学位論文要旨



No 116125
著者(漢字) 佐々木,一隆
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,カズタカ
標題(和) ジルコニアセラミックスの超塑性特性
標題(洋) Superplastic Charaetenstics in Zirconia Ceramics
報告番号 116125
報告番号 甲16125
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4962号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 結晶材料が数百%以上の異常に大きな延性を示す事が知られており、これを超塑性変形と呼ぶセラミックスでも超塑性が起こることが結晶粒を微細化した正方晶ジルコニア多結晶(TZP)において1986年に報告されて以来、盛んに研究が行われてきた。しかしながら変形機構を決定する要素などまだ不明な点が多い。

 2.c-t2相領域におけるジルコニアの超塑性特性

 2.1.序言

 ジルコニアセラミックスの粒成長特性としては立方晶ジルコニアの粒が正方晶ジルコニアより速く成長する事が報告されている。これは立方晶ジルコニア中の陽イオンの拡散が正方晶ジルコニア中の陽イオン拡散より速いためであると解釈されている。そのため本研究ではTZPの超塑性特性のイットリア添加量依存性を超塑性特性の観点から明らかにする事を目的とする。

2.2.実験方法

原料粉末として2.5、3、4、6mol%のY203を添加した市販のイットリア安定化ジルコ三ア粉末を用いた。これを圧粉成形後、焼結を大気中で行った。引張り試験は、クロスヘッド速度一定の条件で行った。初期粒径及び破断粒径は走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて測定、相状態などはX線解析装置及び透過型電子顕微鏡(TEM)・エネルギー分散解析などを用いて測定した。

 2.2.実験結果および考察

Fig.2.1には1400℃で得られた4組成の応カ-歪み曲線が示されている。イットリア添加量が2.5-4mol%の間の試料においては延性と流動応力は近い値を示しているが、6mol%した物では著しい延性の低下が認められる。

Fig.2.2は破断伸びと応力との関係を表したものである。この中で低い応力ほど温度の高い条件で変形された事を意味する。この様なプロットから応力と破断伸びは直線的な関係になることが通常金属やセラミックスで報告されてきた。しかしながら1450℃を境に延性が低下する事から以上の関係は4と6mol%YSZにおいては適用できない。これは高温で相分離がおきている事を視差しておりそれにに従う粒成長促進による延性の低下が考えられる。

2.3.結論

ジルコニア中のイットリア量が増える事によつて応力低下効果が認められるが、同時にc相の割合が増える。c相の生成による相分離によってジルコニアの粒成長促進され、延性の低下をもたらすと考えられる。

3.微細組織制御によるY-TZPの超塑性特性

 3.1.序言

本研究では、異なる組成のY-TZP粉末を混合し、状態図上t単相である2.5mol% Y-TZPの組成を有する焼結体を作成し、その焼結性、組織、超塑性の変形機構を明らかにすることを目的とする。

3.2.実験方法

原料粉末として市販のZrO2と6mol% Y-TZPの粉末をY203添加量が2.5mol%になるよう調整し焼結体を作成した(以降6Y0Y)。その微構造はSEM・TEM、相同定はXRD、また超塑性特性は引張試験を行うことによって評価した。

3.2.実験結果および考察

上述の6Y0Yの試料において、市販のTZPより微細な組織が得られ、通常の0.5から0.36μmの平均粒径が得られた。Fig.3.1のX線強度から双方の組織がt相によるものだと確認できた。しかしながら同じ結晶構造を保っていながらも、2,5Y-TZPに比べて、6Y0Yの(400)ピークは、Kα2のピークを隠すほど幅が広いことが認められる。そのため結晶粒の組成分布を見積もるため、TEM/EDSが行われ、6Y0Yが異なるイットリウム濃度の正方晶の結晶から成立っている事が確認された。

Fig3.2.から、6Y0Yの粒径に対する変形応力の影響(mp=0.51)が0.5μm以下では2.5Y-TZPに対して小さいという事が分かる。更に、粒径が大きくなるに従い、応力特性が2.5Y-TZPの傾きに等しい値(mp=〜3.2)を取る事が認められる。この様な違いから、変形の緩和がイットリウムとジルコニウムイオンのどちらかが律速していると仮定すると、6Y0Yがmp=0.5領域でイットリウムイオンに支配されていて、mp=3領域ではジルコニウムが支配されていると考えられる。

3.3.結論

 異なる相の粉末からt相の2.5mol%イットリア安定化ジルコニアの焼結体の作成に成功した。これは2.5Y-TZPに比べて微細な組識が得られ、その組織は2相組織ではなくイットリウム濃度の異なるテトラゴナル結晶相で形成されていた。

4.コドープによるジルコニアセラミックスの加工硬化

4.1.序言

 本研究では異なるドーパント効果を持つGeO2、TiO2、MgO、CaOをY-TZPにコドープし、その超塑性特性への影響を調べた。

4.2.実験方法

YSZ(ZrO2、-3mol%Y203)、GeO2、TiO2、MgO、CaOの市販粉末を出発原料とし、エタノールと共にボールミル混合後乾燥する。通常の圧粉、成形、高温試験が行われた。

