学位論文要旨



No 116145
著者(漢字) 座古,保
著者(英字)
著者(カナ) ザコ,タモツ
標題(和) ホタル・ルシフェラーゼの固相上リフォールディングに関する研究
標題(洋) Refolding of Firefly Luciferase Immobilized on a Solid Surface
報告番号 116145
報告番号 甲16145
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4982号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 関,実
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 大腸菌内で大量発現させると封入体を形成してしまう組換え蛋白質を変性させた後、固相上に固定化して巻き戻しを行う方法は、変性蛋白質の再凝集を防げるので、蛋白質の巻き戻しを高濃度条件で行うことが可能となり、工業的な蛋白質巻き戻しプロセスの簡略化に有効だと考えられる。しかし、固相上での蛋白質の巻き戻しに関する研究は少なく、特に溶液中(液相)での巻き戻しとの差異については知見がほとんどない。又、これまで固定化蛋白質の巻き戻りを、活性以外でモニタリングする手法はなく、活性の評価が困難な場合には巻き戻し条件の検討ができないという問題点もあった。本研究では、ホタル・ルシフェラーゼ(北アメリカ生息のPhotinus pyralis由来:以下PpLと略)をモデル蛋白質として、固相上での巻き戻し条件の検討や、固定化方法の検討、新規なモニタリング手法の検討などを行った。PpLをモデル蛋白質とした理由は以下の通りである。1)ルシフェリンを基質とした発光により、活性を簡便に感度良く測定することができる。2)液相での巻き戻りについての既知の知見との比較が可能である。3)液相では、PpLは非常に凝集しやすく、低蛋白質濃度でしか効率的に巻き戻らないので、巻き戻し時における蛋白質の高濃度化への固定化の効果を確かめるのに適している。

2.アガロースビーズに固定化したPpLの巻き戻しについて

 PpLは溶液中では凝集しやすく、巻き戻しは低蛋白質濃度(2〜5μg/ml)条件下で行う必要がある。本実験では、PpLを固相上に固定化することによって、巻き戻し時の蛋白質の高濃度化を試みた。固相としてはNHS-activatedSepharose4EF(Pharmacia)を用い、PpLをアミンカップリング法により固定化した。これを変性バッファー(6M GdnC1)で12時間変性させた後、巻き戻しバッファー(100mM potassium phosphate,pH7.8,1mM EDTA,1mM DTT)によるバッファー交換により巻き戻しを開始し、活性の回復率を測定した。また、液相での巻き戻しには、変性させたPpLをバッファーで100倍希釈することで巻き戻しを開始した。PpLの固相上での巻き戻り収率の経時変化をFig.1に示す。巻き戻りに数十時間を要しているが、溶液中での巻き戻りでも同様のことが観測されている。

次に巻き戻り収率(巻き戻し開始72h後)の、濃度依存性を調べたところ、液相では、蛋白質濃度が高くなるにつれ、回復率が著しく低下するのに対し、固相ではほとんど変化しなかった(Fig.2)。これは、固相に固定化されることにより、変性蛋白質分子間の相互作用が低減したためと考えられる。巻き戻り収率が50%となる蛋白質濃度を比較すると、固相に固定化することで、液相の場合と比べて約100倍の高濃度化に成功した。

さらに、巻き戻しバッファー条件についても検討し、液相中での巻き戻しの結果との比較を行った。ここでは、potassium phosphate濃度、pH、添加塩濃度を変えて、巻き戻り収率をそれぞれ求めた。すると、液相と固相では、pHに対する依存性がかなり異なっていた(Fig.3)。すなわち、液相ではpH依存性がほとんど見られないのに対して、固相ではpH8未満では収率が下がっており、これは固相に特有であった。低pHで低収率なのは、ゲル担体と蛋白質間の正負の静電的相互作用が蛋白質の巻き戻りを抑制したためと考えられる。このように、固相と蛋白質間の相互作用は、巻き戻り収率を下げる可能性があることが分かった。

