十分きつく巻き付いている(|κ(γ)|γ≪m)と仮定すると、(4)-(6)式より次の局所的な分散関係式が得られる。

ここでΩo(γ)は銀河の回転角周波数、γJ2=4πGρ0はJeans不安定性の成長率、κはepicyclic周波数で、

で与えられる。角速度Ωoで銀河とともに回転する回転座標系から個々の天体の運動を観測すると、コリオリ力によって楕円軌道を描くことが知られている。epicyclic周波数κはその周波数であり、これはプラズマのサイクロトロン周波数ωc、に対応する。またJeans不安定性の成長率γJは自己重力による崩壊の成長率であり、プラズマではiωP(ωpはプラズマ周波数)に相当する。このことから(8)式はプラズマでは高域混成振動の周波数ωhを与える式

に対し、回転によるドップラー効果mΩoを加えた式であることが分かる。

 プラズマの高域混成振動は磁場に垂直方向の静電振動である。これと同様に銀河の密度波は回転によって作られる渦度ベクトル(方程式の上では磁場と等価)に対し垂直方向の振動と解釈することができる。回転による効果(κ2)が大きくκ2-γ2j〉0ならばJeans不安定性は抑えられるが、その逆の場合にはJeans不安定性が発生し、ωは複素数になる。

 銀河がz軸方向に長いという仮定をせず、z軸方向には無限に薄いという仮定を置くと、ポアソン方程式(6)そのものではなくC.C.Linらによって導かれた近似式

を用いなければならない。この時には分散関係式(8)は次のように修正される。

(8)式ではωがκに依存せず、波動ではなく振動であったが、(13)式に見られるように無限に薄いという仮定によってωがkに依存し、伝播する波としての性質が現れる。

3 回転系における線形波動および線形不安定性

3.1 diocotron波の物理機構

 diocotron波は磁場中におかれた非中性プラズマに特有の静電波である[3]。電子プラズマのスラブモデルにおけるdiocotron波の物理機構を図1に示す[4]。x軸方向に有限の厚さを持ち(|x|≦1)、yz方向には無限に広がった非中性プラズマを考える。磁場はz方向に一様に印加されているものとする。簡単のため0次のプラズマの密度は一様であるとする。プラズマの表面が図のように揺らぐと、近似的にプラズマ表面に面電荷が追加されたとみなすことができるので、この表面電荷が周囲に揺動電場を作り、ExBドリフトを介して反対側の表面をも変化させる。反対側に作られた面電荷が新たな電場を作り、再びE×Bドリフトを介して初めの表面付近のプラズマを揺さぶる。このように2つの表面上に立つ波がE×Bドリフトを介して相互作用する。

ここでO次の流れにシアーが存在し、2つの表面付近の流速が異なる場合には、ある条件下においてこれらの表面波が相互にロックされ、波が成長して不安定となる。

3.2 円柱プラズマと円柱銀河における安定なdiocotron波

 3.1節において考えたスラブモデルは銀河のプラズマモデルでは平衡状態が存在しないため成り立たない。しかし回転によって平衡している円柱モデルの上に立つdiocotron波は可能である。図2で示された2つのモデルを考える。(a)は非中性プラズマ円柱であり、(b)は銀河の円柱モデルである。両者とも回転によって平衡している。このような平衡状態において(1)-(3)式と(4)-(6)式を線形化することで円柱表面に立つ揺らぎを解析すると次のような分散関係式が得られる。

ここでωは振動数、lは角度方向の波数、ωcはサイクロトロン周波数である。ここでのdiocotron波は角度方向に伝わる波である。(15)式で与えられる銀河の上に立つ線形波動は非中性プラズマにおけるdiocotron波に対応するものであり、Lin-Shu密度波とは異なる。Lin-Shu密度波はkγr≫1の極限において得られ径方向に伝わるが、ここで述べたdiocotron波は角度方向に伝わる。これは銀河の渦巻構造が高域混成振動と等価なLin-Shu密度波としてではなく、非中性プラズマのdiocotron波との相似性から銀河の渦巻構造が説明される可能性を示すものである。

3.3 磁場のシアーによる安定化

 磁場にシアーが存在する場合はプラズマ表面に発生した面電荷を磁力線が短絡し、粒子の磁場に沿った運動が発生してこの電荷を打ち消すため、diocotron不安定性が強く安定化される(図3)。再びスラブモデルを考え、(1)-(3)式を代表値を用いて無次元化した後、次のように線形化する。