4.2.実験結果および考察

Fig.4.1の応力−歪み曲線に示されるように、初期歪み速度1,3×10-4s-1、1400℃において、約1000%の巨大な延性を示すことが判明した。同じくCaOやMgOを含むコドープ系でも500%を超える延性が得られた。更にどのコドープ試料においても顕著な加工硬化が認められた。

この様な加工硬化を解明するため変形中の組織を詳しく調べた。コドープの試料では顕著な動的粒成長と極めて早い相分離がおきている。Fig.4.1の加工硬化が動的粒成長によるものかどうかを調べるため、粒径の応力依存性を見積もりFig.4.2にまとめた。本来TZPの粒径一応力関係はほぼ一直線、傾き(mp)が〜1と見積もられる。しかしながら、コドープの試料に関しては、傾き、粒径ガ小さいほどTZPの値に近く、大きくなるにつれて傾きが著しく大きくなる傾向が認められた。この様な二つの特徴をFig4.2で領域IとIIで表した。

応力−歪み曲線の応力上昇の考慮にはeqn.1が用いられ、歪み速度による応力の低下、粒成長による応力の上昇、c相による応力上昇が関与された。その結果がFig.4.1に示されている。補正性された応力は歪みと共に徐々に低下する事が分かる。

4.3.結論

TZPの超塑性特性は適したドーパントを複数加える事で著しく改善される事が分かった。この際、応力−歪み曲線からは著しい応力上昇が観察され、これは動的粒成長と相分離による、c相の増加による応力の上昇で説明できた。

5.ジルコニアセラミックスの円形欠陥によるキャビティー観察

 5.1.序言

超塑性をセラミックスの加工法として利用する際には、キャビティーの特徴が成形されたセラミックスの機械強度を左右する事になる。金属のキャビティー特性は試験片に機械的に小さい穴を空ける観察方などが報告されている。この手法の長所は統合的なキャビティーの観察ではなく一個の欠陥の性質に集中できる事、キャビティーの連結などを無視できる事などが挙げられている。しかしながらセラミックスで上述のような穴開けの観察は試料の作成が機械的に極めて難しく、またコスト的にも高い事から未だ報告例が無い。そこで本研究ではジルコニアセにラミックスに直径0.5mm以下の穴を作る事に専念し、それらの超塑性条件下における変形特性を観察した。試料としては市販の3Y-TZPとGeO2及びTiO2を添加した3Y-TZP(以下2Ge-2Ti)を用いた。

5.2.実験方法

通常の圧粉・成形が行われたが、圧粉成形において0.5mmのグラファイトの芯を粉末の中に設置し試料作成を行った。芯は炭素で出来ているため、焼結中に燃え、そのまま焼結体に穴が残る。ゲージ加工では穴がゲージの真ん中に来るよう成形し、引っ張り試験を行った。変形後の穴の観察は光学顕微鏡で行われた。

5.2.実験結果および考察

グラファイトの芯を用いた穴の空いた引っ張り試験片は普段の試料作成条件で作成する事ができた。引っ張り試験ではそれなりの変形が認められ、その結果がFig5.1に示されている。試験片の歪みに伴い丸い穴が楕円形に引っ張り方向に添って伸びて行く事が分かる。

この様な形状の変化をまとめたのがFig.5.2である。楕円の引っ張り方向に垂直な半径と平行な半径を初期半径で補正した値を示している。引っ張り方向に対して半径が大きくなるのが認められ、垂直方向に関しては縮小するのが認められる。これは塑性変形によるキャビティーの成長と推測できる。この様な結果からキャビティー成長指数、kが見積もられその値は3Y-TZPで左=1.17、2Ge-2Tiでk=0.71であった。しかしながら2Ge-2Tiなどでは理論的に推測されたキャビティー成長指数の理論値と実験値が大きく異なっていた(理論k=0.85-1.88)。理論上、kは応力指数に依存すると考えられているが、2Ge-2Tiのような超塑性材料に関しては加工硬化による影響も無視できないと考えられる。そのためこの様な結果の解析を行うには加工硬化の影響の考慮が必要となる。

5.3.結論

グラファイトの芯を用いる事で引張り試験片に0.45mmの穴を開ける事に成功した。この試験片は超塑性条件下で欠陥が塑性変形する事によって成長して行く事が確認された。しかしながらセラミックスのキャビティーの成長機構の解析には加工硬化などによる影響の考慮が必要とされる。

6.総括

本研究で超塑性に与えるジルコニア中のイットリア添加量の効果を調べた。そこで粒成長一相分離が超塑性特性を大きく影響する事が分かった。

0mol%YSZと6mol%YSZの粉末を2.5mol%イットリア量に調合した焼結体に関しては焼結時の組識が非常に非平衡であり、それによるイットリアの拡散が超塑性の緩和機構を影響している事が明らかになった。

コドープTZPでは変形の際に歪みに伴う極端な応力の上昇が確認された。この様な上昇は動的粒成長と相分離によって理解できる事が出来た。超塑性セラミックスのキャビティー成長の特性を未だに実用かされていない方法で解析する事に成功した。

Fig.2.1:Stress-strain characteristics of zirconia

Fig.2.2:Strain to failure as a function of flow stress

Fig.3.1:XRD spectra for the{400} tetragonal peaks of2.5Y-TZP and6YOY

Fig.3.2:Grain size dependence of flow stress a 10% strain for2.5Y-TZP and 6YOY at 1450℃

Fig.4.1:Stress-straincharacteristics of calculatedandexperimentaldata.

Fig.4.2:Grain size dependence of flow stress(10%strain).

Fig.5.1:3Y-TZP with hole deformed to 20% total strain.

Fig.5.2:Change inhole radii dimensions for 2Ge2Ti at 1400℃

審査要旨 要旨を表示する

一般にセラミックスは硬く、脆いため通常の機械加工などが極めて難しい材料である。ところが、結晶粒を微細化した正方晶ジルコニア多結晶(TZP)が超塑性と呼ばれる巨大伸びを示すことが見出された。この現象はセラミックスの新しい加工法への応用が期待され、以来盛んに研究が行われてきている。しかしながらその変形機構などにはまだ不明な点が多く、今後セラミックスの超塑性を新しい加工法として実用化のためには超塑性変形機構の解明、最適条件の探索などが不可欠である。本論文はジルコニアセラミックスの組識を制御して高温における変形挙動を調べ、理解を深める事を目的としたものであり、全6章より成る。

 第1章は序論であり、ジルコニアセラミックスの特徴およびその高温変形特性について述べている。特にTZPの微細結晶粒組識の安定性及および、超塑性変形に関するこれまでの研究結果を詳述するとともに本件究の目的を示している。

 第2章はジルコニアの超塑性特性に及ぼすイットリア添加量依存性を調べた結果をまとめたものである。イットリア濃度2.5、3、4、6mol%のTZPの高温変形挙動を調べた結果イットリア濃度が高くなるほど1450℃以上で延性の低下が見られることを明らかにしている。この結果はイットリア濃度の高いTZPでは高温で相分離が起こり粒成長が促進されるためであることを明らかにしている。TZPの高温延性は、変形応力とともに変形中の粒成長によって支配されると結論づけている。

 第3章では正方晶ジルコニア(t-ZrO2)単相の2.5mol%Y-TZP(2.5Y-TZP)と純ZrO2粉末と6mol%Y-TZPの粉末を混合して同一組成とした試料(6Y0Y)の超塑性変形挙動を調べた結果を述べている。6Y0Yは2.5Y-TZPより50℃低い焼結温度で十分緻密化し、微細な結晶粒組識となることが見出されている。また両者の高温変形挙動を調べた結果、6Y0Yの変形応力の粒径依存性は、結晶粒径がおよそ0.5μm以下では2.5Y-TZPに比べて小さく、粒径がそれより大きくなると、2.5Y-TZPと同程度となる事を見出している。結晶粒径が小さい領域での両者の相違は、変形中に結晶粒間で生じるイットリウムイオンの分配が関与していることを実験的に見出している。

 第4章は、3Y-TZPにGeO2、TiO2、MgO、CaOをコドープした結果である。本章で得られた最も重要な知見は、これらのドーパントを複合添加(コドープ)すると、延性が著しく向上する場合のあることを見出した点にある。例えばGeO2-TiO2をコドープすることによって、約1000%の巨大な延性を得ている。これはセラミックスに関する伸び値の最高値に近いものである。また、コドープしたTZPではしばしば変形後期に大きな加工硬化を生ずることを見出している。この場合には変形応力の粒径依存性が著しく大きくなることを明らかにしている。またこの加工硬化が変形中の動的粒成長に関与しているものであること、および立方晶ジルコニァ(c-ZrO2)の生成に起因すると述べている。これは、変形中の組識変化による高温変形特性の変化を明瞭に捕らえた結果である。

 第5章では3Y-TZPの試験片に人工的に小さい穴を導入し、高温変形中のキャビティーの成長挙動を調べた結果を述べている。この試験方法はセラミックスにおいては初めての試みであり、圧粉成形時に直径0.5mmのグラファイトの棒を粉末中に置いて焼結することによって得られたものである。焼結後、およそ0.45mmの穴を有する引張試験片を得ている。さらに変形中のキャビティーの成長は3Y-TZPとGeO2およびTiO2をドープした3Y-TZP(2Ge-2Ti)とでは著しく異なることを見出している。また両者のキャビティー成長は3Y-TZPおよび2Ge-2Tiの加工硬化挙動と良い相関性を有し、変形の不均一性が成長挙動に重要な役割を果たしていることを示している。

 第6章は本論文の総括である。

 以上要するに、本論文は、ジルコニアセラミックスの超塑性変形特性を微細結晶粒組織の安定性および変形中の相分離挙動と関連付けて解析するとともに変形能を向上させるドーパントの特性を明らかにしたものである。これらの結果はTZPの超塑性の理解を深めるとともに変形能向上のための重要な指針を与えたものであり材料工学の進展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク