学位論文要旨



No 116117
著者(漢字) 近澤,佳隆
著者(英字)
著者(カナ) チカザワ,ヨシタカ
標題(和) 構造物の弾塑性解析のための粒子法の開発
標題(洋)
報告番号 116117
報告番号 甲16117
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4954号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 曽根田,直樹
 東京大学 助教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 原子炉の苛酷事故における圧力容器の破損や、高速増殖炉「もんじゅ」で発生したナトリウム漏洩事故などでは流体構造物連成を扱う必要がある。他の工学の分野においても非線形破壊、塑性加工の解析、流体一構造物の連成問題では、界面の大変形を伴う場合に従来の手法による解析が難しい。従来の手法として、固定格子を用いて物体の移動を変数で記述するVolume of Fraction(VOF)法がある。この方法では変数の数値拡散によって境界が不明確になるという問題がある。また移動格子を用いるArbitrary Lagrangina-Eulerian(ALE)法もあるが、大変形に際してメッシュが乱れて計算が困難となる。

 粒子法は計算点である粒子をLagrange的に動かすことで連続体の大変形を自然に表現できる手法であり、非圧縮流体に対してMoving Particle Semi-implicit(MPS)法が開発されている。本研究ではMPS法の粒子問相互作用の概念を用いて大変形をする構造物解析のための粒子法を開発し、さらに粒子法による流体一構造物連成解析の統一的な解析手法を開発する。

2.薄肉構造物の解析手法の開発

 2次元薄肉構造物の支配方程式は変位をyとして

である。ただしμは単位長さ当たりの構造物の質量とする。薄肉構造物はFig.1に示すように1列の粒子によって表される。粒子iの位置での曲げモーメントは

で計算される。ただしrは粒子間の距離で、一定に保つ。構造物粒子の運動は式(1)を離散化した次の式に従う。

右辺第1項は構造物内部にかかる力である。第2項のPf、Pbは壁粒子の表面と裏面の圧力で、流体の圧力計算の中で計算する。

3.弾性解析手法の開発

 弾性体の2次元の支配方程式は変位をu=(u,v)、外力をf=(fx,fy)とすると

である。ただしλ,μは、ヤング率をE、ボアッソン比をυとするとそれぞれ

である。これを変位の拡散項と回転の除去の項と体積歪みの項に分離して考える。

各粒子に変数として変位u=(u,v),回転R=∇×u,発散D=∇×uを与える。支配方程式を行列で記述すると

 本手法ではメッシュを用いずに粒子間の相互作用として各項をモデル化する。粒子間の相互作用に重み関数を用いる。

ただしrijは粒子i,j間の距離である。粒子iの粒子数密度niは近傍に存在する粒子の個数の密度であり

で表される。変位の拡散項をuについて以下のようにモデル化する。

ここでdは空間の次元数、n0は平均粒子数密度である。粒子iにおける回転Riと発散Diは

である。tij,sijはそれぞれ粒子間のベクトルに平行および垂直な単位ベクトルである。変位の拡散項、回転除去の項、体積歪みの項をすべてモデル化した方程式全体をuに関し記述する。