3.Crysteinによる単点固定化の後の巻き戻しについて

 上記の実験では固定化にアミンカップリング法を用いているが、N末端アミノ基以外に、表面上のLys残基も固定化に用いられている可能性がある。しかし、実際の工業プロセスで、固相上での巻き戻しを行い、蛋白質を回収するには、可逆的に固定化と解離を行うことができる方法で変性蛋白質を単点で固定化する必要がある。固定化にはaffinity tagを用いる方法もあるが、ここではCys残基によるジスルフィド(SS)結合を用いた。PpLには元来4つのCys残基があるが、それらを全てSer残基に置換したPpL遺伝子を入手し、次にこの遺伝子のN末端とC末端にそれぞれCys残基を導入した遺伝子を作製した(PpL(N-cys),PpL(C-cys)).これらの遺伝子を導入した大腸菌から発現、精製した改変体をPDEAで活性化したNHS-activated Sepharoseに固定化し、2.と同様に変性、巻き戻しを行った(Fig.4)。すると、単点固定の方では、約12時間で巻き戻りがほぼ終了し、液相の場合の約72時間と比較して巻き戻りが早いことが分かった。この理由についてはさらなる検討を要する。

4.SPRセンサーを用いた固相上の蛋白質の巻戻りのモニタリングについて

 ラベル化されていない蛋白質の固相での巻き戻りについては、例外的な場合を除き今まで酵素活性以外でこれをモニタリングする方法はなかった。しかし、酵素活性を測定することが困難な蛋白質もあり、他のモニタリング方法の開発が必要である。液相系で蛋白質の二次構造情報を得る手段としては、CDスペクトルが一般的に使われているが、固相に固定化した蛋白質の巻き戻りのモニタリングに用いるのは困難であった。そこで今回我々はSPRセンサーを用いることを考えた。SPRセンサーは、センサーチップ表面の屈折率変化をリアルタイムで測定することができ、通常は、チップ表面に固定化されたリガンドに対する、アナライトの結合・解離を観察するものである。今回、屈折率変化と蛋白質の構造変化との相関から、チップに固定化した蛋白質の変性、巻き戻り過程をモニタリングできないかと考えた。

 SPRセンサーとしてはBIAcore2000を用いた。センサーチップにPpLをアミンカップリング法で固定化した。次にランニングバッファーとして巻き戻しバッファーを流した後、変性バッファーに切り替えた。すると、変性バッファーにより、SPRシグナルが低下した(Fig.5,6)。蛋白質を固定化していない対照レーンでは変性前後でのシグナル変化はなかったので、そのシグナル低下は変性によるものだと考えられる。さらに、PpL固定化レーンについては、巻き戻しバッファー中でシグナルの上昇が見られた(Fig.6)。これは、固定化PpLの巻き戻しを反映していると考えられる。

次に、変性処理によるSPRシグナル変化についてさらに検証を行った。すなわち、SPRシグナルは屈折率を反映しているので、変性によるシグナル変化(dRU)と屈折率変化(dRI)は一致するはずである。そこで、PpL溶液の屈折率を直接測定することで、蛋白質の変性による屈折率変化を求め、比較した(Fig.7).変性による屈折率量と、変性処理によるシグナル低下量がほぼ一致することから、変性処理によるシグナル低下は、変性に伴う蛋白質の屈折率変化に起因することが強く示唆された。

 ランニングバッファーを変性バッファーから巻き戻しバッファーに切り替えた後のシグナルの回復率の経時変化をFig.8に示す。SPRシグナルの回復率は、変性処理によるシグナル低下量に対するシグナル増加量の割合によって示した。ここで巻き戻り終了に数十時間かかっているが、これは溶液中での巻き戻りや、アガロースビーズに固定化したPpLの巻き戻りの結果と一致する。シグナルの増加と巻き戻りの相関を示すために、以下の2つの実験を行った。まずBIAcoreのセンサーチップを取り出し、直接基質を加えることでセンサーチップに固定化したPpLの72h後の巻き戻りを確認した。さらに別途、変性剤処理直後のセンサーチップを取り出すことで、失活も確認した。ただし、センサーチップ上に固定化されたPpLの量が極めて少量であるため、活性の有無は見られたが、巻き戻り途中での収率を定量的に議論できるほどの精度が得られなかった。よって次に表面に同じ活性基を持つアガロースビーズに固定化した場合の実験結果との比較を行った(Fig.8,9)。特に、固定化時での、過剰NHS基のエタノールアミンによるブロッキングの有無による収率の違いを比較したところ、ブロッキングをした方が収率が高いという点で一致した。これは、ブロッキングを行わない場合、NHSが加水分解され、カルボキシル基が露出することになり、COO-が巻き戻りを阻害しているからだと考えられる。これは2での考察と一致する。これらの結果より、SPRセンサグラムの上昇は巻き戻りと相関があることが強く示唆される。しかし、アガロースビーズに固定化した場合の結果とは収率に差異が見られ、モニタリングは定性的であると考えられる。さらに、この結果は、センサグラムが、固定化時の条件の差異が巻き戻りに与える影響を反映していることを示し、SPRセンサーが固定化蛋白質の巻き戻り条件検討などに用いることができる可能性を示唆するものである。