簡単な計算の後、次のような静電ポテンシャルに対する固有方程式が得られる。

ここでs=ωp/ωc=ωd/ωp≪1、ωD=ω2d/ωcある。境界条件はφ(±∞)=0である。ω−k⊥v⊥0≠0ならば(17)式にφ*(*は複素共役)をかけ、(-∞,∞)で積分すると次が得られる。

 プラズマ内部においてωr−k⊥v⊥0≠0ならば、s≪1より被積分関数が符号を変えることはなく、ωi=0でなければならない。つまり位相速度とプラズマの流速が至る所で等しくなければ、シアー磁場中のdiocotron不安定性は安定である。ωr=k⊥ν⊥oとなる点が存在する場合の安定性は(17)式を直接解いてωを評価しなければならない。固有関数φ1の一般的な性質として、s≪1のために(17)は振動解を与える。ω〓Rであるとするとφ1〓Rであり、このときφ1の実部と虚部の位相が約π/2ずれる。これがプラズマ表面での固有関数の接続条件の成立を阻害するため、ωが複素数になりにくいという性質がある。これにより磁場のシアーがdiocotron不安定性に対し安定化に効くことが示される

4 回転系における非線形構造形成

 4.1 Lin-Shu密度波の非線形構造形成

 線形解析は重ね合わせの原理が成り立つため、系に固有の構造を決定することがでない。構造は非線形性に起因するものであり、これを記述するためには非線形解析

が必要である。非線形波動の解析にしばしば用いられる解析手法に逓減摂動法がある。銀河の振舞いを記述する流体方程式系(4)-(6),(11),(12)に逓減摂動法を導入し、渦巻銀河の密度波に対する非線形構造を調べる。

 円筒座標系において(4)-(6)に対し独立変数を次のように変換する。

ここでεとVは定数でε≪1とする。次に従属変数を定常値の周りで次のように展開する。ここでη0は無限に薄いディスク銀河の面質量密度であり、(4)-(6)および(11)(12)におけるρはη,で置き換える。さらにεの各ベキについて次のようにフーリエ展開する。

ここでηoは平衡状態での質量密度、Ωは回転角速度、ω,mは定数、f(γ)は1程度の大きさを持つ実関数、λは定数でλ》1である。ポテンシャルφは次のように展開する。

(19)-(25)式と(26)、(27)式を(4)×(6)式に代入し、複雑な計算の後に最終的に次の式が得られる。

ここでd1〜d3は平衡状態での各物理量とG,V,ω,m,λf(γ)を用いて表される定数(もしくはγ,ξ,ηの変化に対しゆっくり変化する関数)である。(28)式はτ→∞の極限で非線形Schrodinger方程式に漸近する。非線形Schrodinger方程式はプラズマのLangmuir波や分散性のある誘電体(光ファイバー)中を伝播する光などを記述する時に現れ、包絡ソリトンを与える方程式として知られる。2節で述べた無限に薄いという仮定によって現れた分散性が、流体方程式が本来持つ非線形性と拮抗することにより、ソリトン的な構造が形成される。

4.2 KdV型のソリトン形成

(4)-(6)式に対し、円筒座標系で中心からの距離がr〓R(R:定数)近傍での薄い層状の領域に注目し、銀河の角度方向の振舞いを見る1次元近似方程式を求めると次のようになる。

Poisson方程式の右辺のν2の項は回転による遠心力から来る。この方程式系に対し、次のように逓減摂動法を導入する。

これらを(29)に代入すると、最終的に次のKdV方程式が得られる。

KdV方程式は(伝送波を持たない)ソリトンを記述する方程式として知られる。このことは銀河の腕構造が角度方向に伝播するソリトンとして説明し得ることを意味する。この解析では4.1節とは異なり、分散はポアソン方程式から直接もたらされる。この分散が流体の非線形性と拮抗することで局在した構造が現れる。

参考文献

[1] G. Bertin and C.C. Lin, Spiral Structure in Galaxies : A Density Wave Theory (The MIT Press, Massachusetts, 1996).

[2] C.C. Lin and F.H. Shu, Astrophys. J. 140, 646 (1964).

[3] R.C. Davidson, Theory of Nonneutal Plasmas (Addison-Weskey, Massachusetts, 1966)

[4] W. Knauer, J. Appl. Phys. 37, 602 (1966).