 ところで変位の拡散項は以下のように変形できる。

左辺の第1項は粒子間の引き張りバネ、第2項が勇断バネと解釈することができる。回転の除去の項は勇断バネの項から回転成分を取り除く形になっている。

4.塑性解析手法の開発

4.1 降伏条件

 降伏条件はVon Misesの降伏条件を元にモデル化する。Von Misesの降伏条件は

である。ただしkは剪断試験の降伏応力の大きさを表し、J2は以下で定義される。

弾塑性解析をおなう場合、降伏したバネはEを十分小さくすることで表現されvは非圧縮に近くするために0.5に近い値が用いられる。

4.2 粘塑性モデル 粘塑性モデルにはFig.3の様な弾性バネと塑性バネが直列に結合したモデルを用いた。塑性バネの歪み速度と応力の関係は

ただしγは粘性係数の逆数、Hは硬化係数、σYは降伏応力である。粒子i,j間の歪みεvp,ijは

これにより粘塑性の式を離散化すると

粒子をLagarange的に動かす場合はεold=0となり、硬化を無視してH=0とすると

となる。この式を弾性の式

と比較すると、粘性バネは弾性バネのヤング率を

で置き換えたものでモデル化すればよいことになる。

5.流体一薄肉構造物連成解析

5.1 2次元弾性水槽におけるスロッシング

 2次元のスロッシングの解析をおこなった。計算体系は矩形の水槽でFig.4に示すものである。水槽の幅lに対する水深hの比が0.1と0.6で計算をおこなった。h/l=0.1の浅い水槽では進行波が計算され、振幅がピークとなる角振動数は線形理論値w1よりも大きくなった。これは実験と計算で良く一致している(Fig,5)。これに対し深い水槽では振幅のピークが線形理論値に近い(Fig.6)。この傾向も実験と計算で一致している。ただ振幅の値が実験値の方が大きく、ピークの振動数が線形理論値より幾分小さい。MPS法では粒子のLagrange的な動きに起因したエネルギーの消散のため実験より小さな振幅で計算されたためピークも線形理論値からずれなかったと考えられる。Figure7は水槽の側面を弾性壁に置き換えて計算した場合の周波数応答である。スロッシングは壁の変形と共鳴し振幅が剛体壁水槽の場合よりも大きく計算された。壁の変形は水槽の幅をひろげる効果もあり、ピークの位置は深い水槽の場合より低い振動数となった。

5.2 3次元弾性円筒水槽におけるスロッシング

 次に3次元スロッシングの解析結果を示す。静止した立方体の水槽の液面に初期の変位を与えて計算する。Figure8は水面の高さの変化の計算結果である。計算されたスロッシングの周期は線形理論値の0.65secと良く一致している。

 3次元弾性円筒水槽における計算の結果をFig.9に示す。この計算は水槽に強制振動を与えてスロッシングさせており、スワールが生じ円筒水槽の2次のモードの振動と共鳴する様子が計算できた。

6.弾性解析

6.1 片持ち梁の解析矩形の片持ち張りの先端に勇断力を与えた場合の弾性解析をおこなった。計算体系をFig.10に示す。計算粒子数153、re=3.0l0の計算結果を解析解と比較したものをFig.11に示す。計算結果は解析解とよく一致した。計算精度と粒子数の関係をFEM,EFGMと比較してFig.12に示す。FEMは4接点8自由度である。本計算は解析解からわずかにずれて収束したが誤差は1パーセント未満である。

6.2 円穴を有する平板の解析粒子を応力集中部分に多く配置して円穴を有する板の計算をおこなった。計算体系をFig.13、粒子配置をFig.14に示す。Figure15は応力の分布を解析解と均質粒子配置の計算結果と比較したものである。非均質粒子配置を用いた結果、応力集中の解析精度が向上しているのがわかる。

6.3 流体構造物同時解析

 次に造波板で発生させた重複波による海岸構造物の弾性変形を計算した。計算体系をFig.16に示す。造波板の動きは

 で与えた。ただしAは振幅、Tは周期である。流体の計算もMPS法を用いている。海岸構造物にかかる総圧力をFig.17、波の峰が達した時の圧力の分布をFig.18に示す。計算結果はSainflouの理論と良く一致している。計算された波圧を外力として同時に海岸構造物の変位を計算した結果がFig.19である。このように流体-構造物の相互作用をMPS法を用いて統一的に解析することが可能となった。

7.塑性解析

7.1 内圧のある円管の弾塑性解析 Figure20は内圧のある円管の弾塑性解析の計算体系である。円管は圧力の上昇に従って内側から降伏していく。降伏した部分は弾性バネがなくなったものとし非圧縮条件を与える。Figure21は円管内側の変位と内圧の関係を計算結果と解析解で比較したものである。解析解と計算結果でおよそ一致しているが、計算は不安定になりやすく降伏条件の与え方などに検討の余地がある。

7.2 引き張り棒の粘塑性解析 Figure22は引き張り棒の粘塑解析の計算体系である。棒に端に一様で一定の荷重をかけた場合の棒の変位の時間変化を解析した。棒の変位は弾性変形によるものと粘塑性変形によるものに分離でき、それぞれを解析結果と比較したものがFig.23である。時間がたつと誤差が蓄積してずれが生じるもののおよそ計算結果と解析解で一致している。

7.3 凹部のある柱の大変形 本手法を用いて大変形をする粘塑性変形の解析をおこなった。計算体系をFig.24に示す。剪断力を受けた柱は降伏条件を満たした部分において粘塑性変形をする。Figure25は計算結果で、黒丸は材料が降伏条件を満たしたことを示す。凹部で応力集中がありその部分が降伏して大きく粘塑性変形している様子が計算できている。

6.4 中央き裂を有する板のクリープ破壊

 本手法を用いてき裂のある平板のクリープ変形を解析した。計算体系をFig.26に示す。計算粒子数は408である。板の変形の様子をFig.27に示す。白の丸は弾性体粒子、黒の丸は塑性体粒子、板中央の線は初期のき裂を表している。き裂は時間をおってゆっくりと進展し、やがて塑性領域が板の両端に至ると急激に変形が進み破壊に至る。

 Figure28は無次元化された開口変位の時間変化の計算と実験(smooth,DEN,CT試験片における)の比較である。時間は破壊までの時間tfで無次元化されている。t/tf=1.0付近で若干計算結果の変形が実験よりも小いが、弾塑性解析のところでも述べたとおり降伏条件モデルが影響している可能性が考えられる。しかし全体として計算と実験でよく一致している。

 7.結論

 MPS法の粒子間相互作用に基づいて薄肉弾性体、厚肉弾性体、厚肉塑性体の計算手法を開発した。特に厚肉構造物のための手法は支配方程式を静的に解いているので構造物の力の静的な解析ができる粒子法として新しい。本手法はメッシュを用いる計算では困難であった大変形する構造物の解析も可能である。またメッシュ生成の労力が大幅に軽減すると考えられる。それぞれの手法は解析解と比較することによって検証した。また塑性体の計算ではクリープ破壊の解析結果は実験と良く一致した。

 流体と構造物をともに粒子を用いることによって流体一構造物連成問題を粒子法で統一して解析することが可能になった。本研究ではその例として弾性円筒水槽におけるスロッシングと波を受ける海岸構造物の解析を実際におこなった。

 今後の応用として、大変形をともなう塑性加工の問題や破壊を伴う流体一構造物の相互作用の問題など、メッシュを用いた手法では解析が困難な問題への適用が期待できる。

Fig.1:薄肉構造物粒子

Fig.2:厚肉構造物粒子

Fig.2:弾粘塑性モデル

Fig.4:2次元スロッシング計算体系

Fig.5:スロッシングの周波数応答(h/l=0.1)

Fig.6:スロッシングの周波数応答(h/l-0.6)

Fig.7:弾性水槽における周波数応答

Fig.8:3次元スロッシングの水面高さの変化

Fig.9:弾性円筒水槽における計算結果(3.17sec)

Fig.10:計算体系(片持ち梁)

Fig.11:変位(片持ち梁)

Fig.12:誤差(片持ち梁)

Fig.13:計算体系(円穴を有する平板)

Fig.14:粒子配置(円穴を有する平板)

Fig.15:応力分布(円穴を有する平板)

Fig.16:計算体系(海岸構造物)

Fig.17:海岸構造物のうける波圧

Fig.18:圧力分布

Fig.19:海岸構造物の変位

Fig.20:計算体系(内圧のある円管)

Fig.21:円管の内側変位と内圧の関係

Fig.22:計算体系(粘塑性引き張り棒)

Fig.23:変位の時間変化(粘塑性引き張り棒)

Fig.24:計算体系(凹部のある柱)

Fig.25:計算結果(凹部のある柱)

Fig.26:計算体系(き裂のある平板)

Fig.27:クリープ変形の様子

Fig.28:変形と時間の関係

審査要旨 要旨を表示する

本論文は構造物の弾塑性解析のための粒子法の開発について記述したもので論文は5章より構成されている。

第1章は序論で、まず塑性変形や破壊など大変形を伴う構造物の大規模解析の必要性が大きいことを述べている。従来手法のうちメッシュレス法であるエレメントフリーガラーキン法(EFGM)はバックグラウンドセルを使用する方法であり計算点以外に積分点が必要で精度のよい計算のためには積分点を多く必要とすること。SPH法は陽的な計算法しか開発されておらず構造物の静的な力の釣り合いを計算できないので、衝撃力などが関係する極短時間の現象に解析対象が限定されたり、人工粘性を導入して計算を安定化させる必要があるとしている。粒子法は計算点である粒子をラグランジュ的に動かす事で連続体の大変形を自然に表現できる手法であり非圧縮性流体に対してMPS法が開発されている。本研究の目的はMPS法の粒子間相互作用の考え方を用い、構造物解析のための粒子法を開発することであると述べている。

第2章は薄肉構造物の粒子法の開発について述べている。2次元と3次元の薄肉構造物の計算モデルを開発し2次元矩形水槽におけるスロッシング計算を行い実験と比較し周波数応答についてよい一致を得ている。3次元スロッシングは定在波の計算を直方体と円筒水槽について行い振動周期が解析解とよく一致する事を確認している。さらに弾性円筒水槽の計算では円筒の2次の変形モードとスワールが連成してスロッシングする様子が計算できている。

第3章は弾性体めための粒子法の開発について述べている。まず厚肉弾性体の粒子計算モデル、応力モデルを開発し境界条件の検討を行っている。これにより粒子を移動しない状態で力の釣合いを静的に計算することが可能になった。次に引き張り板、片持ち梁、内孔を有する平板の解析を行い解析解とよい一致を得ている。次に片持ち梁に衝突する水塊と波を受ける沿岸構造物を解析し流体・構造物の同時解析における本手法の有効性を示している。流体・構造物の連成問題を扱う場合は流体と構造物の境界の変形が重要となる。このため流体と構造物の双方をメッシュを用いないで解析することが望ましい。本手法によりMPS法の流体計算と組み合わせることで流体と厚肉構造物の連成問題を容易に扱うことが可能になったとしている。

第4章は塑性体のための粒子法の開発について述べている。降伏条件モデル、弾塑性モデル、粘塑性モデルを開発し、内圧を受ける円管の弾塑性解析と引き張り棒の弾粘塑性を計算し解析解とよい一致を得ている。大変形する粘塑性変形解析への本手法の有効性を示すため勇弾力を受ける凸凹部のある柱の解析を行い・応力集中のある凹部が降伏して大きく粘塑性変形していく様子を計算し.ている。応用として平板のクリープ破壊について、亀裂の進展や大変形し破壊に至る様子を計算で示すとともに変位についても実験とよい一致を得ている。

第5章は結論で従来のメッシュを用いる計算では困難であった大変形する構造物の解析が本研究により可能になり、流体・構造物連成問題も粒子法で統一して解析する事が可能になった事を述べている。粒子法は計算粒子の配置を容易に行えるので有限要素法に比べてメッシュ生成の労力が大幅に低減する利点もあるとしている。今後の応用として大変形をともなう塑性加工の問題や破壊を伴う流体・構造物相互作用の問題などメッシュを用いた手法では解析が困難な問題への適用が期待されるとしている。

以上を要するに本論文は構造物の弾塑性解析のための粒子法を初めて開発している。この成果はシステム量子工学とくに原子力構造力学に進展をもたらすのみならず工学諸分野の流体・構造物連成間題の研究や構造力学の発展に寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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