5.結言

 凝集しやすく、巻き戻りにくい蛋白質の一つのホタル・ルシフェラーゼ(PpL)を、固相上で巻き戻すことで、凝集を抑え、高濃度で巻き戻すことに成功した。また、固相上での巻き戻し条件と液相中での巻き戻り条件の違いについて議論した。さらに遺伝子改変により、システイン残基を導入した改変体を作製し、単点で固定化したPpLの巻き戻しを行った。また、SPRセンサーを用いて、固相上の巻き戻しをモニタリングできる可能性があることを示した。

Fig.1 Time cource of refolding of firefly luciferase immobilized on agarose beads.

Fig.2 protein concentration dependence of refolding yields. Symbol:open circle,refolding of soluble luciferase;closed circle, refolding of immobilized luciferace. Data of refolding yicld of solbe luciferase was taken from R.Herbst et al.(97)j.Biol.Chem.272,7099

Fig.3 Refolding yields of immobilized firefly (Photinus pyralis) luciferase(a,b,c) and luciferase in solution (d,e,f) under various phosphate buffers.

Arrows in the figure indicates the standard buffer condition for the renaturation of luciferase in solution(100mM potassium phosphate,pH7.8,1mM EDTA,1mM DTT)

Fig.4 Time cource of refolding of firefly luciferase single-point-immobilized on agarose beads.

Symbol:closed circle, N terminus immobilized PpL;closedcircle,C terminus immobilized PpL.

Fig.5 SPR signal change of the luciferase-immobilized surface by unfolding treatment.

Fig.6 Typical SPR signal time courses of the luciferase-immobilized(1:solid line) and reference(2:broken line) surface in responce to GdnCl injection.

Fig.7 Correlation of SPR signal change by unfolding with refractive index change by unfolding.Simbol:circle, correlation of SPR signal change by unfolding and immobilized protein amount; triangles, correlation of refractive index change by unfolding and concentration of luciferase solution. Arrows indicates the correspondence of each symbol to the x-and y axis.

Fig.8 Time cource of refolding of firefly lucirferase immobilized on the sensor surface with/without blocking of the excess NHS-groups.

Fig.9 Time cource of refolding of firefly luciferase immobilized on agarose beads with/without blocking of the excess NHS-groups.

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌内で組換え蛋白質を大量発現させると封入体を形成する場合が多い。このような封入体を可溶化剤で一旦変性させた後、固相上に固定化して巻き戻しを行う方法は、変性蛋白質の再凝集を防げるので、蛋白質の巻き戻しを高濃度条件で行うことが可能となり、工業的な蛋白質巻き戻しプロセスの小規模化に有効だと考えられる。しかし、固相上での蛋白質の巻き戻しに関する基礎研究は少なく、溶液中(液相)での巻き戻しとの差異については知見がほとんどない。また、これまで固定化蛋白質の巻き戻りを、活性以外でモニタリングする手法はなく、活性の評価が困難な場合には巻き戻し条件の検討ができないという問題点もあった。

 本論文では、凝集しやすい蛋白質の代表例の一つであるホタル・ルシフェラーゼ(北アメリカ生息のPhotinus pyralis由来:以下PpLと略)をモデル蛋白質として、固相上での巻き戻しバッファー条件、固定化方法、固相修飾条件などが高蛋白質濃度での巻き戻し条件、巻き戻り時間、収率に及ぼす影響や、巻き戻り過程の新規なモニタリング手法に関する研究の成果を述べており、以下の6章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的を述べている。

 第2章では固相上での巻き戻し、ホタル・ルシフェラーゼの発光反応機構及び巻き戻しに関する既往の研究、SPR(表面プラズモン共鳴)センサーの原理及び使用例について述べている。

 第3章では、PpLの固相での巻き戻しについて、バッファー条件、固定化方法、固相修飾条件などが巻き戻し収率に与える影響の検討結果について述べている。すなわち、PpLは溶液中では凝集しやすく、巻き戻しは低蛋白質濃度(2〜5μg/ml)条件下で行う必要があるのに対して、PpLを固相上にアミンカップリング法で固定化することによって、巻き戻し時の蛋白質濃度を100倍以上に高濃度化することに成功したことを報告している。さらに、固相上での巻き戻しバッファー条件の最適化を行い、液相中での巻き戻し条件とほぼ同じであることを明らかにしている。しかし、液相と固相では、pHに対する依存性がかなり異なっており、液相ではpH依存性がほとんど見られないのに対して、固相ではpH8未満では収率が下がることから、このpH領域で負に帯電するゲル担体と、正に帯電する蛋白質間の静電的相互作用が蛋白質の巻き戻りを抑制したものと考察している。この結果をもとに、PpL固定化時の残存NHS(N-hydroxysuccinimide)基のブロッキングが、収率に与える影響を調べ、負電荷を持ったカルボキシル基が固相上に多く存在する、ブロッキングを行わない方が収率が低いことを報告している。さらに、様々なアミノ酸で固相を修飾した場合の巻き戻し収率を調べたところ、負電荷を持つアスパラギン酸以外のほとんどのアミノ酸による修飾が収率の向上に寄与することを明らかにしている。特に、疎水性の高いバリンと、疎水性、極性両方の性質を合わせ持つシステインで修飾すると巻き戻し収率が顕著に向上することを報告している。また、アミンカップリング法では、N末端アミノ基以外に、表面上のリジン残基も固定化に用いられる、すなわち多点固定の可能性があるため、システイン残基によるジスルフィド(SS)結合を用いた単点固定化法を検討している。その結果、単点固定の場合には、約20時間で巻き戻りがほぼ終了し、多点固定、液相の場合の約72時間と比較して巻き戻り時間を短縮することに成功している。

 第4章では、PpLのN端ドメインのみを発現する系を遺伝子工学的手法を用いて構築し、N端ドメインの固相上での巻き戻しについて得られた成果について述べている。すなわち、PpLがN端ドメインのみで発光活性を持つことを世界で初めて確認し、活性測定条件を最適化し、固相上での巻き戻しを行ったところ、野生型に比べ、非常に短時間(6時間以内)に巻戻ることを報告している。これは、PpLがN端、C端の複数ドメインから成り、巻き戻しの過程でドメイン間の相互作用が有ったのが、単一ドメインにしたためその影響が無くなったことが原因だと考察している。

 第5章では、SPRセンサーを用いた固相上の蛋白質の巻き戻りの新規モニタリング法の開発についての成果を述べている。すなわち、蛋白質の固相での巻き戻りについては、例外的な場合を除き今まで酵素活性以外でこれをモニタリングする方法はなかった。ここでは、センサーチップ表面の屈折率変化をリアルタイムで測定することができるSPRセンサーを用いて、チップに固定化した蛋白質の変性、巻き戻り過程をモニタリングする手法を提案し、その手法の有用性を実験的に検証している。さらに、固相修飾条件の差異が巻き戻りに与える影響をSPRシグナル変化でとらえることができることを示し、SPRセンサーを固定化蛋白質の巻き戻し条件の検討などに用いることができる可能性を示している。

 第6章は本論文の総括と結言である。

 以上、本論文は、凝集しやすく、巻き戻りにくい蛋白質の一つのPpLとそのN端ドメインを対象として、固相上での巻き戻しバッファー条件や固定化法、固相修飾条件などが高蛋白質濃度での巻き戻し条件、巻き戻り時間、収率に及ぼす影響を検討し、新たな知見を得ている。また、SPRセンサーによる、固相上の巻き戻りの新規なモニタリング方法を提案するなど、蛋白質巻き戻し技術の向上に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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