図1: スラブモデルにおけるdiocotron波

図2: Di・c・tr・n波の解析を行う非中性プラズマと銀河のモデル

図3: diocotron不安定性のシアーr磁場による安定化

図4: 渦巻銀河M74(岡野邦彦氏による)

審査要旨 要旨を表示する

 従来の定義では、プラズマとは電離した気体を意味し、したがって、平均すると電気的に中性の荷電粒子多体系を指すのが一般的であった。核融合エネルギーの研究に関連して進歩してきた高温プラズマの物理も、主として中性プラズマを対象としたものである。しかし、なかでも、中性条件を取り除いた「非中性プラズマ」の研究は、プラズマ物理の視界を格段に広げるとともに、天体・宇宙物理学、凝縮系物理学・非線形光学など・さまざまな分野の基礎となる新たな学問領域を創成するものとして注目されている。

 非中性プラズマや重力多体系である銀河などは、その「自己場」が「回転」とバランスする平衡を形成する。本論文は、回転する系における集団運動について、非中性プラズマ及び銀河を比較しつつ、線形波動・不安定性と非線形構造形成(ソリトン)を理論的に研究したものである。非中性プラズマの高速回転流が生みだす強い反磁性効果は、高性能の先進的核融合に応用できると考えられており、本研究でなされた安定性に関する解析は、磁場のシヤーが静電的不安定性に対して極めて有効な安定化効果をもつことを示している。また、非線形波動の研究は、銀河のソリトン的構造をプラズマ中の電子波及びイオン波のソリトンとの比較・対照によって統一的に捉えたものであり、自己場と回転との関係に関する基本的概念の体系化に資するものである。論文は、以下のように構成されている。

 第1章は緒論にあてられている。非中性プラズマと銀河の運動を記述する流体方程式系について述べ、粒子レベルで見た微視的な相似性とそこから導かれる巨視的方程式系の相似性について解説している。また、非線形解析の基礎となるソリトンの性質についてKdV方程式と非線形Schrodinger方程式を比較しながら解説している。

 第2章では、流体方程式系から導かれる局所的な線形波動・不安定性について一般的に論じ、非中性プラズマと銀河の共通性と差異を整理している。銀河では、回転によるコリオリ力がプラズマにおけるローレンツ力と等価な役割をする。銀河を周回する円軌道のまわりでコリオリ力によって星が振動する運動をepicyclic振動と呼ぶが、これがプラズマにおけるサイクロトロン振動と対応している。またプラズマでは密度の揺らぎによって生じる静電振動はプラズマ振動であるのに対し、銀河では密度の揺らぎはJeans不安定性を引き起こす。すなわち、プラズマ振動数とJeans不安定性成長率(虚数周波数)が対応している。さらに、プラズマにおいて磁場に垂直方向の静電振動は高域混成振動と呼ばれるが、これに対応する銀河の振動としてLin-Shu密度波が位置づけられる。

 第3章では、線形波動の分散関係を、媒体の非一様性を考慮した大域的なモードへ拡張して解析している。非中性プラズマにおける磁場に垂直な静電振動(高域混成振動)は、非一様なバックグラウンドの渦の場に置かれると、いわゆるdiocotron振動となり、流れの変曲点があると不安定になる。銀河におけるLin.Shu密度波も同様の振動モードを与え、これらは中性流体のKelvin-Helmholtzモードと数学的に同等である。本章の後半では、diocotron不安定性のシアー磁場による安定化について論じている。シアー磁場が存在すると、磁場に垂直方向の運動と平行方向の運動(プラズマ振動)が結合し、前者によって発生する電荷の揺らぎを後者が短絡するため、不安定性が抑えられる。このことをモードの固有関数の性質を論じることで示した。

 第4章では、銀河と非中性プラズマにおける非線形波動について述べている。本章の前半では、Lin.Shu密度波を非線形領域に拡張し、逓減摂動法によって非線形Schr6dinger方程式を導出している。これにより、銀河の渦巻構造は、密度波の包絡ソリトンとして説明される。本章の後半では、角度方向の1次元近似流体方程式系に対し逓減摂動法を適用することでKdV方程式を導出している。また非中性プラズマと銀河に対して、1次元流体方程式の厳密解からも孤立波の存在を示した。

 以上を要するに、本論文は自己場と回転流をもつプラズマ(非中性プラズマ及び銀河)における集団現象を統一的に解析することで、自己場と回転流が平衡する系の線形波動・不安定性と非線形効果について基礎的な理論を与えるものであり、非中性プラズマを用いた先進的核融合や天体・宇宙物理の未解決問題に新たな知見を与えるものである。本研究は、システム量子工学におけるプラズマ理工学の発展に貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク